第28章 ── 第23話
俺の言葉が気になったのか、ヴィクトールは晩餐も早々に終わらせて、俺たちの充てがわれている部屋へとやってきた。
そこにブリギーデが俺たちと一緒に居たのを見てヴィクトールは驚く。
「ブリギッテさん、辺境伯様と随分打ち解けられたようですね?」
探りを入れるような口の聞き方にブリギーデも苦笑を浮かべる。
「ほほほ。私の芸がお気に召されたようで」
侍ることを許された踊り子という立場を頑なに守り愛想笑いを浮かべる。
「いや、ここは誤魔化しても仕方ないだろう。正直に行こうか」
ブリギーデは「え!? 今までの私の努力が!」という表情をする。
腹芸は否定するつもりはないが、俺は腹を割って話すのも重要だと思うんだよね。
時に人間に試練を与えなければらん時には、その被害者に会う人間は与えられた試練の意図や詳細は知っておいた方がフェアだと思うんだよ。
思わせぶりな神託とか予言とかで煙に巻くような神や預言者が、リアルにも異世界にも多すぎる気がするんだよな。
ハッキリしろと言いたい。
こんな事を言うとこの世界にマジで存在してるらしい運命の女神とかが困るのか……それは申し訳ない。
だが、今回は俺がヴィクトールに試練与えることになりそうなので、曖昧な事を言うのは避けたい。
「気付いてないようなのでネタバレしておくが」
俺の言葉にマリスとアナベルが間髪入れずに「ネタバレ禁止」とかツッコミを入れて来た。
リアルワールドのノリツッコミ文化の普及に尽力してきた甲斐があってか、見事なタイミングで少し嬉しい。
「ブリギッテさんは神界の手の者だからね」
「はっ?」
ヴィクトールもさすがに自分の耳を疑ったようだ。
「いや、聞こえたとおりだよ。
ブリギッテは偽名だ。
本名っつーか……神名か……彼女はブリギーデ。
アゼルバード王国の守護神だ」
ブリギーデが「何でバラすかなぁ」という非難の目で見てくるのが微妙にムズムズしてしまう。
なるほど、世のオタク男子どもはコレを快感に思うわけか。
美女に蔑まれた目で見られる感覚を快感には思わないので、俺としては理解したくはなかったけど。
「お世継ぎ様……自分の正体については自分自身で……」
一つ溜息を吐いたが、ブリギーデが女神の威厳といったオーラを発しながら請け負う。
突然人が変わったようになったブリギーデにヴィクトールは口をパクパクさせ始める。
剛の者ならともかく、一般的な人間では仕方ない。
ウチの国王たちも神の降臨を目にして似たような状態だったもんな。
あの時、神の発言に口答えしたヤツいたけど、名前は何だったかな……
あいつはかなり心が強かったに違いない。
いや、自分の信仰にそれだけ自信があったって事かもしれんが。
狂信者は恐ろしいほど胆力を持っていると思われる。
現実でも異世界でも……いや、どこの世界でも……な。
「私は風の眷属神、女神ブリギーデです。
今は踊り子、歌い手という姿に身をやつし下界に降りてきています」
ブリギーデの「身をやつす」という表現はちょっと舐めた発言にも思うが、神々からしたら人間という立場は「身分を落としている」という感覚なのかもしれない。
神の力でアゼルバードの現状をどうにもできない力の弱い守護神さまには背伸びも必要でしょうな。
だが、彼女の神のオーラと言霊にヴィクトールはあっと言う間に畏れ入ってしまった。
「ははぁ!!」
一瞬で五体投地というか土下座状態になってしまった彼には苦笑するしかないが、これが神の力の一端なんだろうなぁ。
俺にはまだ使えない技だけどね。
ただ、この神の権能の一端は非常に重要だ。
世界を運営するにあたり、神の力に畏れ入らない存在は神々にとって非常に厄介な存在となる。
魔族という存在がいい例でしょう。
この世界の神々の存在意義は世界の安寧というか世界の安定だ。
何故ならば、ティエルローゼは現実世界に向かうプールガートーリアの神々に対する防波堤としてハイヤーヴェルが作り出した存在だからだ。
神々はこの世界を是が非でも未来永劫安定的に存在させておかねばならない。それが創造神の意思なのだ。
そのためにこの世界の生物は生み出されたのである。
この地に住まう全ての生物や存在は「須く神々の威光に従うべし」なのである。
偉そうでムズムズするが、それがこの世界の
一応、俺は「創造神の後継」って存在になってしまったので、それを擁護しなければならない立場にいるのだ。
そんなの凄い面倒な事なんで、今は秩序の神ラーマに任せているけど、本来は俺の役目だからな。
俺が神界首座になった暁にはマジで変えてやりたい部分ではありますが、イチから
某世界一の宗教の教義だと「言葉は神」ってのが世界の法則の第一歩だっけ?
何せ一番最初に作り出された存在が「光」ですから、それを生み出した「言葉」を発したモノこそが神でなければならない。
その前に誰だよ「光あれ!」って叫んだ存在は。
あの宗教の聖典では、それこそが「創造神」なワケです。
このティエルローゼでは俺がその存在と同義になるのですな。
改めて考えてみるとマジでムズムズする立場になってしまったもんだね……
このムズムズから逃げ出す為なら全力で配下たるラーマに押し付ける気全開です!
という理由で、ヴィクトールが神という存在にカミングアウトされて平伏しちゃうのも仕方ないワケです。
平伏しているヴィクトールにブリギーデが降臨している理由を説明する。
守護神としてこの世界からアゼルバードを守るためと言っていますが、自分の神力を減らさない為というのが本当の理由です。
バレたら可哀想なのでバラしませんが。
「神自らがアゼルバードの存続に力をお貸し下さっていたとは……感激でございます」
「現在、其方の勢力だけが、アゼルバード存続の為に尽力している状況。
勢力の結束に我自らが力を貸していた理由です」
上手くまとめたみたいですな。
「で、では……辺境伯閣下は……」
ヴィクトールは平伏したまま顔を上げ、チラリと俺の方を畏れの籠もる目で見る。
「こちらさまは、創造神さまを継がれた至高の存在。
長いこと神界を留守にしていた為に、私も先程知って本当に驚いたのです」
あ、そこもネタバレしちゃうんだ。
神々も少し抜けてると思われかねないところだと思うんだけど。
「まあ、そんな事はどうでもいいんだよ。今はティエルローゼのただの地方貴族だし……
いやどちらかと言えば、一介の冒険者って立場かな?」
ヴィクトールは苦笑気味の俺の顔を見て、今さっきよりも畏れ入った表情になって行く。
「天上の神々の存在は子供の頃より聞かされておりました。
ただ、その存在を感じたことは今まで一度もありませんでしたので、ずっと懐疑的でした」
ヴィクトールが俗に言う告解を始めてしまった。
神々を前にして人間がやる事なんてコレしかないんだろうけど、罪の告白など面倒いので却下です。
「いや、そういう理由はどうでもいいよ」
俺が唐突に止めたのでヴィクトールは言葉に詰まって黙り込む。
「あ、ごめん……」
人の話の腰を折ってしまい無意識に謝ってしまう。
まあ、日本人なら普通の行動だけど、創造神の後継としては落第なんでしょうな。
ブリギーデもヴィクトールもビックリしております。
俺は一つ咳払いをしてから続けた。
「さて、神の長としてではなく、一人のオーファンラント王国の地方領主として発言させてもらおうかな。
初対面は貴族だったんだし……いいよね?」
一応了承を得ようと聞いてみると、「お世継ぎ様がそう言うなら……」とブリギーデが了承し、ヴィクトールはコクコク頷くばかりです。
「ま、冒険者としてでは、君を動かすには立場が弱すぎるので、オーファンラントの上級貴族としてなら悪くないだろう。
さて、君が俺や仲間たちの権力や立場を利用して、アゼルバード存続の後ろ盾としたいということは理解したよ。
この都市を管理している商人たちのリーダーとしては、仕方ない事だろう」
支配している者としての立場がとてつもなく弱すぎるのだ。
まず、今回の件が上手く行ったとしても周辺諸国からの承認がなければ、国として認められない場合すらある。
他の国々としたら支配者層でもない平民である商人たちを国のトップとして認めるはずがない。
それが外交というモノだし、王族なり貴族なりが平民と同じ立場として国際的な話し合いの場に立つなんて事は、支配者階級の矜持が許さないだろうな。
この理由だけでもアゼルバードが国家として認められることはない。
オーファンラントは認めないだろうし、オーファンラント近隣のグリンゼール公国、ブレンダ帝国、群小国家のダルスカルも認めないだろう。
ちなみにカリオハルト自治領は、本国であるシュノンスケール法国が無くなってしまったため、現在では宗主国をオーファンラント王国と定めている。
そんな自治領がオーファンラントと意見を異にするなんて可能性はない。
同様の理由でウェスデルフ王国も論外となる。
ペールゼン王国は?
あの国も認めないだろうなぁ。
稀有な状況ながら滅びた王国の元王女が王妃になった為、王族の外交感覚を手に入れたワケなので、外交という面では他国を利するような立場を取るとも思えない。
新興国家の樹立を擁護する立場なんて面倒な……いや不利益しかなさそうな立場は願い下げとなるはずだ。
それ以上のメリットが無い限りね。
そういえば、旧法国とアゼルバードの間にも一つか二つ国があった気がするが、そこも認めないだろう。
遠交近攻という言葉が示す通り、近隣諸国がいい反応になる事は普通にない。
だからこそ、アゼルバードという国を残すのは非常に難しいのだ。
アゼルバード王国として残すのなら別の話だが。
「でだ、俺からの提案なんだけど……」
「はっ! 伺わせていただきます!」
ヴィクトールが必死な目になる。
「ファーディヤ」
「は、はい!」
俺が呼びかけると飛び上がるようにファーディヤが立ち上がった。
ここに来てからずっと静かにしていたのは、俺たち……というか俺の正体を知った為だったと思われる。
ただの冒険者かと思いきや大国の貴族、それも飛び越えて神様の関係者だと知った彼女の心の内は痛いほど解る。
俺の怒りを買いませんようにと必死に空気になろうとする彼女の姿勢は、イジメっ子の目に止まらないようにと必死で祈るイジメられっ子と同じような心境だったのではないだろうか。
経験者がそう思うんだから、間違いないよ、うん。
「ヴィクトールさん、彼女はファーディヤ」
俺がファーディヤを紹介すると、ヴィクトールはビックリした顔で固まっていた。
ふむ。やはり名前は知ってるか……
「どうやら事情は知っているようだね」
「この国の者であるなら、誰でも知っているかと思われます……」
だとすると、神々の呪いって話も知っているわけか。
話が早くて助かるね。
「ここで、この子を持ち出してきた段階で解るよな?」
神の関係者が彼女が「呪われ王女」だと紹介した以上、偽物が出て来るわけはない。
王族として彼女を担ぎ上げろと俺は暗に言っているのだ。
この意図を曲解するようなヴィクトールではあるまい。
俺の言葉にヴィクトールの目に理解の色が浮かんだ。
有能君は理解が早くて助かるね。
「これは君に対する試練だと思っていい。
これを上手く熟せれば、君はこの国の影の支配者として君臨できるだろう」
このくらいの役得を彼に与えるくらいは俺にもできる。
俺としては、あたら美少女を放浪の身にしておくなど以ての外。
実際、彼女は王族なのだし、今の境遇は相応しくないのは事実だしな。
別に厄介払いをしたいとか、そういう意味ではないとだけは言っておきたい。
いや、マジで。
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