第28章 ── 第8話

 ウチの女性チームに女の子を任せて料理を開始。


 俺の料理をいつも食べている仲間たちならいざ知らず、初対面のビクビクしている女の子に鶏の照り焼き丼は、少々地味というか渋めの色合いなので、少し盛り付けを変更する。


 照り焼きは皿に乗せ、周囲にトマトとレタスで飾り付けた。

 それにお好み焼きみたいに糸状にマヨネーズを掛ける。


 目で楽しめれば食べる前から緊張をほぐせるんじゃないかと思ってね。


 かきたまスープには塩と胡椒でソテーした星形やハート形、月形の人参やジャガイモを浮かべてみよう。


 ご飯で出そうと思ったが、米は西側諸国の主食でそれ以外の国は小麦が普通なのを思い出し、白パンを出すことにした。


 テーブルに料理を並べてから仲間たちの玩具になっている女の子に声を掛けた。


「ご飯の用意ができたよ」


 女の子は相変わらず目をまん丸にしているが、女子チームに構われることには慣れてきたっぽいかな?

 トリシアとアナベルに両脇を固められ、逃げられないと判断した可能性は無きにしもあらず。


 少し離れた四方にハリスがいるしな……

 こういう時に限って気配断ちするスキルを使わずに存在感をありありと出すハリスの兄貴は抜かりなしって感じですな。


 椅子に座らされ、料理を目の前にして、少女のお腹が「ぐぅ」と大きくなった。


 少女は汚れた顔でも解るほど顔を朱くした。


「おあがりなさい」


 俺がそういうと少女はナイフとフォークを手にとった。

 少女は恐る恐るといった感じでメインディッシュの照り焼きにナイフを入れた。

 そして切り身を口に一切れ運んで咀嚼を開始した瞬間、既にまん丸だった目を飛び出さん勢いで料理に向けた。


 後はご想像の通り。

 料理を口に運ぶ手が止まらなくなりました。


 狙い通りだな。

 美味い料理は一瞬で緊張などほぐすのだよ。

 俗に「餌付け」ってヤツだ。

 動物に有効な手法が人間には無効って事はなかろう?


 基本的に何か勘違いしている気がしないまでもないんだが、結果オーライって事で。


 慌てて口にパンをねじ込んで少女が喉に詰まらせたので、冷却機能つきの水差しから木製のコップに水を注いでやる。


 慌ててコップを受け取った少女は、水で詰まったパンを流し込み、「ほっ」と一息吐いた途端にまたもや視線が固着する。


 「冷たい……?」


 ようやく口を開いたと思ったらソレかい。


「この水は冷やしてあるからね。気に入ったのならもっと飲みなさい」


 俺は水差しを彼女の前に置いて、お代わり用の皿を用意するために鉄板に戻った。


 ちなみに、あの水差しは大貴族たちに提供したヤツより高性能だよ。

 魔法の蛇口を改良した「いくら水を注いでも空にならない」機能が追加されているのだよ。


 少女の食事風景を面白げに見ていたマリスがスープに色々な形の野菜に気づいた。


「ケントよ。このスープは我らに出したモノより手が込んでおるようじゃが……?」

「ああ、目で楽しめた方が緊張状態の子には良いと思ってね」


 料理をしながら答えると、後ろから衝撃が襲う。


「そんな事は聞いとらんのじゃ! 次からは我にもああいう目で楽しめるのを作るのじゃ!」


 衝撃はマリスのタックルだったが、普通の人間ならともかく、レベル一〇〇の俺には通用せんよ、マリス。

 まあ、俺をボーリングのピンの如く吹っ飛ばすつもりではないんだろうけど力の加減は考えような。


 俺は躾のためにマリスの頭にゲンコツを落としておく。


 周囲にゴツンと容赦のない音が響き、少女が目をこちらに向けた。


「料理中に背後から飛びかかったら危ないでしょ!」

「久々に遠慮のない鉄拳制裁が下ったのじゃ……」


 腰に抱きついていたマリスが涙目で殴られた頭を撫でながら離れた。


「ぷっ……」


 少女が吹き出した。

 だが、失礼だと思ったのだろう。

 俺たちから目を背け、必死に笑いをこらえて肩を震わせている。


「さすが……笑い四天王……やるな……」


 四人のハリスも笑いをこらえているのは気の所為だろうか?

 つーか、四天王って何だ? カリス四天王の二人は何もしていないが?

 え? 笑い? なにそれ?

 まあいいか。女の子が笑ったんだから。


「やっぱ、ケントはお母さん属性だわね……」


 エマの囁きも聞こえてきたが無視しておくか。

 俺がお母さん属性なのでは断じて無い。君たちがお子様なんだよ。

 躾風景がどうしてもお母さん風になってしまうだけだ。


 少女は笑いが収まると再び食事に戻った。

 既に皿は空なのだが、白パンを喉に詰まらない大きさに千切った少女は、皿の上に残った照り焼きのタレをパンで拭うようにしてから口に運んでいる。


 日本人の食事作法としては行儀が悪い気がするが、欧米では普通の事だ。

 まあ、そんな事をしなくても二皿目が出るんですがね。


 俺は少女の前に照り焼きの皿をもう一枚出した。


 少女は「いいの?」って目をしたが、「遠慮すんな」と言ってやった。


 さて、もう少し料理を用意しよう。

 野営するなら小腹が空いた時用に夜食が必要になるはずだ。


 次の料理はこの世界では新たな試みと呼べるモノではあるが、絶品のお墨付きを出せる料理だ。

 日本のファースト・フード界で不滅の名作と化した伝説の一品である。


 俺は丸い白パンを上下に切り分け、鉄板で少し焼いてからマヨネーズを塗る。

 その上に程よい大きさに切り分けた照り焼きを乗せた。

 次にレタスを乗せて少し多めにマヨネーズをお見舞いする。

 噛み付いた時にはみ出すだろうけど、手を汚しながら食うのがハンバーガーだろう?

 そして切り分けたもう一方のパンを乗せて「テリヤキチキンバーガーの完成です。


 完成したバーガーを紙に包んで置こう。


 完成した新バーガーの出来に満足した俺は、量産を開始する。

 夜の野営時に仲間たちの夜食用にするのだよ。


 俺が物凄い速さで料理を再開したからだろう。

 お代わりの皿を食べながら少女がまた目を丸くしていた。

 だが、料理を食べる手を止めてないので俺の勝ちだな。


 少女が食事を終えるとマリスとエマが空の食器を運んできて料理用テーブルの上に置いた。


「アレはそこらの山猿ではないのう」

「ほう?」

「行儀作法は私より躾けられているわね」

「エマがそういうって事は貴族なのは間違いなさそうだな」


 彼女の衣装は垢茶けているものの非常に高価なのはひと目で判ったからな。

 頭に布を被っているのが証左だよ。


 砂漠は強い日差しから身を守る為に布を被るもんだが、この世界の平民は布なんか使わんだろう。


 布は高いんだよ。

 平民が布多めの服なんて着るわけがない。

 毛皮や草を編んだモノを代用して使うのが普通なのだ。


 なのに彼女は布を使っている。それもごく自然にな。

 それが貴族だと判断する理由だ。


 まあ、初めて来た国だし、それが間違っている可能性も否定できんが。

 ただ、エマの証言があるなら間違いはない。


 行儀作法というのはスキル・リストには乗らないのだが「スキル」と言っていい能力なのだ。

 生まれや育ちで変わってくる事もあるが、洗練された行儀作法は一朝一夕で身につくものではない。

 だからこそ「生まれの良さ」が如実に出るのである。


 俺みたいな平民上がりだと普通は粗が目立つので付け焼き刃感が拭えないのだが、生まれてから貴族家で育ったエマなどは、本当に貴族然としているんだよね。

 男爵という下級貴族の出自でコレですからな。そのエマが自分より躾けられていると言っている段階で身分は上なんだろうと思う。


 夜食のテリヤキチキンバーガーの用意してインベントリ・バッグに仕舞い込み、諸々の諸作業を終えたのは一時間くらい経ってからだ。


 では、続いて次の作業に取り掛かるとしよう。


 初日から忙しいな! マジで!


 次の作業はレンガを積み上げる事から始める。

 テントから少し離れた場所にある程度の広さの平らなスペースを用意して作業を開始する。

 レンガは、街づくりや冒険してきた経緯でインベントリ・バッグ内に建材として大量にストックしてあるのだ。


 目地材は漆喰を使おう。

 この漆喰もフソウで手に入れたヤツだし、作り方も目で盗んだっけね。


 で、何を作っているかというと浴槽だよ。

 浴槽が出来たら幌布を使った陣幕で囲えば簡易浴場になるだろ?


 俺は汗みずくだし、ひとっ風呂浴びたいと思うのは日本人なら当然だろう?

 ついでに垢茶けた少女まで現れたなら尚更だ。


 察しのいいハリスが分身を何人か手伝いに回してくれたので三〇分程度で浴槽が完成した。

 複数の魔法の蛇口を設置してお湯を溜める。


 これで良し。

 風呂の準備も整った。


「やはり風呂か。まあ日本人のケントなら当然だよな」


 非難してるっぽいセリフだが声色は嬉しげですな、トリシアさん。


 彼女も前世は日本人女性ですから風呂は大好きなはずです。

 記憶を取り戻したなら尚更でしょう。


「当たり前だろう。今日の俺は汗だくだし、それに……」


 トリシアは俺の視線を追い、少女を目に止めて苦笑する。


「確かに。あれでは可哀想だな」

「お前たちで風呂に入れてやってくれ」

「了解した」


 ティエルローゼのお風呂事情は現代の日本人にはかなり過酷です。

 お湯の風呂なんてものは金持ちの所業ですよ。


 庶民はただの水で沐浴とかです。

 それも「臭ってきたら」を基準にやるもんだから、冬場は壊滅的に悪臭が漂うことになる。

 寒い冬に水に浸かったら死ぬからな……


 お湯を沸かせばいいって?

 そのお湯を沸かすための薪はどこから手に入れるの?

 薪も安いものではないのだ。


 これが田舎町などなら、そこらの森や林から薪になる木材を切り出してくるというのも手だが、都市部はそうはいかない。

 だから市民が利用できる大衆浴場ってのは重要な施設となるのだ。

 相当大きな人口を抱える都市じゃないと運営には苦労するだろうな。民営ならね。


 帝国には浴場がある宿もあったけど、あれは周囲の宿屋たちが共同で運営してたやつなんだよね。

 宿泊客は無料で入れるヤツだったが、周囲の市民も時々入りに来ている感じだった。


 勿論、トリエンにも大衆浴場を各所に用意するようにエドガーには指示を出してある。

 俺の住む都市に風呂文化がないなんて事はありえないのだ。

 いくら金が掛かっても用意する。

 領主なんだから、そのくらいの自由は許されるだろ?

 自分だけでなく領民にも開放するんだからな。

 税金での運営なので多少の赤字でも他で稼ぐから大丈夫。


 それにしても、魔法のない世界だったらこんな事、簡単には出来ないよな。

 マジで転生先が魔法のあるファンタジー世界で良かったとつくづく思います。

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