第27章 ── 第48話
工房に籠もってドーンヴァース経由で花火の情報を仕入れる。
打ち上げ花火には様々なものが存在する。
特に重要なのが燃えた時の色だろう。
この花火の色は燃えると様々な色になる星と呼ばれる構造によって表現される。
まあ、この星の配列によって、綺羅びやかな花火となるわけだ。
この星に練り込む元素によって色が決まるのだが、化学が未発展のティエルローゼではなかなか集めるのが大変そうだ。
例えば、赤を発色させるためにはリチウムという元素を用いるのだが、リチウムを作るには電気分解などの手段が必要になるようだ。
当然、ティエルローゼに電気を使う技術は発展していないため、事実上不可能だ。
となると、それに変わる物質を探さねばならない。
紅色を出すためのストロンチウムもかなり厄介な化学反応を利用する必要があり断念せざるを得ない。
それよりは簡単だが、バリウムも電気分解が必須なようで後回しにする。
この三つの物質の生成方法において、科学実験では電気という存在が非常に重要だったことが解る。
魔法が存在する世界において「電気」が科学の観点から見られることは、まずないだろう。魔法的現象として片付けられてしまうからだ。
俺たち
俗に「電気」と呼ばれるモノの発生原因は基本的に物理現象として認識される。
一番身近な「電気」は「静電気」だろうか。
下敷きで髪の毛を擦るとくっ付く現象で遊んだ経験がある人が大半だろうし説明の必要もないな。
だが、ティエルローゼではこの現象を魔法の一現象として捉えるのだ。
精霊と周囲に偏在する魔力溜まりが媒介する魔術現象として。
その現象を利用したものが属性魔法と呼ばれる。
火、土、木、金、水を基本とした魔法体系である。
この五属性から派生した副次属性の一つが雷属性である。
こういう魔法学の影響が、早々に科学発展の芽は摘まれてしまう結果となったのではないかと俺は推測した。
まあ、現実世界とは違う魔法現象が起きている段階で、現実とは全く違う物理法則で構築されている世界とも言えなくもないが。
ただ、ハイエルフたちに教えた石鹸の作り方などからも解るように、現実世界の物理現象と同じ効果を発揮する事象は無視できない。
地球と同じ物理法則に別の物理法則が付与されていると考えるのが順当ではないか。
ま、難しいことを考えても仕方ないので、先ずは出来る範囲で色の再現を行おうか。
黄色を出すためにはナトリウムを使う。
カリウムは赤紫。
赤橙色はカルシウム。
そして青緑色は銅を使うことで発色できる。
上の三つは石鹸作成時に作ったし、銅は言わずもがな普通に利用可能だ。
まずはこの四色で花火を作るとしよう。
実際に花火を作ってみて思ったことは、非常に難しいということだ。
花火の色とかだけを再現するなら簡単だが、花が咲くように広がるようにするのは火薬というモノの性質を良く知らなければ再現不可能だ。
火薬の燃え方によって時間差を生み出すなど、素人にはまず無理だろう。
だが、俺は普通ではない。
というか、ティエルローゼへの転生者は基本的に普通じゃない。
レベルやステータス、スキルという概念のお陰で、現実世界よりも遥かに効率よく様々な事を行える。
普通ではありえない知力や器用さで花火の作成方法をどんどん解明していく。
そして「花火職人」スキルの習得で完全に花火作りをマスターしてしまった。
割とあっけなかったね。
ついでにドーンヴァースのアイテムで「花火セット」という課金アイテムがあったのでポイントで購入しておいた。
ちなみに「花火セット」というアイテムは、空に文字列や記号を花火で表示するというモノだ。文字列を入力しない場合はカラフルな大玉花火が打ち上がる仕様となっている。
発火色限定の俺自作花火とこのアイテムがあれば何の問題もなく祭に華を添える事ができるはずだ。
ちなみに、ここまでで二週間使ってしまった。
ブリストル大祭まで、あと一週間。なんとか間に合ったね。
その後、生産ラインも利用して花火の増産、花火の打ち上げ装置の自作や設置などを行いつつ過ごした。
大祭が始まる数日前から、トリエンには大量の貴族たちが押し寄せた。
領主の館だけでは貴族を捌ききれず、役人たちにも加勢してもらい接待や整理に追われた。
館に全員泊めることは不可能で、爵位の高い順に俺の館に逗留してもらう事にした。
溢れてしまった貴族たちには宿屋を手配しなければならくなったのだが、その為に他所から旅して来ていた平民たちが割りを食う結果になってしまったのは俺の失敗と言えよう。
彼らには空き家や新築の住宅で寝泊まりしてもらうように役所に手配させたのでなんとかなったが、大祭当日にやってくる他所の人たちは宿泊先が無い事になるだろう。
仕方ないのでテントや野営キットの貸し出しなどで対処するように役場に指示をだした 。
さて、そんな多忙な俺だが、メインの仕事は大貴族三人相手を接待する事だ。その三人はもちろん、ミンスター公爵とマルエスト侯爵、ドヴァルス侯爵だよ。
そして今回、オーファンラント王国四人目の大貴族が俺の屋敷に滞在している。ハイネスト・ハッセルフ・デ・モーリシャス侯爵である。
ちなみにエマードソン伯爵も彼と共に逗留している。
こっちの接待はクリスに任せた。
接待の傍ら、執務室の机で書類整理をしているとマルエスト侯爵が窓の外を眺めつつ言う。
「トリエンには一年ぶりに来たことになるが……また大きくなりましたな」
「そうですね。元のトリエンの町から比べると一〇倍近く大きくなりました」
執務机の前にあるソファで寛いでいるミンスター侯爵がお茶を飲みつつ頷いた。
「そろそろ『都市トリエン』と改めねばなるまい」
「都市ですか。色々手続きが面倒そうだと聞いていますが」
「それもそうだが……都市と認定されれば、それ以上の利益もあろう」
確かに都市となると自由裁量権が大幅に認められる。
周辺に建築可能な風車や水車の数、税率の自由裁定、国軍の誘致などが主な所だが、細かいところも色々と考慮されるそうだ。
まあ、トリエンは自領なので最初から自由裁量権があるんですけどね。
自領地は完全に領主の持ち物として扱われるため、王国の法律に準拠しているとしても、自領独自の法律の制定、税率の裁定などは自由自在だし、領民の生殺与奪も許されている。
基本的に領主は領内ならば国王と同等の力を持っている。
領地内なら国王よりも発言力があるのが領地持ちの領主なのだ。
ただし、自領内の政治は完全に領主の責任で行わなければならない。
治安の維持、インフラの整備、領土の防衛なども全てだ。
故に領地持ちの貴族はそれなりの財力と力がなければならない。
俺のようにポッと出の貴族がやれるはずもないものなのだ。
国王は俺にその力有りと見て俺に辺境伯という爵位を授け、領地の割譲を行った。
ただ、貴族内では運営できるはずもないと俺を見下していた者が多数だったはずだ。トスカトーレを筆頭にして。
もちろん、ミンスター公爵もそうだったはずだと思う。
じゃなかったら大貴族が俺を色々サポートするはずもない。
公爵は俺がプレイヤーだという事を前提に恩を売る事にしたんだろうと思う。
まあ、それを策謀と見るか善意と見るかは意見が別れると思うけど、良い意味で利用しあえる関係とは言えるんじゃないかな。
完全な善意だけで成り立ってる人間なんて聖者か何かですかと言いたくなる。
いや、そんなヤツ……どう考えても胡散臭いだろ?
俺は、下心を否定するつもりはない。俺も下心満載で人と接してるしなぁ。
傍から見たら善行にしか見えない今までの俺の行動も、完全に下心アリだし。
恩を売っておけば、俺が困った時に助けてくれるだろうってね。
そういう意図がない善行もあるけど……
リオちゃんを助けた件とか。
ああいうのは、目の前でスプラッタな事故現場を見たくないってだけだしな。
結果、善行になっただけだ。
善行をすると周囲から有難がられて自尊心が満足するってのもあるんだけど。
他にも俺の気分がいいとか、俺の価値基準で判断して行う善行もある。
ま、こう考えたら、完全に利己主義極まるいけ好かないヤツにしか見えないな。
俺が人間を性善説で見られない理由だよ。
人に善人に見られたいって思って善行をしている善人ですら、自分のためにやってると捉えるわけだからなぁ。
我ながら心が歪んでますな。
ただ、何はどうあれ、それで人が助かったり世の中が上手く回っているなら、それはそれで良しと俺は思っている。
結果、俺が善人とか良い領主と思われているなら何の問題もないし、否定するつもりもないってわけ。
ミンスター公爵がどう思っていようと、俺の生活や周囲の友人に有益であれば俺には何の問題もないのだ。
そんな俺の人生哲学についてはどうでもいい。
「都市認定については、早々に申請の審査手続きを取るように指示を出しますね」
「それが良かろう」
「都市認定とはなんじゃ?」
ドヴァルス侯爵に肩車されているマリスが俺たちの会話を聞きかじって首を傾げた。
「トリエンの町が都市トリエンとなるのだよ、マリス殿」
マリスを肩車して満足げなドバルス侯爵が答える。
「ほう。我がトリエンの町に来た頃は小さい町じゃったが、もう都市と呼ばれるようになるのじゃな。
やはり我のお陰じゃろうか?」
「そうだな。原因の一端は担っていると思うよ」
俺がそう答えると、マリスは「ふんす」と鼻を鳴らして踏ん反り返った。
「すみません、ドヴァルス侯爵閣下。マリスのお守りをしてもらって……」
「失礼な。我がエルドのお守りをしておるのじゃ」
相変わらずマリスはドヴァルス侯爵に失礼極まりない。
「気にするな、辺境伯殿。
私はマリス殿と遊んでいるのが何より楽しいのだ」
「はぁ……」
執務室が大貴族がたむろする居間みたいになってるな。
それほど広い執務室じゃないんだけど。
──ガチャリ
工房への転送装置がある小部屋への隠し扉が開く。姿を現したのはマタハチだ。
その音に大貴族たちが顔を向けた為、マタハチが無言で固まった。
「何してるの? 早く出なさい」
マタハチをグイッと押しのけて現れたのはエマだ。その後ろにはアリーゼもいる。
「あら? ミンスター公爵閣下に、マルエスト侯爵閣下、ドヴァルス侯爵閣下まで……?」
さすがのエマも大貴族が俺の執務室に勢揃いしてるのに驚いている。
「これはこれは、マクスウェル女爵殿。して、どうしてそんなところから……」
エマを見つけたマルエスト侯爵が愛想よくエマに近づくが、見ても何もない小部屋から三人も出てきた事に驚く。
「あー……えーと……」
エマが必死に俺に視線で助けを求めてくる。
「マルエスト侯爵、そこには転移陣を置いています。通常は俺しか使わないのですが、エマは俺に用事があったのでしょう」
「そ、そうなんです。……ケント、例の物が出来上がってるわよ?」
「了解した。後で取りに行くよ」
マルエスト侯爵も雰囲気から空気を読んでそれ以上質問を重ねなかった。
「では、公爵閣下、両侯爵閣下。私どもは失礼致します」
「うむ。ご苦労」
「ではな」
「また会いましょうぞ」
エマはマタハチとアリーゼを連れて執務室から出ていった。
マタハチとアリーゼをこっちから連れてきたって事は他にも何かあったんじゃないかと思うんだが……
セキュリティの観点から、一階の転移陣を使わないようにしている可能性もあるか。
今は祭の所為で身内じゃない貴族が館内にかなりの数いるからな。
妙な雰囲気の中、口火を切ったのはマルエスト侯爵だ。
「なるほど……その転移陣を発見できたからブリストルの遺産を手に入れられたわけですな」
「まあ、そうなりますが、不用意に無関係の者が入りますと警備装置に引っかかって大変な事になりますのでご注意下さい」
「やはり警備が厳重なのですなぁ」
俺はにっこり笑うことで曖昧にしておく。
実はこっちの転移陣から侵入すると警備はゴーレム二〇体のみしかいないのである。
領主の執務室に侵入するヤツは普通いないので考えてなかったよ。
一階に設置した転移陣は、オリハルコン・ゴーレムの前に出るから警備はバッチリなんだけどね。
後で生体認証的なセキュリティ・ルーチンでも組み込むかな?
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