第27章 ── 第39話
貴族たちとの挨拶もそこそこにトリエンの館に
五日後に王都に戻る予定だが、それまでに捕虜になっているトスカトーレ派閥の私兵たちの取り調べを王都在住の陣営貴族に任せることにした。
彼らの処遇に関して任せて欲しいとミンスター公爵に言った以上、放っておくわけにはいかないのだ。
メイナード子爵とハリントン伯爵を中心としてやるように指示を出したが、公正だと定評のあるロッテル子爵も加えておいた。
俺は魔法道具の開発で手が離せないので、彼らに仕事を振っておいてもいいよね?
「お帰りなさいませ、旦那様」
「みんなはもう戻ってるよね?」
リヒャルトさんは目を伏せるように頷いた。
「そうそう。一ヶ月後にブリストル大祭があるよね?」
「左様でございますね」
ロビーの階段に足をかけて一瞬だけリヒャルトさんに振り返る。
「今回、社交界に顔を出した事で、様々な貴族と顔を繋げてきた」
「なるほど……少々大規模になりそうな気配を感じます」
さすがリヒャルトさんだ。俺の言いたい事を確実に推察しているね。
「そうだろう? それに俺がトリエンの領主だと他国にも知られはじめた」
「グリフォンの騎士殿もいらっしゃっておりました」
俺は二階の廊下を素早い足取りで歩きながらリヒャルトさんに頷いて見せる。
ルクセイドはオーファンラントと同盟を結んだ。
確実に国や俺たちの情報を仕入れていったはずだ。
となれば、公式ではないとしても使者を大祭に派遣してくる可能性は高い。
「そういった事情で、前回、前々回以上に貴族やら何やらが集まるだろうね」
リヒャルトさんが、老体に似合わぬ早足で俺を追い抜くと、執務室の扉を開けた。
俺は「どうも」とお礼を言いつつ執務室に入ってサッサと執務用の椅子に座る。
執務室内に控えていたメイドが直ぐにお茶を淹れて持ってきてくれる。
ウチの従業員は相変わらずそつがない。
俺はインベントリ・バッグから白金貨を五〇枚ほど取り出す。
「こっちは大祭の運営費用だ。こっちは……」
俺はもうひとつ白金貨の山を作った。
「こっちはそれ以外の費用ね。一〇〇枚あれば足りるかな?」
「十分かと存じます」
俺は合計で一五〇枚の白金貨を革袋に放り込むと執務机の上を滑らせてルヒャルトさんに渡す。
「運営費用はクリスに渡してくれ。
他の費用に関してはリヒャルトさんの裁量でそれぞれ仕事をする者たちに分配してほしい」
「承知しております」
「建物とかの改装はドワーフに任せると早いんじゃないか?」
「では、そのように手配致しましょう」
リヒャルトさんの返答は打てば響くようにスムーズに返答するので受け流されているような印象を受けるが、それがどれだけ凄いのかと以前アモンが力説していた。
まあ、俺としては俺の考えを上手く実現してくれるなら誰でもいいんだけど、普通の人には中々できるもんじゃないらしい。
今後も有能な人員はきっちりと確保していきたいものである。
「飯時には帰ってくるつもりだけど、二日ほど工房に籠もるから、来客等があったら適当にあしらっておいてくれ。
コラクスもこっちで留守番な」
「承知いたしました」
アモンがニヤリと笑いつつ快く返事したところをみると、リヒャルトさんに粘着するつもりだろう。
まあ、アモンとしては俺が自分ではなくリヒャルトさんに頼っているのが面白くないんだろうけどな。
当のリヒャルトさんは涼しげな顔をしているが……
「迷惑掛けられたら言って下さいよ?」
転送前にリヒャルトさんにそう声を掛けたが、「ご心配なく」と言われてしまった。
リヒャルトさんの事だ。老獪にアモンを動かして逆に顎で使う可能性はあるかも。
魔族は非常に長い年月生きているので老獪は老獪なんだが、若干ズレている時があるんだよね。種族の、あるいは育った世界の違いなのかもしれんが。
工房に行くとフィルはポーション研究、エマは呪文書を片手にお茶を飲んでいる。
「帰ったの? 遅かったじゃない」
「ああ、ちょっとワイバーン対策の兵器を提案してきたんだよ」
「ああ、園遊会で話題になってたヤツ」
エマが聞いた噂は、一般的な兵士が扱えるワイバーンすら倒せる魔法の武具をトリエンで開発するらしいというモノだ。
「まあ、その通りだが……」
「本当に普通の兵士がワイバーンを倒せるほどの力を持てるの?」
「いや、その部分に齟齬があるね」
「齟齬って何よ」
「ワイバーンを倒せるほどの力ではないね。ワイバーンを倒せる力だよ」
俺がそう言うと、エマは「何が違うの?」と怪訝な顔になる。
同じように聞こえるだろうけど、この文言には「ワイバーン以外には何の力にもならない」という部分が記載されてないだけなんだよ。ここ重要、テストに出るよ。
行間を読むというか何というか……裏の意味を含ませておくなんてのは情報操作においては常套手段の一つなんだけどね。
その後、エマにも解るように俺は解説を加える。
もし、ワイバーン以外にも効果があるなんて事になれば、間違いなくそれは他の脅威にも向けられるようになるだろう。
それはドラゴンだったりグリフォンだったり、あるいは他国の軍隊だったり。
下手をすれば神にまで向けられる可能性もある。
まあ、神レベルになると、これから開発する程度の兵器では傷一つ付けられないと思うが。
過ぎたる力は身を滅ぼす原因になりかねない。
考えてもみてくれ。
イキったバカに刃物を持たせたら、次には何が起こると思う?
悪に染まりやすい人間に、取り扱いに注意が必要なほど強力な武器を持たせたら、確実に悲惨な出来事が起こるのだ。
落とす必要のなかった超兵器「原子爆弾」が二発も日本に落とされた事が俺の考えの裏付けになるだろう。まあ、これをティエルローゼ人に言っても何の話か解らんよな。
以前にも言ったかもしれないが、俺は性善説を信じていない。
人間は元来「善」ではなく「悪」の生き物だと思っている。
他人の財力、才能、あるいは容姿に少なからず人間は羨望し、最後には妬みや嫉みを覚えるのだ。全く顔にだしてなくても。
俺もその一人だ。
人間が多少なりとも負の感情を生み出す事は誰でも感じているはずだ。
もし、全くその自覚がない人間がいたとしたら、それは類まれな聖人か……あるいは精神に異常を来した者だろう。医者に行くことをオススメしたい。
そういった負の感情を抑制できるかできないかが、人間の行動を善にも悪にもするのだ。
人間は弱い。「悪」という甘美な麻薬を前にしたら抗うことなど普通はできない。
こういう思想を前提に俺は物事を実行しているのだ。
オーファンラントの現国王リカルドは、カリスマがあり、行動もまあ立派なモノだ。
それを補佐するミンスター公爵にしろ、フンボルト侯爵にしろ、有能で非の打ち所がない立派な人格の持ち主たちだ。
彼らが新兵器を悪用するなど考えられない。
だが、人間は追い詰められたらどう変わるか解らないものだ。
今の時代の彼らは良くても、その子供は? 孫は? 子孫たちは?
これから生まれてくる彼らの子孫にまで蜂蜜たっぷりの激甘妄想を抱くほど俺は夢想家じゃない。
ならば最初から「悪」として扱っておけば申し分ない。
必要以上に力を与えなければいい。
「とまあ、こんな理由でワイバーン以外には使えない兵器なんだよ」
「ケントが人間を信じていないのがよく解ったわ……」
エマがしょんぼりというか、落胆にも似た表情を浮かべた。
そういう意味じゃねぇんだよなぁ……
「いや、基本的には信じているよ。
人間は理性によってそういう邪悪を克服してきた生物だからね。
さっきも言ったけど『負の感情を抑制する力』ってのは『理性』に他ならない」
その『理性』という
気分の浮き沈み、高揚感……何らかの精神的な変化で簡単に吹き飛んでしまったりするし、酒や薬物などの外部からの要因によってもそれは容易に突破されうるのだ。
先の戦争で明るみになったように、法国が国民をすり潰すような国家運営をしていた事を考えてみれば良く解るよ。
「個々それぞれなら信じるに値する人物はたくさんいるんだ。エマもそうだし、フィルもそうだ。
だけど国家、あるいは人類種全体を考えるなら、最初からこう考えておく方が後々問題が大きくならないだろうね」
善人は確かに存在する。ただ、善人を構成するには「教育」が必要だ。
この世界はまだまだ教育という面が発展していない。
貴族か金持ちでなければ教育を受けられないような世界は、まだまだ発展途上で性善説などが入り込む余地はないんだよな。
では何が人類種を「悪」に走るのを抑制しているのか?
それが神々の存在だろうね。
神々の教えに背く事は神々の加護を捨てるに等しい。
本当に神が存在している世界だからこそ、抑止力たり得ているわけだ。
え? そんな強力な抑止力が働いているのに悪に走る人間がいるって?
それこそが性悪説が俺の中で幅を利かせる理由だね。
例え負の感情が小さかったとしても、それが積み重なり、群れをなし、そして煽られでもしたら、人間は簡単に悪に走るんだよ。
例えそれが神々の教えに背いていたとしてもだ。
「確かに、そう考えておいた方が良さそうね……」
エマは何十年も前に人の悪意がどんなモノなのかを経験した事があるから理解できるはずだ。もちろん、それと共に善というモノも。
エマにとって最も身近な「善」は子供たちを命がけで逃した母だったろうし、フィルの場合なら森で迷い空腹で倒れそうだった自分を拾ってくれた
簡単な二元論では分けられないが、最初から希望を捨てておけば幻滅することはない。
俺の言いたい事はそういう事だね。
最初から人を信じたい気持ちはあるが、それでは自分を守れない。
「人生哲学的な事を語ってしまったけど、今それは全く重要じゃないな」
「確かにそうね」
「対ワイバーン用兵器開発の方が最重要だ」
「で、どんな感じになるの」
「工房の仕事だし、エマにも手伝ってもらおうかな。まずは、これを見てくれ」
俺は兵器の設計図を取り出してテーブルに広げた。
エマはそれを覗き込み、要所要所に書き込まれた俺の走り書きもチェックする。
「へぇ……
ここは魔導バッテリー……使い捨てなの?」
「そう。そこは銅を使って一度しか使えないようにする」
「精度は落ちるけど二回くらいは使えないの?」
「多分、使えるよ。ただ付与魔法の発動率がかなり落ちるだろうね」
俺がそういうとエマは肩を竦めた。
「それは確かに交換案件だわ。いざという時に魔法道具が作動しないなんて、開発者としては絶対に見過ごせない点だもの」
「まあね。ここをミスリル以上の素材にすれば何度だって使えるけど……」
「費用がバカにならないでしょうね……」
「ご明答」
エマは頭の回転が物凄く良いので、設計思想などを良く理解してくれるので助かります。
フィルも気になるのかチラチラと設計図を見ていた。
「フィルも見ろよ」
「よろしいので?」
「工房の錬金担当といっても、俺たちは全員
「そうよ、フィル。遠慮しないでケントの設計思想を感じておくと良いわよ。
何でそう考えたの? って聞きたくなること満載だけど、これが効率よく動いたりするのよねぇ……
こういうのを『発想』っていうのかしら? これは一朝一夕では身につかないから、機会がある度に触れておくと良いわよ」
エマが手放しに褒めてくるので俺はちょっと照れた。
フィルは姉の言葉に「確かに」とか「そうですね」などと相槌を打ちつつ、エマと一緒に設計図を眺めている。
二人に赤くなった顔を見られないようにちょっと背を向けておこうか。
まあ、俺としてはフィルの錬金術における発想力の方が凄いと思うんだよね。
今、フィルが研究しているのは現地世界の材料でドーンヴァースの回復薬を再現するという課題だ。
はっきり言って、無理難題だと思います。
しかし、彼はHP回復薬だけだけど特級ポーションを再現してみせた。
現実世界とは物理法則が根底から違うかもしれない世界で、ドーンヴァースという架空世界の夢物語みたいなアイテムを現地の材料で再現しちゃうんだからなぁ。
アインシュタインもビックリですわ。
フィルはマジで凄ぇ。マジ、リスペクト。
つうか、俺の知り合いって凄ぇヤツ率高くない?
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