第27章 ── 第45話

 実戦テストに向けて兵器の量産を始める事にした。

 量産といってもいつも通り自動生産なので手間も掛からない。


 俺はアラクネイアにワイバーンを一匹、実戦テストの日にドルバートン要塞に派遣してくれるように依頼する。


「一匹でよろしいのですか?」

「二匹も三匹も出てきたら、兵士たちが恐慌に陥るよ」


 俺は苦笑いしてしまう。


 通常一匹に一〇〇人単位の数個部隊で対処、撃退している国軍に一度に数匹派遣したら確実に戦線が崩壊しますよ。

 レベル二五程度といえど、ドラゴン種であるワイバーンは生物的にレベル三〇~四〇相当のモンスターと同等の強さだからね。


「とりあえず一匹だ。

 あとは定期的に派遣してくれればいい。

 いつの時代も群れに馴染めない個体はいるだろうし、そういうのを要塞に追いやればいいと思う」

「承知致しました」


 彼女が作り出したワイバーンという種族を一匹ずつといえど人身御供に差し出させるのには罪悪感もあるのだが、ワイバーンは人間にとって貴重な資源でもある。

 例え大量の犠牲者が出たとしても、それを上回る利益が望めるのだ。

 今回の兵器によって、その犠牲が減るとなれば、人間の目の色が変わるのは仕方の無いことだろう。


 ただ、欲に目がくらんでワイバーンを自ら狩りに行くようになったら、少し考える必要はあるかもしれない。


 矢の誘導効果や、貫通力などの細かいコントロールを行い、狩りの効率を低くしたりする必要が出てくるだろう。

 強いモンスターにはある程度の「おそれ」を感じてもらう必要性がある。


 人間は基本的に傲慢だからね。

 兵器の強さを自分の強さと履き違えるんだよ。


 ほら、砂井がそうだったろ?

 父親の力を自分の力と勘違いして俺をイジメた。

 まさにコレと同じことだ。


 俺はそういう傲慢さを絶対に許さんよ。

 そんな傲慢さを感じたら、即ぶっ潰す予定。


 ま、俺も創造神の力を与えられて、少々傲慢になるやもしれない。

 そうならないように頑張って自重しようと思う。


 端末でオートメーション作成を設定し終わると出来上がるまで俺にすることはない。


 やることがないと暇を持て余すので、アナベルに頼まれた案件を片付けることにする。


 館に戻って隣にある役場へ向かう。


 都市と呼ばれる程に大きく育ったトリエンの行政は、今では総合庁舎を主軸に執行されている。

 行政官が飛躍的に増えたから仕方ないのだが、行政長官などの幹部職員は未だに領主の館の隣の役場で仕事を行っている。

 領主との連絡が取りやすいというのもあるのだろう。


 役場の扉を明けると、目ざとく俺を見つけたナタリー・スミッソン女史が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、領主閣下」


 彼女は「役場の門番」と命名するべきかもしれん。

 ここに来る度に彼女の誰何を受けている気がする。


 そう思った瞬間、俺は称号が授与される瞬間を目の当たりにした。

 天から仄かな光の粒が落ちてきて、彼女の頭に落ちたのだ。

 非常に微細な光の粒だったので、普通では気付けないだろう。

 いや、アレって普通の人間に見えるのだろうか……

 もしかして神界に「称号命名神」とかいう神がいるんじゃなかろうな?


「領主閣下、本日はどのようなご用向きでしょうか?」

「あ、ああ。そうだった」


 頭の中を色々な思考がグルグル回ってしまた所為でボーッとしてた……


「えーと、今日はエドガーに会いに来たんだ」

「エドガー上級職員でございますね。直ぐにお連れいたします」


 俺を二階の応接室に通すと、ナタリーは例の独特な歩き方で部屋を出ていく。

 相変わらず、あの後ろ向き退室は見事だ。


 というか、こっちで仕事を続けているって事は、彼女はかなり有能な職員って事だよな?

 ちゃんと能力に釣り合う報酬を払えていればいいのだが。

 クリスに抜かりがあるとも思えないし、そういう細かい部分を気にするのは止めておこう。


 二分もしない内にキース・エドガーが左手に大きな紙を筒状に丸めたモノ、右手にハンカチを持って汗を拭きつつ接室に入ってきた。


「お、お待たせ致しまして申し訳ありません、領主閣下!」


 相変わらずおどおどした部分があるね。

 ただ、彼の目の色は以前とは比べ物にならないくらいに生き生きしていた。


「おお、エドガー。頑張っているみたいだね?」

「閣下のお陰でございます。今は仕事が楽しくて楽しくて」


 ニッコニコのエドガーにソファに座るよう指示を出す。

 指示を出さないと、いつまでも突っ立ったまま汗を掻いてそうだからな。


「エドガー、今日は君に協力をしてもらいたくて顔を出したんだよ」

「都市計画に変更する部分がありますでしょうか? では、早速」


 エドガーはそう言うと、持ってきた筒状の紙をテーブルに広げた。


 準備がいいね。


 紙は現在の都市トリエンの全容を細かく記載した巨大な地図だった。


「どの区画に変更を加えましょう?」

「君は、相変わらず有能だな」

「お、恐れ入ります」


 突然褒められて汗の量が増えたのか、エドガーは笑顔ながら必死に汗を拭く。


「えーと……ここ」


 俺は街の南側の一箇所に指を立てた。


「ここは……古い教会があります。確か……マリオン教会です」

「よく覚えてるな」

「ある程度は……」


 いや、エドガーの事だ。殆どの主要な建物は頭に入っているに違いない。

 そうでなければ、住民の生活を想像しつつ地図を書くなど不可能だろう。


「実は、このマリオン教会の土地を大きく拡張したいんだ」

「大きく……」


 エドガーの目には地図上の土地が区画整理されている様が見えているのだろうか。

 赤いインクと羽ペンを取り出すと、簡易ながら修正案を地図に加えていく。


「マリオン教となると……やはり広い訓練場が必要となりましょうか。

 彼らはとにかく訓練が大好きですから……」


 俺が頼みを口にする前に、エドガーは区画に赤い線を引く。


 すげぇな。俺が言おうとしてた事を言い当てやがった。


「よく解ったな」

「あ、申し訳ありません。閣下の言葉を聞く前に……

 ただ、以前からココにある教会がマリオン教にしては小さいと……ずっと思っていたのです」


 エドガーによると彼の生まれ故郷小都市エグリルはマリオン教が盛んな土地柄で、オーファンラント王国内で最大のマリオン神殿が存在していたらしい。

 エグリルはドヴァルス侯爵の領土内、北東の岩山の麓にあるという。


 エグリルの住人にはマリオン教徒が非常に多く、農民ですら戦闘の心得を持つ。

 エドガーは身体を動かすのが苦手だったため、エグリルでの幼少期は辛い思い出が多いと顔をしかめた。


 確かに訓練好きな暑苦しいマリオンの信者ばかりだと、結構キツイ思いをしそうですな……


「この都市の規模ですと、このくらいの土地が必要になるのではないかと思われます」


 エドガーが赤い線で囲った部分は、区画の三分の一程度で、ちょっと広すぎやしないかと思われるほどだ。


「多分、このくらい広く取っておかないと周囲に迷惑が掛かります……」


 言いたいことは解る。

 そうしておかないと、その土地の上にある建物が訓練中の事故で損傷するんだろ?


「しかし、こんなに広く取ると立ち退かせる住人が増えるよね?」


 マリオン教会の隣接する南の大通りの部分をエドガーは指差す。


「ここからここまでは、店舗なので立ち退きの問題は殆どありません」


 エドガーが赤い枠内の南西側の部分一帯をぐるりと指で示す。


「ここの辺りは職人たちの住む長屋が殆どになります」


 エドガーの説明によると、古くからこの辺りはトリエン南西部の職人街住人が住んでいるそうで、今もその傾向があるそうだ。


「最近はドワーフたちの多くがこっちの第一城壁と第二城壁の区画に移住してきたので、職人やその家族はこちらに移り住もうとする者が多いようです」

「ここの住人も?」

としてはその通りでしょう」

「希望としては?」

「はい。彼らは貧しいので新築の賃貸に引っ越す費用がないのです」


 職人が貧しい?

 職人は結構な賃金を稼ぐモノだと思っていたのだが……


 待てよ……

 ああ、そうか。


 俺は自分が領主になる前のトリエンの立地を思い出す。


 南側は北側に比べてスラムや貧民街ばかり、その中でも南東部は非常に古い区画で殆どがスラムだった。ブリスター孤児院もこの区画の非常に古い施設だった。


 南の大通りを挟んで反対側の南西部は職人街だった。

 その中でも赤枠内の区画は、スラムである南東部に近いので職人の中でも貧困な人々が住んでいた区画だったそうだ。


 で、現在、トリエンは急速に拡大し、元からあった造りかけの城壁の外側に更に二つの城壁が整備され、小さいながらも王都デーアヘルトに似た感じになってきた。


 第一城壁の内側は地価が高騰を始めているとエドガーは説明する。


 家賃の高騰に、職人たちの稼ぎが追いつかないという現象が起きているという。その為、低賃金の職人たちは引っ越す金すら用意できない。


 これが、トリエン中心部に貧乏な職人たちが取り残されている理由だとエドガーは肩を竦めた。


 南東側はブリスター孤児院があったお陰でクリスの手厚いサポートがあったので、スラムの取り壊しや住民たちの移住などがスムーズに行われたそうだが、南西側はそうはならなかった。


「私もどうにかならないものかと思っていたところです」


 トリエンが余りにも早く広がってしまったので、エドガーも手を付ける暇がなかったようだ。

 先に都市としての機能や設備を整備する方が重要だったので放置してしまったとエドガーが愚痴を漏らす。


「つ、つまらない言い訳を致しました……」

「いや、現場の声だ。参考になるよ」


 自分の愚痴に気付いたエドガーが慌てて謝罪するが、それを放置したのは俺も同罪だし、クリスも孤児院を心配しすぎて都市全体をサポートできてなかった。


 ただ、問題が解れば、トリエンには即座に対応できるだけの財力もあれば、有能な行政官もいる。

 迅速に是正すればいいのだ。


「クリスに言って財源を用意させろ。

 地価の上昇でこの周辺の住民が立ち行かなくなる前に対処するんだ」

「よろしいので?」

「俺の都合でトリエンの都市化を進めたんだ。そのしわ寄せを住人に押し付けるつもりはないよ」


 俺はエドガーと話し合って、旧職人街の住民たちをドワーフたちが移住してきた新職人街付近に移住させる計画を立てた。


 エドガーによれば、彼ら職人とその家族たちもドワーフの技術あふれる新職人街の付近に移住したいと思っていたらしい。

 彼は住人たちの新たなる生活を想像して満足げに笑い「渡りに船ってやつですね」と付け加えた。


 急速な発展によって取り残された住人たちの窮地を救えそうで何よりだ。

 エドガーの登用は間違ってなかったね。


「ところで閣下」

「ん?」

「マリオン教会用地の上モノについてですが……」


 ああ、そうだね。立ち退き後のこの部分の計画も練らねばならんな。


「その辺りも君に任せられるか?」

「承ります。

 南西部住人の移住が完了しますと、この区画を再開発する計画を立てねばなりません。

 新しいマリオン教会……いえ、この規模ですと神殿になりますか。

 神殿と調和の取れる新しい施設を計画したいですね」


 マリオン神殿と調和が取れる?


「闘技場とかか?」

「闘技場ですか! 良いですね!

 そういう施設があると、更に観光のネタになります」


 マジっすか。とうとう闘技場作っちゃいます?

 胴元としてトリエンが運営すれば、更に儲かっちゃいますけど!?

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