第28章 ── 第20話

 今回の件も相当面倒な事になりそうだが、何とかせねばならない。


 ただ、俺は自分の得にならないことはしない主義だ。

 それなりの役得がなければ手を貸すつもりはないって事。


 ケチくさい? どうとでも言え。

 いかに創造神の後継に選ばれたとはいえ、地上に生きるただの人間だ。

 どんなヤツらかも解らない人々の国を無償で救ってやるほどお人好しじゃ、この弱肉強食の世界で生きていけるわけがない。


 それはヴィクトールだって同じだろう。

 今までの対応などや会話から善人に見えてはいるが、彼は商人である。

 利益にならない事は普通はしないのが普通なのだ。


 この国を無くしたくないというのも本当だとは思う。

 だが、それは自分の居場所を追われる事への恐怖から来ているのではないか?

 一度、故郷を追われた人間だし、当然そういう恐怖心はあるはずだ。


 俺はシミの一つもない真っ白な善意なんてものを信じない。

 打算の一つもないなんて胡散臭い事この上ない。

 きっと裏にはドロドロした計算高い顔が潜んでいる。


 そこを腹を割って話せるかどうか。

 俺はそういう部分が信用やら信頼に繋がると考えている。

 もちろん最初から開けっぴろげに全部暴露してくるヤツはもっと信用できないけどね。秘密とか守れそうもないし。


 ヴィクトールのそういった部分を今は観察していこうって事だね。

 今までの部分で、彼の建前ってヤツは聞いた。

 大変立派な心がけだし、人々への受けもいいだろう。


 王や貴族が逃げ出してしまったが、そんな国へ恩義を返す……

 返す対象が受け入れてくれた王と貴族じゃなくて、「国」ってところに目頭が熱くなるね。

 肩書きとしては申し分ない。真っ当な理由でもある。


 だが、他の街の人々と戦うのはヴィクトール本人ではない。

 彼が金を出して集めた人々である。

 戦争ともなれば、前線で戦う兵士たちが真っ先に死んでいくのだ。

 ここで死んでいく者に綺麗事など通用しない。

 事後に「よく戦ってくれた」と謝辞やら頂いたところで命は戻ってこないのだ。


 だからこそ、綺麗事だけでは治まらないのである。

 勝てれば良し。その父や兄、弟といった家族を失った者の不満や怒りは敗者に向けさせればいい。少々薄汚いが、自分の支配地を綺麗に納めるためには必要な情報戦である。


 では負けた場合はどうするのか?

 それこそ支配地は奪われ、支持してくれていた住民たちからも怨嗟の目を向けられる事になる。

 勝負に出る商人としては絶対に避けなければならない結果だろう。


 だからこそ、ヴィクトールは俺たちを商会に招いて接待をしようとしているのだ。

 俺たちが宿を借りる対価を必ず求めてくるはずなのだ。

 それをチラつかせぬように細心の注意を払って、必死にご機嫌を取りに来るのだ。

 この程度見抜けずに国際社会で会社の売り買いなんて出来るはずもない。


 先程の命を投げ出すような対応すら見せ金と同じに違いない。

 だが、そこが彼の商人として出し得ただったのだろうと思う。

 商人が金を出したところで誰も感心などしてくれない。

 金に汚い商人が事ほど効果的な演出があろうか。


 俺はその態度に感心したんだよね。

 やるべき時にやるべき事をできるのは中々出来る男の証明である。

 その一点だけで「彼に加担しても良いかな?」と俺に選択肢を用意させたんだからね。


 ま、そんなヴィクトールから何を俺たちに提供させるか……そこが難しいところではある。

 こんな何もない砂漠の貧乏国に俺の得になるモノを提供できるかという所が最大の問題となるだろう。


 さて、思案はこのくらいにして、ブリギーデにまだ色々聞いておきたい事がある。


「では、ロック鳥の保護については決定事項として今後の行動を計画しよう」

「この国の南は世界樹の森と接しておるし、それが良いじゃろな」


 マリスが言わんとしている事は、古代竜たちの多くは世界樹の森と言われる中央森林に生息しているという事だ。

 怖い怖い……


「となると……

 このセントブリーグ以外の四つの都市をぶっ壊すのが一番簡単な解決方法だけど、反対意見のある人~」


 真っ先に手をビシッと上げたのはブリギーデである。

 目をまん丸にして真っ青な顔なのが笑えます。


「はい。ブリギーデさん」

「そ、それでは国が滅びます……」

「そうですね。単純計算でも約半数の国民が死滅するでしょう」


 俺はブリギーデの発言に即座に頷いて賛同してやる。


 まあ、そんな簡単な計算はどうかと思うが、ちゃんと状況を推測すると約七割の国民は、その処置の余波を食らって近い内に消滅します。

 都市だけを潰しても、その周囲で経済活動や生産活動をする者たちは生きていけなくなるわけです。

 生き残ったセントブリーグのみでは、それらの国民の生活を維持するだけの力はありません。

 この危険な砂漠で物流を管理維持する事の大変さは想像を絶するのです。


 俺が全面的に協力すれば別だよ?

 以前、国元でも導入を考えていたゴーレム輸送部隊を編成すれば簡単に解決する話だからね。


 だが、それを組織させる資金力も資材も今のアゼルバードには無い。

 街同士で小競り合いの内戦を起こしてる国にあるわけないけどな。


 こんな切羽詰まった国が、物資の浪費たる戦争なんて起こしてる段階で本来は詰んでる話なんだからねぇ。

 世界が欲する戦略物資でも算出してりゃ別なんだが……


「では、のは否決されました。

 他に何かある人~」


 ボツ意見が意見の呼び水になりいくつかの提案が成された。


 まず、話し合いで問題を解決できないかという事。


 これは当事者たる他の街の指導者を集めて話し合いをすれば済む話だから比較的簡単な事だ。これはトラリアのオットミルの街でもやりましたね。


 ただ、その話し合いの席にその指導者たちを呼んでくるのが面倒かな。

 有無を言わせず連れてくるのは簡単ですが、絶対に禍根を残します。

 相手が納得した上でお越し願うのが肝要になる訳です。


 次の提案は、戦争を放置しておくという提案。


 小競り合いが起きるのが前提で、どの陣営が勝利を収めるかで俺たちが取るリアクションを決めていくという話だ。

 これは俺たちが手出しする必要がないので非常に簡単で面倒がない事が利点だ。

 流れに身を任せて、結果が出た頃にその上澄みを掻っ攫う。

 非常にスタイリッシュに終わらせる事ができそうです。


 ただ、これの問題点は話の進む方向を俺たちのコントロール下に置けないという事だろう。

 期待通りにヴィクトールの軍勢が勝利を収めればいいが……他の街の連合が勝ってしまったら?

 後から軌道修正するなんて想像を絶するほど面倒な事態になりかねない。

 勝者たる他の街軍に「食料はやるけどロック鳥はやらん」なんて話が通じるとは到底思えないしなぁ。

 間違いなく不満が爆発してと他の街軍との間で戦闘になるだろうよ。

 人も物資もないこの国で働き盛りの者どもを虐殺するなんて勿体ない事が出来るわけなかろう?


 で、基本路線として「敵となる街が繰り出してくる兵力に対抗するだけ。皆殺しとかせずに内戦を丸く納めたい」という事が前提条件として決定された。


 今のところは、ヴィクトールの出方次第で、事後臨機応変に考えていこうという感じに。


 そんな話し合いが行われているところにヴィクトールがやってきた。


 俺たちが眉間を突き合わせて話し合いをしていたので、ヴィクトールは「どうかなさいましたか」と少々心配顔だ。


「いや、ちょっと色々情報の交換会をしていてね」


 俺がにこやかな顔でヴィクトールにそう言うと、ブリギーデが俺の豹変ぶりに驚きつつもコクコクと頷いている。


「おや、ブリギッテさん、こんなところに。

 探していたんですが、既に辺境伯様と親しくなられおられるとは、さすがですね」


 ブリギーデはブリギッテと偽名を名乗っているらしい。

 まあ、殆ど一緒だよな。


「ええ、有名な踊り子さんらしいですね」

「そうです。

 ブリギッテさんはどの街でも大変人気の踊り手でして、アゼルバードでは最も有名な人の一人です」


 ヴィクトールは嬉しげにブリギーデを紹介してくるが、俺には真の正体を既に知られているので彼女自身としては顔面蒼白状態ながら作り笑いをしている。


 踊りと歌の女神なんだから踊りが上手くて当然です。

 下界で有名人になるのも簡単だっただろう。もはや反則です。

 いわゆるチートして有名になったのと同義です。


「ブリギッテさん、本日は辺境伯様を晩餐にお招きする事にしたのですが、辺境伯様たちに貴女の踊りを披露して頂きたいのです。

 よろしいですか?」

「か、構いませんことよ。辺境伯様の前で披露できるとは、なんて光栄なことかしら」


 ブリギーテの作り笑いが寒々しい。

 ご愁傷さまではあるが、俺も踊りの女神のダンスとやらは是非見ておきたい。

 ウチの陣営入りしたレストモリア子爵や娘のハリエットに話して聞かせたら喜ぶだろうしな。


「それは楽しみだ。ブリギッテさん、よろしくお願いしますね」

「畏まりました。こちらこそよろしくお願いいたします」


 ブリギーテが張り付いたような笑顔で頭を下げた。


「事後になり真に申し訳有りませんが……

 当家の辺境伯様、晩餐にお招きしたいのですが……」

「ああ、喜んでお呼ばれしましょう」

「お連れの方たちもご一緒にどうぞ」


 その言葉に食いしん坊チームが反応する。


「オーファンラント以外での晩餐はルクセイド以来じゃろか?」

「そうですね。ケントさんはあまり堅苦しいのは好きじゃありませんから、他国の偉い人とは食事を殆どしませんから」


 マリスの言葉にアナベルが自分の記憶を探り肯定した。


「ま、それは仕方ない事だ。

 どこの晩餐よりもケントの手料理の方が上なのは当然だからな」


 ティエルローゼは基本的に料理文化が未発達ですからな……


 シンノスケが色々伝えたフソウですら天ぷら文化が衰退してたし、自由貿易都市アニアスなどは肉じゃがしか伝わってなかった。


 生食は基本的にご法度だから刺し身や寿司などは皆無だ。

 時に死人が出るんじゃ仕方ない事だけど……


 ま、この農作物も殆ど育たないだろうアゼルバードで、果たしてどんな料理が出されるのか少し興味はありますが。


「では、晩餐の準備が整うまで、こちらでお寛ぎください」


 ヴィクトールは俺たちが招待を受けたからか、上機嫌で階段を上がっていく。


 あの様子からすると会場は三階だろうか。

 自宅のスペースを晩餐会として使うなら、それなりに調度品とかに自信ありなんだろうか。

 ま、商人なんだから「金持ってます」ってアピールがステータスな部分あるだろうし仕方ないか。


 キンキンキラキラな感じだとセンスを疑うが、一階と二階を見る限りセンスは悪くないからな……

 ちょっとくらい期待しておこうかな。

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