第28章 ── 第18話

 セントブリーグは、街の外郭で考えると元々はオーファンラントのドラケンくらいの大きさだったようだ。

 ただ、王子の内乱が起きた結果、あちらこちらが破壊されて街の景観は荒れてしまっている。

 城だった場所もかなりの損傷を受けており、尖塔などの高い部分は全く見当たらない。


 よほど執拗に攻撃しなければ、ここまで壊れないんじゃないか?


 俺の感想は「火球ファイア・ボールを一〇〇発くらい撃ち込んだらこうなるんじゃないか」というところだ。


 この崩れた城の近くにレオンハート商会の建屋がある。

 ヴィクトールによれば自宅兼仕事場だそうだが……


 ひと目、この邸宅を見た瞬間に、王城付近で、大きめで、被害をあまり受けてない貴族邸を接収した、と脳裏に浮かびました。

 この邸宅の裏には城の堀を利用した水路があり、それは海まで繋がっているというのも選択条件に上がったものと思われる。

 その堀と裏庭が接しているので、荷物の運搬に好都合だしな。

 で、その広い裏庭には石造りの堅固な倉庫がズラリと新設されている。


 綺麗な庭園よりも商品を入れておく倉庫……まさに商人の発想ですなぁ。

 俺は嫌いじゃないけどね。


 邸宅も相当広いんだが、一階は商会業務、二階は俺たちのような客などの接待や宿泊に使われているようだ。

 ヴィクトールや彼の家族たちの生活の場は最上階の三階だそうだ。


 例の英雄譚大好き船長たちも二階に逗留しているそうで、騒がしくなる予感しかしない。


 もっとも、案内された今は仕事で留守にしているようなので静かだったが。


「こちらにお部屋を用意させますので、今はロビーでお寛ぎ下さい」


 否応無しに連れて来られたレオンハート商会だが客への対応は悪くないし、宿を取ろうと思ってたので渡りに船ではある。


「あら? 新しいお客様?」


 その声に振り返ると、妖艶な美女が隅の部屋から出てきたところだった。

 その美女は俺たちを値踏みするようにジロジロと見てきた。


「ああ、どうも」


 俺は美女に見つめられるという微妙に居心地の悪い気分を味わいつつ、一応挨拶をしておいた。


 美女の服装は上半身の露出が非常に多い。

 ブラ一丁って感じですかね。

 といっても、そのブラは装飾が施されてキラキラしているところを見ると、見せブラってヤツですか?

 いや、ブラじゃなくて、そういう服なのかも。


 上腕には金の腕環うでわを装着していて、その腕環うでわから細い糸で向こうが透けて見えるほど薄く織られたシルク地が垂れ下がっている。


 そして下半身は上半身とはうってかわって、ダボっとした白いパンツだ。

 何て名前のパンツかは知らんよ、専門外だし。

 アラジンが履いてそうって言えばイメージできるか?


 何者か判らないときは大マップ画面の検索機能。

 その結果を見て俺は「頭を抱えた」とだけ言っておきたい。

 もはや、目的のモノがこんな簡単に現れるとは。


にも匹敵するほどの美女が声を掛けてくるとは僥倖と言わざるを得ないが……」


 俺のセリフの「女神」の部分にピクリと反応する美女。


「貴方……は……」


 そりゃ、マリオンやファルエンケールの女王も言ってたけど俺は創造神の力の所為で「織りなす力」とかいう神っぽいオーラ出してるらしいからね。

 神ならひと目で解るでしょうよ。


「まあ、ここで会ったが一〇〇年目……事情を聞きたいんだが?」

「なんじゃその言い回し……何か格好良いのじゃが? ここであったが一〇〇年目?」


 マリスは相変わらず変な所に食いついてくるよな。


「俺の世界の古い言い回しだよ。悪事が露見したヤツに向かって言い放つ感じだな。とうとう見つけたぞ的な?」


 マリスは「ほうほう」と感心しているが、そんな事はどうでもいい。


「いや、話が続かんから今は黙っておけ」

「了解じゃ」


 聞き分けが良いマリスさんにはご褒美に頭をなでておきます。


「あ、貴方は誰なの……? 新しい神なの?」

「いや、神じゃないけど……まあ、神界の神々から見れば似たようなもんだな」


 俺たちのやりとりを仲間たちは興味深そうに見ている。


「誰なのです? 神さま関連のお人なのです?」


 アナベルよ。神界ネタになるとワックワクになるのは解るが、今までの流れを考えたら簡単に気づくだろ。


「お前さん、ここんところ地上にずっといるせいで神界事情に疎くなってるっぽいね?」

「女神に向かって『お前さん』とは何ごとか!」


 美女が俺に片腕をさっと突き出したが何も起きない。


「ど、どうして……?」

「オイタはそのくらいにしておけ、女神ブリギーデ。

 俺に神罰は発動しないんだよ」


 そう。この美女は歌と踊りの女神ブリギーデだ。

 なんでレオンハート商会にいるのかは知らんが、まさしくここであったが一〇〇年目とはこのことだな。


「さて、神界から出奔して何年も行方を眩ませている理由くらいは聞かせてもらえるんだろうね?」


 俺がそう問いかけてもブリギーデはペタンと床に座り込んで何かブツブツ言っている。


「そんなはずは……でも神罰が……神界の者……いいえ使徒にも……」


 何だか放心状態なので話にならん。

 どうしたもんかと俺は思案にくれてしまうよ。


「アレが女神ブリギーデなのか?」


 トリシアが怪訝そうな顔でへたり込んでいる女神を見下ろしている。


「そうだよ。神界から逃げ出してここでへたり込んでる理由を知りたいんだけどな」

「さっさと風の女神ダナに引き渡してしまえばいいんじゃないか?」

「いやー、それだとブリギーデが何でコッソリ地上に降りてきたかが解らなくなりそうだからなぁ」


 俺が呼べばダナは直ぐに降臨するだろうし、有無を言わせずにブリギーデを連れ帰ってしまうに違いない。

 俺としては、末端の神だとしても、何で地上に降りてこなければならなかったのかという理由を知りたい。


「はいはーい。こんな石造りの床に座り込んでは冷えますよ~。

 こちらの椅子に腰掛けましょうね~?」


 アナベルはブリギーデの手を取って立ち上がらせると、近くのソファに丁寧に座らせた。


 女神だから親切にしているというより、あたら女性が放心しているから介抱していますって感じなのがアナベルらしい。


 ブリギーデが落ち着くまで少し待つ。

 もちろん逃亡を許すつもりはないので、逃走経路にはハリスとアラクネイアを配置することは忘れない。

 まあ、創造神の目でブリギーデの本質「魂の色」を把握したので、どう変装しても逃げることはできなくなったんだが。


 ブリギーデ発見から数分した頃、俺に念話が掛かってきた。


「はい、もしもし?」

「お世継ぎ様、ダナでございます」

「ああ、どうも。君の眷属を発見したよ」

「神界からお窺いしておりました」


 だろうな。

 ファーティヤの一件で招集してから、その後の動向が気にならないわけないもんね。


「ダナ、ブリギーデは無事に見つかったわけだが、直ぐに神界に送り返した方が良いのか?」

「いいえ。その子のしたいようにさせてあげていだけますか?」

「なん……だと……」


 今までファーディヤの人生に介入したいだけ介入したくせに放置なのか?


 神々の念話なので、俺の脳裏に浮かんだこの言葉も当然ダナに伝わった。

 ダナは俺の不快感ごと感じたらしく、慌てたように付け足した。


「お鎮まりくださいませ、お世継ぎ様。

 お世継ぎ様のお気持ちも理解しております。

 ワガママをしたブリギーデをいつまでも下界に置いておくなど、神の影響が強く出てしまいかねませんし、それでは他の神々への示しも付きません。

 ですが、ブリギーデは無謀浅慮なことをする者ではございません。

 何か理由があるはずでございます」

「親心だとは思うけど、神々の降臨はこの地上には著しい影響が出る。

 まあ、神の力を行使してはいないみたいだけどさ」

「それをしていたら私が気付かぬ訳がありませんので……」

「そうだね」


 俺は項垂れているブリギーデに視線を向ける。


 どうやら俺たちの念話会議にちゃんと繋いで聞いているようだな。

 ダナがブリギーデ会議に招待したんだろう。


「聞いていますね、ブリギーデ」


 ダナの声にブリギーデがピクリと肩を揺らした。


「は、はい……親神様……」

「この一〇年、行方を眩ませていた事については、神界に戻った時に事情を伺う事にします。

 これより下界においてお世継ぎ様の指示に全面的に従うように」

「承知致しました……」

「では、お世継ぎ様、至らぬ娘なれど、よろしくお願いいたします」

「ああ、貸し一つな」

「はい」


 そういうと、ダナは念話を切った。


 気分屋だから気をつけろとアースラは言っていたが、眷属神の親としてはちゃんとしているみたいだ。

 まあ、風を司る女神の根源たる風の大精霊と誓約を結んでいるので、気をつけるもなにもない気がするけどねぇ。


 神でもなければ交渉すらできない存在に直接アクセスしている段階で反則チート気味ではありますが。


 この世界では新参の俺に神界の神々がひれ伏さざるを得ない理由ですな。


 俺という存在を気に入らない神もいるかもしれないが、その辺りは神界を束ねている秩序の神ラーマに任せてるから大丈夫だろう。


 ま、それでも跳ねっ返る神がいたとしても、先程のように神罰は俺には発動しない。

 これについてはタナトシスと初めて話した頃に判明しているしな。


 さて、念話会議で受け答えしてたし、ブリギーデは落ち着いたはずだ。


 何で一〇年も神界から姿をくらましていたのか、きっちり聞き出すとしよう。


 神界の規則において、神々は下界への過干渉を禁止されているはずだから、何か大きな理由があると思いたいね。


 いや、神の力を全く使っていないところを見ると、大した理由ではない可能性も否定できないか……


 四の五の考えていても仕方ない。

 直接事情を話してもらうとしますかね。

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