第27章 ── 幕間 ── 国王リカルド

 ワイバーンの板看板を使った試射実験から一週間後。

 今日は宰相フンボルトが辺境伯と約束した実戦試験の日である。

 場所はドルバートン要塞の中庭だ。


「まだ、辺境伯は来ていないのかね?」

「もう到着していると報告は受けております」


 リカルドは姿の見えないケントを探しつつ宰相のフンボルトに確認した。

 来ているはずの辺境伯が挨拶にも来ない事にリカルドは不安を覚える。


 いつもなら、ニコニコ笑いつつ真っ先に挨拶に来るはずなのだ。


 やはり政争の具に使われた事に腹を立てているのではないだろうか……


 一度、辺境伯には王位すら譲ると言った事があるのだ。

 本来なら国王たるリカルドよりプレイヤーである辺境伯の方が立場が上と解釈できよう。


 だが、辺境伯はそれを「冗談でしょう」と苦笑しながら固辞した。

 権威と権力を司る王位が手に入るとなれば、普通の人間は飛びつくはずなのだが、辺境伯はそれをしなかった。

 

 今、リカルドが座っている王座の下の段には、今回呼び集めた貴族たちがいる。

 エドモンダール派閥の貴族はともかく、他の貴族は権力欲にまみれた輩たちである。


 彼らに言わせれば、無欲といえば聞こえは良いが辺境伯はバカでしかないというに違いない。


 リカルドはそこまで考えて「フン」と鼻を鳴らした。


 そなたらも辺境伯の凄さを認識するがいい。


 前回は動かぬ板の的であったが、今日は実戦による試射だ。


 都合よくワイバーンが襲ってくるなんて事は考えられないのだが、辺境伯はワイバーン・スレイヤーの称号を持つ冒険者である。

 実際、それを提案した時、辺境伯は「否」と言わなかったとロゲールは言っていた。

 様々な功績を打ち立ててきた辺境伯は無条件で信じられる。

 彼に掛かればワイバーンを一匹おびき出すなぞ朝飯前に違いない。


 本物のワイバーンを目にして腰を抜かすが良い。


 貴族どもを見下ろしつつ、リカルドはそう考えていた。


 リカルド自身も本物のワイバーンは見たことがない。

 数百人の兵士を簡単に殺傷する厄災にも近い魔物である事だけは知っているが、そんな恐ろしい生物をどうやっておびき出すのだろうか。



 俄に北側城壁の兵士たちが騒ぎ出した。


「何事だ!?」


 城壁の下にいた士官が見上げながら大声を上げた。


「ワ、ワイバーンが二匹向かってきます!!」

「二匹だと!?」


 急ごしらえの雛壇に座っている貴族たちが慌て始めている。


 辺境伯め、二匹とは驚かせる。


 オルドリンが玉座の横から一歩前に進み出る。

 リカルドはほくそ笑んだが、フンボルトは少々不快そうに顔を歪めた。


 見ていると城壁の上にゴワッと巨大な影が飛び上がる。


 胸壁の上のバリスタが素早く旋回し、大矢がワイバーンを襲った。


──ガギギン!!


 鉄のやじりがワイバーンの鱗にぶち当たり、激しい金属音を立てた。


「グロロ~ン!!」


 もう一匹が姿を表し、城壁の上に乱暴に着陸した。

 城壁の一部が崩れ、上にいた兵士たちが数人落ちていく。


「辺境伯はどうした!?」

「わ、解りません!」


 リカルドの怒声に周囲の近衛兵も慌てている。


 辺境伯、一体どうしたというのだ……!!


 心の中で叫ぶも、それに応えてくれる者は誰もいない。

 肘置きを握るリカルドの手に力が入る。


 何とか踏ん張って王座から立ち上がる。

 周囲を確認すると、駐屯兵たちが必死に武装を整えて隊列を組もうとしている。


「子爵! 指揮を!」

「出来ません! ここは国軍の管轄で、今の私は近衛兵団です!」


 クソ! オルドリンの真面目さ加減を忘れていた!


 国王として生きてきたリカルドでさえ庶民のような悪態を吐いた。


 実戦は人任せでやってきた所為で現状からどう行動するべきかが全く解らない。


 右往左往していても始まらない。


「オルドリン子爵! 我々に指示を出せ! 生き残る為に必要な処置を全て講じろ!」

「ご、ご命令とあらば……」


 一介の子爵が国王やら上級貴族に指示を出せという命令が下され、さすがのオルドリンも面食らっている。


 オルドリンが戸惑いながらも、テキパキと指示を出す。

 貴族といえど非戦闘員だ。いくら的確な指示を出されたとしても、言葉通りに従えるはずもない。


 オルドリンと数人の近衛兵は貴族たちを必死に引率して安全な場所に移動しようとしている。


 一匹のワイバーンがその団体に目をつける。

 綺羅びやかな服を着る人間の方が、駐屯兵より目を引くのは仕方ないのかもしれない。


「グローン!!」


 ワイバーンがリカルドたちの真上まで飛んで来る。

 猛烈なスピードで毒針の付いた太い尻尾が振り下げられた!


──キィィン!!


 甲高い金属音にリカルドは振り返った。


「ハリス!」


 ハリスは一瞬だけリカルドにニヤリと笑い掛けて影の中に沈んでいく。


 これは辺境伯の演出だ! 間違いない!

 でなければハリスが出てくるはずがない!


 リカルドは確信を得たが、オルドリンや貴族たちに伝える暇がない。

 ハリスに守られているとしても、危険がないわけではないのだ。


「とう!」


 少々間が抜けた掛け声にリカルドたち全員が振り返る。

 小さな影が空中に躍り出たのを見た。


 ゴインという鈍い音を立てて小さな影とワイバーンが吹っ飛んだ。


「マ、マリストリア殿!?」

「わははなのじゃ!!」


 オルドリンの呼び声にマリスが親指を立てながら飛んでいった。


「構えーい!!」


 その声に胸壁へ視線が集まった。


「狙えー!!」


 ああ、聞き覚えのある声だ。

 その声には安心感を呼び起こす効果がある気がする。


「撃てぇ!!!」


──ドンドンドン!!


 三回の発射音と共に青みがかった銀色の三本の閃光が空を走り、軽快な回避行動を取って動き回るワイバーンを貫いた。


 ワイバーンはそのまま地響きを立てて地面に激突した。


「次弾装填!!」


 仲間が撃ち落とされ、城壁の駐屯兵を襲おうとしてたワイバーンが胸壁に目を向けた。


「構えーい!!」


 くるりと空中を旋回した後、ワイバーンは一直線に胸壁に向かう。


「狙えー!!」


 幾人かの駐屯兵が胸壁から慌てて逃げたのが下からも見えた。

 だが、まだ新兵器が胸壁の縁から突き出されていた。


「撃てぇ!!!」


──ドンドンドン!!


 また三回の発射音。

 そして三条の閃光がワイバーンを貫く。


 ワイバーンの身体からグッタリと力が抜けてそのまま胸壁の壁に激突した。

 巨体は壁を貫通して胸壁の中へと消えていった。


「周囲警戒!」

「北に敵影無し!!」

「西にも無し!!」

「東も無し!!」

「南も同じ!!」


 その言葉と共に、辺境伯の声が響き渡る。


「任務完了!! 撤収せよ!!」


 あっと言う間だった。


 あの兵器はたった六発で強大なワイバーンを二匹を撃滅させた!

 何という強力な兵器か……!!

 これがあれば北の守りは確実だ!


 リカルドは隣で唖然としているフンボルト侯爵の肩を揺らした。


「どうだ!? あれを配備すれば、北のワイバーンに勝てるぞ!」

「何という……強力な兵器なのでしょう……」


 オルドリンは近衛兵で国王たちの回りに壁を作りつつ頷いた。


「確かにあれならば亡き兵士たちの弔いができますな……」


 その通りだ。

 これまで一体どれだけの兵士を食い殺されてきただろうか。


 ワイバーンの撲滅などという大それた事は願うつもりはない。

 だが、一矢報いるくらいは許されるはずだ。

 その夢が目の前で今、実現したのだ。


 これは兵士でなくても胸が熱くなる光景だ。


 蹴散らされていた駐屯兵が集まってきてワイバーンの死体に恐る恐る近づいていく。


「死んでる……死んでるぞぉ!!」

「おおおお!!!!」


 ドルバートン要塞に歓喜の声が満ちた。


「ロゲール、導入を急げ。

 これは人員を減らすとか言う問題ではない」

「賜りました。

 早急にトリエンに発注致します」

「頼んだぞ」


 これで北の守りは堅牢になる。

 懸案事項はこれで解決だ!

 プレイヤーは本当に凄い!

 人間が苦労してきた事を簡単に解決してしまう……


 オーファンラント王国がケント・クサナギ辺境伯を擁立できた事は僥倖だった。

 これからも彼を頼っていきたい。

 その為に必要な事はなんだろうか。

 臣下に慕われる王を目指すべきか。


 それにしても辺境伯は……プレイヤーは規格外だ。


 そこに思考が戻りリカルドは苦笑いを浮かべた。

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