第28章 ── 第5話

 転移門ゲートを出ると、仲間たちがドワーフに囲まれていた。


「お? どうしたの?」

「また現れたぞ!?」


 どうやら見たこともないヘンテコなモノから出てきた俺たちを怪しんだらしい。


「あれ? ここに詰めてるドワーフは俺たちの事を知らない?」


 俺が首を傾げると、ドワーフの一人が槍を構えたまま前に出てきた。


「いや、あんたらの顔は見た記憶があるだやが、そんな奇妙なモンから出てきただで、魔族が化けてるやもしれんだやな!」


 末端の兵士だと、魔法門マジック・ゲートの魔法は知らんか……


「ランドールをこの国に連れてきた魔法なんだけどなぁ……」


 俺が心底ガッカリしたのが解ったのか、ドワーフの兵士たちが少し警戒を緩めた。


「魔法……?

 そういえば、国王陛下は魔法で連れてきて貰ったってきいただやな。

 こ、これがその魔法なのか?」

「そうだよ。魔法門マジック・ゲートって言うんだ」


 一人のドワーフが鏡面のように輝きながら揺れる水面のような転移門ゲートに恐る恐る近づく。

 ドワーフの見聞が終わるまで転移門ゲートを消さないように気をつける。


「これで転移が出来るとすると、どこに繋がっているんだやな?」

「この転移門ゲートは大陸東側にあるオーファンラント王国に繋がっているよ。

 出たところは俺の屋敷の前だ。

 興味があるなら潜ってみたらどうかな?

 転移門ゲートは閉じないで待ってるし」


 鏡面の前のドワーフは「ふ、ふむ」と頷くと他のドワーフが止める間もなく転移門ゲートに飛び込んだ。


 あいつ勇敢だな。まあ、安全の確保という面でも偵察は必要だと思ったんだろう。

 それでも一人で飛び込む度胸は凄い。


 他のドワーフたちがハラハラしながら待つ事およそ五分、さっきのドワーフが両手で構えていた槍を肩に担いで戻って来た。


「キンダー! だ、大丈夫だか!?」

「大丈夫だやな。お土産貰っただや」


 見ればキンダーと呼ばれたドワーフ兵士は右手に俺が料理長にレシピを伝授したハンバーガーを手にしている。

 そして美味そうにかぶり付いた。


「こいつはうめぇ!

 さすがはデカイ家に住んでるだけはあるだやな!

 料理も一流ってことだやな!」


 俺たちの見送り直後にドワーフが出てきただろうからリヒャルトさんが対応したに違いない。

 西側の言葉は見送りに集まってた中ではリヒャルトさんしか使えないからなぁ。


「キンダー、そりゃなんだや?」

「パンに肉を挟んだ食いモンだやな」


 挟んであるのはそれだけじゃないが、簡単に言えばそんなもんだ。


「ああ、ハンバーガーを貰ったんだな。リヒャルトさん、随分と準備がいいな」

「ああ、あの執事のじいさんが、旅のご無事をと言ってただやな。

 確かに伝えたで」


 キンダーは言伝ことづてを頼まれたとハンバーガーを美味そうにかじりながら言う。


「それはありがとう。それで疑いは晴れたかな?」

「ああ、問題ないだやな。

 あれだけ立派なドワーフ製のアダマンチウムの像を飾ってる屋敷だ。

 敵対種族じゃあるまい」


 あれは像というよりゴーレムだけどね……


「キンダー、そいつを俺にも一口くれ!」

「アンセン! ワシが先だやな!」


 何やらキンダーの持つハンバーガーで喧嘩が起きそうだ。


「静まれぇ!」


 俺の大声がトンネル内に響き渡る。

 ドワーフたちの動きが瞬時に止まった。


 響き渡った俺の声に特殊な効果が無意識に乗ってしまったっぽい。

 あまりにも突然動きを止めたので、調べてみたら彼らのステータスに強制コウアージョンとデバフが表示されている。


 うーむ。これ、神の権能か何かかな?

 無意識発動マジ勘弁。


「動いてよし!」


 デバフが解けるように祈りながら、そう命令してみた。

 途端にドワーフたち全員が糸の切れた操り人形のように地面に突っ伏した。


「い、今のはなんだ?」

「不動金縛りの術……だ。声一つで……使えるのは……ケントだけだろうが……」


 ハリスがしたり顔で説明した。


 なるほど、不動金縛りの術って言われればそう見えなくもなかったな。

 実際は創造神の力の一端だと思うけど、そっちの方が説明が面倒じゃなくていい。


「それは人の動きを止めるスキルなのか?」

「そうだ……忍者ニンジャの秘術だ……」


 それは違うんだが……


忍者ニンジャというのは聞いた事がある。

 ハイエルフ様たちの国モアスリン王国を守る特殊部隊がなる職業だやな!」


 情報が古いな。

 もうモアスリン王国はないし、ハリスの言ってるのは俺が教えてしまったトンデモ系忍者の秘術なんだよね。

 勘違いしたドワーフたちの視線が痛いです。


「話は済んだかや?

 済んだなら我らは先を急ぐのじゃ」


 久々の冒険旅行にワクワクが止まらないマリスさんを止めるのは俺でも困難です。


 まあ、怪しい物体から人が出てきたからドワーフたちが誰何すいかしたが、留め立てする理由はない。


「い、行っていいぞい」


 ドワーフたちも人を簡単に金縛りにできるような存在にはとっとといなくなってほしいんだろうな。

 怪しくてゴメンな。


 俺はドワーフ兵士たち全員にハンバーガーを一つずつ握らせてから、とっとと先に進んで行った仲間たちの後を追う。


 ドワーフ王国の入り口はエルデシア大トンネルの中間地点にある。

 とはいっても、トラリアからの距離よりアゼルバード側への距離の方が長い。

 徒歩なら二日弱といったところだ。

 仲間たちは歩いていく気満々のようだが、俺はそこまで元気じゃない。出来たら楽がしたいぐうたら人間なのだ。


 という事で、俺はさっさとインベントリ・バッグから馬車を取り出す。

 こいつでも六人程度は乗れるし、溢れたメンバーは各自のゴーレム・ホースに乗ってもらえば問題はない。


 一〇分もしない内に馬車で仲間たちに追いついた。

 振り返って馬車を見たマリスが「ズルじゃ!」と言ったが、別に誰も徒歩以外は禁止などと言ってないので無視である。


「今日中にあっち側に出たいから乗れよ」


 俺がそう声を掛けると、ゴーレム・ホースを持っていないエマと魔族三人衆とハリスが素直に馬車に乗り込む。


 馬車にこれ以上乗るのはキツイので、俺はトリシアとマリス、アナベルのゴーレム・ホースを出してやる。


「こいつに乗るのも久しぶりだな」


 トリシアはダルク・エンティルに颯爽と跨り、ライフル・マウントにバトル・ライフルを装着した。ここは以前、剣や矢筒を設置する金具が付いていた場所だ。

 トリシアのメイン兵装がライフルになってから不便だろうと改造してやった部分だ。


「モノちゃんは相変わらず美しい銀色です!」



 モノケロスな? モノケロス。

 自分専用のゴーレム・ホースに飛び乗り嬉しげなアナベルに俺は心のなかでツッコミを入れた。


 アナベルは、フラウロスもフラちゃんとか短くしてたから今更だけど。


「フェンリル!」

「ウォン!!」


 マリスが「とう!」と特撮ヒーローみたいな掛け声でジャンプすると、走ってきたフェンリルが背中の鞍でマリスをキャッチ。

 相変わらず息が合ったコンビです。


 いや、多分人が見てないところで練習済みってところだろう。

 ゴーレムはデータベースと繋がっているので、一度訓練するだけでしっかりと学習して忘れることがないので便利なのだ。


「人狼モード!」


 うーむ……

 誰だよ。マリスにスーパーロボットみたいにイチイチ技とか状態とか叫ぶように仕込んだやつは。

 あ、俺か……?


 そもそも『人狼』って狼男の事だろ。

 アレは人狼じゃないよな?

 人馬一体って言葉からの連想なんだろうけど、それなら『人狼一体モード!』とか『人狼合身!』とかにしてくれないかな。

 俺としては非常に気になるが、本人がご満悦みたいなので放置でもいい。


 食いしん坊三姉妹の乗馬風景を見て、「私のも今度作ってよ」とエマが言い出したのは仕方ない事かもしれない。

 あいつら毎度、楽しそうだもんなぁ。


 馬車に下げられたランタンの明かりに照らされたトンネルを前へ前へと進む。


 トリシアとマリスが下げた明かりが揺れるのを眺めながら馬車に揺られていると眠気が襲ってくる。

 別に寝てもゴーレム・ホースたちが良いように進んでくれるので問題はないんだが、冒険再開初日から気を緩めるのも何なので頑張って起きておく。


 真っ暗で時間の感覚が喪失しそうだけど、この世界では能力石ステータス・ストーンさえあれば、ステータス画面を表示することで時間が表示されるので完全に狂うことはない。


 実のところ、もうそろそろ昼時なのだ。

 そのうちゴーレム・ホースに乗った三人が騒ぎ始めるはずだ。

 何せ、ヤツらは食いしん坊チームなのだからな。


 と思っていたら、違う方向から声が上がった。


「そろそろ、お昼じゃないかしら?」


 食いしん坊チームの期待の新星、ダークホースたるエマ・マクスウェル女史であった。


「そうだね。もう少し行くと馬車を停められるところがあるみたいだから、そこでお昼にしようか」


 エルデシア大トンネルと名前は付いているが、中型の馬車が二台すれ違えれば御の字って程度の広さしかないので、日本の狭隘道路などでよく見られる『待避所』、英語なら『トラック・ランプ』と呼ばれるシステムが、このトンネルにも採用されている。


 そこならウチの小型の馬車を六台程度停められる程度のスペースがある。


 旅人や商人たちがトンネルを行き来していた昔なら、この待避所で馬車を停めて一夜を明かしたりする者もあったのだろうが、現在では利用者がいないんだから勿体ない話である。


 そもそもアゼルバードという王国が滅んでから久しいそうだからなぁ。

 物流を担う商人がいなくなれば、簡単に文明なんか衰退するって事だよね。


 ハンマール王国があの規模で残っているのはドワーフという小さいながら機動力と運搬力がある労働人口が確保できたからだ。

 鉱山都市という財力も背景にあるかな。


 物資が必要になるとドワーフたちは隊列を組んでアゼルバードの海岸付近に残る港町や世界樹の森に足を踏み入れる。

 そこで原住民と取引をしたり、狩りや採取を行うと聞いている。


 ドワーフの真に逞しい事よ……と称賛を贈りたい。

 ドワーフは基本的に善良なので、西側の出口にあるトラリアから忘れられた『入り口の街エルデン』の物資供給まで担ってくれている。


 トラリア方面の他の都市との交流がないのが気になるが、最近のあの国の体制を見ると交流がなかったのは幸いだったかもしれん。

 下手すりゃハンマールがトラリアに侵略されかねない腐敗っぷりだったからねぇ。


 金、銀、銅、鉄、錫などの通常金属が産出されるってだけでも、完全な戦略地域だもんな。

 そこに魔法金属やら属性金属が産出されるなんて事になったら、野心を持つヤツなら必ず目を付けるだろう。


 現在、あの国を攻めようなんて気になるほど安定した国家は周囲に存在しないので大丈夫だが、将来は防衛などに協力してやる必要性が出てくるかもしれん。


 やるべき事は山積みなのに身は一つ。

 ハリスにはマジで分身の術を教えて欲しいよ。

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