第28章 ── 第24話

 ヴィクトールも苦労してきただけあり、国を治めるにあたり平民という身分が相当な足かせになるのは承知しているようだ。

 だが、ファーディヤが王族であるにしろ、彼女の性質がより大きな問題となると思っているようだ。


「閣下は、王女ファーディヤのお噂はお聞きですか?」

「ああ、一応ね。

 だけど、これって神々の呪いじゃないねぇ」


 懸念される理由を否定されヴィクトールは言葉をつまらせる。

 当の本人のファーディヤもビックリした顔をして俺を振り返った。


 彼女も自分の体質を理由に断りたかったんだろうな。

 俺たちからも逃げようとしてたし。


 だが、彼女と行動し始めて一日ちょい、危険を感じたのは例の大規模な砂嵐くらいだろう。

 あの時の過酸化水素ガスに関してはこっちの落ち度だ。

 まさか砂に過炭酸ナトリウムが含まれているなど想像すらできんからな。

 過去に何かあって砂に大量の過炭酸ナトリウムが混ざっていたとしても、それとファーディヤの体質に何の関係もないのは誰でも解ることだ。


 ただ、彼女の精神的な状況が何らかの因果律に影響を与えている可能性は高い。

 彼女が神々に眷属だと思われている理由の一つだ。


「彼女は、自分の欲望が周囲に影響を与えるという特殊な権能を持っているにすぎない」

「け、権能ですか……」


 ヴィクトールはオウム返ししかできんだろうな。

 俺の言葉を解釈すれば、ファーディヤが神、あるいは神力の一端となるような特殊な能力の持ち主であるということになるからだ。


 俺が使った「権能」という言葉は、一般的には何らかの事柄を行使する能力、資格などを示す言葉だが、ここティエルローゼでは神の持つ特殊能力という意味合いが強い。


 ファーディヤも聞きたそうにしているので教えておくか。


「ファーディヤの周囲が不幸になるのは彼女自身が引き起こしている現象で、神々の呪いでも何でも無い」


 俺がそう言い切るとファーディヤは衝撃を受けた表情になり、その後死にそうなほど顔色が悪くなる。


「やはり全ては私の……」

「勘違いするな」

「え……?」

「俺は悲劇のヒロイン気取る事は許さん。

 君が不幸を望んだから周囲に不幸を撒き散らしてるんだ。

 そろそろ自分の力に振り回されるのはやめるんだ」


 ファーディヤは何を言われているのか解らないらしく、涙を浮かべた目で俺を凝視している。


「君は生まれた時、占い師とやらに不吉な予言だかをされたんだろう?

 周囲もそれに影響されて、君は神の呪いを受けていると言い聞かされて育った」

「そ、それはそうですけど……

 実際に不幸は起きるのです」

「だから、君がそう思い込んでいるから不幸が起きているんだよ」


 俺の言葉が何を意味しているのか解らないらしい。

 まあ、解らんよな。


「俺にも経験があるから言っているんだよ。

 この世界に来て、俺は神の後継として力を与えられていたらしい。

 でも、俺にもそんな自覚はなかった。

 ところが、俺の持つ権能は非常に強力でね。

 周囲の人間が気付かない内に世界の様相を改変してしまうほどなんだよ」


 最初はポンド法だった重さの単位が、いつの間にかキログラムにすんなりと変わってた時の違和感のなさが、逆に凄い違和感だった。

 自分が使い慣れたキログラム法で話してしまうのならともかく、周囲の人間すらポンドからキログラムに変わってたからな。


 そして変わった事に誰一人気付かなかった。

 その恐ろしさは尋常な事じゃない。

 自分が気付かない内に自分の都合の良いように世界が変わってるなんて悪夢も良いところだ。

 俺はあの気持ち悪さはもう体験したくない。

 原因は俺なんだから、その力を無意識に使わないようにしなければ知らずに被害が拡大する恐れがある。


 だから、俺は「創造主の力」を必要な時以外は封印する術を覚えた。

 様々な実験をやった事は前にも話したが、そのお陰で力の行使のコントロール方法を完全にモノにできたわけだ。


 心の中に囲い……というか隔離区域を用意して、そこに神の力を押し込んでおくイメージですかな。

 必要な時は、その区域にゲートを開いて必要な分だけ力を拝借する。


 慣れないとドバッと力が噴き出てくる事もあるが、そこは繰り返して慣れるしか無い。

 ま、心の中のイメージをいかに鮮明に出来るかだろう。

 イメージの力は凄いのだよ。

 こうなると良いなぁとか鮮明に想像できれば、その通りに出来るのが神の力なんだからね。

 自分を司る力が一番使いやすいんだけど、ある程度まではオールマイティに効果を発揮するので神って存在は非常に強力で厄介なわけです。


 これがドラゴンたちが定義した例の力の根源である。

 彼らは自分の望む結果を引き寄せる力を全般的に「原初魔法」と言った。

 マリスから聞いた話では、今の原初魔法はもっとシステマチックになっているらしいけどね。

 彼らの日常的に使っている種族などの固定能力も原初魔法の一種から派生しているようだし、そのうち古代竜とこの件について話し合ってみたい。


 取り敢えず解っている事柄を挙げると、まずはブレスがいい例ですかね。

 個体や種族ごとに様々な違いがあるドラゴン・ブレスは元々は原初魔法だったという。

 炎を吐けるからといって、胃やら毒腺のようなモノに可燃物が詰まってるわけではないのだ。

 マリスたち古代竜は、無意識に吐く息を炎やら毒液やら電撃やらに変換しているのだ。

 無から有を生む力とか聞くと反則チートだけど、普通に考えもせずにコレをやってるドラゴンって相当反則ですよな。


 それと飛行能力もそうだろう。

 話によると翼の無い古代竜で空を飛べる者がいるらしいので、原初魔法から派生した固定能力だろうと俺は推理した。


 勿論、通常の翼のあるドラゴンは、翼を上下に動かして飛行しているので、あの翼にも意味はあると思います。

 まあ、かなり大きい翼ではありますが、飛ぶには薄いし筋肉量とか考えても飛べないのではないかと……

  あの巨体から考えると些か翼が小さい気がしてならない。

 もちろん飛行制御に利用できるし、翼が無意味という訳ではないと思いますよ。


 ただ、鳥を含む飛行できる生物の構造や航空力学的な観点から言って、アレで空を飛ぶのは反則です。よって原初魔法が関わっていると推測する次第です。


 おっと話が脱線してしまったな。

 要はファーディヤの力はコレなワケです。

 彼女も原初魔法的な神々の権能の一端を行使できる能力の持ち主ってことです。

 なので力のコントロール方法さえ覚えれば、周囲に不幸を撒き散らすことはなくなります。


 俺の説明を聞いていて「ポカーン」顔の二人は当然ながら、マリスやアナベル、アモン、フラウロス、アラクネイアも俺の話を真剣に聞いておりました。


「おう。空を飛ぶのも原初魔法じゃったとは我も知らんかったのじゃ」

「神の力は本当に興味深いですね。その力こそが神力と言われるモノなのですね!」

「さすがは我らが主。神の力を完全に理解しておられますね」

「左様。我が主ならば当然のこと」

「妾らも多少なりともその力を備えておりますゆえに、魔法も無詠唱で仕えるのですよ」


 となると、原初魔法、無詠唱、飛行能力、ブレスなどが全て神々の力の一端となりますが。

 まあ、こうなるといいな、ああなるといいなという思考を世界のシステムに組み込む力は、細かく定義付けとシステム化を施して、力の矮小化をしておくに限りますね。余りにも強力なので……


「ファーディヤ、君の能力は俺の力に少し似ているんだよ。

 だから対処方法さえ身につければ、これ以上人々を不幸にすることはなくなる」


 俺がニッコリ笑うと、ファーディヤの目に溜まっていた涙が一気に溢れて滴り落ちた。


「ほ、本当なのですね……」

「ああ、俺が保証してやるよ」


 泣き崩れたファーディヤの肩をトリシアが優しく抱いてやっている。


「という事だ、ヴィクトールさん。

 何か問題があるかな?」


 突然話を振られたヴィクトールは、ハッと物思いから覚醒した。


「も、勿論ありません!」

「うむ、良い返事。

 君には試練になるだろうけど、これを受け入れてくるなら戦争は勝たせてやるよ」


 俺がそういうとヴィクトールは不安そうながら微笑んだ。


「神々の力があれば、戦争など簡単なのでしょうが……」

「ああ、大丈夫。別に神の力など必要じゃないよ」

「と、申しますと……?」

「単純な武力で、そんな寄せ集めの軍隊なんか蹴散らせるからねぇ。

 これは冒険者としての仕事だな」


 そういって俺はトリシアに視線を向ける。


「戦争の抑止に動くならば、何の問題もない」

「まあ、この国で内戦とか、国民の為には絶対にならないもんな」

「確かに……そんな物資が……あるなら……国民に……回すべきだな……」


 壁にもたれ掛かっていたハリスも同意してくれる。


「おおう。久々に冒険者の仕事じゃな!!」

「腕が鳴るな!!」


 マリスとダイアナ化したアナベルが手を叩きあって嬉しげにしている。


「まあ、戦闘はするだろうが……」

「解っておるわ。いつもの如く……殺すなじゃろ?」

「多少のお仕置き……躾けはしておくべきだろう?」

「まあ、多少はねぇ。

 でも後でヒール掛けまくる手間は君に降りかかる事になるけど?」


 そう話を触れら、ダイアナ状態のアナベルは言葉をつまらせるも「やるのはアナベル」と言ってさっさと引っ込んでしまった。


 あとは細かい所をヴィクトールと決めておく。

 他の街の軍勢とぶつかる予定の戦場、それと日時などなど。


 で、これからがお楽しみタイムです。


「話が一段落付いてホッとしているところ悪いんだけどね」

「何でございましょうか?」

「俺たちの報酬について話し合おうか?」


 飲みかけたお茶を吹きそうになっているヴィクトールが面白い。


「え、あ、あの……」

「何だよ。

 アゼルバードの影の支配者にしてやろうという話だぞ?

 特殊能力の制御が困難な姫君の世話程度で報酬がチャラとか言うまい?」


 というか、そんなんじゃ手間賃にもなりゃしない。


「辺境伯さまは何をお求めなのでしょうか……」

「一応、オーファンラント王国の貴族だし、国益を考えなくてはならん身分なのでねぇ。

 まあ、その前にこちらが君に提供することを考えているモノについてだが……

 君が支援するファーディヤ王女にも強力な後ろ盾が必要だろう。その後のアゼルバード王国の外交に色々影響するしな」

「オーファンラント王国が後ろ盾になってくれるという事でしょうか……?」

「ああ、そういう方向で考えて問題ない。俺がキッチリと責任を持とう。

 そうだな……五〇〇体のストーン・ゴーレム部隊なんてどうだ?」

「は?」

「地上部隊だけだと心もとないな。ガーゴイル部隊も一〇〇体付けようか?」


 地上と空のゴーレムを何百体と言われたヴィクトールは顔を真っ青にする。


「そ、そんな数のゴーレムを購入するお金は流石に……

 古代竜の素材を幾つか程度なら問題ないと考えていますが……」

「え? 硬貨で払おうと思ってたの!?」


 そんなの無理だと思ってたので考えてなかったよ。


「え? では何でお支払いすれば……」


 俺はニヤリと笑ってヴィクトールの肩を叩いた。


「それはね……」


 俺の獰猛な笑みにヴィクトールが身震いするのが見えた。

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