第28章 ── 第13話

 次の日の朝。


 朝食は一日の活力源だと思うので、ご飯に味噌汁、焼き魚、漬物、卵焼きなどを用意し、みんなで食べました。


 ファーディヤは、照り焼き丼も綺麗に食べていたように箸がちゃんと使えますし、お米にも忌避感はないようで安心です。


 隣が米処のトラリアだし、船での貿易は行われているから彼女も身近に接している食べ物なんだろうと判断する。


 ドワーフの国ハンマール王国から定期的に金塊を安値で買い叩いている町があったんだから、商人勢はそれなりに金を持ってるんだろうね。

 ファーディヤに聞いてみると、商人は食料品を大量に仕入れて「炊き出し」という手法で他の住民の心を掌握しているらしい。

 貧民たちは商人の「炊き出し」という名の施しに感謝していて、商人の旦那の言うことは何でも従うんだそうだ。


 それを聞いた俺のセリフは「世も末」で決まり。


 貧民を助けるのは当たり前だが、それは商人がするものではない。

 本来なら支配者層がするのが順当なんだけど、ファーディヤが体現しているように王家は一家離散してしまって久しい。

 生産などに縁のない貴族は、目減りする財産を守ることもできずに没落していったとか。

 なので本来の支配者層不在のこの国の住民は「商人」という名の支配者を受け入れてしまったわけだ。


 俺は商人が支配者になっている状況を「世も末」と言ったのは、金儲けが至上である商人が政治をすると碌な未来はないと思っているからだ。

 政治家に政治献金やら賄賂などを渡している政治体制のウチはまだいい。

 商売しか能のない商人が政治を直接やりはじめたら、支配地の住人は基本的に骨皮になるほどに搾取されるものだ。金だけならともかく命まで搾取されはじめたら終わりだね。


 多分だけど今、商人が貧民も含めて支持を得ようとしてるのは戦争のためだ。

 あと五年もしたら町と町が争い始めるだろう。

 商人は市場を独占しようと動いているに違いないからだ。

 じゃなかったら、商人が慈善の「炊き出し」なんて奉仕活動するワケねぇだろ。


 アゼルバードは非常に危ない時期だと俺の頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 下手に巻き込まれると、胸糞悪い事に巻き込まれそう……


 何はともあれ、行方不明の神の一人はアゼルバードに降臨中なのは間違いない。

 まず、こいつを神界に引き渡したいと思う。


 仲間たちと野営を畳む作業をしていると、ファーディヤがどうしたら良いのか解らないといった風情で、あたりをウロウロしていた。


 一宿一飯の恩があるから手伝いたい思いもあるが、俺たちの力持ちっぷりを見て邪魔になると思っているようだ。

 それに、によって迷惑が掛からないウチに俺たちから離れた方がいいという考えもあるのだろう。


 だが、ファーディヤの隣にはフェンリルが控えており、逃げ出そうとすると銀の狼が付いて行く。彼女は早々に逃げるのを諦めた。


 そもそも俺は神々とそれほど関わりたいとも思ってないんだが、創造主の後継を任されてしまった為に神界の問題を解決しておきたいという欲求もある。

 後者の理由には「仕方ない」という感覚が存分に含まれているんだけどね。


 片付けが終わり、俺は飛行自動車をインベントリ・バッグから取り出した。


「お? 馬車じゃないのかや?」

「馬車にしたいのはやまやまなんだけどな……」


 俺は砂丘に目をやる。


「確かに、馬車であれを登るのは難しいだろうな」


 トリシアも肩を竦める。


「根性で!?」


 いや、アナベルよ。根性でも無理だろ……

 ついでに日差しが異様に熱いし、日射病とか熱中症とか脱水症状とかが怖いからな。


「まあ、理由は色々あるけど、今は乗りこめ」

「承知……」


 ハリスが乗り込むと他のメンバーも素直に乗り込む。


 最近、素敵忍者の実力をトリシアだけでなく、他の仲間たちも理解し始めているらしく、彼の行動に仲間たちも素直に従うようになってきたんだよね。

 レベルはトリシア、マリス、アナベルよりも低いから侮られる気もするんだが、多数の超絶素敵スキルが彼の能力を完全にカバーしているのだ。

 更に俺に対する忠誠心の高さは、魔族すら一目置いているレベルなのです。

 俺としてはって感じで付き合いたいのだが、気恥ずかしくて今更言い出せない。

 まあ、仲間として一緒にいてくれるだけで十分楽しいので良しとしよう。


「全員乗り込んだな? シートベルトは締めておけよ?」

「ガッテン承知の助じゃ!」


 マリスはそういって隣に座らされたファーディヤのシートベルトを締めてやっている。


「ここはこうじゃ。覚えておくのじゃぞ?」

「は、はい……」


 マリスは面倒見は良いよねぇ。見た目は幼女だけど。


「んじゃ、しゅっぱーつ」


 向かう先は、アゼルバードの一番大きい町セントブリーグ。

 アゼルバード王国の元王都だ。

 七年くらい前は寂れ始めていたものの、まだまだ綺麗な王都だったそうだが、今は見る影もないようだ。

 ファーディヤ自身は、そこに一〇歳くらいまで居たようなので寂れていく様などの記憶は鮮明にあるらしい。


 曲がりなりにも第二王女なので、王家が支配者として存続している内は良かったが、王と長兄たる王子が覇権争いを始めたくらいから、どんどんとおかしくなっていったそうだ。


 決定的に王都が破壊されたのは五年前。

 王と王子の軍勢がガチンコでやりあった所為だ。


 王都の真ん中で戦争すんなや! と聞いた俺は思ったよ。

 この寂れた砂漠国家で、どれだけ貴重な人命が失われたか……

 想像するだけで目眩するよ。


 比較的上下が緩やかな砂丘と砂丘の間の谷間を選んで飛行自動車を走らせる。


 だが、一時間もしない内にファーディヤが車酔いでダウンした。


 外に出て「うぇ~」とやっている姿を見ているのは可哀想なので目を背けておく。


 ここは砂漠だし、人もまず居なさそうだから空飛んだ方がいいか……


 再び車を走らせはじめ、頃合いを見て空に浮かび上がる。

 これにはファーディヤも出会った時のように目をまんまるにしていて少し和んだ。


 少々高度を上げて砂漠を観察していると、ところどころの砂丘から突き出た遺跡が見える。


「ファーディヤ、砂丘から出ているのは遺跡かい?」


 高いところが苦手のなかギュッと目を閉じているファーディヤだったが、俺の問に目を開けて窓の外に視線を向ける。

 だが、すぐにまたギュッと目を閉じてシートベルトを必死に握った。


「た、多分ですが……そ、そうだと思います……」


 ファーディヤは空を飛ぶのに怖がりつつも、情報だけは提供してくれるのでありがたい。


 アゼルバードが砂漠の国になったのは今から千年以上前だ。

 王国が立ち上がったのはその数百年後だけど、こんな砂漠の真ん中に遺跡が残せるほどに大きくはならなかった。

 よって、あの遺跡はアーネンエルベ魔導王国時代の都市の遺跡だろうと彼女は言う。


 アーネンエルベ時代の遺跡なら発掘したら宝の山だと思うんだがと言うと、こんな砂漠の真ん中で発掘できる力はアゼルバードの有力者にもないそうだ。


 水が全くない土地に遠征するには、どれほどの水樽が必要になるか判らない。

 発掘用の人足は相当人数が必要なので、物資輸送の点で断念せざるを得ない事になる。


 それでなくても砂漠を進むのは死と隣合わせだ。

 サソリなどの毒虫はもちろん、強力な怪物であるバジリスクも出るらしい。

 そうなると護衛の人間も必要になるし、さらに物資の必要数が跳ね上がる。

 とても人間の能力では発掘は不可能ということだ。


 ふむ。

 魔法の蛇口が数個あれば、何の問題もなくなるような気がしないまでもないが……

 だが、この寂れた国に魔法の蛇口を売るのは考えものだ。

 絶対商人が独占するだろうし、他の住民が水のために搾取される未来しかみえないからだ。


 それに、これだけ砂ばかりの土地が広がっているという事は、水の精霊力が内陸に殆ど及んでないって事じゃないか?

 となると、蛇口の運用効率は確実に落ちる。


 俺たちが使う分くらいは問題ないだろうが、この地の人間が普段遣いできるほど水が出るとは到底思えない。

 魔法にしろ水の精霊にしろそこまで万能じゃなかろうし、水の属性の精霊力がないのにその系統の魔法が発動するはずないではないか。


 水の精霊石でもあれば別なんだろうけどな。


 そういやトラリアもヤマタノオロチが魔力を使って水を出さないと、水が殆ど手に入らないんだったっけ?

 まあ、水耕農業するほどの水は出ないのは間違いない。


 そんな中を良く一〇〇キロも徒歩で制覇できたね、ファーディヤは。


 やはり神の権能くさい気がするな。

 絶対とは言えないけど、まず間違いなく不可能を可能にしています。


「君、そんな砂漠を一〇〇キロ歩いてきたんだよな?」

「はい……

 運が良かったのか、オアシスを発見したり、旅のドワーフさんに助けてもらったりとありました」


 いや、それでも一〇〇キロは無理だろ。

 本人はあまり自覚ないみたいだけど……

 なるほど女神たちが行方不明の神と誤解するのも解るわ。


 ファーディヤが怖がるので、飛行速度はあまり出さないようにしているのだが、二時間ほど飛行した頃、前方の風景に異様なものが見えた。


「ありゃ何だ?」


 俺の言葉にハリスは首を傾げた。


「あんなモノは……見たことはない……」


 というか、他の仲間たちも同様らしい。


 俺たちの声が戸惑っているのを感じて、ファーディヤが目を開けてフロントガラスの向こうを見た。


「す、砂嵐がやってきます!」

「おお、アレが噂の砂嵐か!!」


 俺は砂漠には行ったことはないが、砂嵐ってのは知っている。

 映画とかアニメとかで時々見た自然現象だしね。


 ただ、俺の知ってる砂嵐とはちょっと違う感じだったので驚いてしまったわけ。


 砂の津波みたいな感じといえばいいのかな? 砂の壁にも見える。


 それが上空何百メートルとあるんだよ。ビックリするだろ?


 砂嵐がどのくらいの高度まで達しているかも判らんし、飛行自動車のエンジン部分に防砂対策はしていないから、飛行自動車を地面に下ろしてエンジンを切っておく方が良さそうだと判断した。


 俺は地上に飛行自動車を下ろしてやってくる砂嵐を観察する。


 時間にして三〇分も掛からん内にこの地点まで来るだろう。


 俺は砂丘の麓に車を駐車して周囲の砂を土属性魔法で車庫のように整形する。

 落とし穴ピットの魔法を応用すれば簡単だ。

 対象が砂なので上手く機能するのか心配だったが、形を作るのには問題ないようだった。

 ただ、砂を整形しただけなので、叩くとボロボロと崩れてしまうのは仕方のない事だろうね。


 整形できた砂の壁にトリシアの水の霧ウォーターミストの魔法で固めてもらう。


 俺の周囲だと水の精霊力が非常に少ない場所でも水属性魔法が普通に発動するのは精霊の主だからだろう。

 チートと言われても『今更かよ』と言っておく。


 砂の壁の上に板を敷いて天井にし、その上にさらに砂を被せて……

 はい、車庫型の避難所が完成です。


 この程度で砂嵐を回避できるのかは謎だが、風属性魔法で入り口にエアカーテン代わりの対流を起こしておけば砂も侵入しないだろう。


 作業が終わった頃、俺たちのいる周辺が砂嵐に飲み込まれた。


 外は砂を含んだ暴風に荒れていてビュウビュウと凄まじい音がしている。

 それだけなく、バリバリ、ドカンと雷がなっている。


 砂嵐って雷落ちるの?

 そんな知識は俺の読んできた本にもなかったよ?


 だが、そんな落雷の音とともに、俺の背中のあたりを危険感知が発するチリチリとした感覚が走る。


 これは……何かやばいな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る