第28章 ── 第19話
ブリギーデの座るソファの前に歩いていくと、女神が俺を見上げた。
「貴方は、一体何者なのですか?」
まあ、そう聞きたいのは理解できる。
親神に自分を任されるような存在、それも命令されてではなく願われてだ。
「俺はハイヤーヴェルにティエルローゼの後の事を任されたんだよ」
「え!?」
ブリギーデがダナから分離独立した頃には既にハイヤーヴェルとは名乗っていなかっただろうが、名もなき神の真名くらいは親神から聞いたようだ。
「に、人間なのにですか……?」
「いやあ、俺はここの人間じゃないからね」
「と、言うことは……プ、プレイヤーなのですか!? アースラ殿と一緒の!?」
「そうなるね」
ブリギーデの顔がはみるみる理解の色を示す。
「お察しの通り、俺は地球でハイヤーヴェルが作った子供の子孫だそうだ。本当かどうかは知らんけどね。
こっちに転生してきてるプレイヤーはみんなそうらしいんだよ。
で、その中から俺が選ばれたという事なんだろうね」
自分に自信があまりないので、何で選ばれたのかは未だに不明だ。
ハイヤーヴェルの声が届いたのが俺だけというのが理由なのかもしれないが、そんな安直な理由では納得したくないところではあるが、説明をしてくれる稀有な存在はこの世のどこにも存在しないだろう。
なので俺にしろ、他の神々にしろ、与えられた情報で納得するしかないのだ。
「理解致しました……」
「それじゃ話してもらいたいんだけど、何でコッソリ地上に降りてきてるの?」
「それは……あの……えーと」
ブリギーデは目を伏せ口籠った。
ブリギーデのこの反応からすると大した理由じゃなさそうな気がしてきた……
「素直に応えないのはこの口でしょうか」
さすがにブリギーデの素直じゃない態度にカチンと来たのか、アラクネイアが彼女の口元を捻り上げるように摘んだ。
「いたたた!」
「主様への不服従には当然の報いです」
「まあまあ……そのくらいで」
俺は苦笑しつつアラクネイアをなだめる。
俺に絶対服従のアラクネイアはブリギーデの口を直ぐに離す。
「何で魔族風情が……」
ブリギーデはアラクネイアの正体にすぐに気付いた。
俺にしろ他の神々にしろ、神が持つ目はモノの本質を見抜く。
本来はファルエンケールの女王のようにユニーク・スキルとして与えられる代物なんだろうけど、神は標準装備しているっぽいね。
「魔族だとなにか不都合でも?
我々はケント様の魂の色とお力によって、その御威光にひれ伏した者。
いわば神界の神々と立場は同じ。
木っ端女神ごときに魔族風情と侮られる存在ではございません」
「然り。我が主の言葉こそ、この世の至高と知れ」
アモンとフラウロスも魔族風情呼ばわりでご立腹です。
配下魔族は絶えず俺の周囲を守る気概の持ち主なので、ぽっと出の神ごときに下に見られるのが我慢ならんのだろう。
まあ、レベル的にいうと、ブリギーデの方が格下になるし仕方ないかな。
ウチの魔族連は、アモンが一〇〇、アラクネイアが九〇、フラウロスが八五だからね。
ブリギーデはイルシスと同じように若い神らしく、レベルはまだ八〇しかない。
神々でもレベルを上げるのは大変なんだろうな。
というか、神々ってレベル上がるのかね?
俺の「加護」の所為なんだろうけど、魔族たちは結構なスピードでキッチリとレベルを上げてきているので格下の神など屁とも思ってないのは間違いない。
ウチの仲間は基本、全員が武闘派だからなぁ……
アラクネイアはお淑やかな貴婦人風だが、さすがはカリス四天王の一画といえようか、その内側は凄まじい。
最近詳しく調べて知ったんだけど、彼女のスキルはアサシン系の暗殺技術のオンパレード。スキルラインナップを見たら身震いするほどだ。
彼女はカリスの傍らにいつも控えており、いざとなったら最終防衛ラインとして機能する役目を負っていたと思われる。
ただ、カリスは戦場でアースラとの一騎打ちで果てたらしいので、アラクネイアの真髄は発揮されずじまいだったようだが。
アラクネイアは、こと空間魔術には特化していて、自ら作り出した亜空間に敵を閉じ込め、その中で切り刻むのが彼女の戦術らしい。
どこから斬りつけられるか判らない亜空間で大抵の敵は逃げ出すこともできずに絶命する事になる。
アラクネイアでも勝てないような敵には、亜空間防壁を展開して標的の行動力を著しく低下させるらしい。
亜空間内で流れる時間を操作できるので可能な荒業だろう。
これは抵抗する事のない「空間」が対象のスキルなのでレジストが不可能らしく、チートではないかと思ったよ。
コレ、亜空間を二つ作って、それを敵にぶつけるとするよね。
そして片方の亜空間の時間を止めると、どんな事が起こるかは想像できるでしょ?
俺ならそれを「
まあ、アラクネイアの特性はこのくらいにしておこう。
彼女の能力はそれだけじゃないのは既にご存知だろうしな。
「この国が……」
ん? ようやく話す気になったか。
「このままでは、この国が滅んでしまうからです……」
「はて。それが君に関係あるのかい?」
「大ありです! この国は私が……いえ、私の管轄なのですから!」
あー、言いたいことが見えてきた。
「君はアゼルバードの前身となったアーネンエルベの守護神だったっけ?」
「そうです……」
「魔導王国なのにイルシスじゃなくて何で君を守護神としたのか謎だけど、なるほどその頃からこの土地は君の神力の足掛かりってことで間違いないかな?
」
「そ、そうです……」
俺に見透かされたのを理解したようで、ブリギーデの顔が真っ赤に染まる。
自分への信仰を維持するためにアゼルバードの延命を画策したって事だな。
神界の規則違反なのは間違いないねぇ。
だが、神の力に頼らずにそれを成し遂げようとした事は考慮すべき点ではあるか。
「なるほど……
ダナの言う無謀浅慮とは程遠いけど心情は理解できたよ」
「も、申し訳ありません」
「いや、神の力を以て事に当っていない部分は評価する。
下界で無闇に神力を注いで問題になったヤツが神界にはいるからね?」
それを聞いてブリギーデがポカーンとした顔になった。
「そんな事をした神がおられるのですか?」
「ああ。ヘパさん……ヘパーエストだよ」
ブリギーデが目を丸くする。そして自分の腕環に手を添えた。
ほう、それがヘパさん手製の神具ですか。
かなり豪華な装身具だとは思ったけど、なるほど納得です。
「お陰でヘパーエストは謹慎処分を食らった。今はもう謹慎も解けているだろうけど、大問題に発展するところだったんだよ」
「神界は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、今は丸く収まったよ。
全ての神が肉体を取り戻したので、肉体の有り無しに関する対立もなくなった」
「そ、そんな事が神界で起きていたのですか!?」
「ははは。だから神界事情に疎くなってるって言ったんだよ」
俺の言葉にイチイチ驚くブリギーデが面白い。
というか、さっきからファーディヤもポカーン気味ですけどね。
人間に神界事情なんか聞かれてたら困るところなんだけど、どうも普通の人間じゃないようだから問題にはならんと思う。
今のうちに神界やら神やらに慣れておいてもらいたいところだしな。
「それと神力維持に関してだけど……今はオーファンラント王国のトリエン地方に神々が自由に降臨できる場所を用意してある」
「は?」
ブリギーデは何を言っているのか解らないという顔で俺をマジマジと見た。
「そこに出入りする人間は基本的に神の信者だから、君の信者も来るはずなんだよね。
そこで信者との交流が可能になったので、神々は神力集めが比較的簡単になったと喜んでいるよ」
「そうなのですか……」
「ああ、そうなんだよ」
ブリギーデが神界から出奔した理由は判明した。
自分を守護神と崇める国が無くなったら、確実に自分に集まる神力が減っていく。
それを憂いての行動だったけど、秘密裏に行う為に行方を眩ませる必要性があったのだろう。
お陰で激動に見舞われた神界事情も知ることができなかったと……
知ってみればどうという事もない理由だが、人々の信心の量が神の能力に直結するのだからブリギーデとしたら死活問題だったはずだ。
信仰を失って消えていくなど、神にしてみれば死病に犯されているようなもので、相当の恐怖だったに違いない。
神が肉体を失っても死滅することがないのは人々から信仰されているからではないかと思う。
それこそが神々が魂だけでも死ぬことなく活動できる理由なのだろう。
そう考えると、神だとしても死を恐れる人間と大して変わりない存在なのかも。
ハイヤーヴェルが力を失っていった理由もコレかもしれない。
有る事に感謝し創造神を敬う事が当然だった時代と異なり、有る事が当たり前になってしまって敬う気持ちや畏れ、信仰心が無くなったらどうなるだろうか。
もちろん、色々なモノを創造した為に力を失って、世界に偏在する存在となった可能性もある。
名も捨て、世界の有り様に尽力した結果、信仰される事が稀有になったのなら、あり得る話でしょうな。
現実世界の物質文化的な状況を考えると、そんな気がしてくる。
「だが……」
俺はここでブリギーデにもう一度視線を戻す。
「今のアゼルバードの状況を見ると君の行動が全部悪かったとは言えなくもないね」
「そ、そうなのです! 私の神獣が狙われていると聞いています!」
「らしいね。
で、その神獣ってロック鳥で間違いない?」
俺がそういうとブリギーデはコクコクと頷いた。
あたら美女が子供みたいな仕草をして残念な気もするが、それはそれで可愛い感じもする。
「ふむ……これは放っておくと色々と面倒が起きそうなんだよな……」
「そうなのですか?」
「まず、神獣を傷つけたとなれば、君も神界のダナたちも放っておかないだろ?」
「そうなります。
私の神獣ではありますが、伝令として重要な役割を先の大戦時に担ってくれた希少な一族なのです」
そういう事だ。ダナを筆頭とする系列神に加担した奴らは焼かれることになるだろう。
それだけでじゃない。
「マリス」
「なんじゃ?」
「今はドラゴンもロック鳥を保護しているんだよな?」
「そうじゃぞ。増えてくれぬと困るでな」
となるとロック鳥に手を出したら古代竜たちまでもが動き出す事になりかねない。
古代竜の方は私利私欲感が半端ないが、力ある存在たちだからワガママも普通に通すだろう……
そんなことになれば、確実にこの地は焦土と化し今以上の死の大地に変容するだろう。
この地は呪われているのだろうか。
アゼルバードの前身であるアーネンエルベもベリアルに滅ぼされたと聞いているんだが……
マジで困った土地だな。
いっそ更地にしたくなるレベルで問題児だ。
だが、ここを守ろうとするヴィクトールや、この地で生きてきたファーディヤなどに罪はない。
ここは冒険者として何とかしないといけない場面だよねぇ……
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