第27章 ── 第43話
必死に大矢を引っ張る王子に苦笑しつつ俺は話しかけた。
「射手がトリシアですし、やはり伝説の冒険者の名は伊達じゃありませんねぇ」
トリシアの名を聞いて王子は大矢から手を離した。
「そうだな! トリ・エンティル殿は我が王国の冒険者たちの誉れだ!」
ニッコニコの王子がトリシアに握手を求めた。
トリシアは乾いた笑みで左手を差し出している。
王子はその手を嬉しそうに両手で掴んだ。
今だな。
「そりゃ」
俺は大矢に手をかけて素早く抜き取る。
あれだけ無茶な軌道で飛び回ったのに、木製シャフトがよく折れなかったもんだよ。
この矢は鑑定すると「ミスリルの大矢」って名称になっているんだが……
アイテム名に「ミスリル」とついているので、もしかすると木の部分も強度がミスリル並になっている可能性を考慮しておく。
今までのティエルローゼでの経験から、この仮説は成り立つと推測している。
王子のはしゃぎ様を見てか、国王、宰相、近衛隊長を先頭に貴族たちも近くまで見に来た。
「辺境伯、あの
国王は相変わらず子供っぽく興奮している。
「トリシアが撃ちましたので、効果が増大したようで……」
「さすが、トリ・エンティル様ですな」
オルドリンが嬉しげに頷いている。
「その武器は、他の者が使っても今のように効果が?」
フンボルト閣下は現実的ですな。
「いや、射手によると思われます。
どうでしょうか。国軍の兵士に撃たせてみては?」
俺の提案に国王の目が輝く。
「うむ。いい意見だ。
どんなレベルの者でも撃てねばな。
相手はワイバーンだ。いざという時に役に立たないでは済まされん」
リカルドがウンウンと頷くと、貴族たちも「その通りですな」とか「さすがにただの兵士では難しいのでは?」とか言い合っている。
まあ、そういう反応になるよな。
トリ・エンティルは東側諸国ではマジで伝説だからね。
「防衛将軍」
「はっ!」
オルドリン子爵が声を掛けると、鎧姿の男が直立不動で返事をしてオルドリンの前に進み出た。
「ん? 防衛将軍って事は、オルドリン子爵と同格だよね?」
トリシアの手を握ったままご満悦の王子に聞いてみた。
「ああ、そうだぞ。ただ、今の王都防衛隊の防衛将軍は、子爵には頭が上がらんだろうな」
「そうなんです?」
「なにせ、子爵が軍学校の先輩だ。おまけに元国軍最高幹部『紅き猛将』だぞ?
父上……いや国王陛下に請われて今は近衛将軍になっているが、頭が上がるわけがないと思わぬか?」
なるほど、先輩、後輩というのものあるけど元上司なんだな。
カートンケイル要塞の司令官だった人物だし元々偉かったんだよな。
防衛将軍は、王都三将軍の一人で、優秀な軍人貴族しかなれない役職だと思うけど、やはりオルドリンには敵わないか。
防衛将軍は、オルドリン子爵に言われて国軍兵士が整列しているところまで駆け足で向かった。
そして、兵士の中から三人選ぶと引き連れて俺の場所までやってくる。
「辺境伯殿! この兵士をお使い下さい!」
「ありがとうございます。助かります、防衛将軍閣下」
「はっ! 光栄です!」
防衛将軍はビシッと敬礼すると兵士を置いて国王たちのところまで戻っていった。
「よ、よろしくお願いします……」
兵士の一人が代表して俺たちに挨拶をした。
他の二人はペコペコしているだけだ。
レベルは一〇、八、六とバラバラだが、雰囲気から兵士になって三年目、二年目、新兵といったところだろうか。
という事で、俺は心の中で「先輩兵」、「後輩兵」、「新兵くん」と勝手に呼ぶことにした。
「よし、君」
俺は一番レベルが低い新兵くんを選ぶ。
「君が射手だ」
「お、俺が……です?」
「ああ、嫌か?」
「だ、大丈夫でしょうか……?」
新兵がそう答えると、先輩兵が新兵くんを小突く。
「ばか、忘れたか! 返事は『ハイッ』だけだ!」
苦笑するしかない。
彼らにとって俺は貴族なのだ。
国軍といえど兵士は平民だ。
近衛のように貴族や富裕層の子弟ばかりで構成されている部隊とは違う。
平民にとって貴族には「はい」と答えるしか術がないのだ。
そうしなければ命はないのだから。
トスカトーレに代表される尊大な貴族を相手にしなければならない平民は、その事を骨身にしみて知っているのだ。
トリエンでの俺の統治みたいな緩い領地は普通ない。
ノブレス・オブリージュが徹底されているならともかく、そんな義務については国王やミンスター公爵以外で実践している貴族を見たことないんだよ。
「ああ、固くならないでいい。
今は貴族だけど、元は冒険者だからね」
俺は片目を瞑って笑いかけた。
「え? そ、そうなのですか?」
先輩兵が目をパチクリした。
「お、俺も冒険者を目指していた事があります」
「そうなの?」
「はい。でも、親に止められました。物凄い危険だそうで……」
まあ、受けるクエスト如何でしょうが、報酬の高いクエストは基本的に危険極まりないのが普通だ。
「まあ、確かにワイルド・ボアを倒すってだけのクエストに行ったら、ワイバーンが出てきたなんて事があったしな」
俺はワイバーン型の看板を見上げて苦笑した。
「確かに……」
「私も報告を聞いてビックリしたからな」
そう言いながらハリスが吹き出し、トリシアも発射筒を肩に担ぎつつ頷いた。
そんな様子を王子が興味深げに見ている。
「聞いてはいたが……人に歴史ありと聞くが、本当なのだな」
「左様です王子。彼らは王国でも稀有な存在ですが、その力に見合う経験を積んできているのです」
王子の護衛の中で一番年配の兵士がしみじみと言っているのが聞こえた。
「さて、では君」
今度は他の兵に役を振る。
「君は矢の装填手だ」
「はい!」
先輩兵が元気な返事をする。
「んで、君は射出機構の交換手だ」
「はい。……射出機構って何ですか?」
まあ、当然の質問だが、面倒なので矢を発射するまでの流れから説明する。
この武器は三人が一つの武器になって発射するのだ。
後輩兵と新兵は何が何だか良く解らないという感じだが、先輩兵は解ったっぽい。
「バ、バリスタの運用に似ております」
「お、そういう事だよ。バリスタも撃つのに何人も必要だろ?」
「はい。矢を装填する者一名、弦を張る者二名、打ち出し紐を引く者一名の合計四名が必要です」
狙う人員はいないのか。
まあ、方向の変更は全員でやらねばだろうし、基本的に撃つ角度とかは変えられないか。
「それと一緒だね。
装填手はこの大矢を装填する。
交換手は、この射出機構を兵器の特定部位に装着する。
射手が目標を狙い、そして撃つ」
それぞれの役割を説いて聞かせ、各役割のやり方を伝授する。
「比較的簡単ですね……」
「そうだろ?
兵器ってのは誰でも使えて、誰でも戦果を上げられるのが好ましい。
ま、この武器はその第一歩だ」
一応、一通り教えると、三人の兵士は真剣な表情で俺の用意しておいた手順表を確認し、兵器の射出手順を覚えていく。
二~三度やれば覚えられる簡単さなので戸惑っているっぽいね。
「覚えられたと思います」
先輩兵が俺にそう申告したので、頷いてやる。
「では、やってもらおう。
王子、もう少し下がって下さい」
俺はテキパキと周囲の安全を確保する。
「よし、撃ち方始め」
「はっ!」
兵士たちは敬礼をすると、武器を用意し始める。
射手が片膝立ちで発射筒を水平に構える。
交換手が発射筒の後部にあるラッチに射出機構たる魔法道具をセットする。
装填手がミスリルの大矢を発射筒に格納する。
よし、発射準備は完了だ。
射手は、ワイバーン型の看板に発射筒を向けた。
「赤い光が付きました! 発射します!」
射手は緊張しつつもゆっくりとトリガーを引いた。
──ボシュッ!
発射音と共に、トリシアの時と同じように大矢が飛び出す。
徐々に加速するとワイバーン型の看板を「ズドン」と貫く。
矢はトリシアの時とは違い、すぐに飛翔する力を失って地面に浅く突き刺さった。
「おお……」
近くで見ていた王子が短い感嘆の声を漏らした。
「見事だ。
これならどのような兵でも扱えよう」
国王のリカルドは満足そうに頷いた。
「実戦をしてみなければ最終判断は出来かねますが、今のところ実用に足ると判断します」
フンボルトも頷いた。
「よし、では次はドルバートン要塞で実戦による射出実験を行うとしよう」
「では、そのように手配を。
兵器は一〇〇ほど用意させましょう」
「うむ。当日は辺境伯に同席してもらうように」
「はっ」
何やら王様のところで計画が勝手に決められている気がしますが……
しかし、何度も実験するのは俺も賛成だし、さっきの会話からすると、実戦実験用に一〇〇本ほどお買い上げってところだね?
ありがとうございます! 早速、量産準備をしなくちゃならんね!!
その後、国王が「余も撃ってみたい」と言い出してフンボルト閣下を交換手、王子を装填手にして、国王が射手という茶番が繰り広げられた。
三つ用意しておいたワイバーン型看板の最後の一つが大矢によって見事に貫かれ、リカルドの満面の笑顔がもたらされた。
こうして防衛隊駐屯地における兵士たちの心の平穏は守られたのであった。
めでたしめでたし!!
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