第28章 ── 第9話

「よーし、お前ら。風呂の準備が出来たぞ。女子チームから入浴せよ」


 幌布を使った陣幕を貼りつつ仲間に声を掛ける。


「了解じゃ!」

「わーいなのですよ!」


 マリスとアナベルが有無を言わせずに少女を引き連れて陣幕の中に入っていく。


「準備ができたって……旅の途中の野営なのにお風呂って……

 ケントの無茶苦茶加減を忘れてたわ」

「主様に失礼ですよ」


 呆れた声を出すエマをアラクネイアが窘める。


「露天風呂みたいなもんなのになぁ」

「陣幕で囲ったら露天風呂じゃないだろ。

 まあ、取り敢えず先に入らせてもらおう」


 トリシアの言いたいことも解りますが、そうしないと丸見えですからな。

 こんな人っ子一人こない砂漠の隅っこですから丸見えでも問題ないと思いますが、そこは男女混合パーティなんで節度は弁えておきたいではないかと。


 んで、さっきから男性陣が静かですな?

 と思いつつアモンとフラウロスを探すと、二人とも剣を抜いて斬り合ってた……

 いや、実戦形式の模擬戦だな。


 ただ、フラウロスは真剣に斬りつけているんだが、アモンは余裕綽々といった感じでフラウロスの剣をあしらってるね。


 現在、フラウロスはレベル八五、アモンは俺と同じくレベル一〇〇に到達している。

 アモンが手加減をしなければ、一瞬で片が付いてしまうって事だ。


 フラウロスは自分が一番レベルが低い事を理解しているし、俺たちの足手まといには死んでもならない気持ちでいるようだし、アモンに師事して腕を磨いているわけだ。


 もっともレベル八五もあれば、基本的には敵なし状態なんだけどな。

 他の魔族や古代竜、降臨した神々くらいしか相手にならないと思います。


「有効……」


 審判役のハリスがアモンのカウンター攻撃に有効を出す。


「ぬう。やはり待たれておるとやり辛いですな」

「来るのが解っているのですから、それを織り込んで体を動かせばいいのです」

「言うは易し……と申しますからな」


 陽が傾いたとはいえ、気温爆上がりの砂漠地帯で体を動かすとか結構自殺行為だと思うんですけど。


 俺は三人分のコップに冷水を入れて訓練中の三人に持っていく。


「君たち。

 身体を動かすのもいいが、水分はしっかり補給しておけよ。

 熱射病とか困るからな」

「承知しております」

「忝のうございます」


 フラウロスは炎を操る魔族なので俺と同じく耐火性能(耐熱含む)は抜群なんだろうけどな。


 まあ、レベルが高いのと水分補給を怠った脱水症状は別だと思うんだよね。

 高レベルだと身体の保水が可能なんて聞いたことないからね。

 身体が熱に耐えられたとしても、身体から水分は奪われる乾燥した気候には耐えられないはず。


 なので、気を抜かずにしっかりと水分補給をするのが重要だ。


 しばらくすると女子チームが風呂から上がったので、俺たち男子チームの入浴です。


 男の入浴シーンなど、誰も興味がないはずなので割愛するとしよう。


 風呂から出て、冷水を飲みつつ一息吐く。


 既に陽は砂丘に沈んでしまい、空がオレンジに染まっている。

 そんな砂漠の風景を眺めて飲む水がこの上なく美味い。


「では、始めようか」


 俺がそういうと、アラクネイアが少女を連れてきて俺の対面の椅子に座らせた。

 少女はアウアウ言っているが、アラクネイアの手には優しくも有無を言わせぬ力が籠もっている。


「やさしくじゃぞ? 人間は壊れやすいのじゃからな?」

「アラネアさんは手加減が得意なので大丈夫ですよ!」


 ハラハラしているマリスにアナベルが自信ありげに宣言している。


 アナベルさん、アラクネイアと手合わせしたんですかね?

 というか君、彼女よりレベル高いじゃん。

 アラクネイアが手加減される側だと思うんだが?


 アナベルの所為で微妙に不安になったが、アラクネイアはちゃんと手加減を知っていたのでホッとする。


「心配するな、ファーディヤ。

 ケントは事情を聞きたいと言っているんだ。

 包み隠さず話せばいい」


 トリシアは少女に優しく言い聞かせている。


 ふむ。俺の前にいる目をまん丸にしている少女はファーディヤという名前らしい。


「ではファーディヤ、聞かせてくれ。

 何でこんなところに一人でいたんだ?」


「わ、私は……呪われているのです」

「呪い?」

「か、神々の呪いです……

 私は他の者と一緒にいると、その者に不幸が訪れるのです」


 ほう。それはどういう理由で呪われているんですかね?

 神々の呪いって事は、どの神さまの呪いだろうか?


 彼女曰く、呪いは生まれた時に神々からもたらされたという。

 その呪いの所為で彼女の家族は彼女が幼い頃には互いに争いあい、そして離散した。


 父と長兄は互いに土地の支配権を奪い合った。

 母は父を疎み、若い男を作って逃げ出した。

 次兄は家の金を奪い女に貢いだ。

 姉は男とみるや誘惑し咥え込む毒婦となった。


「服からして裕福な家の出だと見受けるが、共も連れず腹を空かせてこんなところまで来たのは呪いの所為なんだね?」

「人がいるところにはいられなかったので……

 砂漠で死のうと思って街を出ました……」


 このアゼルバードという地には街がいくつかあるが、基本的に街と呼べる場所は海岸沿いにあるだけで、このトンネルからは一〇〇キロ以上離れている。


 徒歩で、荷物も持たずに一〇〇キロ? ありえない。


 俺はファーディヤをマップ画面でクリックしてダイアログを表示してみる。


『名前:ファーディヤ・ナス・ヌールハーン

 職業:王女、レベル四

 滅亡寸前のヌールハーン朝アゼルバード王国第二王女。

 神々によって争いの火種になる事が運命づけられてしまった薄幸の王女』


 なんじゃこりゃ?

 不穏な説明文の内容はともかく、レベル四だと!?

 レベル四で一〇〇キロ以上も踏破したというのか!?


 俺はステータスや称号なども参照してみた。


 称号には「アゼルバード王国第二王女」、「呪われた王女」、「テレイア神の加護」、「ダナ神の加護」、「デュリア神の加護」、「エウレーナ神の加護」と表示され、俺の目は点になる。


「ちょ、ま……これ尋常じゃないな……」

「な、何がでしょうか……」


 これ、本人に伝えてもいいのかな?

 呪いというより加護持ちなんですけど。

 これだの神の加護があるなら砂漠を一〇〇キロ程度歩いても生きてる可能性はあるな。

 しかし、「争いの火種になる運命」ってのは何だよ?

 神々よ、一体何やってんだよ?

 ところで、この神々の名前を俺は全く知らんのだけど……どちらさんだろうか?


 基本的に俺が覚えている神は、肉体を失っていた神々ばかりなんだよね。

 肉体を失っていなかった神々については、てんで覚えていない。


「ところで、神々の呪いって誰に聞いたの?

 普通、周囲で不幸が起こったとしても、それが君の所為ってことにはならんと思うんだけど」

「占い師が……私は神々に呪われし者だと……」

「え? 占い師?」

「はい。この国では……もう国があるとも言えませんが、アゼルバードの風習では、占い師が生まれた子に名を授けるのです。

 名付けの占い師は、その子の未来も占います。

 そして、私は『神々に呪われた子』と呼ばれるようになりました」


 呪いがいかほどの影響を彼女の人生に与えたかは定かじゃないが、何か不幸な出来事が起きるたびに全て彼女の所為だと周囲の者は噂したそうだ。


 だが、彼女の周りで起きる不幸は、彼女自身には何の影響も与えなかった。

 今の年齢まで生きてこられた事が奇跡と思えるほどに彼女の周囲には不幸が振り撒かれたが、彼女はいつも無事だったのだ。


 こうなると周囲の人間は彼女に関わるまいとしはじめる。

 彼女が物心ついた頃には周囲に大人は殆どいなくなっていたのである。

 最後まで一緒にいてくれた大人は乳母だったメナテルという名の女性らしい。

 メナテルはファーディヤの父に命じられて乳母となった女性だが、彼女の不幸な生い立ちに同情し、最後まで一緒にいようと努力してくれたという。


 だが、今から数ヶ月前の出来事だ。

 ファーディヤとメナテルは街と街の間を結ぶ乗合馬車で移動中に野盗どもに襲われた。

 メナテルはファーディヤを必死に逃げるように必死に説得した。

 自分が囮となるので、彼女だけでも逃げるように。

 ファーディヤはメナテルと一緒に逃げようと言ったが、メナテルは無理そうだと悲しげに笑ったという。


 幸いなことに襲われた地点はあと数キロで街という距離だった。

 ファーディヤは馬車から出て、必死に街まで走った。


 数時間後、ファーディヤが街の兵士を数人連れて戻った時には、馬車に乗っていた者たちは皆殺しにされた後だった。

 メナテルも例外ではなかった。


 陰惨な虐殺現場を見てファーディヤは泣き崩れた。

 乳母の亡骸の横で嗚咽を漏らしていた彼女の後ろで、兵士たちが争い始めた。

 どうやら兵士たちは人気のない事を言いことに、ファーディヤを襲おうと思ったらしい。

 誰からやるかで揉めはじめ、ファーディヤが気付いた時には殺し合いに発展していたという。


 ファーディヤはその場から逃げ出した。

 もう自分を守ってくれる者はいない。

 彼女は自分は自分で守るしか無いのだとその時やっと悟れたのだという。


 それからのファーディヤの生活は貧困を極めることになった。

 乳母のメナテルが財布を持っていたのだから仕方ない。

 だが、なんとか生きていくだけの食料は、どうにかこうにか手に入れることができた。

 彼女の言い分では「今日のように」だそうだ。


 まあ、かっぱらったり、恵んでもらったり、拾ったりと入手経路は色々だったんだろうが苦労に負けずに頑張りましたねぇ。


 しかしまあ、なんとも不幸に塗れた人生ですな。

 これが神の呪いと言われる所以らしいが、称号的には加護なんだよな。


 加護を与えている女神たちには「一体何をしているのか」と言いたいところだが、加護が複数与えられていると、なんらかの相互作用でこんなことになったりするんだろうか?


 良く判らんので後で知り合いの神に念話で聞いてみるとしようか。

 上手くいけば不幸の連鎖を断ち切れるかもしれない。


 まあ、助けてやる義理も本当なら無いんだけど、女の子を一人放っておくってのもねぇ……


 取り敢えず力を貸してやるってのが常套パターンってもんだよね?

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