第28章 ── 第3話
館に帰ると、マリス以外の仲間は帰ってきていた。
みんな冒険には慣れているので準備に手間取ることはないだろう。
消耗品の補充と持っていく衣服の準備程度だしな。
食料品や水は俺のインベントリ・バッグ頼みだが、それも絶対必要ってわけじゃない。
旅の道中に狩りをして食料を手に入れられるし、水は探さなくても俺の大マップ画面で水場の検索が可能だ。魔法の蛇口を使ってもいいしな。
さて、マリスは何をしているのかというと、ブリスター孤児院にグランドーラと一緒に顔を出しているようだ。挨拶回りだろう。
グランドーラはブリストル大祭以降もアルシュア山に帰らずに俺の館に滞在中で、最近は小さい子供にも興味があるようで子供が沢山いるブリスター孤児院によく顔を出すらしい。
孤児院にはマリスが良く遊びに行くので、マリスのお気に入りの場所をテリトリーに入れておきたいんじゃないかと推測している。
あそこの年長組は今、殆どが外に働きに出ているため小さい子の面倒をアンネ院長だけで面倒を見なければならなくなってるんだけど、最近はグランドーラが頻繁に顔を出して小さい子どもたちの面倒を見ているそうだ。
クリスが院長が「とても助かる」と話してたと嬉しげに報告してきたので間違いない。
グランドーラの意図は多分、子供たちと一緒に大人たちから一般常識や生活様式を学ぼうとしているんじゃないかと思われる。
子供たちと一緒に失敗すれば、色々誤魔化せそうだしな。
ちなみに、もう一方の古代竜エンセランス君は、大祭後に研究の途中だとかで直ぐに帰りたがったんで、
昼食近くになって、グランドーラと一緒にマリスが館に帰ってきた。
グランドーラに頼み事があるので呼び止めて二人に応接間に来てもらう。
釣り餌はお菓子でいいだろう。
「孤児院に顔を出してたみたいだね」
「そうじゃ。しばらく旅にでるからのう。しばしの別れをしてきたのじゃ」
「私は子供たちと遊んできました」
マリスはお菓子にかぶり付き、グランドーラは得意げにクイッと顎を上げた。
グランドーラは相変わらず無表情だな……得意げにするならもう少し表情は作るべきだろうに。
「ところで、グランドーラは今後どうするんだ?」
「何がでしょうか?」
「俺たちが冒険の旅に出たら、山に帰るのか?」
「そうした方が良いでしょうか?」
「いや、館に滞在してくれるなら助かるんだけどね」
グランドーラが微かに眉を寄せて首を傾げた。
「俺たちが不在の場合、トリエンの守りはゴーレム部隊のみになる。
そこでだ。グランドーラ、君にトリエン地方の守りを任せたい」
「ゴーレム部隊は見ました。あれだけの戦力なら守りは十分では?」
確かにそうだが。
「実のところ周囲に脅威となるモノはもう殆どないんだが……
魔族の動向が気になるんだよね」
「魔族?」
「ああ。四ヶ月前の戦争にチラッと出てきたんだけど……
そろそろ、何か動きがあるかもしれないと思ってね」
グランドーラが「ほう」と言いながら片方の口角を少し上げた。
「やつらの狙いはシンノスケとタクヤが持っていたドーンヴァースの装備や魔法道具だ。
ヤツらには新しい情報は入ってないはずだし、俺がいない間に行動されると困るんだよ」
アラクネイアも冒険に付いてくるし、ハリスもいないとなると諜報面はレベッカの情報局頼みとなる。
万が一、魔族に裏を掛かれて出遅れた時に対処できる戦力は常駐していてほしい。
つらつらと俺の希望をグランドーラに述べる。
グランドーラは無表情のままだ。
あれやこれやと守って欲しい理由を上げていると、グランドーラが小さく頷いた。
「解りました。マリスさんが防衛に協力している以上、放っておく訳にも参りません。ご協力しましょう。
土地の守護者たる領主自らの要請もありますし、陸の守護者たるベヒモス様に叱られることもないかと思われます」
やっと口を開いたと思ったら懸案事項はそこだったのか。
いやね、この付近を勝手に守護するのには人間も多分文句ないんだよ。
君のズレた秩序感を押し付けるのが迷惑だっただけで。
昔グランドーラがやったホイスター砦の襲撃は、エマにとっては助かった行動なんだけど、当時の人間には寝耳に水の事件だっただろう。
なんせ古代竜が国の重要軍事要塞を襲撃してきたんだからね。
悪党貴族の根城になっていたとしても一大事だ。
当時の王国民が頭を抱えただろう事は想像に難くない。無言で殴られ、無言で去っていかれてはな……
コミュニケーション不足による風評被害を自ら負っているところが、コミュ障すぎて親近感あるが。
「情報局の面々と情報の交換をしつつ、この館と東のアラクネーの野営してる森あたりを中心に守って欲しい」
「孤児院あたりも含めてよろしいですか?」
「ああ、構わないよ。クリスも喜ぶだろう」
グランドーラはようやく納得して大きく頷いた。
「承知しました。グランドーラは、今よりトリエン周辺の守りに付きます」
この時から未来永劫、赤竜グランドーラがトリエンの守護者となることになるのだが、それは別の話。
守護を引き受けてもらったので昼ごはんは俺が作ることにする。
俺がそう言うと、マリスは飛び上がって喜び「天丼を所望するのじゃ!」と高らかに宣言する。
グランドーラが全面的に同意したので、天ぷらを作る事に決定。
天ぷらを作る以上、蕎麦も打とう。
俺は調理場に向かい、料理人たちに協力を仰ぐ。
さすがにお昼までに一時間程度しかないと俺一人では間に合わない。
「ヒューリー、天ぷらの仕込みを頼む。ナルデルさんはご飯を炊いてくれ」
「畏まりました!」
「はい!」
他の料理人たちも料理長と副料理長の手伝いに走る。
俺の手伝いは却って邪魔になるから無用だ。
彼らもそれを知っているので手を出してくることはない。
俺は蕎麦を素早く打つ。
かなりの量を打たねば足りなくなるので大変です。
蕎麦打ちマシーンと化した俺は、一心不乱に打ち続けた。
トレーに並べていく蕎麦を料理人のシリアが茹で釜に放り込む。
料理人のエリザがタライに冷水を用意し、茹で上がる端から蕎麦を冷やして行く。
「よし、茹では任せた。俺は天ぷらを揚げ始める!」
「「畏まりました」」
俺は料理長のヒューリーが仕込み終えたネタを熱い油に投入していく。
ヒューリーは出来る男なので、揚げ用の鍋を三つほど用意しておいてくれた。
調理速度を上げられるので助かります。
ガンガンと揚がっていく各種天ぷらを料理人のアプストンが皿に綺麗に盛っていく。
炊いている間、ある程度手が空くナルデルは、天つゆや天丼のタレを用意してくれた。
こうしてたった一時間で大量の天ぷらと蕎麦、そしてご飯が用意されたのであった。
料理選手権みたいなものがあったら、俺たち料理人チームが断然トップだろう。
速度も味も間違いなく優勝候補だ。
爽やかな笑顔でやりとげた事を称え合う我ら料理人チーム。
「あのー。お運びしてもよろしいでしょうか?」
みるとメイドたちがオドオドしつつ調理場を覗き込んでいた。
「ああ、頼む。もうみんな食堂に集まってるだろ?」
「はい。料理はまだかと仰せでございます」
一時間も前にマリスとグランドーラに献立てをリークされた仲間たちが大人しくしていられるはずもない。
天ぷらは仲間たちも大好きなメニューなのだ。もちろん俺も大好物だ。
メイドたちに運んでもらっている内に、俺は料理で汚れたので綺麗な服に着替えてから食堂へと足を運んだ。
「遅いぞケント!」
食堂に入るなりトリシアに怒られる。
「もう料理は届いているのですよ!」
料理を目の前にしてお預けを食らっているアナベルは料理を凝視しつつ文句を言う。
「ごめん。服が汚れてたからね。着替えてきたんだよ」
俺は急ぎ足で自分の席に付く。
「んじゃ、早速頂こうか」
「「「頂きます!!!」」」
仲間たちが一斉に料理に手を出した。
そこは料理争奪激戦区。
箸やフォークが舞い踊り、熾烈な天ぷら争奪戦が繰り広げられる。
一番人気は鱚天と海老天、まさに天ぷらの覇王を争う二種類。
鶏天や豚肉天、ソーセージ天という色物も肉好きな仲間たちに大好評です。
変わり種としてはチーズなんかも奪い合いが勃発してますな。
定番のイカとかタコとか、レンコン、イモ天などの野菜も好評ではありますな。
マリスは天丼をワシャワシャ食べてるのに天ぷらにも蕎麦にも手を出す無秩序っぷりが食いしん坊チームの大御所と言えますな。
トリシアも負けじと食いついている。残念美人ここに極まれリ。
アナベルは目の前の皿に山盛りにして満面の笑みで食べてます。
ところでハリス。一言言わせてもらおう。分身体を使うな。反則です。
エマは元から貴族なので行儀は悪くないです。狙っていた天ぷらが強奪されると凄まじい毒舌が飛ぶので、エマに喧嘩を売る仲間は基本いませんが。
アモン、アラクネイア、フラウロスは相変わらずお行儀が良い。
ただ、天ぷらを口に運ぶ速度が常人の三倍速です。
グランドーラもマリスのマネをしてがっついているのが残念ですなぁ。
せっかくの美少女なのでお上品に食べて頂きたいものです。
食事が終わり、全員が落ち着いたところで俺は宣言する。
「んじゃ、準備も終わったようだし明日の朝出発する」
「了解だ」
「承知……」
「準備はバッチリなのですよ!」
「今度はどこに行くのじゃ?」
「準備万端よ!」
「ふふふ、腕がなりますね」
「我が主の仰せのままに」
「畏まりました」
その後、クリスに旅程などを書類で出せとか無茶を言われて四苦八苦している内に夜になってしまう。
いきあたりばったりの旅に予定など立つわけないだろうに。
時々クリスは無茶を言うね。
寝床に横になる頃には深夜を回ってしまったよ。
ま、今日はもう寝るとしよう。さすがに疲れた。
俺は明日から始まる冒険の日々に期待しつつ眠りに就いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます