第27章 ── 第40話

 材料を準備していると、エマが怪訝な顔で俺の服を引っ張った。


「ちょっとケント」

「ん? どうした?」

「ここの術式だけど、おかしくない?」

「どれどれ……」


 見れば案の定、照準器の部分の魔法術式の事だ。


「ああ、そこは問題ない」

「どうして、こうなるのよ」

「魔法の蛇口と同じ技法なんだよ」

「なんですって……」


 エマの目が大きく見開かれる。


 実は今までエマと魔法の蛇口の付与術式について話し合った事が何度かあった。データベース上の設計図では、今回の兵器のように説明がつかない術式が刻まれていたのだ。

 それで二人で推測したのは蛇口の形自体が何らかの術式形状を表しているのではないかという事だったが、完全な解明には至ってはいなかった。


「どういう技法なの?」

「んー。精霊と契約するという技法だったよ」

「精霊ですって……」


 エマは打ち砕かれたかのようにガクリと肩を落とした。


「そんな方法、工房の資料には一切載っていないじゃない。解らないはずだわ……」

「シャーリーは水の精霊を見たり、話したりできるユニーク・スキルの持ち主だったそうだよ。

 それで水の精霊に頼ったわけだね」

「水の精霊と直接契約なんて神話上の話じゃない。とても私には無理だわ。

 叔母さまの天才ぶりを見せつけられると、本当に凹むわね」

「確かにシャーリーは天才だよ。ただ、目的のためには手段を選ばないところもあるね」

「見てきたように言うわね。

 まあ、伝説の冒険者チームの一員だった人物だし、参考文献には困らないけど」


 ん? エマはど忘れしているのか?


「いや、シャーリーと直接話して聞いたんだけど。

 俺、前に話したよな?

 シャーリーは今、神界でイルシスの使徒になっている。

 念話で神と話せる俺が、シャーリーと話せないわけないだろ」


 エマがハッと顔を上げた。


「そーゆーのってズルって言わない!? 使っていいものなの!?」


 いやまあ、その反応は間違いではないですな。

 「ズル」ってのは所謂「チート」って事なので……

 どうみても俺のユニーク・スキルはチートですもん。

 開発者が老後に使おうとしてたぶっ壊れスキルって事らしいですからな。


「まあ、否定はできない。

 普通なら死者と会話できないモノなんだろうけど、シャーリーが有能だったから神々の近くにいられるってのも理由かね?」

「そんな事、知ってるわよ!」


 エマは唇を尖らせてそっぽを向いた。

 その後、エマは聞こえないほどの小さな声で拗ねた子供みたいな言葉を囁いた。


「でも……叔母さまと直接お話できるなんて……羨ましいじゃない……」


 聞こえないフリをするくらいの良識が俺にもありました。

 心の底から「助かります」と自らに感謝しておく。

 こういうツンキャラは、茶化すと猛烈な反撃をしてくるので注意が必要なのです。


「それで、精霊と契約とか言ったわね?

 それをするとコレで良くなるわけなの?」

「ああ、そうなるね。

 シャーリーの蛇口の場合も、術式は水を生み出すという部分を精霊が肩代わりしているので、その部分は省略されているんだ。

 コレ、魔法だけでやろうとしたらMPが膨大になりすぎるだろ?」

「その通りね」


 その考えにエマも同意する。


「で、消費MPを減らす為には『精霊石』という物質が必要になる。

 これは精霊の力を具現化しているような物質で、MPを注ぎ込むと精霊石を司る精霊の力を取り出して利用できるんだ」

「精霊石ってどこで手に入るの?」


 もっともな質問です。


「簡単に手に入るなら世界中にそれを利用した魔法道具が残っていただろうね。何千年も前に滅びたアーネンエルベ魔導文明が放っておくわけがないし」

「そうよね? 私も精霊石なんて聞いたことないもの」

「極稀にこの世界にも存在するらしいよ。

 基本的には精霊界とかいう場所にあるそうなので、ティエルローゼで見つけるのは至難の業だろうね」


 エマは呆れ顔で肩をすくめる。


「手に入らないんじゃ意味ないわ。精霊と契約できるなら、それを実行した方が現実的ね」

「まあね。

 シャーリーは精霊と契約したお陰で、あの魔法術式で蛇口の効果を得たんだよ」

「契約っていうんだし……契約書類でも交わすのかしら……」

「その効果を得られるように精霊に対価を支払ったんだってさ」

「対価? 精霊って何か欲しがるの?」


 目に見えない存在が何を欲しがるのか疑問のようだ。

 俺もそう思うが、彼らがシャーリーに求めたモノを聞いてある程度推測できたよ。


「シャーリーは寿命一〇〇〇年を対価としたそうだよ」

「じゅ……寿命ですって……?」


 さすがのエマも驚きましたな。


「ああ、トリエンの民が繁栄できればと二つ返事で契約したそうだよ」

「叔母さまって結構お人好しなの……?」


 エマはシャーリーを英雄視していたのだが、流石に対価が寿命と聞いて懐疑心が生まれたのか、辛辣な言葉が帰ってきた。


「まあ、シャーリーはエルフだからな。一〇〇〇年程度は気にならなかったんじゃないかな?」

「自分で言うのも何だけど、ハーフエルフの寿命がどのくらいかは私も解らない。

 でも、エルフの寿命なら聞いたことあるわ。

 人間にとっては永劫にも感じられるけど、八〇〇〇年~一〇〇〇〇年とか言われてるらしいわね?」

「エルフにはやはり寿命があるのか。ハイエルフはほぼ無限らしいとは聞いていたんだが……」

「ハイエルフ? それエルフの上位種でしょ? 伝承でしか記録が残ってないって聞いてたけど実在するの?」


 別に秘密でもないし教えてやるか。


「ああ、大陸西側の俺の屋敷に何人か住まわせてるよ。

 他にいるかは知らないけど」

「今度、会わせて」

「ああ、そのうちな」


 エルフは長寿なのであまり寿命には頓着しないらしいね。

 エルフの死因ワーストワンは「老衰」なんだってさ。

 病気、怪我などの方が死因としては普通だとか。


 まあ、衛生観念が未発達の世界だと、寿命やら老衰で死ぬ方が珍しいだろうが。


「で効果なんだけど」

「ああ、これはね……」


 俺は魔法の発動手順や順序、連携について説明する。


 まず、照準器によって目標になるワイバーンをロック・オンする。

 ロック・オンされている状態で、トリガーを引くと射出用の魔法道具が発動してミスリルの大矢が打ち出される。

 ロック・オン・データを元にミスリルの大矢が飛翔して、目標のワイバーンに自動的に命中するという仕組みだ。


 自動命中といっても目標物が巧みに回避運動をすれば外れることもあるし、大きさや距離なども命中率に関わってくる。

 そういう部分は見越して魔法術式を組み込んである。


 百発百中なんて胡散臭すぎるし、兵士の練度を下げる結果になるので良いことはない。練度が低い軍隊なんて雑魚でしかないからな。

 長年ワイバーンとやり合ってきた部隊の練度はそのままに、武器だけ良い感じに洗練させるのだ。


 ちなみに命中率はチャート表でまとめておいた。

 横が距離、縦が目標の大きさって感じの表で、各欄に命中率を記入してある。もちろん、これは静止目標での試算でしかない。

 これに目標の行動状態(高速移動とか回避運動など)を勘案して最終命中率になる。

 この辺りは目標の練度やらスキル・レベルなど、変数が大きすぎるので後付け調整にするしかなかったよ。


 射手を担当する兵士の訓練次第では命中率は上げられる事も別途資料にしてある。

 偏差射撃など、相手の動きを予測して大矢を射出する方が命中率は上がるし、それを予測する兵士の力量は訓練や経験に左右される。

 ここは現実世界の軍隊でも言えることだろう。


「って事だ」

「自動で目標を追尾ってところが新しいわ。魔法の矢マジック・ミサイルを応用したんでしょ?」

「その通り、あれは外れることのない魔力の矢だろ?

 実体が無い矢だから外れずに当たるんだけど、こっちは実体弾だから、どうしても誘導性能に限界がでてくるからね」

「実体のあるモノに誘導性を持たせるなんて普通考えないもの……

 ん? とすると……自分を追尾する飛翔する板フローティング・ボードなんてあったら面白いわね……」


 エマが何か思いついたらしい。飛翔する板フローティング・ボードを改良するつもりだろうな。


 飛翔する板フローティング・ボードはシャーリーの図書館にも資料があったが、車輪のない手押し車って感じの魔法道具だ。

 これを自分に付いてくるように改良できれば、それはそれで非常に便利な道具になりそうだ。

 買い物の主婦に喜ばれるかもしれない。

 盗難防止用の魔法も組み込んで引ったくりや置き引き対策はしておいた方が良さそうだけどね。


 エマは早速自分のアイデアがモノにできるかの作業に取り掛かる為にシャーリー図書館へ行ってしまう。


 俺も自分の作業に入りますかね。


「閣下とご一緒だと姉が生き生きしはじめますね」

「そうかい?」


 フィルが生温かいモノを見るような視線で俺を見た。


 エマはフィルから見て非常に頼りになる姉だったそうで、イジメられっ子体質の弟を庇って、良く近所のイジメっ子たちと大乱闘をしていたそうだ。

 ただ、ハーフエルフなので同年代の子たちよりも小柄なので、なかなか勝つ事は難しかったらしい。


 そこで諦めないのがエマだ。

 敵を嵌める策略を幾重にも巡らせていた。

 落とし穴、トリモチの壁などの罠を筆頭に、イジメっ子が苦手とする人物のスケジュールまで調べ上げ、いついかなる時でも対処できるようにしていたという。


 当時の生き生きしていた頃のエマを思い出せるとフィルは語る。


 エマは魔法の力で冬眠していたので今も昔も変わってない気がするんだが、フィルみたいに数十年もブランクあると違って見えるのかもしれないな。

 俗に「思い出補正」とか「思い出フィルター」とか言われるアレですかな?


「ああ、そうだ。コレを君に渡しておこう」

「何でしょうか?」


 俺はインベントリ・バッグから取り出した小瓶をフィルに渡す。


「これは……この前頼んだ例の……」

「そう『マリスの汗』だ」

「は? マリスさんの?」


 フィルが怪訝な顔になる。


 変態と思われたかもしれん。不味いぞ。


「マリスは古代竜が変化した存在だ」

「はあ?」


 やっぱりコイツ教えられてねぇな!

 エマもフロルも教えておけよ!


「だから、マリスは古代竜なんだよ!

 って、また情報が一ミリも増えてねぇよ!」


 俺も少々テンパってきた。


「煩いわね! 何事なの!?」


 資料を抱えたエマが戻ってきて俺たちを一喝する。


「ああ、エマ。フィルにマリスが古代竜だと説明していたんだが……」

「何を今更。

 フィル……まさか知らなかったの?」

「姉さんまで何を言っておられるのです? マリスさんといえば、可愛らしい人間の娘さんではないですか」


 俺はエマと顔を見合わせる。


「ケント、言う人間の娘ってどこで会える?」

「そうだなぁ……

 俺も詳しいわけじゃないから、なんとも言えないんだけど……

 後宮の姫とかが居そうな所かな?」

「冒険者には……いえ、貴族でも普通いないわよ?」


 俺たちの会話にフィルが首を傾げた。


「二人とも何を言っているんです?

 実際にマリスさんという生ける証拠がおられます。

 一個体いる以上、その他にも存在するはずです」


 こいつも少し頭が可笑しいよな?

 とか言語のチョイスが普通じゃない。


 まあ、どこの世界もネジ一本外れてるような研究者の方が面白いモノ作ったりするからな。

 フィルもエマもこの路線でいいかも。

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