第27章 ── 第44話
演習場の片付けをしている俺は宰相のフンボルト閣下が呼び出され、片付けは仲間たちと駐屯地の兵士に任せて王城へと向かった。
馬車が用意されていたのをみると、俺を呼び出すのは既定路線だったということだろう。
上司からの信が篤いと部下は忙しくなるって事でしょうかね。
ま、俺の場合は単純な上司や部下って枠組みにはならないんですけど。
王城に着いてから連れて行かれた先は、王の執務室だった。
俺が執務室に入ると、国王リカルドと宰相フンボルトが出迎えてくれる。
「今日は面白いモノを見せてもらった」
リカルドはニヤリと笑ったが、フンボルトは苦笑気味だ。
「ま、提案者が辺境伯殿でしたから、普通にはなるまいと思っておりましたが」
いや、俺は普通にしたかったんだけど、俺の意を汲まずに暴走するヤツが時々いるもんでね……
「それで、辺境伯殿。本日の試射実験は成功した。となれば、次は……」
「辺境伯が解っておらぬわけがあるまい」
フンボルトの言葉をリカルドが遮り、厳しい目を俺に向けてきた。
「次はドルバートン要塞において実戦試験だ。
事は国防に関わる。失敗は許されないぞ?」
俺はハァと溜息混じりに返事をした。
「失敗すると思ってます? 下手な演技はしなくてもいいんじゃないですかね?」
リカルドとフンボルトは顔を見合わせると笑い出した。
「これはスマン。
相手はワイバーンだ。いかな辺境伯とて、一筋縄でいかぬであろうと活を入れるつもりだったのだが」
「ワイバーンなら俺の敵にはなりませんよ。
いや、今の仲間たちなら一人で対処できるでしょうね」
出会った頃なら解らんけど、今はもうザコを狩るようなもんだ。
「宰相閣下としては、ワイバーンを簡単に屠れるってところを貴族に喧伝したいのでは?」
「やはり看破されました」
フンボルトはリカルドに肩を竦めてみせた。
「そりゃ解りますよ。
今日、あれだけ見物人を集めてたわけですし、王家には力があると見せつけるためですよね?
新たなトスカトーレ派みたいなのが出てきたら困りますし」
リカルドは頷いた。
「そういう事だ。
トスカトーレ粛清はミンスター公爵の手柄とした事で、貴族の間にはミンスター公爵を担ぎ上げようなどと考える不埒な者もいるという事だ」
リカルドは深い溜息を吐く。その顔には苛立ちが見える。
「また火種ですか。面倒ですねぇ……」
「貴族というモノのは日和見なのだよ。力を持たない者たちは……特にな」
言わんとしている事は解るが……
あれだけの粛清を見せられて、まだ王家に挑戦するような行動を起こすヤツがいるのかと驚くばかりだ。
まあ、今まで国王は強権の発動は避けていたらしいが、トスカトーレの増長を知って少し反省したんだろう。
なにせ他国に国を売るような事をしてた証拠が出てきたからな。
それなりに力を見せつけねば舐められるだけって事だね。
「もしかして、ドルバートンにも貴族を連れて行くつもりですか?」
「うむ。
恩恵を直接受けるエドモンダールと小都市の領主たちは絶対に見に行かせる。それと王都の貴族たち。およそ二〇人くらいになろう」
やはり、今日の貴族たちか。
エドモンダール派閥はともかく、他の貴族が国王のいう日和見貴族なんだろうな。
ワイバーンを倒す事ができるというのは「力」を示す大きな指針になる。
今までは、国軍と志願兵、それと有力貴族の支援などで行われていたワイバーン討伐だ。
その討伐を国軍だけでできるとなれば、貴族に庇護される王家ではないと宣言するようなものだ。
王家の力が増したとなれば、日和見貴族は王家の下に集まってくるって事かな?
まあ、中央集権化の試みの第一歩ってところかな?
度が過ぎると独裁制一直線だが、そこは上手く舵を切ってもらいたい。
独裁は恐怖政治に陥りやすいので、そっちには行ってほしくないしな。
その他、当日に必要な準備、それらの費用など、様々なことを話し合ってから、王城を後にする。
仲間たちは後片付けが終わったら別邸に戻るように言っておいたんだが、俺が別邸に寄った時にはまだ誰も来ていなかった。という事は、まだ後片付けが終わっていないという事だ。
俺は仲間を迎えに行くため、別邸から駐屯地まで
「何事か!?」
俺は慌てて周囲を見回す。
地面に土まみれで倒れている兵士を発見し、慌てて走り寄って抱き起こす。
「おい! しっかりしろ!?」
俺がそういうと、兵士はパチリと目を開けた。
「あ! 辺境伯閣下!!」
「どうした!? 何があった!?」
「えー……っと、大丈夫です! 何でもありません!」
兵士は慌てて身体を起こし、直立不動になった。
何だ? 妙に元気だが?
「じ、自分は死体役であります!」
「死体役?」
なんとお騒がせな。
俺は兵士の一言ですべてを察した。
これはファルエンケールの駐屯地と同じ事が起きているって事だ。
まあ、こういう突発的な模擬戦は、兵士たちのレクリエーションにもなるし、高レベル・キャラクターの戦闘での動きなどを体験するのは良い訓練にもなる。
国軍には良いことだろう。
だが、俺を驚かせる前に報告、連絡、相談がないのは問題だ。
あとで説教かな?
とりえあえず、まだ片付いてない雛壇に登って訓練を観戦する。
大マップ画面を利用して仲間と兵士たちの位置を見ながらなので、土埃が盛大に上がっているけど、それなりに把握できる。
実力差がありすぎるので手加減はしているようだな。
けが人が一人も出ていないのには感心する。
参加している王都防衛隊の兵士はおよそ二〇〇〇人、それを迎え撃つ仲間たちはトリシア、ハリス、マリス、アナベルの四人だ。
本気の殺し合いなら一〇秒で片が付く案件だが、相当に手加減しているって事だねぇ。
マリスを示す光点が動く度に、進行方向の兵士を示す白い光点が吹き飛ばされる。兵士らのステータス状態は気絶だ。
HPがいくらか減ったりもするが、打ち身・捻挫程度だろうか。
トリシアは
兵士たちはどこから狙撃されているのかも解らないようだが……
俺はインベントリ・バッグから双眼の遠見筒を取り出して、駐屯地の真ん中に生えている一本杉に向けた。
やはりトリシアは木の上にいた。上手く杉の葉を使ってカモフラージュしているのでバレる心配はなさそうだねぇ。
トリシアも偽装スキル持ちだったか……
まあ、ハリスができるんだし、彼女は
ただ、武器が反則だな。
サイレンサー及びスコープ付きのバトル・ライフル。
この中世風の世界ではチート・アイテムですよ。
俺はパチンと指を鳴らした。
突然、トリシアのバトル・ライフルが動作不良を起こし始め、彼女が慌てたようにコッキング・レバーをガチャガチャとやり始める。
トリシアはバトル・ライフルが故障したと判断し、
次いで彼女は脇下に釣ってあったハンドガンに手を伸ばす。
一丁の動作を確認し、また
はい。この故障は俺の仕業です。
各銃器に組み込まれている魔導回路の魔力導線の一本に魔力伝導阻害効果を付与しました。
無詠唱で、こんな遠くから行使できるのがチートですが、創造神の力を併用すれば普通にできるのですよ。
続いてマリスだ。
盛大に突撃して吹き飛ばしているので、彼女の武具の魔法も動作不良にする。
突然の事にマリスが立ち止まった
双眼の遠見筒で確認すると、
その隙を狙って兵士たちがマリスに突撃する。
「やかましいのじゃ!!」
マリスは
ここまで叫び声が聞こえるとなると、相当焦ってるっぽいな。
まあ、武具の魔力を封じても、普通にスキルは使えるからね。
このあたりは普通にレベル差だよね。
次、ハリスは……
いつものように影渡りと分身を多用した奇襲戦術か。
アレは普通の兵士には厄介すぎる。
あっちにいたと思ったらこっちに出たって感じで、確実に混乱させられるからな。
この周囲の土煙もハリスの分身の仕業だし、視界を制限するとかトリッキーな戦術は忍者の常套手段といえるねぇ。
では、ハリスには分身と影渡りを制限してやろう。
影渡り制限は普通に移動阻害系魔法をエリア全体に掛けるので対処。
分身はどうにもならないので神の御業でなんとかした。
所謂ゲームの設定ファイルをいじるような感覚でハリスの能力に一時的な『禁止』属性を付与したんだが、
設定ファイルというと語弊がある気もするが、まあ感覚的にそんな感じに思えたんだよ。
ただ、この設定ファイルは、誰でもどこでも見たり弄ったりできる代物じゃないかもしれない。
バルネットにいるとされる魔族の設定がないか探してみたけど、見当たらないし、古代竜の設定も同様だ。
知り合いの古代竜やテレジアやベヒモスのは確認できたけど、変更はできなかったよ。まだ、創造神として神界を治めてないからじゃないかと思う。
ちなみに、仲間の魔族三人の設定はいじれそう。
帰属している陣営とかが関係あるのかもしれないな。秩序とか混沌とか転生した頃に聞いたヤツね。
アモン、アラクネイア、フラウロスは俺の所属する陣営、多分「秩序」に帰属したって事なんだろうな。
ハリスがいつもの要領で地面に映る影に飛び込もうとするが、全く入れなくなって焦っていた。
見れば分身も消えてしまい、土埃も収まり始めている。
うむ。俺の所為だ。スマンなハリス。
俺がニヤニヤ笑っていると、ハリスが遠目で俺を見つけたらしい。
俺の方を見つつ、両手を広げて「WHY!?」って感じの仕草をしている。
まあ、ある程度ハンデを付けてやった方が兵士たちの訓練になるからだよ。
今の君たちはレベル高すぎるんだ。手加減が手加減になってないからな。
ハリスには俺の仕業だよって感じの仕草をしてやった。
ハリスは一度だけ肩を竦めると、仲間たちに情報を伝えに高速で移動を始めた。
伝令としては世界最高峰だよな。あの移動速度を捉えるのは現地人には至難の業だろう。
最後にアナベルだが……
武具の付与魔法の制限とか色々したんだが、アナベルは止まらない。
マジでこの
マリオン信者パネェな。
彼女が「オラァ!」とか言いつつ振り回すウォーハンマーは、付与魔法で取り扱いしやすいようにしてあるんだが、コレを封印しても普通にハンマーが振り回されている。
アダマンチウムってめちゃくちゃ重いんだが、レベルによる高ステータスを有効に使って事も無げに扱っている様は、鬼神か何かかと思えるほどだ。
そんな状態なのに相手の兵士が即死しないって、どんだけ繊細な手加減をしているのか。
やはりアナベルは只者じゃねぇな……
俺の妨害工作を物ともせず、仲間たちの圧勝で訓練は終わった。
まあ、レベル九〇なんだから当然だ。
兵士たちも毛色の違う訓練が面白かったようで満足げに笑っている。
彼らが満足できたのなら悪くない。
防衛将軍がトリシアと握手をしつつ、ペコペコしているのが何とも……
俺の時は軍人然としてなのにな……
あー、そうですか、やはり有名人のトリシア推しですか……
え?
いや、拗ねてないよ!
彼は多分、国王やら宰相やらがいたから、貴族としての振る舞いを崩さなかっただけだと思うよ! きっとそうだよ!
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