第28章 ── 第4話

 翌日の朝、仲間たちとロビーに集合する。

 クリスやフィル、マストールやその他の使用人たちも見送りの為に集まっている。ちゃっかりシンジもいたりするけどね。


「無事に帰ってきてくれよ」

「小僧、コヤツらに心配は無用じゃろ」


 クリスの優しさに比べてマストールの辛辣な事よ……

 まあ、その辛辣さの裏に絶大な信頼感が存在するのを知らなければ渋面を作るところだが。


「まあ、頑張るよ」

「なんじゃ、マストールじい。

 新しい土産話はいらんのじゃな?」

「何をぅ!」


 マリスとマストールの小競り合いが始まった。

 以前、試合で力量を確かめ合ってから二人の関係は非常に良好で、こういうじゃれ合いも安心して見ていられる。

 グランドーラも温かい目で見守っているしね。


 爺さんと孫の憎まれ口を叩きあう関係って感じだろうか。

 俺にはこんな関係を築ける相手はいなかったので羨ましいですなぁ。


 マリスは何だかんだ言ってじじい系キャラに人気がある。

 マリスは普通にリアル孫キャラだからな。


 ナチュラルに孫的立ち位置を確保するマリス独自の社交技術スキルなのだろうと俺は思っている。

 それは爺さんキャラをメロメロにするオーラが無条件発動するスキルだよ。


 古代竜最古参のベヒモスが筆頭なのだろうが、このオーラにはリヒャルトさんもやられてるのを俺は知っている。

 コッソリとマリスに「他の皆様には内緒ですよ」とオヤツを渡しているリヒャルトさんを目撃した事があるのだ。


 あのリヒャルトさんを籠絡できるんだからマストールがやられるのも仕方ない。


「姉さま。お体に気をつけて……」

「アンタこそ、ちゃんと寝なさいよ?

 魔法の指輪は絶対じゃないんだからね?」

「わ、解っています……」

「それと、毎日下着とローブは着替えること。

 フロルには強制的に着替えさせるように命令しておいたから。

 その時に食事とお風呂を済ませるのが館に帰るベストタイミングよ」


 あっちではエマがお姉さんオーラを発動中です。

 あれも生まれながらの才能タレントなのかね?

 いや、生まれながらに姉という立ち位置は存在しない。

 後天的才能タレント

 だとしたら技能スキルだよな?


「わ、解りましたから……」

「いや、貴方を一人にしておく方が心配ね。

 フィルに言っておかなきゃ……って、私のメイドも愛称が『フィル』だったわ。今更ながらお姉ちゃん、ビックリよ」

「気づいてなかったんですか……ボクの方がビックリですよ……」


 エマの隣で顔を背けながら肩を震わせているフィリア・メイナードが面白い。

 メイドとしては失格なんだろうけど、あの鉄板ネタで吹き出さない方が凄いと思う。


 エマも結構天然なのかも?

 いや、それは弟のフィルの前だけだろう。


 基本的にエマは、他人というか男性に対して気を許さない性格なのでツンツンした態度をとる。

 それはお姉さんキャラとして、弟に弱みを見せない為なのだろう。

 それが所謂姉さんオーラなのではないか……などと推測が成り立ったのだが如何だろうか?

 当たらずとも遠からずなんじゃないかなぁ。


「ま、冒険にかけては姉さん以上の存在はいないしね」

「当然。よく解ってきたわね?」


 あっちはあっちで『デキる姉さん』オーラ発動中です。


「そりゃそうだよ。姉さんの物語が本になってるんだよ!?

 マジで徹夜して三周したからね!」


 シンジはモテモテ・オーラを無駄に発揮しており、ウチのメイドの何人かが目をハートマークにしてやがります。


 シンジってマジで底抜けにシスコンよな?

 そのキラキラしたイケメン顔で、そのオーラを他の娘たちにも発揮してやれよと思わなくもない。

 シンジの店にも何人のも女の子が囲われてるしな


 シンジ自身は囲ってるなんて意思は微塵にもないんだろうけどね。


 従業員二人が住み込みだった所為で、俺が領民の為に設置させた役所の目安箱に、他の従業員たちが寮を用意するようにと嘆願書を毎日入れていったのでクリスから是正勧告が出たくらいだ。


 まあ、絹織物加工技術は領地の戦略技術なので領主への嘆願ってのは間違ってはいないのだが……

 俺の代わりに処理を担当している有能なクリスが頭を抱えるって相当だと思うんだよ。多分、ソリスたちの手にも余る問題だったんだろうなぁ。

 恋する乙女のエネルギーって凄まじいもんね。

 あのエネルギーを軍事利用できたら物凄い決戦兵器になるんじゃないかと思うんだけどどうよ?


「姉さんが留守の間にもっと売上を伸ばせたらご褒美をあげるわよ」

「マジで!?」


 ああやってあっちの世界でもシンジ君を働かせてたんですかね?

 つーか、あの店はシンジ君が自前で用意したもんでしょうが。

 なんでトリシア姉さんが自分のモノっぽい雰囲気出してるんですか?

 シンジ君もそこは否定しなさいよ!。


 ふと見れば、エマが「トリシア姉さんマジパネェ!」って目の色で見てました!

 ロリでそんなお姉さんオーラ出してたら世の中の大きいお兄さんたちが発狂しませんかね?


 神様! エマが影響されませんように!


 さて、姉弟ワールドは置いておこう。


 あっちリヒャルトさんvsアモン対決が勃発中です。


「では旦那さまをよろしく願いします」

「ふ、当然ではないですか。ケント様は私のあるじなのですから」

「旦那さまはあるじであらせられます。

 貴方が独占できる存在ではございません」


 珍しくリヒャルトさんが対抗している。

 というか「あるじを独占」とかマジ勘弁。

 変な色の邪なオーラを感じるのは目が腐りかけているのかもしれない。

 誰か俺の目に上級回復グレーター・ヒールをプリーズ。


 アナベルはメイドから大量のお弁当を渡されており、フラウロスはメイドから動物用のブラシを受け取っている。

 アラクネイアは近づきづらいクール・ビューティ感があるせいか男の使用人たちが頬を染めつつ遠巻きに眺めている。


 ハリスがただ一人孤立気味ですが、基本的に存在感を消すしているから気づかれていないパターンな気がしてきた。


「さて、では行こうか」

「今回はどこから始めるつもりだ?」


 姉口調からいつもの口調に戻ったトリシアの質問に俺は「んー」と思案する。


「やはりハンマール王国からじゃないか?

 あそこのトンネルを抜けたアゼルバードという国は見てみたいんだ。

 砂漠らしいんだけど、さすがの俺も砂漠は未体験ゾーンなんだよね」

「砂漠は昼熱く夜寒いだけで何もないところじゃが? 人類種には過酷で生きづらい環境なのじゃぞ?」


 マリスは古代竜だから平気そうですな。

 というか、君は行ったことあるのかね?

 箱入りってイメージしかないんだが。


「修行向きってことですか!」


 そこに反応するアナベルさんがブレなさすぎて惚れそうです。

 もちろん巨乳込みでですけども。


「いや、修行向きではないと思うのじゃが……」

「燃えますね!」


 相変わらずアナベルは人の話を聞いてねぇ。


「砂漠の定義が問題だよね。

 俺とかシンジ……いわゆる日本人には、砂漠と言えば砂だらけの直射日光カンカン照りで水分があっと言う間に蒸発するって感じの場所ってイメージだと思うんだけど」


 シンジも肯定するようにコクコクと頷いている。


「何も解ってないな」


 前世で世界中を旅したトリシアは呆れ顔になる。


「砂漠にも色々な種類がある。もちろん砂丘ばかりなもの砂漠ではある」


 トリシアによれば、砂漠と呼ばれる場所は降水量が非常に低い地帯の事を指し砂ばかりの地域の事を言うわけではないらしい。

 最も多いのが岩石砂漠で、岩ばかりの荒涼とした風景なんだとか。

 他にも礫砂漠、土砂漠というのもあり、砂砂漠すなさばくという存在は地球上の砂漠と呼ばれる地域の中でも二〇%程しかないらしい。


砂砂漠すなさばくて訓読みと音読み混ざってて混乱しそうだな」

「そりゃ日本人以外ならそうだろうよ。

 貴様は有りもしない単語を必死に考えた古き時代の偉人たちに全力で謝れ」

「はい! スミマセン!」


 有無を言わせない雰囲気のトリシアに怒られてつい謝ってしまいました。

 そこ! シンジ君とエマ君! 姉さんパネェって顔しない!


 気配を消しつつ全力で肩を震わせているハリス君は完全無視でいいよね?


「んでは、出発しましょう!」


 俺は珍妙な雰囲気になってしまったロビーから逃げ出すように玄関を開けて外へ出た。


 完全武装の俺たちが出てきたので、イーグル・ウィンドがトコトコとやってきた。


「出かけるので?」

「ああ、この前の続きだよ」

「私もお供しますか?」

「いや、いいよ。これから行くところは砂漠地帯だし、君が好きそうな大きな獲物はいないだろう」


 俺がそういうと、イーグル・ウィンドは瞬時に興味をなくしたようで、最近我が物顔で占拠中の厩舎に戻っていった。

 厩舎の馬たちが天敵のグリフォンに萎縮しないように別に厩舎を用意したリヒャルトさんにグッジョブを贈りたい。


 いや、同居させたらヒポグリフが大量生産できないか?

 ヒポグリフ軍団……いい……


 とか考えていたら、俺の良心に却下された。

 まあ、馬の目線なら拷問だし、俺の都合でそんな目に合わせるのは間違いだな。

 失敬失敬。


 さて、一人ボケ・ツッコミはこのくらいにしよう。


 俺はハンマール王国の入り口あたりのトンネル内部に魔法門マジック・ゲートを開いた。


 仲間たちは開いた転移門ゲートに順次飛び込んでいく。


「では、留守の事は頼んだよ」

「お任せください」

「頑張るよ」


 自信たっぷりのリヒャルトさんと比べ、クリスは頼りない返事だな。

 まあ、俺の無茶ぶりに今まで付いてきた君だ。微塵も疑っちゃいないけどさ。


「「「行ってらっしゃいませ」」」


 俺はアマレット率いるメイド隊の合唱のような挨拶にニッコリ笑って手を振り転移門ゲートに入った。


 さあ、冒険の日々よ、俺は帰ってきた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る