第28章 ── 第15話

 再び車に乗り込み、神がいるとマップで表示された町へと急ぐ。

 空は今ままでの砂嵐が嘘のように晴れ渡っていたので飛行にも問題なさそうだ。


 しばらく飛行を続けていると眼の前に岩山のような小高い構造物が現れた。

 その岩山らしいモノの上には明らかに自然物ではない何かが鎮座していた。


 俺の記憶が確かならば、あれは鳥の巣だ。

 ただ、大きさが尋常ではない。高さは五メートル、前後の幅は二〇メートルはあろうか。


「何だありゃ?」


 俺の言葉にトリシアが後ろの席から乗り出してくる。


「デカイが……鳥の巣だろう」

「あの大きさでか? 大木組んでる段階で普通の鳥じゃないな……」


 俺の脳裏には巨大な鳥が空を飛んでいる図が浮かんだ。


「ロック鳥ってヤツじゃなかろうか?」


 俺の言葉にマリスが飛びついて来た。


「ロック鳥とな? あれは美味じゃぞ。まあ最近では古代竜界隈でも出回らぬ貴重品じゃがな」


 マリスによるとロック鳥は古代竜の宴会の料理としてよく出てくる肉なんだそうだ。

 ただ、最近は殆ど出回らないらしく、どこかの氏族が乱獲したのではとの噂があり、古代竜たちはロック鳥の保護を求める声が上がり始めているとか。


 やはり美味い素材は保護するなりなんなりで増やして長く食卓に並べたいという事だろうか。

 ドラゴンたちも考えてるなと思わせる証言を得て、俺としてはより親近感が湧いた。

 ティエルローゼの霊長は古代竜率いるドラゴン族なのは間違いない。

 そのドラゴンたちが保護するほどだから非常に珍しく、そして美味いのだ。

 俺も食べてみたいところだが、古代竜に生態系保護されている鳥を探し出して狩るのは気が引ける。


 ただ、そのロック鳥の巣とやらの見学はしてもいいだろう。


 俺はロック鳥らしい鳥の巣の上を飛行自動車で旋回し、車体下部に取り付けたモニタで巣の中を確認する。


 モニタには数メートルサイズの丸い岩がいくつか並んでいるのが映っている。


「あれは卵じゃないよな? 丸いけど岩だよな? 何で巣の中に岩が並んでるんだ?」

「ロック鳥じゃぞ? 岩に似ていて当たり前じゃろう」

「は?」


 この世界のロック鳥はロック鳥なのか?


「ロック鳥は古代竜並に大きいのじゃが、あまり強い生物ではないのじゃ。

 成体は驚異が去るまで巣を留守にするのが通例じゃ。

 だから卵は岩のような色や質感に似ておる。保護色ってヤツじゃろうか。

 生命の神秘じゃのう」


 いや、それはドラゴンを基準としているからだけじゃないのか?

 巨大というだけでタクティカル・アドバンテージは高いはずだろう。

 巣の大きさから判断するに成鳥としての体高は三〇メートルは優に超えていて、翼を広げたら一〇〇メートルを超えるような巨体のような気がする。

 そんな生物に人間が太刀打ち出来るとは到底思えない。


 俺はファーディヤに目を向けた。

 この地の人間は彼女しかいないので、その応えを聞きたいと思うのも仕方ないだろう?


「あの……この国の空を巨大な鳥が飛んでいるという話は、昔話には出てきます。

 でも、私自身は見たことはりません……お役に立てず申し訳ありませんが……」

「いや、気を使わせてすまん。

 となると、あの岩みたいのが卵って事は……この巣は生きているんだろうか」


 俺は大マップ画面を出してロック鳥を検索してみた。


 今いる所から一番近いロック鳥がいるらしい場所にピンが落ちた。

 北の海上あたりを一匹のロック鳥が飛んでいるらしく、ピンがゆっくりと移動している。


 ただ、マップ上での光点の動きから推測してみると、実際には時速二〇〇キロくらいは出ているに違いない。


 レシプロの小型飛行機並の速度だとすると、やはり弱いとは言い難いな。

 ウチの飛行自動車の速度は時速一〇〇キロ程度に設定しているので、リミッタを解除しない限り、ロック鳥との空中戦では分が悪い。

 ドッグ・ファイトするなら、せめて同クラスの速度がないとな。


 俺は親鳥が戻ってこないウチに巣から離れることにする。

 ドラゴンたちが保護している鳥を見てみたい気もするが、餌だと思われて襲われるのも困るし、関わったらなにが起きるかわからないからな。


 俺は大マップ画面を目の届く少々横に移動させて開いたままにしておく。

 飛行機で言うところのレーダーの代わりだ。

 大マップ画面なら何か現れれば光点として必ず表示されるし、敵対の具合も一目瞭然だからな。


 しばらく目的地へ向けて飛行していると、巣の南側から白い光点が現れたのが見えた。かなりの速度で巣に近づき、巣のあたりを一周回ってから巣に光点は重なった。


 あれ? 北に飛んでたのは親じゃないのか?

 巣の上の白い光点をクリックすると、そのデータが表示された。


『ロック鳥

 レベル:四〇

 脅威度:小

 ティエルローゼ大陸北側に生息するロック鳥のつがいの一匹。

 人々の言い伝えでは伝説の不死鳥フェニックスと同じ生物だと考えられてきたが別の生物。

 ロック鳥の寿命は一〇〇〇年以上であるため、不死の存在と思われていたと思われる』


 ほう……不死鳥フェニックスとな。

 そんなのもティエルローゼにはいるのか。


 一応、「不死鳥」を大マップ画面で検索してみると中央森林内に数匹生息している事を確認した。

 マジでいるんだな、不死鳥。


 ただ、不死鳥はティエルローゼにマジで数匹しかおらず、絶滅危惧種に指定したいほど個体数が少ない。

 まあ、不死なので少なくても問題はなさそうではあるが。


 二時間ほど飛行を続け、そろそろ神がいるらしい町の周辺に到着した。

 さすがに飛行中の自動車を衆目に晒すようなヘマはしたくないので地上に降りた。


「さて、町の近くまで来た。

 幸い高い砂丘は見られないし、馬車で行こうと思う」


 ま、馬車もゴーレム・ホースに引かれているので相当目立つんだが、空飛ぶ車よりマシだろう。


「ここはどの辺りなのでしょうか?」


 ただ空を飛んできただけだし、ファーディヤが聞きたく思うのも当然だろう。

 俺たちは彼女にとっては外国人だし、そんな外国人がちゃんと地理を理解しているか不安にもなる。


「ああ、これを見てくれ」


 俺は大マップ画面をファーディヤや仲間にも見えるように設定を変更する。


「ここが、現在地」


 俺は見やすいようにマップの尺度を変更して海岸線を含むアゼルバードの全体を表示させた。


「この白い丸が町を示している。この町が一番近い町だね」


 ファーディヤは地図を見たことあるらしく、瞬時に今いる所を把握した。


「この町は元王都です。ここに戻るのは二年ぶりです……」


 なるほど、ここが王都ね。

 空からは王城のような建物は確認できなかったが倒壊でもしたのかな。


 まあ、もう何年も前に放棄されたのなら仕方ないね。

 王城なんて役に立たない建物は、民衆たちが解体して建材にでも使っただろうしな。


 俺はエジプトにおける遺跡が、地域の建物の素材になったなんて話を聞いた事を思い出す。

 ピラミッドの化粧岩も剥がされたらしいからな。


「よし、もう昼も過ぎてるし、早いところ町に入って宿屋を探そう。あるよね?」

「あると思います……私は利用したことがないので判りません……」


 俺は応えを聞きつつ、馬車をインベントリから取り出して設置する。


「了解だ。

 さぁ、みんな馬車に乗ってくれ」


 馬車に乗って砂漠を北上する。


 町の南には東西に広い街道──といっても馬車や人によって踏み固められた大地というだけで、整備がされたわけではない──が伸びていて、それぞれは隣の町へと繋がっているようだ。


 この街道に乗り入れてようやく人が住む地に来たと実感する。


 南の砂漠はマジで人が住む場所じゃないからなぁ。

 普通の人間なら間違いなく死ぬだろうしね。。


 アゼルバードという国は広さの割に人が生存できる領域が思った以上に狭いという事がやっと解ってきた。

 これでは人口増加やら発展やらが非常に難しかっただろうね。


 そこに権力争いなどという殆どの国民には何の関係もない人災に見舞われて、さらなる荒廃が進んだんだろうと、容易に理解できる。


 俺たちが馬車を進めて、町の入口の門に到着すると、人々が行列を作って町への入場を待っているのが目に入った。


 人々は基本的には徒歩で、時にはラクダのような生き物に乗っている者もいるが数は少ない。


 俺たちのように馬車、それも銀の馬に引かれているようなモノは皆無だ。


 馬車の御者台の上に立って先頭の方を確認するが、別に兵士がいるわけではない。


 何やら名簿のようなモノを持ったヤツが、入りたい者の名前などを名簿に記載しているだけのようだ。


 支配者がいるわけでもないので、町への出入りは自由って事だろう。

 ただ、名簿を付けている人物がいるので、管理しようとしている者がいるのは解る。

 それが商人の勢力なんだろうね。


 やはり人が町を管理する以上、人々の出入りを把握しておかねば、色々問題を起こし放題になるし、それでは困るしな。



 一応、商人勢と敵対したいワケではないので、俺たちもこの行列にちゃんと並ぶことにする。


 少しずつ前に進む行列に馬車を操って追随していると、俺たちの馬車に気付いた名簿を持った人物が慌てたように近づいてきた。


 前の方の人々はええのん?

 と思っていると、残された物には別の担当が付いたっぽい。


「し、失礼ですが、どこかの国の貴族様でございましょうや?」


 少々緊張気味の名簿男が戸惑いつつもしっかりとした口調で聞いてきた。


「オーファンラント王国トリエン地方領主ケント・クサナギ辺境伯と申す」


 一応貴族かと問われたので、俺は正式な王国貴族として当然ちゃんと名乗ることにする。


「オーファンラント……? も、もしや東の大国では……?」

「大国かどうかは他国が判断することで、我らオーファンラント王国人が判断することではありませんな」


 皮肉だし、嫌味に聞こえそうなので、俺は出来る限り柔和に笑って応えた。


「そ、そうですな。噂では聞いておりますが……オーファンラントの貴族様は銀の馬に馬車を引かせておられるのですね。驚きました。

 申し遅れました。

 私、元王都セントブリーグの管理を任されているレオンハート商会の番頭をさせていただいております、セザール・アルトマーと申します」


 セザールと名乗った男はアゼルバード式らしい仰々しいお辞儀をする。


「丁寧な挨拶痛みいります。ところで、ここの町の入場は兵士が管理しているのではない様子だけど、貴族はおられないので?」

「今、この国に管理者と呼べる貴族や王族はおりません。

 なので、ある程度余裕がある我ら商人が町の管理を肩代わりしているという特殊な状況なのです」

「ほう。では王族や貴族が戻ったら、管理権は戻すわけですな」


 支配者層不在のこの国で最もデリケートな話題だろうと思われるが、他国の支配層である貴族として自然に無神経に振る舞っておく。

 王国や貴族が国民を支配するという構造に何の疑問も持っていない貴族なら当然の振る舞いだし、民草の心情を鑑みてとか、空気を読んだりするような貴族は普通存在しないだろうから、不審に思われないようにする為だ。


「いえ、既に貴族たちは国内におりませんので戻すことはありません。我ら商人がなんとか人々を導いていきたいと思っております」


 少々カチンと来たのか、セザールは貴族に対して少々挑戦的な口調だ。


 この程度で「無礼な」と言い出すのは下級貴族に多い。

 数十年前にはそういう貴族も多かったに違いないので、俺はセザールの挑戦に答えるような無粋な真似はしない。


「左様か。是非とも頑張って頂きたい。民衆とは生半には支配できぬものですからな」


 予想とは違う応えだったのか、セザールは一瞬狼狽えた。


「げ、激励感謝に耐えません」


 何やらテンパってるなぁ。

 その帳簿は何なんだよ。

 君は仕事しなくていいのかね?


 矢継ぎ早に言いたいことが脳裏に過るがあえて堪える。


 彼らには彼らなりの計算もあるだろうし……

 他国の貴族を準備している戦に巻き込みたいとかね。

 できれば自陣営の味方に引き込んで、他国をバックに付けるなんてことも夢見ている可能性もあるか。


 俺としては戦争に加担なんて御免こうむるし、ウチの王国に他国に介入するようなアホな事はさせたくない。

 ま、いいように煙に巻いてとっととコッチの目的を果たしてしまおうかな。

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