第28章 ── 第21話

 仲間たちと今後の打ち合わせをしている内に晩餐の時間になったらしい。

 商会の者が俺たちを呼びに来た。


 もちろん、ブリギーデは準備のために先に呼ばれていったよ。

 そういや船長たちもこの階に滞在しているはずだが、姿も声も聞いてないな。

 滞在中ってだけで暇してて部屋でゴロゴロしているとは聞いてないので、仕事で外に出ているんだけなんだろうけど。


 商会の従業員に付いて三階へ昇ると、登った先がロビーのように広くなっていた。

 ロビーの真ん中に上への階段が付いていたので、三階建てじゃなくて四階建てらしい。

 外から見たら三階に見えたので、四階は他の階よりも狭いのだろう。子供たちの階かもしれないね。


 ロビーの隣の両開きの大きな扉が晩餐の会場の広間に繋がっていた。

 会場にはヴィクトールの家族や従業員はもちろん、彼の息の掛かった商人たちも集まっていた。

 商人たちは三〇人くらいだろうか。

 セントブリーグの商人は小売から商会まで合わせれば、かなりの数になるはずだけど、その中から選りすぐりの三〇人を集めたんだろうなぁ。


 現在、セントブリーグはレオンハート商会を中心に、ここに集まる商人たちにより運営されているわけだ。

 彼らの下には更に商人の部下たちがいてセントブリーグの経済と流通を牛耳っているのだ。


 会場に入り一つのテーブルを充てがわれると直ぐに晩餐会が始まった。

 楽団が静かな音楽を奏で始めると、ヴィクトールが挨拶をする。


「本日は急な招待に応じていただきありがとう存ずる」


 ふむ、どうやら俺たちを迎え入れてから慌てて晩餐会を計画したらしいな。

 商会の従業員は招待客の手配などで相当骨を折ったに違いない。


「本日は大陸東に位置する大国オーファンラント王国に仕える地方領主クサナギ辺境伯閣下をお迎えしております」


 ヴィクトールがサッと俺たちを指し示したので、一応立ち上がって貴族風にお辞儀をして見せておく。

 俺を出汁にこんな催しを企画するってのは俺自身あまり好きではないが、今のところは我慢しておく。

 彼にとっては一世一代の大博打なのだし邪魔するのも悪い。

 今回は彼のロック鳥討伐の阻止計画に協力する予定なので、無用の波風は立てないようにする。


 しかし、ヴィクトールはよく見ているようで、俺がこういう場で表舞台に立たされるのが好きじゃないのは見抜いていた感じだ。

 お辞儀の後から、俺を他の商人に紹介しようとしたり、会話に交じるように促したりなどは全くして来なくなった。

 逆にオーファンラントの貴族に顔を売ろうと近づいてくる商人たちをさり気なく俺たちから遠ざけたりしている。

 やはり中々有能なようだ。


 晩餐会が始まってしばらくすると、会場に設えられた舞台にブリギーデが踊り子衣装で現れた。

 ブリギーデが姿を現すと会場の空気が一変する。

 全ての参加者は男も女も舞台に目が釘付けに。


 ブリギーデの人気は相当なのだろう。


 ブリギーデが楽団のリーダーに頷くと、すぐに音楽が始まった。

 それはかなりテンポが早い楽曲で、非常に陽気ではあるものの随所に悲しげなフレーズも含まれていた。


 その曲に合わせてブリギーデは踊り始める。

 それは剣舞だった。

 ブリギーデの両手には幅広の刃を持つグロスメッサーという刀剣が握られており、それをクルクルと器用に回しながら自身も回るダンスだ。

 その回転には緩急が付けられ、周囲の照明を反射するグロスメッサーがキラキラと輝いて非常に美しい。


 ただ、この踊りはただの踊りではない事が解った。

 踊り自身に精神に影響を及ぼす効果が付随しているのが判明する。

 吟遊詩人バードでいうところの呪歌と同等の効果である。


 踊りから発せられる呪文的効果は、周囲の者に興奮や安らぎなどのポジティブな効果を与える。


 なるほど……

 こういうスキルというか技があるとすると、ダンサー的な職業も冒険者として活躍できそうだな。

 今のところ見たことはないが、この広い大地のどこかにはそんな冒険者もいるかもしれん。


 晩餐会なのでポジティブな効果だけが発揮されているけど、これネガティブな効果が発揮される踊りもあるに違いない。


 人魔大戦の折、彼女は戦場でこういう踊りを舞っていたのだろうな。

 ただ、生まれたばかりの神だったので後方での支援活動が主だったのではないか。

 だから肉体を失わずに済んだのだろうと推測する。


 あれだけ剣舞ができるなら戦闘力は相当に高いはず。

 なのに今でも肉体がある事を説明するとなると、それしか思いつかなかった。

 他の戦闘系の神々は例外なくウチの工房で肉体を作ってやったんだから間違いないと思う。


 この世界に来て結構時が経つし、あちこち旅してきたけど、未だに新しい発見と出会うのだから世界は広いね。


 そういや吟遊詩人バードがいるのは聞いているけど、個人的に出会ったことがないな。

 吟遊詩人バードは冒険者家業には就かない系の職業なのかも。

 そう考えると踊り子も似たような理由で冒険者にならないって可能性も否定できない。


 一曲終わり、汗一つ掻いていないブリギーデが俺たちのテーブルに挨拶に来た。


「お世継ぎ様どうだったでしょうか?」

「素晴らしい踊りだったよ。さすがは踊りを司る者だ」


 俺の褒め言葉が本当に嬉しかったのだろう、ブリギーデが眩しいほどの笑顔を作る。


 ブリギーデは次の舞台の為に踊るように楽屋へ向かった。

 入れ違いにヴィクトールがやってくる。


「ブリギッテさんの踊りに満足いただけたようで、私も嬉しく思います」

「やあ、さすがはこの国自慢の踊り子ですねぇ。

 大陸の東も西も旅して来て色々見てきたけど、彼女は大陸一で間違いない」


 まあ、踊りの神様だし当然だろう。

 ただ、彼にとっては俺の褒め言葉は何より嬉しいらしく、ブリギーデに負けず劣らずの笑顔になる。


「ただ、この国がいつまでもこんな状態だと宝の持ち腐れになる」

「はい。重々承知しています」


 その直ぐ後に再びブリギーデのステージが始まる。

 今度は踊りではなくて歌を披露してくれた。


──妖しく光る月明かり

──貴女の瞳に移る影

──輝くようなお姿は……


 優しくも妖艶な声の響きにステージ前に陣取る男どもがウットリとした顔になる。

 もちろんその後ろに陣取る女たちも似たようなものだ。


 こっちは吟遊詩人バードと同じ呪歌の効果だね。

 吟遊詩人バードの呪歌は楽器だけで行う事もできるが、歌声を乗せると効果が高くなる。


 これはドーンヴァースでもそういうシステムとして作られていたが、歌の下手なヤツが吟遊詩人バードをしている時は別の意味で本物の精神攻撃を行ってくるのが玉に瑕だった。

 もっとも、その精神攻撃は味方にも敵にも平等に降りかかるので評判は良くなかった。

 ただ、歌のうまいヤツが吟遊詩人バードをしていた場合、マジでアイドルのように人気者になる事ができる稀有な職業ロールだったけどね。

 実際、マジでアイドルとしてデビューしたプレイヤーが何人かいたからね。


 今、ブリギーデが歌っている歌詞は、滅んだ国の女が国を滅ぼした男に恋慕するという歌らしい。


 国を滅ぼした男って……

 ベリアルの事を歌っている気がしないでもないんですが、ブリギーデは彼にホの字だったのだろうか。

 何せベリアルは絶世の美男子だからなぁ……


 そのベリアルが今は神界で神様になってるのはブリギーデも知らない事実です。

 ここ一〇年くらい下界に降りてきてるなら知るはずもないわけだし。

 後で教えてやるべきかもしれんね。


 そんな時だった。晩餐会場になっている広間の扉がバーンと勢いよく開いた。


 そこには四人の初老の男たちが立っていた。

 見た目は冒険者っぽい気もするが、全員が革鎧かクロース・アーマーを着ているので武装的にパーティとは言いづらい感じがする。


 それぞれの腰には短めながら刃幅が広い刀剣が吊り下がっている。俗にカトラスという武器である。


「俺たちを差し置いて英雄殿と酒宴とは許せぬ!」


 先頭にいた男がそう口走ると、残りの三人も力強く頷いた。


「ハイレディン船長、いきなり無礼ですぞ」


 ヴィクトールが席から立ち上がると窘める。


「おお、会長。これは失礼。しかし、我らを差し置いて英雄殿と酒宴を急ぐとは些か迂闊ですな!」

「ああ、それは済まないな。君たちが捕まらなかったのでね」


 船長たちの目はヴィクトールに向けられておらず、周囲の参加客を物色するように注がれている。


 俺はコッソリとトリシアの後ろに隠れておいた。

 トリシアは一八〇センチ近くあるので一七〇もない俺は簡単に隠れられるのが良い。


「男らしくないケントも可愛くて良い」


 と後ろに隠れられたトリシアも満更でもない様子だ。

 エルフは女性社会っぽいので男が少々女々しくても容認してくれるので助かります。


 ただ、隠れた先がトリシアなのが失敗だった。

 エルフは基本背が高く、おまけに耳が尖っているので非常に目立つのだ。美形だしな。


「むっ! そこにおられるのは……」


 目ざとくトリシアを見つけた船長の一人がツカツカと近づいてくる。

 そしてアダマンチウムの義手を見て隻腕のエルフだと気付いた途端に騒ぎ始めた。


「おう! 長兄殿! あそこに見えるはトリ・エンティルさまだ! 隻腕のエルフさまなど、彼女しかおらん!」

「何だと!?」


 長兄殿と声を掛けられたのは「ハイレディン船長」と声を掛けられた先頭の男だ。


 そもそもハイレディン船長という名前が既にオスマンの伝説的海賊兄弟の名字なのですが……

 これはアニアスの海賊と同じパターンなのかねぇ。

 でも彼らは海賊ではなく商船の船長たちのはずなのだが。

 まあ、この世界の海は海賊も勿論だが、非常に強い怪物が闊歩する世界なので、ハイレディン・クラスの有名海賊くらいの腕前が必要なのかも知れない。


「ふむ。ヴィクトール殿から聞いているが、お前達が英雄譚好きの船長たちか」


 トリシアは超有名人なのでこういったファンの扱いには慣れている。


「そうです! 貴女さまが名高き冒険者トリ・エンティルさまでございましょう!?」


 興奮気味で鼻息の荒い船長たちにトリシアはニヤリと不敵に笑う。


「ああ、私がトリシア・アリ・エンティルだ。大陸の北部にも私の名は轟いているとは知らなかったがな」

「当然です! 貴女は彼の古代竜に挑んだ伝説の存在!」

「いやはや、貴女の物語に出会った時は子供のように胸がときめいたものです!」

「左様左様! その甲斐あってか、我々は幼き時から剣術などに手を出し、畑は違いますが腕っぷし一つで人の上に立つような立場になれたのです!」


 なるほど、今の船長家業はヤンチャが過ぎた結果でしたか……


「時にトリ・エンティルさま。

 貴女さまがオーファンラントの貴族に下ったというのは真にございましょうか?」

「良く知ってるな」


 トリシアが肯定すると船長たちは嬉しげに笑う。


「英雄さまたちの動向は絶えず探しておりますので」

「貴女が貴族に下ったと聞いた時には信じられませんでしたが、その後に聞こえてくる情報は耳を疑うレベルの内容でした」

「あれだけぶっ飛んだ情報なら間違いなく、トリ・エンティルさまをも凌ぐ新しい英雄が現れたと……」


 トリシアの周囲をキョロキョロとする船長たち。

 俺を探しているようだ。

 歯に衣着せぬ美辞麗句というか賛美というか……

 そういうのを投げかけられるのは苦手なのですよ。


 さて、顔を出すべきか出さざるべきか……そこが問題です。

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