第28章 ── 第2話

 仲間たちは再び冒険に出るための準備に出かけた。


 人数が増えるので俺も馬車を新調するために、街の東側の一番内側にある門へと向かう。

 この門の手前にある貸し馬車屋の裏には、売り物の馬車も置いてある事が記憶にあるのだ。


「いらっしゃ……」


 いつもの如く徒歩で店に出向くと、例の欲深い店主がぞんざいな態度で振り返った。

 目に俺の姿が映った瞬間、彼は一瞬言葉をつまらせたが、直ぐさま極上の笑顔になった。


「こ、これはこれは! 領主閣下ではありませんか!」


 相変わらず愛想だけは良い。

 基本的にここの店主は貧乏人にはいい顔しないからな。

 平服で顔を出したから一瞬平民だと判断したに違いない。


「久しぶりだね」

「今日はどのような御用でしょうか?」


 慇懃な態度なのは間違いないのだが、微妙に厄介なやつに来られたという雰囲気を感じる。


 まあ、こういう商人にとって貴族は厄介な存在なんだろうなぁ。

 俺のように不正とかに厳しい目を向ける支配者層は特に。


「新しい馬車を買いたいと思ってね」


 それを聞いて店主の計算高い目がキラリと輝いた。


「どのような馬車がご入用でしょうか?」


 店主が手揉み状態に一瞬で移行した。


 馬車が売れるなんて事は中々無い事なんだろうね。

 俺もこの世界に来てから二年以上経つから、なんとなく解り始めたよ。


 この貸し馬車屋だって他の都市では珍しい存在だったりする。

 馬車が盗まれたら相当な損失になるし、そもそも他人を信用するなんて事があまりないんだよね。

 ここの店主がお人好しなのかというそういう事ではない。

 持ち逃げされても問題がない者や身分の不確かな者には貸さないのだ。


 ウスラたちのチームに簡単に貸していたのは、冒険者が相手だったからだ。

 万が一冒険者が借りパクしたら、その損害費用はギルドが支払うことになる。これはギルドと貸し馬車屋で交わされている契約によって担保されているらしい。

 この契約があるため、冒険者が結構気軽に馬車を借りられるんだよね。


 もちろん、冒険者以外にも商人や役人、トリエン付近の農民なども借りることはある。

 そういう者たちに貸すときは、ギルドみたいに支払いを保証するように契約が必要になるし、担保なども要求するとか。

 リスクに対して当然の処置なので、胡散臭い店主だけどそこそこ有能なんじゃないかとは思うよ。


 この世界の物流は、人力か馬車がメインなので、その一端を担っている彼の店は、先見の明があると言えるからね。


 ただ、俺が後々組織したいと考えているゴーレム輸送隊とか魔導列車的なインフラが整ったら、彼の店には利点がなくなる可能性がある。まあ、その時は何か考えてやってもいいかな。


 馬車の利用価値が完全になくなるワケでもないので、彼の営業努力次第で生き残る事も可能だろうから、手助けするのは最終手段だけどな。



「以前買った馬車より少し大きいヤツが欲しいんだよね」

「前回ご購入頂いたのは六人乗りの幌馬車だったと記憶しておりますが……」


 店主は棚から何枚かの書類を取り出すと机の上に広げる。


「こちらは以前お勧めしました大型馬車ですが、ここまでの大きさは必要ではなさそうですね?」


 以前みたいに大きい馬車を売りつけようとしないのは、俺が貴族で領主になったからだろうな。


「そうだね。一〇人くらい乗れればいいかと思っている」

「一〇人ですか……物資なども含めると、本来なら二〇人用をお勧めするんですが、そういう容量は必要ないんですね?」

「うん。各自が無限鞄ホールディング・バッグを持ってるからね」

「なるほど……」


 店主は無限鞄ホールディング・バッグと聞いて目を見開いている。

 大商人とか金持ち貴族とか、一流の冒険者くらいしか持っていない魔法道具マジック・アイテムだからだろう。


「となると、こちらの箱馬車はどうでしょうか?」


 スペック表には一〇人乗りの中型馬車の見取り図が掻いてある。


「うーん。箱馬車って重いよね?」

「そうですね。荷馬車や幌馬車に比べたら、比較的重いのは仕方ありません」

「幌馬車で一〇人乗りはないかな?」

「幌で……」


 店主は書類に目を通して「ふむ」と考える。


「ここには無いんですが、私めが取引をしている鍛冶屋に行かれては如何でしょうか?」

「鍛冶屋?」

「ええ。ウチの馬車は全部そこで作ってもらっています」


 馬車って鍛冶屋が作るものなの?

 そういえば、あるアニメで見たけど、車軸が壊れた時って鍛冶屋に修理してもらってたっけ?

 なるほど、馬車は鍛冶屋なのか。


「なるほど。では紹介してもらえるかな?」

「畏まりました。少々お待ちを……」


 彼は簡単な紹介状を書いてくれた。

 結構、昔気質の鍛冶屋だそうで、一見さんとは取引してくれないんだそうだ。


 俺は店主に情報と紹介状に礼金として銀貨を一枚渡してやる。


「ありがとうございます!」


 欲深な店主は非常に嬉しげにいい笑顔になる。

 良質な情報にはちゃんと対価を払うのが俺の信条だから当然のチップだよ。


 もらった地図を確認すると、鍛冶屋の場所は旧鍛冶屋街の端にあるらしい。

 区画整理で引っ越しとかしなかったのかな?


 早速紹介された鍛冶屋に向かう。

 以前、武器を見せてもらった鍛冶屋とは別だけど場所は近い。


「こんちわー」


 鍛冶屋の場所はフィルの店「マクスウェル魔法店」から更に南に位置する場所にあった。

 ちょうど新マリオン神殿の北側と言えば解り易いか。


 俺は鍛冶屋の建物を外から観察してみる。

 建物はかなり古いが結構な大きさがある。

 作業場らしい部分が石造りなのは防火対策だろう。


 作業場からはトンテンカンとハンマーを打ち下ろす音がしているのでそちらに顔を出す。


「こんにちはー」


 俺は黒々とした作業場の入り口から声を掛けるが、中は真っ暗なのでよく見えない。


 俺はもう一度「こんにちは」と声を掛けてみた。

 ピタリとハンバーの音がやみ、暗闇から人影が出てきた。


「何だ? 何か用か?」


 ようやく日の当たるところに出てきたのは灰色の髭ずら、筋骨隆々のドワーフだった。


「お? ドワーフの鍛冶屋さんだったんだな」


 俺がそう言うと片眉を上げてジロリと睨んでくる。


「最近ではドワーフは珍しくなかろうが。で、何の用だと聞いている」

「ああ、馬車が欲しくて馬車屋に行ったら、ここを紹介されたんだよ」


 俺は紹介状を取り出してドワーフに渡す。


「ふん、テムジンの野郎。勝手に紹介状なぞ書きやがって……」


 一応、紹介状の中身をドワーフは確認する。


 あの店主、テムジンって名前なのか。初めて知ったよ。


「一〇人乗りの馬車が欲しいだと?」

「ああ、そうです」

「材質は?」

「え?」

「馬車の材質に指定はあるのかと聞いているんだ」

「馬車に詳しいわけじゃないから、材質と言われても解らないな」


 ドワーフはまたもや片眉を上げる。


「仕方ない。じゃあ、用途は?」

「用途は……冒険の為の移動手段かな?」

「お前……冒険者か?」

「ああ、そうだよ。冒険者のケントだ」


 俺がそう名乗るとドワーフの両方の眉毛が上がった。


「トリシアの仲間か!?」

「え? お知り合い?」

「いや、となると……お前さん……領主さんか?」

「ははは。そうなるね」


 俺は苦笑いした。

 最近は俺の顔も売れてきたと思ったけど、まだ知らない人もいたんだな。

 まあ、名前だけは売れたって事か。


「トリシアのボスなら早く言え。最高の馬車を用意してやる」


 やはりトリシアの威光は素晴らしい。気むずかし家のドワーフですらイチコロですか。


 俺は作業場の中に案内される。


 ドワーフは設計台に少し大きめの紙を広げた。


「ワシはロドム・ヴァンという」


 羽ペンと定規を使い設計図をガンガン描いて行く。


「じゃあ、マストールとも知り合いなのかな?」

「マストールか……氏族は違うが知っている。あいつの技術には嫉妬しか覚えんがな」


 ヴァンは「冒険用となると足回りにアレを使うか」とか「軽めで丈夫なのがいいな」とかブツブツ言いつつ設計図はあっという間に完成した。


「これでどうだ?」


 俺は出来上がった設計図を覗き込む。


「へぇ。スプリング・クッション付きか。この辺りでは珍しいね」

「何故俺の発明を知ってるんだ……」


 ヴァンは驚いたように俺を見上げる。


「ああ、コレって貴方の発明なのか。

 ウチの館の箱馬車も貴方の作品だったんだね」


 リヒャルトさんが用意してくれた貴族用の箱馬車にもこの機構が付いているのだ。


「領主さんの館にも納品したからな」


 リヒャルトさんに聞けばヴァン氏を紹介してもらえたんだな。馬車屋の出費は無駄だったか。


「だが……あんた、領主さんだろ。冒険用の馬車が必要って事は、領主さんなのにまた冒険家業に出るのか?」

「ああ、近々出発予定なんだよ」

「馬車が出来るのに急いでも一〇日は掛かるぞ?」

「ああ、大丈夫。出来た頃に戻ってくるからさ」

「そんな二度手間を……」

「魔法でね」


 ヴァン氏はポカーンとした顔になる。


「魔法で?」

「そ。俺は転移魔法が使えるからね。戻るのは一瞬だよ」

「さすがはトリシアが認めた男だな」

「そういや、トリシアとは知り合いみたいだね」

「ああ。七〇年前のアルシュア山遠征部隊に俺もいたからな」


 あ、伝説の遠征隊の生き残り発見。

 やはり、アレの関係者ってトリエン周辺に住んでる事多いね。

 人族だと生きてる率低いけど、ドワーフとかの長命種だとまだ生き証人がいるんだな。


「あのドラゴンがこの街にも攻めてくるかもとここに根を張ったが、現れなかったな。

 トリシアが冒険者復帰したという噂は聞いていたが、ワシももう歳だからな。冒険者に戻るなんて無茶はできん」


 ヴァン氏はトリシアとは別の冒険者チームのメンバーだったらしい。

 しかし、仲間たちはブレスによって全滅したとか。

 ヴァン氏はトリシアの水の霧ウォーターミストの効果範囲に辛うじて入っていた為助かったそうだ。

 それでも相当ひどい火傷を負ったそうだ。

 ただ、その経験から「耐火」スキルを手に入れたので鍛冶屋に転向したとか。


 討伐隊はトリエンが組織したから、ドラゴンが報復に来るかもしれないとヴァン氏は考えていたそうで、ドラゴンがトリエンに来たらリベンジするつもりがあったみたい。


 なかなか気骨のある元冒険者ですな。

 レベルを調べてみたら三七もあったよ。

 今のトリエンで一〇本の指に入る実力者ですな。

 勿論、俺と仲間たちを除いてだけど。


「それじゃ、馬車の作成よろしくお願いしますね」

「頼まれた。出来上がったら領主の館に届けておく」


 俺は作業台の上に手付け金として白金貨を五枚置いてから作業場を出た。

 このくらいは払っておくべきだろう。


 ただ、領主が使うからといって妙に豪華な作りにされないかは心配だ。

 冒険用と伝えたので大丈夫だとは思うけどね。

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