第28章 ── 第7話
スフィンクス飛来という事件はあったものの、既に陽が傾いてしまっているのでトンネル出口付近で野営の準備をする。
テントの設営などは仲間に任せよう。
俺は夕食の下ごしらえ。
近くの木の幹と幹の間にタープの縛り付けて下にテーブルを置く。
そのテーブルの上に夕食の材料を並べる。
メインは鶏肉。
醤油、酒、みりん、砂糖、そして片栗粉を隣に置いておく。
感の鋭いヤツならば、もう何を作るか判っただろう。
今日のおかずは「鶏の照り焼き」だ。
甘辛い照り焼きをご飯の上に乗せて照り焼き丼にしたい。
照り焼きにはマヨネーズを掛けても美味いと思う。
彩りとして付け合せに紅生姜を少量添えてもいいかも。
他には粉にしたチーズをたっぷり振りかけたシーザーサラダ、鶏出汁ベースのアッサリスープ、デザートとしてアイスクリームを用意するとしよう。
もも肉と胸肉を皮付きの状態で均等の厚さになるように包丁を入れていく。
皮付きでなくてもいいが、皮が付いている方が俺としては好みだ。
並べられた鶏肉が物凄い量だ。
だが、三回はお代わりされそうな気がするので、この量で抜かり無いと思える。
包丁を入れ終わった鶏肉に片栗粉をまぶしておく。
簡易
照り焼きもサラダもそれほど料理に時間は掛からんので、ご飯を炊くのが先ですな。
全自動で炊き上げてくれる炊飯ジャーを懐かしく思いもする。
だが、直火炊きしたご飯の美味さを知ると、なかなかアレには戻れませんな。
一時間ほどで米が炊きあがり、周囲にご飯のいい匂いが漂い始める。
テントなどの設置はとうの昔に終わっている仲間たちの腹が鳴り始めたのを俺の聞き耳スキルが察知した。
「相変わらず、ご飯が炊ける匂いは反則ね」
「そうじゃな。この匂いを嗅ぐとお腹が空く気がするのう」
「そういうのを、パブロフの犬というんだ」
「トリシアよ。パブロフとは誰じゃ? 寡聞にして知らぬのじゃが?」
パブロフの犬という言葉は知っていてもイワン・ペトロヴィッチ・パブロフ博士を知っているモノは少ないと思う。
帝政ロシア時代の科学者ってくらいだろうか。
「私も誰だかは知らん。条件反射という実験を犬でやった有名な学者だったはずだが……」
トリシアが困り顔でチラリとこちらを見たので笑ってしまった。
「イワン・パブロフという博士は、犬に餌を与える前にベルを鳴らすという実験を……あれ? メトロノームだったっけ?」
「そこまで知らん。知っていたら困ったりしない」
「まあ、実験をしたわけ」
「それが何の実験になるのです?」
「餌の前にベルが鳴るという事を犬は学習した。
すると、ベルの音を聞く度にヨダレを垂らすようになったんだよ」
「汚いのう……」
「さっきトリシアが言ったのがコレだ。『ご飯の匂いを嗅ぐとお腹が空く』ってヤツ。まさにパブロフの犬実験と同じわけだね」
食いしん坊チームに理解の色が浮かぶ。
「でも犬と同じと言われてると思うと良い気分ではないわね」
エマは不満げに言うが、人間だって動物の一種だし経験則による身体機能の反射反応が起こる事実は変わらない。
「ま、俺たちも犬と同じように動物だし、先人のありがたい実験の結果は受け入れるべきだな」
蒸らしも終わったのでご飯が冷める前に釜ごとインベントリ・バッグに仕舞っておく。
んじゃ、照り焼きを料理しましょうかね。
大きめの鉄板を
その上に鶏肉を大量に並べていく。
油を多めに引いた理由は、「焼く」というより「揚げる」感じに近くするためだ。
これで片栗粉をまぶしてある鶏肉は「外はカリッと中はジューシー」に仕上がるのだよ。
頃合いを見て肉をひっくり返す。
うむ。いい感じのきつね色ですな。
では、照り焼きの真骨頂! タレを投入です。
甘辛い醤油ベースのタレが「ジュゥ!」という威勢のいい音を奏でながら周囲に暴力的な香りを撒き散らし始めた。
こうなると、食いしん坊チーム以外の仲間たちも集まってくる。
「なんとも香ばしい匂いですな」
「フラ、よだれが垂れてますよ」
「こ、これは失敬!」
アラクネイアに嗜められ、フラウロスがハンカチを取り出して口の周囲を拭った。
「この香りを嗅がされては、中々に自制が難しいですな」
「修行が足りませんね。今度。私が手ほどきして差し上げよう」
アモンまでフラウロスを弄ってるな。可哀想に……
フラウロスは魔族三人衆の中で一番レベルが低いからな。
そういうポジションなのかもしれん。
ペット枠的な気がしないまでもないが……にゃんこだし。
人数分の丼を並べ、ほっかほかのご飯をよそい、いい具合に照りが出てきた鶏肉をサッとご飯の上に乗せていく。
鉄板の上に残っている煮詰まって粘度が上がったタレを鉄ベラで掬って照り焼き丼に掛けて完成です。
ご飯を炊いている時に用意しておいた鶏ガラスープに人参、玉ねぎを入れ、塩などで味付けして溶き卵を割り入れます。
かきたまスープにしてみましたが、どうでしょう?
鉄板の片隅で焼いたカリカリベーコンと千切ったレタスにシーザードレッシングを混ぜ、クルトンと粉にしたチーズを振りかけてサラダも完成です。
出来上がった料理を仲間たちが席についているテーブルに並べていく。
仲間たちの目がキラキラ輝いていますね。
「今日は新作、鶏肉の照り焼き丼です。
マヨネーズや紅生姜はお好みトッピングして下さい」
俺がそういうと、仲間たちが喉をごくりと鳴らした。
「では、頂きましょう」
「「「頂きます!!」」」
猛烈な勢いで仲間たちが食べ始めた。
なまじレベルが高い分、敏捷性が半端ないので凄いスピードです。
五分もしない内に「お代わり」コールが始まってしまう。
俺はまだ一杯目が食べ終わってないんだが……
だが、「お代わり」宣言した食いしん坊チームを待たせては、世界が終わりそうなので俺は次の照り焼きを用意する事に。
ま、予想通りですよ。多めに鶏肉を用意しておいたのは正解でした。
俺は手早く鶏肉を焼いて丼を仕上げ、餌を待つ雛のような食いしん坊チームへと供給する。
俺も料理の合間に食べるが、やはりゆっくりは食べさせてもらえない。
全員が満足した頃、ようやく俺は二杯目の丼に取り掛かる事ができた。
俺も食べ終わり、食器の後片付けを仲間たちが始めたので、食後のデザートの準備を開始する。
アイスクリームは何度か出した事があるが、砂漠で食べるアイスクリームは格別な美味さになるに違いない。
言っておくが、料理している段階で俺は汗みずくだったのだよ。
まあ、氷系の魔法を使うと結構簡単にアイスクリームはできるので便利ですよな。
ただ、冷やしつつかき混ぜる作業は魔法道具を作った方がいいかもしれん。
食後にすぐに出せるし、手も空くので便利だし、作る価値はありそうだ。
「はー……食後のアイスクリームは格別だな!」
「当然じゃろ? ケントが用意する料理に手抜かりはないという事よ!」
トリシアとマリスはアイスクリームにニンマリだ。
「私もアイスクリームは美味しいと思うのですが……食べすぎてお腹を壊してからというもの、自制するのに苦労しているのです……」
アナベルがスプーンを口に入れつつ警戒するような視線をアイスクリームに注いでいる。
「バカね。なんであれ、食べすぎたらお腹を壊すのは当たり前じゃない」
エマは優雅にアイスクリームを一口頬張った。
アイスクリームもいいけど、次はシャーベットの作成を考えてみたい。
ちょうどトリエンを発つ間際にウェスデルフから
ふと見ると、少ない木々の後ろに人影があるのを発見した。
料理の邪魔になるのでミニマップを消していたので気づくのに遅れた。
人影はこちらの様子を窺うようにチラチラと見え隠れしている。
「ハリス、気づいてたか?」
「ああ……ケントが……料理をしはじめた……あたりで……近づいてきた……」
ハリスが放っておいたという事は人影は無害って事だろう。
「何者だ?」
「解らんが……腹を……空かせている……」
人影の方に目をやると、ハリスの分身が人影に音も気配もなく近づいた。
「きゃっ!」
分身が人影の肩に手を置いた瞬間、小さく可愛い悲鳴が上がった。
振り向いたらイケメンのハリスが優しく微笑んでいたという図が容易に脳裏に浮かんだ。
ええ、浮かびましたとも。
ハリスの分身に連れて来られたのは齢一四~一五歳くらいの少女だった。
肌は煤け、着ているものは垢茶けているが、目鼻の整った美少女だ。
「ごめんなさい……」
少女は俺たちを前に涙目で震えている。
「お腹が空いているのかな?」
俺も出来る限り優しげな笑顔を作ってみるが、ハリスのイケメンぶりには敵わない。
かえって少女を怯えさせてしまう始末だ。
「主様が優しく問い掛けて下さっているというのに怯えるとは……失礼な娘ですね?」
アラクネイアは少々ご立腹ですが、知らん大人に囲まれた怯えるのは仕方ないんじゃないか?
「まあ、いいや。その子の世話はみんなに任せた。俺は料理を用意してくるよ」
「任せてたも!」
「承り~!」
マリスとアナベルの調子のいい了承の言葉に俺は簡易
俺の料理で緊張が解けてくれるといいんだが。
料理は人をリラックスさせることもできるはずなので、腕によりをかけてみますかな?
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