第27章 ── 第50話

 創生二八七三年アミエルの月七月三〇日光曜日イリア

 今日からブリストル大祭が始まる。

 これから三日間、トリエンは大いに賑わう。


 だが、俺たちには祭を楽しんでいる余裕はない。


 俺は行政側の人間だからな……


 なので仲間たちにはそれぞれ仕事を割り振った。


 トリシアはシンジの店に押し寄せるだろう貴族たちの対応を任せた。

 さすがに伝説の冒険者であり、ファルエンケールの貴族たるトリシアをオーファンラントの貴族も無視できまい。

 自ら足を運んでくる貴族は下級が殆どだし、問題が起こることはないはずだ。


 アナベルは新しいマリオン神殿の整備が気になっているようだが、冒険者ギルドに詰めてもらっている。

 ブリストル大祭ほどの大きな祭になると、必ず事件や事故が発生する。

 今回も冒険者を警備として大量に投入しているが、怪我人や病人などが運ばれてくる事になるので、その対応としてアナベルの神聖魔法を役に立てるわけだ。

 神官プリーストの神聖魔法は本来、物凄い高額なお布施が必要になるが、今回は大祭だし無料って事にしよう。


 ただ、大祭では無料で怪我や病気を直してくれるなんて噂が立って、他所の怪我人や病人がそれを目当てにトリエンに流入してくるなんて事態が起こらないようにギルドには細心の注意をするように指示は出した。

 それこそ混沌とした状態になりかねないからな……


 二頭立てのオープン馬車二台をゴーレム・ホース四体に引かせ、俺は大貴族たちとトリエンの各所を見て回る事になる。

 護衛はハリスとマリスで、それぞれの馬車の御者台に乗ってもらう。


 アモンにはリヒャルトさんのサポートだ。

 館には滞在中の貴族が溢れている。リヒャルトさん率いる使用人&メイド部隊だけでは心もとない。亜神クラスの執事がいたら色んな意味で助かるはずだ。


 フラウロスは、冒険者と同じ治安維持活動の仕事だ。

 ただし、子供専門の。

 冒険者は大抵強面なので子供が怖がるんだよねぇ……

 その点、フラウロスは顔が豹なので子供に人気があるのだ。

 ニャンコ扱いで悪いが、子供関連での事件や事故を防ぐための要員としてはうってつけだろう。

 スキルも隠密系だけでなく接近戦、魔法、眷属召喚など多岐にわたり非常に有能だ。


 アラクネイアはアラクネー関連。

 トリエン中心街の北東の森はアラクネーが居住している為、大抵見物人が詰めかける。

 衛兵隊が立ち番や巡回で回っているとしても、大量の人間が押し寄せたら守りきれるものではない。

 アラクネイアならスキルや固有能力から隠密防衛に向いているし、アラクネーの技術を奪取しようとする不埒者を秘密裏に探知、拘束、収監、尋問、必要なら抹殺、殲滅までお手の物だ。


 んで、最後に四人の大貴族の護衛及び案内役は俺、ハリス、マリスの三人だ。


 過剰戦力?

 大貴族を守るなら強力すぎても悪くはないだろう?


 というのは建前で、本音はマリス関連なんだけどね。

 この一行には古代竜のエンセランスとグランドーラも同行している。

 マリスの友達枠ですが、二人とも古代竜なので扱いが大貴族並ですよ。

 まあ、マリスが俺と護衛任務に付いているのは、この二人に問題を起こさせない為とマリスには言い聞かせてある。

 最近はそうでもないが、マリスも放っておくと何か問題起こしそうな不安感があるしな……

 何にしても、マリスと古代竜二匹を放置する危険性を考えれば、仕事を名目に俺と一緒に行動させるのが最善だろ?

 んで、俺一人じゃ大変なので分身体が出せる便利なハリスをサポートに付けたわけです。



 大貴族と古代竜を連れ歩く為、二台のオープン馬車と仲間から拝借したゴーレム・ホース四体を準備した。

 大貴族用の一台と古代竜たち用の一台だ。


「おう。ケントは気が利くのじゃ。我らの馬車もあるのじゃな」

「当然だろう。人間に化けて貰ってるけど、人間に知られる古代竜が二人も来てるんだからな」

「我も古代竜じゃが?」

「マリスは俺の仲間だからお客じゃねぇよ。きっちり仕事してもらうよ」

「ちぇ~」


 マリスが唇を尖らせる。

 素で「ちぇ」って言うヤツ、初めて見た。

 マリスは何だかんだ言って人間に毒されまくってますな。


「マリスはエンセランス、グランドーラの護衛だ。もっとも二人とも護衛が必要だとは思えないけど、マリスがいたら完璧だろう」


 二人の古代竜は人間の姿に変化へんげしている為、本来のレベルよりも低くなっているので、マリスの圧倒的な防御力があると非常に安心できる。


 そんな俺の言葉にマリスは気を良くして踏ん反り返る。


「当然じゃ。我こそ世界一の盾じゃからの!」

「その調子だ。マリス隊員、護衛任務を任せる。二人をしっかり守ってくれ」

「任せてたもれ!」


 ちなみに、エンセランスはドラゴン時はレベル四四、人間時はレベル一五、グランドーラはドラゴンがレベル五一、人間がレベル三九だ。

 エンセランスは研究三昧の引き篭もりだから言わずもがなですなぁ……

 グランドーラは人間に変化へんげ時のレベルを結構頑張っているようだけど、まだ伝説の冒険者には及ばないね。



 さて、馬車の御者台に分身体ハリスが陣取ります。


 前の馬車に乗り込もうとしたハッセルフ侯爵が二人のハリスを見て目を白黒させている。


「何と……ハリス殿は双子だったのかね?」


 ハッセルフの言葉にハリスがニヤリと笑う。

 途端に、分身体が一番前のヤツからずれるようにしてニヤリ顔が四人も増えた。


「なん……だと……!?」


 ハリスのイタズラに事情を知っているミンスター公爵が苦笑する。


「ハリス殿は忍者ニンジャなる特殊な職業クラスゆえ、非常に特殊なスキル習得者なのだよ、ハッセルフ侯爵殿。


「しかし、これは異なこと……まさかスライムの如く分裂するなど人間業ではありませんぞ」

「そうだろう。私も初めて見た時は肝を冷やした……」


 分裂したハリスたちは、テキパキと馬車の準備を進め、あっと言う間に作業を終わらせる。


「ははは、ハリス殿は相変わらずお茶目ですな」


 マルエスト侯爵が笑いながら馬車に乗り込んでくる。


「あれだけ自分を増やせれば、公務も楽に終わらせられるのだがなぁ……。ところでクサナギ辺境伯。私はあちらの馬車に乗りたいのだが?」


 ドヴァルス侯爵は公務が嫌いらしい。

 そして案の定、マリスが乗っている方の馬車に乗りたがるロリコンぶり。


「ああ、あっちは駄目です。マリスの昔馴染みたちも客として来てますし、ドヴァルス侯爵閣下に失礼があっては、俺の体面に傷が付きます」


 俺の体面を出汁にしてドヴァルス侯爵の行動を阻止する。

 ドヴァルス侯爵的にはちょっと薹が立っているかもしれんが、グランドーラも相当な美少女っぷりを発揮しているので、万が一ドヴァルス侯爵がグランドーラに失礼な事をして怒りを買うと不味い。


 マリスは毎度の事なので無体なことはしないが、グランドーラは違う。

 誇り高きドラゴンの気位が一介の人間に傷つけられようものなら、王国が灰燼に帰す事になるやもしれん。


 エンセランスも生意気なガキにしか見えないので、逆にドヴァルス侯爵の機嫌を損ねるなんて事もありえる。

 小生意気なガキの一言でドヴァルス侯爵が手を出すなんて事になったら……

 エンセランスは確実にドラゴン化するだろうな……


 そんな簡単に予想できる危険性は最初から排除しておくに限る。


「マクスウェル女爵殿の姿が見えませんな」


 マルエスト侯爵、貴方も自分の趣味に邁進しすぎですぞ。


「ああ、エマは今日も工房ですね」

「大祭だというのに……」


 残念そうなマルエスト侯爵には申し訳ないが、エマは今、俺の手渡した発射装置の配置に奔走しているはずだ。

 とはいっても、工房の作業用ゴーレムを駆使してって話ですが。

 通常、花火の発射は防災の観点からも河原などの水辺が推奨されるが、トリエンの北側を流れる川はトリエンの急速な肥大によって、街中を流れる川になってしまった。


 そんな理由で打ち上げるスペースが取れなくなってしまったので、かなり広いブリストル墓地を利用することにしたんだよ。

 墓地だと墓石は石だし、基本的に燃えるモノがないからね。


 もちろん、墓地のずっと東の方にはアルテナ大森林が広がっているので、風で火の粉が飛ばされて森林火災になるなんて事も無いとは言えない。

 その対策として、空を飛べるガーゴイル型のゴーレムを二〇体ほど用意した。

 万が一が起きたら、彼らにはバケツを使ってもらい水を空中散布して消火活動をさせる予定だ。

 水はどこかって? 何のための魔法の蛇口か!

 ここ、トリエンは魔法の蛇口の生産拠点。抜かりはない。


「夜は仕事を切り上げる予定なので、夕餐会には顔を出すでしょう」


 マルエスト侯爵はロリコンではないんだが、歴史の生き証人たるエマを殊の外気に入っている。

 俺も歴史は嫌いじゃないので歴史上の有名人とかが本当にいたら会いに行ったり、話を聞きたいと思うだろうし、気持ちは解らないでもない。


「辺境伯殿とは二年ぶりのブリストル大祭だ。

 色々と面白いモノが増えているとも聞いている」


 ミンスター公爵も楽しそうですな。


「そうですねぇ。トリエンは東側にはあまり広がりませんでしたけど、南北と西側へ大きく広がりましたからね。

 私も見てない場所も多いので、そんな場所も見て回りましょうか」

「期待している。

 だが、まずは中央広場であろう?」


 ミンスター公爵がニヤリと笑う。


 二年前の演説の事を思い出しているのか……


 あれは恥ずかしかったなぁ。

 俺には調子に乗ると思ってもないセリフが飛び出す癖があるからな……


「一応、開始の挨拶くらいはする事になってますが、前みたいに面白い事には成りませんよ?」

「まあ、お手並みを拝見しよう」


 ミンスター公爵の言葉にマルエスト、ドヴァルス両侯爵も俺に生温かい目を向けてくる。


「私はブリストル大祭自体が初めてなので、楽しみにしておりますよ」


 ハッセルフ侯爵もミンスター侯爵に微笑む。


 大貴族四人に期待されては頑張るしか無いですかなぁ……


 メインイベントは花火だから、それまで退屈させないように頑張りますかね。


 しかし、開幕の演説か……


 クリスに頼まれたからやるけどさ、コミュ障にさせる事じゃないだろ。

 コミュ障を誤魔化す為に喋りまくるから厨二病的な言葉とか、変なセリフが飛び出すんだよ……

 現実世界ではそれがクライアントに面白がられて仕事が上手く行ったりしてたが……


 俺が書類仕事をしている時に頼まれたんだそうだけど、書類に集中してた俺は「あいよ」と生返事したとか……

 マリスとアナベルが証人だそうで断れなかったんだよな。

 ま、武士に二言はない。武士じゃないけど。


 ただ、毎回演説させるのは困るので、慣例にしないようクリスにはクギを指しておこうかと思う。

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