第27章 ── 第53話

 休憩していると、東西に伸びる大通りを大きめの木像を担いだ大勢の男たちが歩いていくのが見える。


「おお、ブリストルの女神像がやってきましたぞ」


 何だそりゃ?

 前回参加した時にも見た記憶がないんだが……


 マルエスト侯爵が嬉しげに木像を指差す。


 その木像は荒削りながら耳が尖っている女性像なのがなんとか解るので、シャーリーを象ったモノなのだろう。


 ただ、木材を削っただけの像だから非常に重そうで、運んでいる男たちの顔は真っ赤だ。


 俺が不思議そうな顔をしていたのに気づいてマルエスト侯爵が「説明しよう!」と立ち上がった。


 どこのアニメに出てくるナレーターさんでしょうか。

 侯爵、貴方の事は心の中で富山先生と呼ばせて頂きたい。


 マルエスト侯爵によると、ブリストルの女神像は俺の予想通り、ブリストル時代の領主エイジェルステッドを象ったモノだそうだ。

 その像を「ブリストルの女神」と呼んで祭の時に祀り上げる事で、この地の繁栄を願う。

 この女神像は三日掛けて街中を練り歩き、最後にブリストル墓地の安置場所まで運ばれる。

 像を担いだ男には一年の間、ブリストルの女神の加護が与えられると言われているとか。


 ただ、シャーリーはイルシスの使徒になって神界の住人にはなったが、加護を与えられるような権能は持っていない。

 大祭の女神像のご利益は望めないだろう。


 まあ、信仰なんてそんなもんなのかもね。


 彼女が死んでから何十年も経つが、今は祭のお神輿みたいになってるとは本人も夢にも思っていないだろう。

 最近まで幽霊ゴーストやってたはずだから彷徨ってたときにでも見た可能性はあるかも……


 あんな重そうな木像を運びながら練り歩くのは大変そうだと感想を漏らすと、マルエスト侯爵が笑う。


「いや、疲れたモノは直ぐに離脱するのですよ。空いた場所には、すぐ次の男が取り付くので担ぎ手が疲れ切る事はないと聞いておりますよ」


 へぇ……あの木像ってそんなに担ぎたいモノなんかねぇ。トリエンの男は変わってるな。

 って、俺領主だった。トリエンの風習くらい知っておくべき案件だよな。

 マルエスト侯爵、説明してくれてありがとう。


 木像を見送ると、また木像がやってきた。


「変ですな? 木像は一つだけのはずですが?」


 マルエスト侯爵が不思議そうに二度目の木像を眺める。

 俺もその木像に目を向けて目の前が真っ暗になる。


 ああ……多分あれは俺の木像だ。


 ブレストアーマーに小手ガントレット……そして特徴のない顔。

 ドワーフの彫刻家が作ったんだろうか……

 俺が冒険に出る時の装備だし、さっきの女神像より作りが精巧で、一発で解りましたよ。

 比較的新しく見えるって事は最近作られたって事だな。


 大貴族たちが木像と俺を交互に見て笑いをこらえている。

 そして笑顔の俺の額に青筋が浮き出たのを見て、サッと顔を背けた。


 俺の木像はさっきの女神像とは違い沢山の女性たちに運ばれている。


 結構重いはずなのに頑張ってんな。


 見れば、結構な数の女性冒険者たちが取り付いている。

 やはり、それなりにレベルが高い人が混ざらないとねぇ。


 などと思っていると、担ぎ手の中にマルレニシアとその仲間たちが混ざっているのを発見して俺は脱力感に襲われた。

 全員が嬉しそうな笑顔だったよ……


 一体全体何なんだ?

 アレが三日間も街中を練り歩くの?

 マジ勘弁して欲しいんですが。


 そもそも自分を象った像を祀り上げられたり飾られたりなんてのは、普通の人間に堪えられるもんじゃないと思うんだが……


 某アニメの軍人キャラがそんな感じの事を言っていたけど、俺も今それを理解しました。

 ええ、堪えられません。

 後でクリスに言って破棄してもらおう。


 だが、この木像が破棄されることはなかった。

 トリエンの女性住人や女性冒険者が頑なに拒絶反応を見せた為だという。

 俺がそれを知ったのは一年後の大祭になってからなのは、また別の話。



 名所や祭の出し物を見物し中央広場に戻ってきた頃には、もう一六時を過ぎていた。


 二年前に参加した大祭よりも明らかに規模が大きくなっていた。

 活気も相当なモノで、大祭の経済効果は相当な額になると予想された。

 たった一日でこれなのだ。三日もやれば大儲けに違いない。


 大貴族たちを引き連れて館へと戻る。


 既に晩餐用の料理が用意されていて立食パーティに移行していた。


 暗くなるまで後一時間半ほどなので、大貴族たちには先に食事を済ませてもらおう。


「そういえば、暗くなってから何か催しがあるとか言っておったな」


 ミンスター公爵は覚えていたらしい。


「そうです。ティエルローゼでは初めてのものかもしれません」

「ほう、それは面白そうだ」


 ふふふ。きっと度肝を抜かれますよ。


 俺はニヤリと黒い笑いを浮かべる。


 食事もそこそこに、館の最上階の一画にあるルーフバルコニーのセッティングに勤しむ。

 このルーフバルコニーは、洗濯物を干す為にある場所なんだが、今日は花火の観覧用の特等席となるわけ。


 一通りバルコニーのセッティングを終え、念話でエマと連絡を取る。


「もう打ち上げ装置の設置は終わった?」

「当然でしょ。もう工房で一休みしてるわよ」

「ありがとう、助かったよ」

「指示通りに設置したけど、アレって何をするものなの?」

「ああ、花火を打ち上げる物なんだよ」


 念話越しでもエマの怪訝そうな雰囲気が伝わってくる。

 説明しろと言われても中々言葉では難しい。


「エマも打ち上げをこっちで見てみるといいよ」

「人が多いのは御免だわ」

「いや、そんな事言わずに。

 ルーフバルコニーに席を用意してるから」

「仕方ないわね。ケントがそこまで言うなら参加してやってもいいわ」


 エマは「フン」と鼻を鳴らすが、何が起きるのか興味があるのはバレバレですよ。

 あれだけの大掛かりな仕掛けですからね。相当凄いと予測が立つでしょうからな。


 辺りが薄暗くなってきたので、明かりの魔法道具に魔法の光を灯す。

 ルーフバルコニーが良い感じの明るさに包まれた。


 よし、これでいい。


 一階に降り中庭に行くと遊びに来ている貴族たちに挨拶攻めに会う。


 こういうの本当にめんどい。

 でも、社交の場なので疎かにはできない。

 挨拶を適当に交わしている内に三〇分も経ってしまった。

 もう、外は真っ暗だ。


 やべぇ。遅れちまう。


 俺は慌てて大貴族たちを連れてルーフバルコニーへと向かう。


 既に仲間やマリスたち古代竜もやってきている。


「ケント、遅いわよ!」


 エマに怒られた。


「すまん。貴族たちに捕まっててね」


 俺は苦笑しつつ謝る。


 エマの姿を見たマルエスト侯爵が嬉しそうに彼女に挨拶しはじめる。


 俺は残りの三人の大貴族を特等席の椅子に案内した。


「何が起こるのかね?」

「まあ、見てて下さい。いいですか、この方向の空です」


 俺は腕をサッと東の空に突き出した。


──ドンッ! ヒュ~~~~~……


「な、何の音じゃ!?」


 マリスが座っていた椅子から立ち上がった。

 その瞬間、真っ黒な空に大輪の花が咲いた。

 一秒ほどで「ドンッ!!」という音と衝撃波が俺たちに届いた。


 それを見た全員がポカーンとした顔だ。


 まだまだ行くぞ。


 俺は腕の小型翻訳機のARモニタを開きデータベースに接続した。

 現在、打ち上げ装置はデータベース上のプログラムで打ち上げの順番などを管理している。

 リストを見れば現在の打ち上げ順番が解るのだ。


 次の花火が打ち上がる。


──ヒュルヒュルヒュル~……ドンドンドン!!!


 連続して空に花が咲いた。


「「「おお!!」」」


 大貴族たちが歓声を上げる。


「ケントさん! アレは何です!?」

「花火……久々に見るわ」


 興奮するアナベルの横でトリシアが懐かしそうに目を細めている。


 マリスと二人の古代竜も興奮して椅子の上で飛び上がる。


「おおう! 近くで見たいのじゃ!」

「綺麗だけど、あれは火球ファイアーボールの連続発射だよ。

 近くに行ったらダメージを受けちゃうよ」

「いえ、エンセランス、あれに魔力を感じませんし、魔法ではないのではないでしょうか。

 仮に魔法だとして、あれだけの量の魔法を打ち出すとなると魔法使いスペル・キャスターが大量に必要になりませんか?

 それほど多くの魔法使いスペル・キャスターがいるという情報は貰っていませんが」


 まあ、魔法じゃないからねー。

 打ち上げのタイミングや順番、着火については魔法道具で制御しているけど、打ち上がる仕組みは物理です。


 何はともあれ「打ち上げ花火」というサプライズは大成功。

 手伝っていたエマも正体を知らないんだから驚いただろう。

 仲間も大貴族たちも大興奮だったし満足頂けたようで何より。


 後々入ってきた情報によれば、音と衝撃波を何かの攻撃だと勘違いした住民に少し怪我人が出たそうだ。

 これは冒険者ギルドが対処したそうで心配はないと連絡が来た。


 まあ、確かに音や衝撃波だけ感じたら勘違いしても不思議じゃないか……

 もう少し周知しておく必要があったな、反省反省。


 貴族たちも音に驚いて外や館のベランダなど出たりして花火を目撃したそうで、夜空の大輪の花を見て何らかのアトラクションだと気づいたようだ。


 翌日、花火について貴族たちから質問攻めになったのは言うまでもない。



 その後、二日目、三日目と目立ったトラブルもなくブリストル大祭は終わった。


 遊びに来た貴族たちも満足して帰途についたようで、俺も一安心だ。


 ちなみに、こういった祭を口実にした社交界のような貴族の集まりがかなり重要だと気づいた。

 オーファンラントには議会というモノはないので、貴族が主催するパーティなどで集まった時に政治的な話し合いがなされるらしい。

 今回の大祭に貴族たちが大量に来た理由も、大貴族たちが一同に集まると噂が流れた為ためなのだそうだ。


 責任のある上位貴族は、こういう貴族たちが集まれる機会を作るのも義務なんだとか。

 俺も辺境伯という低からぬ爵位持ちなのでこの義務があるんだが、はっきり言って面倒くさい。

 費用は払うから勝手にパーティ開いてくれる貴族様はおらんだろうか。

 毎回こういう催しを準備するのは大変ですからな。


 ああ、そうか。金も手間も掛かるから力のある貴族が催さねばならんのか……


 うーむ。社交面倒過ぎる。

 何か理由を付けて全部他人に押し付けて逃亡したい。

 俺みたいなコミュ障には、社交という場は辛いんだよなぁ。


 え? 難なくこなしてるように見えるって?

 俺がどんだけ無理してるか誰も知らんだろ。

 心的ストレスで十円ハゲが出来る寸前だぞ、多分。


 まあ、今のドーンヴァース製の身体だとハゲそうにはないけどさ。

 現実世界の身体だったら確実に逝ってる案件だよ。

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