第27章 ── 第51話
銀の馬に引かれた二台の馬車がトリエンの中心である中央広場に入っていくと、ごった返した人々たちが自然と道を開けてくれる。
来訪客は勝手が解らないようだけど、トリエンの住民が進んで交通整理のような事をしてくれている。民度が高く見えるし領主として鼻が高い。
大変結構な事ですな。
ゴーレム・ホースは人工知能が搭載されているのと変わらないので、人を轢かないように自動で馬車の速度を調節してくれる。
中央噴水の横に設えられたステージに馬車が止まったので馬車から降りる。
大貴族たちも馬車から降りた。
見れば貴賓席のようなものがステージ上にあった。
アレを見て降りる判断をしたって事か……
ならば!
俺はニヤリと笑う。
大貴族たちが貴賓席に座ると、ステージ周辺には民衆たちが集まり始める。
既に芋を洗うような人集りだ。
大貴族たちは慣れたもので時々民衆に手を振ったりしている。
普通は貴族が民衆に姿を晒す事はないはずなんだが、俺の知ってる中世ヨーロッパ的貴族の知識とは違うのかもしれん。
いや、オーファンラントがそういう風習の国って可能性はあるな。
国王リカルド自体が人前に結構出て来るからなぁ……
マリスたちはステージに上がってこなかったので周囲を見回して探してみると、ステージ横の雑踏に三人でいるのを発見した。
三人の両手には既に串肉が握られていた。
食う事には尋常ならざる素早さを発揮するなぁ。
さすが食いしん坊チームの重鎮と言えるな!
しばらくするとステージ横の仮設テントからクリスが出てきて、貴賓席に座る俺たちを見て爽やかな笑顔で壇上に登った。
「公爵様、それと侯爵様方におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」
クリスが大貴族たちに貴族風の挨拶を行う。
「うむ。其方がクリストファだな? 辺境伯殿から有能な人物だと聞いている」
「勿体なきお言葉でございます」
跪いているクリスにミンスター公爵が声を掛ける。
「これからブリストル大祭の開会にございます。
ご退屈かとは存じますが、お付き合いのほどを節にお願い申し上げます」
「堅苦しい挨拶は良い。早速始めようではないか」
ミンスター公爵の許しが出たのでクリスは顔を上げた。
「では、失礼します」
クリスはくるりとステージの向こうへと振り向いた。
その手には二年前に見たメガホンに似たモノが握られている。
アレ? あのメガホンっぽいヤツ……前よりゴツくなってねぇ?
メガホンを口に当てたクリスが口を開いた。
『諸君! 待ちに待ったブリストル大祭がやってきた!』
なんだと……!? 拡声器型の魔法道具!?
エマが付与作業をしたって事だよな?
いつの間に作ったんだ?
自分で術式を作って付与したとすると、エマは一皮むけたかもしれん。
エマは魔法術式を作り出すことを今までしてこなかった。
シャーリー図書館の資料などに載っているモノ以外は俺が作るのを待ってるだけだったからな。
エマの才能なら素晴らしい魔法道具開発者になれるはずだしな。
などと感慨に浸っていると……
『では、諸君。領主閣下にご挨拶頂こう! ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯閣下だ!』
歓声と拍手が巻き起こる。
しまった。考え事をしているウチに出番が来てしまった。
演説の文言を考えるのを忘れていたい。
ええいままよ!
クリスの手から拡声器の魔法道具を引ったくり口に当てる。
『えー、壇上からの挨拶は二年ぶりになりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか』
ドッと民衆が湧く。
『早いものでもうブリストル大祭の日となりました。
トリエンも俺が領主に就任した頃に比べて大分大きくなり、新しい住人たちも増えました』
群衆の後ろの方の建物の屋根の上にいたアラクネーたちが黄色い声を上げた。
まあ、君たちもそうだけど……って、居住地から見物に出てきたんかい!
彼女ら以外にもドワーフ、エルフなどの亜人種が大量に増えた。
もちろん人族とは比べようもないけどね。
中でも一番増えた感じがするのは冒険者という職業の人々だろうか。
帝国だけでなくウェスデルフやルクセイドなどからも冒険者がやってきてトリエン支部に登録していっていると聞く。
『それに付随して様々な施設や物事も入ってきた事でしょう。
ドワーフたちは職人技をもたらしました。アラクネーたちは養蚕技術と織物技術を』
俺は民衆を見渡す。
『二年前、俺が皆さんに約束した事を覚えておいででしょうか』
群衆の中から「覚えてるぞー!」とか「幸せしてくれてありがとー!」とか聞こえてきた。
『皆さんは幸せですか? 俺は今、幸せです。
もし、まだ幸せでない人がいたら役場に来て下さい。
役人が幸せになる最良の方法を一緒に考えてくれるはずです』
自分だけの幸せを求めてくる場合は別ですが。
まあ、こういう文言を入れるとクリスへの意趣返しになるだろうね。
もっと仕事しろ、クリス。
『皆さんもご存知のように、このブリストル大祭には大勢の貴族たちが姿を見せて下さっています。
ご紹介しましょう……都市ドラケンの領主ミンスター公爵閣下です』
へっへっへ。
ここで大貴族を投入ですよ。
こう振られては断りようがないでしょ。
ミンスター公爵は一瞬だけ驚いた顔をしたが、直ぐに表情は爽やかな笑顔になる。
公爵は立ち上がると俺のところに歩いてきて右手を差し出した。
俺はその手を取りつつ笑顔を作る。
公爵は俺の肩をポンポンと叩き親愛の意を示し、メガホンに手を伸ばす。
「閣下、ここを握ると魔法道具が魔力を使用者の吸い取って声を拡大してくれます」
俺はメガホンの使い方を教えつつメガホンを渡す。
『紹介に預かった、コーネル・ミンスター・デ・ドラケン公爵である』
公爵などという雲の上の存在が現れたので、群衆は少しポカーンとしていたが、まばらに拍手する者が現れ、どんどんと拍手が増え、終いには割れんばかりの大喝采になった。
ミンスター公爵が手を上げて拍手を制する。
こういう仕草を見ると慣れてるなぁと感じるねぇ。
『諸君らは幸せ者だ。クサナギ辺境伯という領主を頂くことが出来たのだから。
辺境伯殿の偉業はトリエンの発展だけに留まらぬ』
ミンスター公爵は先の社交界で話題に上がった俺の功績とやらを一つずつ上げていく。
聞いてる本人としては非常にこそばゆい感じですが、公爵の演説を止めるわけにもいかず耐えるしかない。
『ただの貴族にこれほど偉業を為せるはずもない。
そのような優秀な為政者を頂く領民が幸せでないはずはない。
私も辺境伯殿のように自分の領民を幸せにできる領主になりたいと思っている。
私からの挨拶はこのくらいでいいだろう。次は……マルエスト侯爵殿、よろしく頼む』
続いてはマルエスト侯爵の番だ。
『えー、トリエンと言うと魔法道具文明が有名なのをご存知かな?
ブリストル大祭にも名が残るように七〇年以上前のトリエンは、はブリストルと呼ばれた小都市だった。
当時の領主はシャーリー・エイジェルステッド子爵であった。
彼女は元々冒険者であったが、当時の国王の要請を受けて、ブリストルの領主になったのだ』
ここからはマルエスト侯爵の趣味たる歴史の講義だ。
ただ、下手な講義なら眠くもなるのだが、話ぶりが非常に面白く群衆たちも話に釘付けだ。
笑いあり、悲しみありの語り口に群衆が大いに湧く。
さすが貴族界のムード・メーカー……演説も一級か。
『見ろ、この噴水を。先の魔法道具文明の遺産だが、未だに綺麗な水を湧き出させている。
この魔法技術を君たちの領主クサナギ辺境伯殿は復活させた!
まさに天恵といえる。君たちは幸せだぞ!』
マルエスト侯爵はそう言うと席に戻り、隣のドヴァルス侯爵に無言でメガホンを渡した。
『ワシもか!?』
渡されたメガホンの魔力を吸収する部分が肌に触れたのか、そんな声がメガホンで拡声される。
群衆にもそれは聞こえて「クスクス」という笑いが上がる。
バツの悪い思いをしたドヴァルス侯爵だが、男らしく前に出てメガホンを使った。
『クサナギ辺境伯殿は本物だぞ?
この短期間でトリエンをここまで発展させたのだ。
ワシらでも中々難しい事だ』
ミンスター公爵が凄いコクコクと頷いている。
彼も盗賊ギルドとかで苦労してたみたいだしね。
『辺境伯殿なら人々を幸せにできる、いやもう幸せにしているだろう。
これに異論があるものはおるまい?』
群衆から「否」という声はなかった。
ありがたい。
『では祭を楽しもうではないか』
この後、ハッセルフ侯爵にもお鉢が回ったのだが、彼は俺との交流が殆どなかったのでトリエンとモーリシャス間で取引されている魔法道具の宣伝みたいな話になってた。
ハッセルフ侯爵は話が上手くなさそうだねぇ。
片腕たるエマードソン伯爵が基本前に出て演説とかやってるのかもしれんねぇ。
まあ、ハッセルフ侯爵の
性格は素直なんだろう。頭の回転も悪い方じゃない。
エマードソン伯爵のような腹黒さはないっぽい。
ただ、エマードソンは腹黒だが忠臣らしいので、ハッセルフ侯爵にはカリスマがあるんだろう。
なので今後も付き合って行けそうだとは思う。
こうして大祭の開会式はつづがなく終わった。
最後にメガホンを受け取って俺は群衆にお知らせを伝える。
『本日、日が沈んだ頃になるべく高い所に陣取って東の空を眺めて下さい。
大きな音と衝撃波が飛んでくるのでビックリするかもしれませんが、凄いモノが見えるはずです』
人々はみんな首を傾げた。貴族も同様だ。
これで花火の仕込みは申し分ないだろう。
こりゃ楽しみですな!!
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