第27章 ── 第46話

 周囲を見回して安全確認を行う。

 城壁と胸壁の一部に崩れた場所があるが、大した損傷ではなさそうだ。


「アナベル! アラネア! 周囲を探索して死傷者がいないか確認してくれ!」

「了解で~す!」

「賜りました」


 胸壁の上から下を確認すると、国王たちが手を振りながら叫んでいた。


 こっち来いって事かな? お叱りかもしれん。


 聞き耳スキルを使えば聞こえるが、聞きたくない時は自動使用されない便利機能付きなのだよ。


 借りてきた一〇人の駐屯兵も自分たちの倒したワイバーンを指差して大喜びをしている。


「辺境伯閣下! 素晴らしい兵器を提供して頂き、誠にありがとうございます!」


 駐屯兵の内九名は一般兵だったが、一名は指導士官という役職の人だった。

 基本的に分隊の訓練を任されている人物なので古参の下士官だと思う。

 いざという時には分隊指揮官になるようだ。


「いやいや。ここの部隊は練度が高くて助かりました。

 三日程度の訓練で慌てずに狙ってからの射出ができるようになったのは素晴らしいですよ」


 現実世界の軍隊ですら、通常なら何週間も掛かるもんだからな。


 貴族に褒められて古参兵は満面の笑みとなる。


「さあ、整列して。これから国王陛下の前に出るよ」


 一人の駐屯兵が恐る恐る手を上げた。


「はい、君」

「あのぅ……

 俺たちのような一般兵が、王の前に出てもよろしいので?

 失礼になりませんか?」


 まあ、普通は一般兵とか平民出の者が王の前に出ることはない。


「大丈夫だ。君たちの活躍は国王陛下も見ていたからね。

 君たちにはその兵器の使用感なんかを報告してもらわないといけないんだよ」


 完全に緊張しているな。


 今回、俺が借りている一〇人は、文字も数字も読めない最下級兵士たちだ。

 この兵士たちを使っているのが重要だ。


 使というのは、事の証明にほかならない。

 現実世界でもそういうモノだろう?


 今回の兵器はそれを実現したモノという事になる。

 ワイバーンだけに有効っていう制限はあるとしても、画期的兵器なのは間違いない。


「他に質問は?」


 兵士たちを見回しても手を挙げる者はいなかったので俺は頷いた。


「では行くぞ」


 俺が歩き出すと「前へ進め!」と古参兵の号令が掛かる。


 上がっている跳ね上げ扉を潜り階段を降りると、胸壁内に突っ込んで死んだワイバーンの死骸に取り付く駐屯兵たちが見える。


 ワイバーン素材は凄い金になるので、この駐屯地の兵士はワイバーンの解体に詳しい者が何人もいるのだそうだ。


 早めに解体等をしないと資材が劣化したりしてもったいないからねぇ。


 後ろを歩いている駐屯兵は、あれを自分たちで倒したのかと今更ながら実感し始めたようだ。


 胸壁を降りて外へ出た。


 見れば国王たちは仮設雛壇の前に集まっている。


 あの雛壇は前に王都でみたのと同じヤツらしいね。

 見た時に「王都からわざわざ持ってきてたのか!」とビックリしたんだよね。


 俺は兵士たちを連れて国王の前まで進み出た。


 俺が王の前で跪くと、兵士たちが一糸乱れぬ挙動で俺と同じように膝をつく。

 それを見て国王リカルドは微笑みながら俺の肩に手を置いた。


「辺境伯、見事であったぞ!」

「ありがとうございます」

「ところで……

 今日は随分遅かったな。少々命の危険を感じたぞ?」


 俺は顔を上げてニヤリと笑った。


「今回はお仕置きですよ。

 でも命の危険は無かったはずですが?

 ま、ちょっとしたスリルを提供したってところです」


 俺の満面の笑みに国王は面食らった顔をした。


「か、家族のことで君を利用したのは謝罪せねばならないな……」

「いえ、謝罪はいりません。スリルを味わって頂いた事でご破産ですよ」


 周囲の貴族や連れてきた兵士たちは、俺たちが何を話しているのか理解できないようだ。

 どう聞いても王と配下の貴族の会話じゃないもんな。


「ハリスとマリス殿の姿は見たが……」

「彼らに陰ながら陛下たちの警護をさせておりましたから」

「だとしたら命の危険があるはずもない。理解した。

 さて、君が連れてきた兵士たちを紹介してくれるかな?」


 リカルドの言葉に兵士たちを見る。

 俺と国王からの視線に兵士たちは身を固くした。


「陛下、紹介致します。

 彼らが今回の試射に協力してくれたドルバートン要塞所属の兵士たちです」


 そう紹介すると兵士たちは即座に頭を下げた。


「諸君、よくやった。素晴らしい戦闘だったぞ」


 リカルドが兵士の肩に順番に手を置いていく。


「もちろん兵器の力もあっただろうが、君たちの活躍でワイバーンを……二匹も討伐する事ができた。感謝するぞ」

「勿体なきお言葉でございます!」


 兵士たちは感涙に咽び、両の手を地面に突いた。


 国王自らお褒めの言葉を頂く兵士の気持ちは解らん。


「ここの兵士は優秀ですね。

 たった三日の訓練で襲いくるワイバーンに怯みもせず、射撃する事ができました。

 百戦錬磨の戦士ですら逃げ出しかねない状況でですよ?」


 ワイバーンが迫ってくる圧力は初心者にはキツイもんだ。

 俺もワイバーンを初めてソロで狩った時は、凄い迫力でチビリそうだったからね。


 俺の言葉に国王も満足げだ。


「そうか。彼らは百戦錬磨の古参兵って事だろう」

「いえ、国王陛下。

 私以外の者はまだ配属されて二週間ほどです。私ですら配属一年の新米です」


 最古参兵士が国王にぶっちゃけた。


「配属されて一年だと!? こちらの者たちは二週間!?」


 リカルドは驚きの声を上げる。


「確かに俺の作った兵器の操作は簡単です。

 しかし、彼らは直ぐに操作方法を覚え、教えた通りに使いこなしました、たった三日で。

 これは非常に優秀って事ですよ。ウチの領地に欲しいですね」

「いや、やらん。彼らは国軍に必要だ。引き抜きは遠慮してくれ」


 兵士たちは、俺と国王が自分たちの所属について言い合っている事にポカーンとしている。

 貴族たちも困惑気味だ。国王と新進気鋭の貴族が平民出の兵士を取り合っているんだから仕方ない。


「で、辺境伯。あの兵器は優秀な兵士でなければ扱えないって事かね?」

「いや、新兵でも使えるレベルですよ。

 まあ、三日で使えるようになるってのは出来すぎですが」

「ふむ。では、貴殿が以前言っていたように五〇〇組納入してくれるか?」

「承知致しました」

「訓練手順などは、この一〇名に指導させねばならん。

 よって、彼らは余の国軍に必須の人材という事になるな」


 俺は苦笑した。


「負けましたよ、陛下。

 その通りです。彼らは国軍で訓練指導に当ってもらわねばなりませんね」

「そうだろう?」


 国王もニッコリだ。

 確かに彼らは有能だが、どうしても必要ってわけじゃないしね。


「彼らに一般兵以上の仕事をさせるなら、しっかり手当を支払ってくださいよ」

「当然、指示を出しておく」


 自分たちを置き去りに決まっていく自らの未来に兵士たちは戸惑っている。


 国王はエドモンダール派の貴族と今後の流通について話しに行った。


「お疲れさん。これで君たちの人生は安泰だ」

「一体何が起きたんでしょうか?」


 不安そうに兵士の一人が俺に質問する。


「俺に協力してくれたお礼だよ。本当にありがとう。

 国軍にいる限り食いっぱぐれはなくなると思う。

 それじゃ、頑張れよ」


 マリスがオルドリンとじゃれ合っているのが見えた。


「マリス殿、見事な飛び蹴りでしたな」

「そうじゃろ? タイミングがバッチリじゃった!」

「タイミ……冒険者用語は解りませんが、バッチリだったのは確かです」


 マリスは小さい拳をビュッビュッと繰り出し、オルドリンはそれに応えて手のひらで拳を受け止める。


 マリスに掛かれば近衛将軍も肩なしですな。

 子供と遊ぶお父さんにしか見えん。


「マリス!」

「ケントじゃ!」


 ヒュッヒュッと左右に瞬間移動しているようにしか見えない移動でマリスが近づいてくる。


「パーンチ!」


 物凄い圧力でマリスの拳が繰り出される。

 拳のあまりの速さに空気が急速に圧縮されて超高温に加熱される。

 そしてその拳はなぜか燃え上がった。


「わはは。烈火爆裂拳じゃ!」

「うわっ!」


 ドカンと衝撃波が伝播して周辺の人々を驚かせる。

 俺は慌ててその拳を掴んだ。


 何に引火したかは定かではないが、おそらく食事の時にでも手に付いた油か何かが手に付いてたのだろう。

 まったく驚かせる。


「手加減しろよ」

「ケントに手加減は不要じゃろ?」


 まあ、マリスが手加減なしで攻撃できるのは俺や仲間たちくらいだからな。

 マリスもちょっとストレスが溜まってるのかもしれんな。


「確かに、最近退屈だからな」

「そうじゃのう。冒険者人生としては今は暇な時期じゃなぁ」


 やはりか。

 こりゃ、そろそろ冒険しに行った方が良さそうだなぁ。

 俺もかなり溜まりまくってるしなぁ。


 だが、まだだ。

 冒険はブリストル大祭が終わってからにしよう。

 何にせよあと半月程度の辛抱だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る