第28章 ── 呪われ王女の逃亡記

第28章 ── 第1話

 ブリストル大祭も終わったある日の午後。

 トリエンの領主の館の会議室で、ガーディアン・オブ・オーダーの面々と行政長官のクリス、工房の責任者たるエマとフィル、情報局のレベッカが顔を突き合わせていた。


「ケント、もう少し残ってほしいんだが……」

「いや、そうは言うけどね」


 食い下がるクリスに俺は渋面を作る。


「だが、君は領主だ。私ばかりが重要会議や会合に顔を出すのは違うだろう。

参加する者たちは君に会いに来ているんだぞ?」

「俺が領主になる前のトリエンだって代官制度だったじゃんか」


 そう言われたクリスは「むう」と漏らしつつ言葉に詰まった。


「国王陛下にも『自由にしていい』って許可を貰ってるんだよ?」


 このやり取りは何かというと、俺が再び冒険の旅に出ると言い出した為に急遽開かれている上層部会議だ。

 具体的には、行政長官に事を押し付けて冒険に出かける領主を引き止めようとしているの図である。


「しかしだね……」

「クリス、君には全権委任しているだろう?」

「ああ……だが……

 いや、そうじゃない。

 もし、私が君の意に沿わぬ政策をやりだしたらどうするつもりなんだ?」

「しないだろ?」

「例え話だよ……」


 ああ言えばこう言う的な俺にクリスは処置なしと肩を竦めた。


「まあ、冒険に出るのは決定事項。仲間たちも賛成しているからね」


 俺の言葉にクリスは仲間たちを見回す。


「ケントが大人しくしていられるわけがない」


 クックックッとトリシアは笑う。


「そうなのじゃ。ドワーフ王国の次は砂漠の国じゃと聞いておる。

 辺り一面砂じゃぞ? どんだけ盛大に砂遊びができるのじゃろうか……

 ケントはそこに興味があるのじゃ」


 それはマリスさん、貴女の事でしょう。


「武者修行は、まだまだ終わっていないのですよ?

 やっと神殿に後任の神官プリーストが来たのです。

 そろそろ修行しないと身体が鈍りますよ!」


 アナベルは人々を助けるはずの神官プリーストなのに言い分が自分勝手すぎです。

 まあ、信じてる神がマリオンだからな……

 神様からして興味を惹かれると目標にまっしぐらな感じする。


「俺は……付いていく……だけだ」


 我が心の友よ。

 ハリスは全くブレませんな。


 クリスは「はぁ……」と大きな溜息を吐いた。


「仕方ない……もし問題が起きたらコレで呼び戻すからね」


 俺の説得を諦めたクリスは腕に装着している小型通信機をトントンと叩く。


「問題ない。そうしてくれ。

 戦争ん時もちゃんと帰ってきただろ?」

「確かにそうだが」


 あの戦争の所為で俺は冒険を切り上げてトリエンに戻ってきたんだ。

 そこから何ヶ月領主としての仕事をしたと思っている。

 ずっと街に引きこもっている冒険者など社会に不要な存在だろう。

 俺は領主の前に冒険者でありたいのだ。


 俺がそう力説するとアモンがニッコリ笑って頷いている。

 こいつは俺に反対意見は述べないので、いないも同然の扱いをクリスに受けていたりする。


「アラネアさんも一緒に行かれるのでしょうか?」

「当然です。主様を一人にはできません」

「ははっ」


 即答にレベッカが笑いを漏らす。


「本当ならあたいも一緒に行きたいんですけどね」

「それは困る!」


 クリスが声を荒げた。


「解ってるよ、長官。

 あたいはケントさまの冒険にはついて行かないと決めているんだ。

 心配には及ばないよ」


 クリスは一安心というように再び腰を下ろした。


「情報局長がいなくなったら本当に困ることになる」


 クリスも情報の重要性に気づき始めているねぇ。

 トリエン情報局が集めてくるのはかなり雑多な情報なんだが、それを分析し取捨選択しているのはレベッカだ。

 この作業は長く裏社会を仕切ってきた元女首領のレベッカでしか行えないだろうと思う。彼女は本当に優秀なんだよ。


 最近はアラクネイアの情報収集能力が加わって助かっているとレベッカは言っていたんだが、当人は俺から離れる事を嫌がるのだ。

 というか、魔族は全員俺から離れたがらないんだけどね。


 フラウロスはペット枠的な位置取りでチームのマスコット扱いを要求する始末ですからね。

 確かに俺もニャンコとか言ってたけどさ……


「まあ、ケントが冒険に出てても困らない体制は作ってあるから、クリスは心配することないと思うわ」

「そうですね……工房の運営に今のところ問題はありません」


 工房担当の二人も俺が冒険に出たとしても大丈夫だと太鼓判を押す。


「ただ、私も時々は冒険に同行させてほしいものだわね」

「え? 姉さま?」


 エマの不用意な言葉にフィルが不安げな目を向けた。


「私もそろそろ六〇レベルになろうってところなのよ。

 ここでガツンと経験を摘まないと壁を超えるのは難しい気がするのよね」


 エマの言っている事は的を得ているかもしれない。

 神々によれば人間のレベルキャップは六〇あたりらしいからな。


 今後の事を考えると、トリエンに亜神レベルの仲間を置いておくってのは必要な事かもしれない。

 となると常駐要員のだれかを集中的にレベルアップさせるってのは優先事項だろう。


「ふむ。エマはもう冒険者登録してあるんだっけ?」

「いつの話をしているの? 私はもうアダマンタイトよ?」

「マジで?」

「マジよ。こう見えて、私は忙しい合間にちょくちょくクエストを消化してるのよ」


 エマは魔法使いスペル・キャスターから魔術師ウィザードにクラスチェンジしたあたりから経験値の伸びに悩んでいるらしい。

 ここは俺たちの協力が欲しいってところなんだろう。


「了解だ。今回はエマも連れて行こう」

「やった!」


 エマが手放しに喜ぶ。


「その間、魔法道具の生産はどうするんだ!?

 商人相手ならともかく、貴族や都市相手に出荷できないでは済まないぞ!?」

「あー、そこは私、フィル・マクスウェルにお任せあれ。

 姉上から魔法術式付与の講義は受けております」


 サッと立ち上がったフィルがオーバー・アクションでクリスにアピールした。


「もっとも冒険に出る為だとは聞いてませんでしたが……」


 瞬時に素に戻ってボソリと囁くところにフィルの哀愁を感じる。


「フィルにはポーションの研究もあるよね、平気か?」


 俺の心配にフィルは深々とオーバーアクションなお辞儀をする。


「前回、ドラゴンの汗を入手して頂きましたので順調です。

 もう少々掛かりますが、特級MPポーションをお見せできる日が近いと申し上げます」


 フィルは有能だなぁ……姉ともどもスカウトしておいて正解でした。


「ドラゴンの汗じゃと?

 ケント、この前、我の汗を採取させてくれと言ってきたアレかや?」

「う、うん。ソレだね」

「我の汗がポーションの材料なのかや?」

「ドラゴンの汗が必要だったらしくてね」

「ポーションじゃぞ?」

「そうだね」

「飲むのかや?」

「飲むね」

「……」


 マリスが不機嫌な顔になっていく。


「二度と提供せんのじゃ」

「返せとか言われなくて助かる」


 プイッと横を向くマリスに、俺は冷や汗を掻きながら笑顔を作って見せる。


 やはり年頃の女の子の汗を飲み薬に混入するってのは、提供者としては不快だったか……黙っていて正解だったな。


「次はエンセランスにでも頼むのじゃな」

「協力してくれるかなぁ……」

「実験バカじゃからな」


 マリスの言葉にパッと明るくなったのはフィルである。

 ドラゴンの汗は大量に必要なわけではないらしく渡した小ビン一本で結構な使い出があるらしいんだが、ポーションの量産となるとやはり量が足りなくなるという。


「その時は是非お口添えをお願いいたします」


 フィルが再び頭を下げるとマリスは「フン」と鼻を鳴らして応えた。

 否定的な言葉がなかった。

 助けてくれそうな気配を感じてかフィルが安堵の表情になる。


「マリス、すまん」

「許すのは今回だけじゃ」


 古代竜の機嫌を損ねる行動は慎もう。マジで肝が冷えます。


 テーブルの端の席に座ってたハリスがそんな光景を見て顔を背けつつ肩を盛大に揺らしている事に納得いかないものを感じる俺であった。


「よし、方針は決した。

 者ども! 冒険の準備に取りかかれ!」


 立ち上がった俺がビシッとあらぬところを指差すと、仲間たちも席を立った。


「了解だ」

「承知……」

「久々の冒険じゃな!」

「腕がなるのです!」

「私もとうとう冒険の旅に出られるのね」

「姉さま。一時的にです。直ぐに戻って下さい」


 こうして再び冒険に出ることが決まった。


 今回のメンバーはエマを加えるので総勢九名。

 料理担当の俺としては食料の買い出しを行うべきだろう。

 他の準備はトリシアたちに任せておけば問題はない。


 さて、今度はどんな冒険が待っているのか……

 楽しみすぎて出発までに眠れぬ夜を過ごすことになりそうです。

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