第28章 ── 第16話

 セザールの感激などは俺にはどうでもいいのだが、本人は気付いていない。


「で、私たちはいつ町へ入れるのかね?」

「は?」


 彼は言われたことが何の事だか理解できなかったのか、キョトンとした顔になった。


「私たちはこの町に入りたいのだが……聞こえているかい?

 まあ、一言だけ言っておくが、この町を君らが管理しようが誰が管理しようが私には関係がない」


 セザールは固まったままなので俺は続ける。


「君や君の商会が何をどう主張しようと私たちには何の関係ないのだと言っているのだが、君はそう思わないかね?」


 この人物は権力を握ってから日が浅いのか、権力というものの持つ力に酔ってしまっているような気がするな。

 番頭と言っていたところを見ると、彼の言うレオンハート商会という組織の中でもエリートなんだろうが……


 扱い慣れない力というのは、簡単に人を暴走させる。

 それが自分の実力と過信してしまうのだ。

 砂井もそうだったろう?


「聞こえなかったのか?

 よほど躾けのなっていない犬と見える」


 トリシアが馬車から降りてセザールと俺の間に立った。

 空気を読んで俺の護衛風の芝居掛かった動きだ。


 トリシアは歴戦の冒険者なので、そういう演技はお手の物だ。


「あ、貴女は……エルフ様!?」

「おい、私に『様』は不要だ。

 エルフは長命ゆえ人族たちから尊敬されているようだが、だからといって全員が偉ぶっているワケではない。

 私は辺境伯閣下の護衛官の一人だ」


 トリシアは左脇に吊り下るホルスターからハンドガンを引き抜き、セザールの顎をコツコツと軽く叩く。


「そもそも、直接辺境伯閣下にお声を掛けるとは無礼千万。

 国元であれば命はないところだぞ」


 脅しすぎだ。

 セザール君の足がガクガクしてますよ。


「トリシア殿、その辺でよかろう。

 興が乗って御者台などに座っていた私も悪かったのだろう。

 もう引っ込むゆえ、その者は許してやってくれ」

「はっ。閣下がそう仰るなら……」


 俺は馬車の中に引っ込み、ハリスが代わって御者台に座った。


「命拾いしたな。辺境伯閣下は寛大だが次はないぞ」

「はっ! 申し訳ありません!!」


 相当脅しが効いたようで、セザールは素直に頭を下げた。


「それで、お前は我々に何の用で話しかけてきた?」

「実は町に入る者たちの名簿を作っております。

 流入と流出を記録しておかねば、管理のための税を納めさせるのも難しいので、今はその準備段階の作業を実施しております」

「そうか。理解した」

「ご理解頂き感謝に耐えません」

「壁を補修するのにも金は掛かるものだ。

 商人が無償でそんなモノに金を出すなど考えられん事だからな。

 おいおい収入に繋げるつもりなのだろう」

「そ、そうなります」


 俗世に染まったエルフを初めてみたのか、セザールは恐縮しっぱなしだ。


「その名簿を貸せ。私が全員分書いてやる」

「ど、どうぞ。文字は西方語でお願いしたいのですが……」

「大丈夫だ。西方語の読み書きはできる」


 ルクセイドで教えてもらっておいて助かったね。


「これでいいな?」


 書き終わったトリシアが名簿を返す。

 セザールはトリシアが書いた部分に目を通して小さく頷いた。


「ありがとうございます……クサナギ辺境伯閣下は……トリエン領の領主閣下なのですか?」

「そうだ」


 平民が貴族に関わると碌な事はないんだが、セザールは貴族がどんなモノなのか正確に理解していないのだろう。

 知らないからこそ、無遠慮に根掘り葉掘り質問してくる。


 トリシアはしばらくセザールの質問に付き合っていたが、段々表情が険しくなっていく。


「おい、セザールなにがしといったな。

 お前では話にならん。上の者を呼べ」


 どうやらトリシアを怒らせたらしい。

 まあ、そういう芝居なんだろうけど、迫真の演技です。

 上の者を呼ばせる事で、より有益な情報を手に入れるワケだ。


「失礼ですが、私もオーファンラントという大国が大陸最東端にある事は噂では伺っております。

 しかし、アゼルバードは王族も貴族も逃げ出した国です。

 他国の貴族と言えど、こちらの手続きには従って頂きませんと……」


 パチンと指を鳴らしたセザールの行動に、入り口の向こう側の建物から、ズラズラと武装した者が二〇人ほど出てきた。

 ただ、武装は統一できておらず、武器にしろ防具にしろチグハグな印象を受ける。

 パッと見、ゴロツキ冒険者の集団だ。


 順番を待っていた人々が、その集団を見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「お、やるか?」


 この言葉はトリシアではなく、馬車の中から頭だけ出して成り行きを見守っていたアナベルだ。

 既にダイアナ・モードなのはいつものこと。


 嬉しげに馬車から出てきた神官服のメガネ美女が、巨大なウォーハンマーを肩に担いで出てきたのを見て、武装集団がピュウと口笛を吹いた。


 バカだなぁ……

 マリオンの武装神官を相手に舐めた態度を取ると酷い目にあうんだが。


「あ、バカ……」


 セザールがアナベルの胸の上に輝く聖印ホーリー・シンボルに気づき武装集団に警告しようとした時にはもう始まってしまった。


「おらぁ!!!!」


 アダマンチウム製の超重ハンマーヘッドが一人の男を捉えて空中に跳ね上げた。

 手加減したようで、ただ空中に浮いたように見えた。


「ここからの~……ショット!!」


 落ちてきた男をアナベルがフルスイングで他の男たちに打ち出した。

 まるでボーリングみたいに何人もの男がなぎ倒されていく。

 この一発で、半数が打撲傷や擦過傷にのたうち回る事になった。


「ああ……マリオンの女性神官に口笛なんて吹くから……」


 セザールはマリオン神官がどんなモノか知っているのだろう、こうなった事は当然だと思っているようだ。


「まだ、やるか?」


 未だ嬉しげなアナベルの太陽のような笑顔に、男たちはブルブルと首を横に振る。


「ちっ、つまんねぇな」


 アナベルは途端に不機嫌顔になるが、一瞬ふらつくとダイアナが引っ込んだ。


「あら? 皆さんどうしたんです? お怪我しているようですね?」


 突然、人が変わったようなアナベルに、「お前にやられたんだよ」とも言えないようで、セザールも男たちも困ったような顔になる。


「アナベル、治療してやれ」

「はいなのですよ」


 自分で怪我させておいて自分で治療するアナベルが面白い。


「何事ですか!?」


 突然、そう怒鳴る声が聞こえてきたので、俺は御者台と荷台を仕切る幌布をめくり顔を出してみた。


 奥の路地から何人かの人間を引き連れた人物がやってきたっぽい。

 服装を見る限りセザールよりも身分は上だろう。


 白地の布が本当に白い。

 何を言っているか判らないかもしれないが、この中世ヨーロッパのような世界であるティエルローゼにおいて、真っ白な布などというモノは殆ど見ることはないのだ。

 貴族だって垢で汚れて微妙に黄ばんだような白い服を着ていたりするからな。

 それがこの人物はマジで真っ白な服を着ている。


 そこから推測して、この人間は砂漠で起きた例の化学反応に理解があるヤツなのかもしれないと俺は考えた。


「会長……どうしてここに……」


 ほう。あれがレオンハート商会のトップか。


「町を視察中に騒ぎが聞こえてきました。アルトマー、一体何の騒ぎです?」


 セザールはアワアワとするばかりで会長とやらに応えられずにいる。


「失礼だが、お前がこの男が言っていた商人の頭目か?」


 トリシアがギロリと会長とやらに鋭い視線を投げる。


「左様にございます。エルフ様とはお珍しい事です。

 私はレオンハート商会の会長を務めております、ヴィクトール・レオンハートと申します」

「私はトリシア・アリ・エンティル。オーファンラント王国貴族、クサナギ・デ・トリエン辺境伯閣下の主席護衛官である」

「トリシア……アリ・エンティル……?」


 ヴィクトールはそう言うと、トリシアの左腕に視線を動かし、アダマンチウムの緑色に光る義手に目を留めた。

 その目は驚きに飛び出しそうだ。


「東側最強……伝説の冒険者……トリ・エンティル様……なのですか?」


 その言葉にトリシアはニッと口角の片方を上げただけで応えはしなかった。


「なるほど、理解致しました。

 部下が無礼を働いたようで申し訳ありません」


 ヴィクトール・レオンハートは片膝を付き、両の手を胸の前で交差させて目を閉じて頭を下げた。

 無防備すぎるほど無防備な行動に、周囲の人々が息を呑んだのが俺の耳に飛び込んできた。


 あれは、トリシアに生殺与奪を許したという意思表示なんだろう。


「いい度胸だな」


 トリシアはそういうとヴィクトールの額にハンドガンの銃口を付け、それを見たセザールが慌てたような声を揚げる。


「か、会長……!?」

「そこまでだ、トリシア。武器を下ろせ」

「了解、ボス」


 トリシアはそういうとクルクルとハンドガンを回し、そのままホルスターにスポッと収めた。


 うーむ、格好えぇな……

 俺が教えたガンアクションを完全にモノにしてやがる。


 俺が声を掛けた事で、ヴィクトールが目を開けて俺を見上げた。


「貴方様は……」


 まあ、見た目が草臥れた緑色のブレストアーマーを着た冴えない男なので、何者かは判断つかんだろうな。


「こちらが先程申した辺境伯閣下だ」

「左様でございましたか。失礼致しました」


 ヴィクトールはそういって、また無防備な態度で頭を下げた。


「頭を上げたまえ、ヴィクトール・レオンハート殿。

 部下の前でそう安々と頭を下げるものではないと思うが?」

「商人たる者、下げない頭など不要にございます」

「ほう……」


 さすがに俺も目を細めた。


 あまり商人と親しく関わって来なかったが、この男は中々できた人物のようだ。


 商人は生産にも消費にも寄与するワケでなく、商品を右から左に運ぶだけで利益を得る下賤の身と彼は暗に言っているのだ。


 その部分を取り違うとセザールのようになってしまう。

 まさに市場に巣食う寄生虫といえる。


 商人の本質は金儲け、権力を得て踏ん反り返る事ではない。

 ヴィクトールの行動はそう言っているのだ。


「ふむ……中々できる態度ではないな。

 気に入った。許そう」


 俺がそういうと、ヴィクトールは流石にホッとしたようで固い表情が少し緩んだ。


「治療終わりましたー」


 能天気なアナベルの声に、御者台のハリスがとうとう吹き出した。

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