第28章 ── 第25話

 俺の笑顔に嫌なものを感じたのか、ヴィクトールが身じろぎをする。

 まあ、震えていると言えなくもない。


「まず、俺がこの国に加担して手に入る確実なものを一つ約束してもらおう」

「それは何でしょうか……」

「漂白剤だな」

「は?」


 俺の言っている意味が解らないのは仕方がない。


「今、君が着ている服だけど、白が本当に白いのだよ。

 他国ではそうは行かない。

 貴族だってそこまで白い服は着ていない」

「ああ……」


 その言葉にヴィクトールが納得の表情を浮かべた。


「少々手間が掛かるので、予備の服などを複数持つようなそれなりに裕福な者でないと中々色抜きさせるのは難しいですが」


 彼によると、色抜き部屋という施設を作り、そこで服の「色抜き」……いわゆる「漂白」を行っているという。

 この「色抜き」には砂漠の砂が不可欠で、部屋の四隅にバケツに入れた砂に水を撒いてから部屋を密閉する。

 時間を置いてから部屋の中の服をもう一度手洗いして乾燥させると出来上がりらしい。


 砂漠の砂を使っている段階で俺の推測が正しかったのが判明した。


「砂漠の砂なので無尽蔵にありますが、無制限にずっとお渡しする取り決めにしますと、いつかは砂が枯渇してしまうのではないか不安に」

「ああ、期間は一〇年でいいよ。

 第一、年間どの程度消費するかも解らないからね。

 一〇年もあれば代替品くらい開発できるだろうし、後々苦労する事もないだろう」

「一〇年ならば、問題ありません」


 ヴィクトールの顔に交渉にあたる商人としての表情が戻ってきている。


 いかに対峙している相手が想像を絶する力を持っていたとしても、金や商品、弁舌を武器に状況を切り抜けなければならない商人たちの胆力は、想像以上に鍛えられているといったところだろうか。


 もっとも、その相手には言葉が通じるのが前提条件ではありますが。

 知性の大小はともかく、言葉などの何かしら意思の疎通が図れる相手でないと交渉は不可能です。

 言葉さえ通じれば動物とですら交渉が可能なのは俺の過去の冒険を顧みれば明らかですからね。


 彼の強みはこの交渉という行為で相手に妥協点を提示させる雰囲気を作り出す事じゃないだろうか。

 自然とそういう雰囲気に持っていく手腕は素晴らしい。

 俺自身が「一〇年」と期間を提示してしまった段階で苦笑してしまうところだったよ。

 中々すごい能力だ。


 後天的スキルというか「交渉」スキルには間違い無いんだろうけど、交渉に使われる同名のスキルとは中身が違うのだろうか。

 同名のスキルでも発動内容が変わるかなどの検証をしていないのでなんとも言えないけど、興味深いテーマではあるよね。

 スキルにレベルはあるけど、各レベルで使用者全てが同効果ってのも考えられないからなぁ。

 だってレベルは一〇段階しかないし、一〇種類しか効果がないなんて、デフォルメされすぎで、現実だとしたらかなりの違和感が発生するからね。


 現実の法則にゲーム的なデフォルメされた法則を無理やり当てはめているだけのような気もするが、ここがリアルワールドと違うことは実数が確実に世界に影響を与えるということだ。


 たとえば、現実にはレベルは存在しないが、腕前の有無は確実にある。

 ただ、この「腕前」という事象に、修行期間とか勤続年数とかのファクターが正確に反映されているかというとそうではない。


 確かに何年も修行した者の方が良い結果を出す傾向にあるが、一概にそうとも言えない事実は存在する。

 一〇年やっても結果が出ない者もいれば、一年でベテランを凌ぐ結果を出す者もいる。

 まさに現実における世界の不公平を端的に表す事象だろう。

 人間、生まれた段階で不平等な格差があるという事だ。


 だが、このティエルローゼでは、そういう自然界では普通の現象に不満をもった者がいたようだ。多分ハイヤーヴェルなんだろうけど……


 これはレベルという概念が筆頭に上がる。

 この世界ではレベルが上がれば、上昇幅などに個人差はあれど確実に以前よりも、またはなる。

 その上昇幅は不公平と呼べるような格差はないし、概ね安定的なモノだ。

 仲間たちのレベルアップ前後の能力値などから導き出された正確な数字だから信憑性はある。


 これはドーンヴァースというゲームシステムを参考に構築された結果なのは間違いないだろう。

 ただ、そこにゲームのレベルアップ作業的な行為が介在しないだけだ。

 俺がレベルアップした時は、能力値の上昇は比較的意識して上昇させる事ができた。

 次のレベルアップ時は筋力と耐久度が欲しいと思っていたら、そのように上がるのだ。

 もちろん、意図的にそれだけ上げるなどは不可能だったが、自分の希望が緩やかながら適用される傾向があった。


 だが、仲間たちのレベルアップは違った。

 基本的に現在就いている職業クラスに上昇値が引っ張られているようだ。

 俺はこれを職業クラス係数と呼んでいる。


 例えば、一〇ポイントの能力値が上がったと想定する。

 マリスの場合、レベルアップ時に全て筋力に割り振った場合には「一三ポイント上昇する。

 これはマリスの職業クラスの筋力の係数が関係しているらしい。

 暗に三割増しなのは間違いない。

 逆にこれがアナベルだった場合には「一二」ポイント上昇するのだ。

 アナベルの筋力における職業クラス係数が二割増しだからだろう。


 それぞれの就いてる職業クラスによって、上がりやすい能力値があり、上がりにくい能力値がある。

 これは非常に顕著な現象で、その職業クラスの得意不得意を決定づける理由なのだ

 世界の法則として人間の意思など無視した所業に神々の介在を感じる。


 これに逆らって自らを鍛えた例が、レリオンのギルド長のサブリナ女史だろう。

 重戦士ヘビー・ウォリアーなのに知力上げてたからな。

 通り名が「知剣」って付いてるくらいだし、ステータスは知力が高めで筋力低めだったよ。


 このように、地球とティエルローゼでは、自然の法則、努力に対する結果などが目に見えて影響する。


 苦労や努力が報われない現実よりも明らかに便利な世界なのだ。

 力こそ正義になる理由はコレかもしれん。


 どんなに努力しても必ず報われるとは限らない地球では、努力を放棄する人間もいるからなぁ。


 そういう俺も人間関係は完全に放棄してたからね。ははは……


 また話が脱線したな。


 でまあ、同名スキルは他人でも効果は同じなのかって部分は「後で検証してみたいリスト」に追加しておこう。


 さて、ヴィクトール君よ。この程度で俺が満足したと思っていたら大間違いなんだぜ?


「では次に」

「次があるんですか!?」

「当然だろ。この程度なら金銭で片がつくレベルじゃないかい?」


 俺がそういうとヴィクトールは黙った。


 俺が金銭では片付かないレベルの要求と最初に言っていたのだから、それ以上があるとようやく理解したようだ。


「まあ、そんな身構えなくても大丈夫」

「そうだと有り難いのですが……」

「ま、国民にバレたら確実に国家の敵認定されるかもしれんけどな」


 ヴィクトールの血の気の引いた顔から更に血が引いていく。


「えーと、アゼルバード王国内の殆どを占める砂漠に埋もれる全ての遺跡の発掘権を頂こうか」

「は……?」

「聞こえなかったかな?」

「いえ、聞こえました。遺跡の発掘権と」

「その通り」

「そんなモノで良いので?」


 彼は理解していない。いや理解できないと言ったほうが良いかも知れない。


 基本的にアゼルバードの砂漠は人間とか生物の生きていける場所ではない。

 これは耐性でも無いとどうにもならんだろう。

 そんなところに埋もれている遺跡には何の価値も彼は見いだせないのだ。

 埋まっている遺物アーティファクトの価値は解るかもしれないが、埋まってる遺物アーティファクトに思いを馳せたところで無意味なのだ。


 発掘できるがこの世に存在しないのだから無いのも同然だし、現実主義的な商人としては夢を抱く事に無駄なエネルギーを割くなんて事は絶対しないのである。


 だが、それは今日のこの日までの話である。


「辺境伯さまは……砂漠で生きていける算段があるのですか!?」

「さあ、どうだろう?」


 俺はニヤリと笑う。


 俺の顔色から明らかに「平気です」と言っていると直感したヴィクトールが計算高い顔つきになる。


「おい、無駄な計算はしないことだ」

「は?」


 思考を止められたヴィクトールの目が泳ぐ。


「いいかい? 俺に発掘権がない状態で発掘の協力はしないよ?」

「そ、そんな殺生な」


 その言い回しって日本以外……つーか異世界でも使うんか、ビックリした。


「俺……というかトリエンの魔法工房の技術なら可能なのであって、俺が協力しないなら無いのも同然じゃないか。

 ならば発掘権を手放したところでアゼルバードの損失にはならんよ」

「しかしですね……」


 なにせトリエンの魔法工房みたいなのが国中にあったアーネンエルベ魔導王国の遺跡なのだ。

 どれだけの利益になるか想像すらできないに違いない。

 発掘可能となれば商人の彼としては手放したくないのは理解できる。


 しかし、そこは技術の独占をしておきたい俺としては首を縦に振るつもりはない。

 魔法技術の発展が国を終わらせる引き金になった文明だ。

 その技術の拡散はできるだけ防いでおいたほうが良いはず。

 ならば「力こそ正義」の法則を盾に実行すればいい。


「では、今回の話は全て無かったことにしよう。

 君が全ての問題に対処すればいい」


 俺が席を立つと予定調和のように仲間たちも立ち上がった。


 出遅れたのはファーディヤだけだ。

 彼女は俺たちが突然立ち上がったので「え?」と言いながら俺や仲間たちを見回した。


「ちょ、ちょっと待って下さいませんか!?」


 ヴィクトールが慌てて立ち上がった。


「だって欲をかいて発掘可能なら遺跡の利権が欲しいって言い出すんじゃ、俺たちは協力なんかしないよ」

「そ、そうは言っておりませんが……」


 いや、君の態度はそう言っているのと一緒だろう。


「発掘権を手放さないなら今後も現状は何も変わらない。

 利益にもならなければ死の大地として砂漠は横たわったままだ」

「そ、その場合は此度の戦争の協力は……」

「当然しない。

 というか正直な話、君やこの国に住む人々が今後どうなろうと他国人である俺たちには知ったことではないんだよ」


 ヴィクトールだけでなくファーディヤも顔を青くした。


「国が滅んだ後に俺たちで乗り込んで自国領宣言しちゃえば何の面倒もなく終わるだろうしな。

 周辺国もダンマリを決め込むだろうね。

 ミスリル・ゴーレムを戦場に一〇〇〇体ずつ送り込めるヤツに文句を言う国はそうそうないからねぇ」


 滅んだ国の利権を求めるような国は普通はない。

 滅んだ国には滅んだ理由がついて回る。

 今回は「神罰」及び「古代竜の逆鱗に触れた」という理由が付く事だろう。


 神獣を殺されたら神として嫌だと守護神たるブリギーデ本人が言っているし、確実に風の神ダナと眷属神たちの不興を買うだろうな。


 ロック鳥肉が欲しい古代竜の獲物を横取りしようとしたなんて情報が古代竜に流れたら確実に報復に出るよなぁ……まだ収穫もできてない養殖中だったにしてもさ……

 マリスたち古代竜を見てきた今なら言えるが、古代竜って全般的に食い意地が張ってるんだよな。


 そんな理由で滅んだ国を自国領に編入したいなんてウチ以外にないだろうね。


 まあ、大義という一点に置いても、上級貴族たる俺が自ら出向いている現在の状況で国が滅んだ場合、事後処理を俺がやったという事にすれば、トリエン領の飛び地として、延いてはオーファンラント王国の領土に編入したと普通に言えるだろう。


 どう転んだところでヴィクトールの利益にはならないんだが。


 金になるなら親でも売り払え的思想の商人としては、どうにかしてお金に結びつけたいんだろう。

 自分の命まで掛け対象に出来るヴィクトールなら当然だろう。


 ま、ヴィクトールさん、あまり欲をかくのはオススメしないよ。

 神、古代竜、他国の貴族が揃ってる今は特にね。

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