第27章 ── 第42話

 午前一〇時きっかり、俺は仲間たちと王都デーアヘルト郊外にある国軍王都防衛隊駐屯地内の訓練場に来ていた。


 訓練場の南東側、王都へと続く門付近には、大きな雛壇のようなものが作られており、赤色の布やらカーペットなどで飾られていた。

 一番上の段の中央部分は広く張り出していて玉座が運び込まれ、そこには国王リカルドが座っている。

 その他に、エルウィン王子、宰相フンボルト、近衛騎士団長のオルドリンも国王の側近くに控えているのが見えた。


 他の段には貴族たちが所狭しと占めているのだが、雛壇上段の真ん中付近にはエドモンダール派閥の貴族たちの姿が確認できる。


 俺は雛壇を演習場の真ん中から見上げて、今さっきから溜息ばかりが出ている。


 ここまでお祭り騒ぎにしなくても……

 娯楽に飢えてる?

 いや、つい先日の謀反騒ぎもまだ収まってないってないというのに、これだけの貴族が集まるって事は……

 やはり俺の作った最新兵器の情報を手に入れたいって事だろう。


 ま、どんな兵器なのかくらいの情報は別に問題にもならない。

 ウチの魔法工房の商品を見たくらいで模倣できるならいくらでもしてもらいたいが、今のところ不可能だろうしね。


 魔法道具を作るには、まず永続パーマネンスセンテンスが必要だ。

 これはどこかの魔導書などで見つければ問題はない。

 ただ、このセンテンスを入れた術式は、消費MPが尋常では無いくらい跳ね上がるのが問題と言えば問題かもしれない。

 レベル一の初級魔法を物品に付与するだけでMPが何十ポイントも必要になる。

 これでは、普通の魔法使いスペル・キャスターが魔法道具制作に二の足を踏むのは仕方ない事だ。

 消費するMPと出来上がる魔法道具の価値が見合わないのでは商売にはならない。


 例えば、可燃物に火をつける「点火イグニッション」の魔法を木の棒を対象として魔法道具にするとしよう。


 通常の「点火イグニッション」の魔法の消費MPは二ポイント。

 単純に火をつけるだけなんだから、こんなものだ。


 これを付与魔法にする場合、付与された「点火イグニッション」の魔法の発動条件を追加付与する必要がある。コマンド・ワードなのか、仕草なのか等、発動条件によっても消費MPは増える。


 さらに、付与エンチャントセンテンスによる消費MPの増加も加味しなければならない。


 あと、魔法道具として使用した場合に、どこからMPを消費するのかという条件も入れなければならない。

 自然界の魔力を吸収して使用するモノが理想だが、コレを付与するのはかなり難易度が高いし付与用の消費MPも結構なもの。だから通常は使用者のMPを消費するモノを作るのが一般的となる。


 ということを考慮して「点火イグニッション」が付与されたライターのような木の棒を製造するための消費MPは二四〇ポイントとなる。

 最も消費MPが少ない組み合わせで作ってもコレだ。


 ちなみに、知力度が一八に到達するとMPがちょうど二四〇になる。

 知力に極振りすればレベル一でも到達は可能ではあるが……他の事は一切なにもできないゴミキャラクターになるからオススメはしない。


 どっかの小説では極振り最強なキャラがいると聞くが、それを良しとする世界設定だからだ。

 この弱肉強食のティエルローゼでそれができるとはとても思えない。


 フォークを握って自らの口に食い物すら運べないキャラクターに明日を生きる力はねぇよ。


 そして魔法術式の『揮発』についての技術が最も重要だろうか。

 魔法道具とは、付与魔法を永続パーマネンスセンテンスで対象物品に定着させたモノを言う。


 ただ、この場合付与された魔法は何年もすると術式の効果が薄れて、いつかは付与魔法は消えてしまう。これをシャーリーは『揮発』と名付けた。

 この『揮発』を防ぐための技術をシャーリーが発明した。だから、未だに魔法の蛇口が正常に動いているわけだね。

 『揮発』を防ぐもうひとつの方法として、魔法術式を魔法金属に彫金する方法だ。

 ただ、これは魔法行使のスキルと彫金のスキルが必要だ。

 普通の魔法使いスペル・キャスターは、彫金スキルなんか持ってない。

 職業区分が違いすぎて習得できないのだ。

 魔力を扱える彫金師でもいれば別なんだろうけどな……

 ちなみに、俺はオールラウンダーだから例外なんだよ。


 上記二つの問題点をクリアしなければ、魔法道具としてとは呼べんだろう。

 シャーリーの魔法工房を受け継いだ者として、これだけは譲れない。


 多分、そこまでのクオリティを保っていなくても、魔法道具を作って売っているヤツはいると思う。

 魔法が盛んなブレンダ帝国にはいるはずだ。

 宰相、かつ魔法学校校長、魔法省トップのローゼン閣下も魔法道具開発技術の研究者だしな。

 ただ、彼の思うクオリティはシャーリーが作った「魔法の蛇口」だから、かなりハードルが高いんだろうなと思う。


 一度魔法を付与されたら未来永劫使えるなんて、ある意味チート級の発明なんだよ。シャーリー、マジ天才。



 まとにするワイバーン型立て看板を置いていく。

 木箱などで高さを調整する事も忘れずやっておこう。

 空を飛んでいるはずのワイバーンが地上に置いてあるのでは雰囲気的に悪いからね。

 一応、この三つの看板は雛壇から良く見えるように配置した。


 インベントリ・バッグから出したので、観客たる貴族たちにはワイバーン看板が突然出現したように見えたようで、雛壇にはどよめきが起こった。


 この程度で驚いていては、新兵器を見たら腰抜かすぞ?


 作業を続けていると、雛壇の方からエルウィン王子の声が聞こえてきた。

 聞き耳スキル持ってなかったら「何か言っているな」程度なんだが、俺には筒抜けだ。


「諸君、驚くのも無理はないが、あの程度でクサナギ辺境伯の真価を見定められたと思うてはならんぞ」


 王子は続ける。


「此度の辺境伯の発明は、あのワイバーン・スレイヤーの二つ名をも超えるモノとなろう!」


 雛壇にいた貴族の一人が王子に問いかけた。


「殿下、ワイバーンですぞ? 日々、我々王国の民はワイバーンという魔物の脅威に晒されてきました。

 あれは新兵器程度でどうにかなる生物ではありますまい」

「アールレッセ伯爵のげんはもっともであるな……

 だからこそ今日という日は……彼の者を刮目してみておくとよいぞ!」


 刮目して見ろとか大げさな。


 ドーンヴァースなら中級入り口あたりで狩り対象にする程度のモンスターだからな、ワイバーンってヤツは。

 レベル二〇くらいのパーティなら普通に狩れる。

 ソロで狩りたいならレベル三〇くらいから始めるといいね。


 ただ、消費アイテムは多めに持っていこうね。

 解毒薬アンチドーテは必須だよ。忘れたら街に買いに戻れ。


 といっても、それはドーンヴァースの話。

 このティエルローゼでは、普通の解毒薬アンチドーテではワイバーン毒を解毒することはできない。

 ワイバーンの尻尾の針から抽出した毒液をベースにして錬金術から作るワイバーン毒用の解毒薬アンチドーテでなければならないのだ。


 まあ、ドーンヴァース製の解毒薬アンチドーテならどんな毒もひと飲みで治るんだからチートだよなぁ。


「ケント……看板の固定は……終わったぞ……」

「サンキュー、ハリス」

「ユー・アー……ウェルカム……だったか……?」

「グッド」


 英語が古代魔法語だとティエルローゼでは言われている現実世界の言語だと聞いてハリスも少しだけ取り入れ始めていたりする。


 マリスの影響ですかなぁ……

 ただ、ハリスはスーパー素敵忍者系の話の方が好きっぽいですけど。

 素敵忍者の出所がアメリカという英語圏の国と知ってから、英語を覚えようとしはじめた感じだな。

 俺としては日本の本来の忍者に拘ってもらいたいのだが……


 さて……設置も王子の演説も終わった。


 俺は国王の方に身体を向けて、オーバーアクションで恭しくお辞儀してみせる。

 このくらい大げさに動かないと、遠すぎて見えないかもしれないからね。


 見れば、俺がお辞儀した後に国王が立ち上がって、軍配みたいな王錫を振った。


 やってみろって事だな?


「トリシア」

「おう。あのまとだな?」


 今日の射手はトリシアだ。

 大矢の装填手はハリス。

 射出機構部分の交換は俺だ。

 他の仲間は雛壇の近くで待機している。


 俺は取り出した本体をトリシアに渡す。

 トリシアは教えられたように片膝立ちになり発射筒を担ぐ。

 照準器から目標の一つを選ぶようにスコープに目を当てた。


「ハリス、この矢を筒の先から装填してくれ。三枚ある羽の一つが下にくるように」


 ミスリル製の大矢はバリスタ用のでかい矢によく似ている。


「承知した……」


 やじりと羽部分はミスリル製なので見た目よりも軽い。


 ハリスが矢の向きに気をつけてゆっくりと装填する。

 やじりが筒の中に完全に入る頃に発射機構あたりで「カチリ」と金属音が聞こえてロックされた事がわかる。


「よし、発射機構のMPは充填済みだ。後はロック・オンしたら引き金を引くだけでいいぞ」

「了解だ。のぞき穴の中に赤い光が灯ったらロック・オンできたって事だったな?」

「そうだよ」


 トリシアがまとに狙いを定めるのに集中しはじめたので、ハリスと共に少し離れておく。


 射出時に発射機構の一部が溶け出す事になるので危険だからね。

 射手には溶け出した銅が掛からないようにちゃんと設計してあるから、トリシアは大丈夫だよ。


「よし、ロック・オンだ。発射する」


 トリシアがトリガーを慎重に引く。


──ボシュッ!!


 少し大きめの音がした途端、キラリとミスリルのやじりが陽の光を反射しながら飛び出した。


 矢の飛んでいく速度は普通の弓で撃ったのと変わらなかった。

 雛壇からは落胆するような気配が漂ってくる。


 まあ、見てろ。ここからだ。


 普通なら放物線を描きながら地に落ちるはずの矢が、徐々に速度を上げながら段々と高度が上がってく。


 そしてワイバーン型立て看板に届く頃には、猛烈な風切り音を発しながら描かれているワイバーンの絵の胸板あたりをガツンという音とともに貫いた。


 ただ、それだけでは終わらなかった。

 これは俺も想定外なんだが、相手が絶命したと判断されるまで、矢は行ったり来たりを繰り返して、ワイバーン型の看板を粉微塵にしてしまう。

 最後には大地にミスリルの大矢が突き刺さって停止した。


「暁月坊!」

「はっ! 主殿の御前に!」


 俺の呼び声に即座に大精霊が姿を現した。


「何だよ今の?」

「少々シルフどものが張り切りまして……」

「俺がやってる事を失敗させるつもりか!」

「申し訳ありませぬ……」


 俺は腕組をしつつ周囲の空気に睨みをきかせる。


「俺の契約はここまで荒唐無稽な誘導力じゃないぞ?

 契約通りの命中率でやれ」


 風の精霊を代表して暁月坊が頭を下げた。


「仰せのままに」


 頭を下げたまま大精霊は消えた。


「ケント、どうする?」


 トリシアもさすがに結果に困っている。


「申し訳ないんだが、トリシアだからああなった事にしてくれないか……?」

「私の実力以上の結果だが……?」

「伝説の冒険者って事で誤魔化そうかと……」

「程度があると思うぞ?」

「トリシアなら大丈夫! だから!」


 伝説伝説と強調するので、トリシアに胡散臭そうな目で見られた。


 ぐぬぬ、俺の所為じゃないのに解せぬ。


 そうこうしていると、王子(とその護衛)が走ってやってきた。


「おお、辺境伯! さっきのは凄かったな!」


 俺は振り返った途端に笑顔を作る。


「やあ、エルウィン王子。もう様子を見に来たのですか」

「黙って座ってられるか! あれほどの兵器は見たことがない!」


 王子は突き刺さったミスリルの大矢をしげしげと見つめる。


「これは普通の矢ではないな?」

「はい。やじりと羽はミスリルです」

「おお! ミスリル!! さすがだな!」


 王子は興味津々で矢を地面から抜こうと引っ張り始めた。


 いやぁ……それ精霊が突き刺したからね。

 王子の力じゃ多分抜けない。

 俺や仲間レベルのヤツじゃないと多分無理。

 エクスカリバーみたいな感じで。


 これ、放置したら「勇者じゃないと抜けない矢」とかいう伝説ができる未来しか見えない。


 まったくシルフどもめ! イタズラが過ぎますよ!


 ただ、シルフはイタズラ好きな精霊という言い伝えが現実世界にもあるので仕方ないのかもしれない。


 とりあえず、俺たちで抜いてなんとか誤魔化すとしましょうかね……

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