第27章 ── 第38話

 翌早朝、フンボルト閣下の召使いが俺の居室に持ってきたメッセージによると、国王も楽しみにしているとの事だ。


 国王と宰相が乗り気って事なら常識的に考えて計画にゴー・サインが出たとみなしていいだろう。

 対ワイバーン用兵器について国から正式に開発許可が出たという事だよ。

 そこにミンスター公爵を入れてもいいが、彼は王国の重鎮ではあるけど、立場的には中央政府の人間ではなく、あくまでも大都市の一領主なんだよね。


 まあ、これで本格的に開発を始められる。

 王城からは、とっととおいとましよう。


 一度、別邸に寄ってイスマル・ラストルーデ准男爵に挨拶していこうと寄ってみたら王都在住の陣営貴族が朝っぱらだというのに集まっていた。


「おう。みんなお揃いでどうした?」


 予告もなく俺が顔を出したが、メイナードが嬉しげに挨拶をしてきた。


「おお、辺境伯閣下! まだ王都にいらして頂けたのですな! ありがたい!」


 ありがたい?


「実は今、みんなで話し合っていたのですが、トリエンからの貿易物資が輸送されてきた時、一度王都で集積する場所を設けてはどうかという話が出ましてな」

「利点は?」

「トリエンから王都までの間にはドラケンがありますが、商人たちに個別に頼った場合の手数料や税などの経費が高く付くと意見が出ました」


 その意見を出したのは新顔のオーウェル男爵たちだ。


 街道整備を担当する事になった彼らは商人の気持ちになって考えてみたらしい。


 街道が整備されれば輸送速度という点においては改善が望める。

 商人としては良い品をより遠くへ運べるという利点は大きい。

 ただ、どんな物品にしろ遠くへ輸送すれば、通行税に物品税など様々な経費を価格に上乗せするため、都市から都市へ運ぶ内に単価がどんどんと上がっていく。

 特にトリエンは王国の最南部に位置する領地であるため、持っていく場所によっては商品価格が跳ね上がるのだ。


 そこで一計を案じる。

 王都にトリエンの貿易品集積地を設け、そこまで貴族権限で輸送するのだ。

 俺は知らなかったのだが、王国の法律によれば貴族が都市間を行き来する場合、貴族特権で通行税や物品税を免除される。


 なるほど、貴族が商人になる旨味はそこにあるね。

 エマードソン伯爵の商会がモーリシャスとトリエンを頻繁に行き来している割りに大きな利益を叩き出しているのはその為かもしれない。


 モーリシャスからトリエンまでは、小都市も含めて四つの都市を抜けてくる。

 それぞれの都市で租税免除されているとすれば、結構な税金や手数料が浮き、その分は利益としてエマードソン商会に残るという寸法だ。


 輸送をエマードソン伯爵の商会が受け持つ事で、モーリシャス参加の商人たちには商品を安く仕入れさせることができるって事だ。


 それはウチも真似する価値はありますな。

 それも王国のほぼ中心に位置する王都に集積地を設置できれば、王都を商品の発送地にできるため、トリエンの特産品を手に入れたい商人は、税金を始めとする経費を大幅に節約できる。


「そうなれば、商品が飛ぶように売れるのは間違いないのではないか、商人にだけ頼るよりも色々と利点があるはずです」


 オーウェル男爵が力説しつつ俺の考えを補完する。


「悪くない考えだ。

 集積地をどこに作るか、その他の経費などを試算してトリエンに送ってくれ」

「経費とは……?」


 やはりそこまで求めるのは酷かな。


「まあ、そうだね。君らは貴族育ちだし、完全に商人としての思考はできないよな」


 確かに彼らの提案は素晴らしい。

 だが、それをやった時に俺たちには負担が増えるのだ。

 その負担を自分で被るなら時間を取られるだけなのだが、人を雇うなどをした場合にはその規模、拘束時間、危険度など、考慮する事柄毎に経費が上がっていく。


 魔法道具やらシルク衣装やら、目が飛び出るほどの商品が一箇所に集積された場合に考えられるのは窃盗などの事件だろう。


 となれば警備員は必須。もちろん信用の置けるモノでなければ横流しや横領などを心配しなければならない。


 それから災害。

 都市内では最も注意しなければならないのは火事だ。


 そういう災害や事件に備える経費、実際に災害や事件に巻き込まれた際に出る損失なども考慮しておくわけだ。

 集積地を一箇所ではなく二箇所にしてリスク分散を考えるべきかなど、経費によって判断をするべきだ。


「データやら情報を知っておけば、事業を上手く回すのに役に立つんだよ」


 俺があれこれ説明すると、貴族たちは尊敬の視線を俺に向けてきた。


 そこまで尊敬するほどじゃないよ……企業評価作業の一つに過ぎないからね。

 治安の悪い地域に倉庫を持つ企業の価値が上がるわけないだろ?


 まあ、別にM&Aをするワケじゃないんで評価作業なんか必要ないんだが、自分がやってる事業なんだし、知ってる評価方法から自分の事業を考えてみるのも良いかなと思ってね……


「承知しました。情報を収集しつつ案を練る事にします」

「うん。メイナード子爵は彼らに手を貸してやってくれる?」

「畏まりました」

「そうだな。それなりに資金が必要になりそうだし……」


 俺はインベントリ・バックから白金貨の詰まった革袋を取り出してテーブルの上にドサリと置いた。


「これに白金貨が五〇〇枚入っている」

「五〇〇枚!?」


 貴族たちが目を剥く。


「これを君たちが計画した事の運営資金にしてくれ。

 出納を担当するのは……」


 六人いる新人の誰かに大金を任せるのは一考に値せん。まだまだ為人ひととなりを全然把握できてないからな。


 シャーテンブルク子爵は……駄目だな。善人すぎる。

 街の人が困ってたら使っちゃったりする未来が見える。

 そんな理由で横領されても用途が用途だけに処分に困る。


 ロッテル子爵やラストルーデ准男爵もどうかな?

 スキル的に金勘定には向いてなさそう。

 実直、清廉って正確は評価に値するけどねぇ。


 メイナード子爵は、それなりに腹芸ができるし柔軟な思考の持ち無視で悪くない。

 問題があるとすると「称号」だな……

 なんだよ「ケントの狂信者」って。


 その称号の効果を確認すると……


・聞いた事のあるケントの言葉を完全に引用できる

・ケントの思考を推し量る(本人の想像の域を出る事はない)

・人にケントを信じるように強制できる(ほぼ洗脳)


 俺は頭を抱えそうになった。

 何がどうなったらメイナードは俺を狂信するようになったのだろうか。

 俺にはサッパリ解らない。


 にしても、この効果……

 一つ目は、まあ宗教信者ならよくあるパターンだよな。

 二つ目……コレって「妄想」とか「思い込み」って言いかえられるんじゃねぇ?

 三つ目の「ほぼ洗脳」って……ギャグか何かだろうか?


 彼を王都組の貴族のリーダーにしては駄目だ!

 非常にやばい集団になりかねない。


 俺はそう固く決意して彼から視線を外す。

 視線を逸した先にいたのはジュリス・シルレット男爵だ。


 そういや、彼はあまり自己主張しないタイプだねぇ。

 能力的には大したことないんだが、「算術スキル」持ちだった。


「シルレット男爵」

「はい」

「君は算術のスキルを持ってるようだね?」

「ご明察恐れ入ります」


 この世界には算盤そろばんに似た計算機が存在していて、商人などには必須アイテムだ。

 指で弾くように計算用の玉を動かすため、大抵の商人には指先にタコができている。

 彼は俺がそれを見て気付いたと思ったようで、左手で右手の指先を撫でた。


「よし、君にこの革袋を託そう。

 君の判断で彼らの活動に有用な資金を提供するように」

「はっ!」


 シルレット男爵が恭しく頭を下げた。


「ああ、そうだ」


 さて、陣営の王都組が集まっているんだし、例のシステムを友好活用してもらうとしようか。

 俺は、全員の貴族たちの顔を見渡す。


 全員の視線がこちらに向いたのを確認してから話を続ける。


「ここに特殊な笛があります」


 俺はインベントリ・バッグから笛を取り出した。


「吹くと『ピュロピュロ~!』という感じの音が出る代物です」


 貴族たちはそれが何なんのだろうという顔だ。


「この笛を吹くと……」


 俺は窓を開けて少し強めに笛を吹いた。


──ピュロロロピュロ~!


 王都別邸の庭に笛の音が広がっていく。窓から入ってくるそよ風が心地いい。


 二分ほどした頃、「カァ」という声と共に二匹のカラスが窓の枠に止った。


「やあ、よく来てくれたな」

「呼ばれましたから」

「仕事の内容は心得ているね?」

「当然です。俺が文字読み担当で、こいつが運び屋になります」

「どうも運び屋です」


 俺とカラスのやり取りを見て、貴族は「珍妙な事をしている」という顔で見守っていた。


「はい。解らない顔になってますね~、では説明しますね。

 このカラスたちは手紙を運んでくれます」


 貴族たちは「はぁ」と短く返事をする。


「んー……信じられないかな?」

「普通は、そうでしょう」


 ロッテル子爵が困ったような顔をした。


「ふむ。

 まあ、やってみよう」


 俺は手紙を書く。


『この手紙を読んだら、何か返事を書いてカラスの足に持たせて下さい』


 俺は運び屋カラスに手紙を渡す。


「いいかい? この手紙を渡す人物は返事をくれるはずだ。

 返事を受け取ったらここに戻ってきてくれ」

「了解です」


 俺はロッテル子爵に彼の家の住所を聞いて手紙に書いておく。


「えーと、これは住所ってやつですね。

 親分から色々仕込まれたんで読めますよ。

 貴族街三番街六番地……」


 文字読み担当と名乗ったカラスが住所を読むと運び屋担当がフムフムと頷いている。


「運ぶ位置は理解した。多分あそこだな」


 そういうと運び屋カラスが手紙を掴んで空に飛び立った。


 カラスって結構大きいよね。

 以前は結構怖いと思ったけど、話をしてみると結構面白い鳥だね。


 まず非常に頭がいい。

 話した事もよく覚えているし、人の顔も覚える。

 それと他の鳥よりも喋る言葉が複雑なんだよな。

 そこらのグリフォン並ですよ。


「あ、あの辺境伯閣下……それはカラスでございます……」

「うん、そうだけど?」

「魔女の使い魔では……?」

「ぶほ!」


 俺は吹き出した。


 こっちの世界でも魔女は使い魔にカラスを使うイメージがあるのか!

 非常に興味深い!


「ということは、黒猫も使い魔にされてたりするもんなの!?」

「黒猫はあまり聞きませんが……犬やトカゲは使役されているようです」


 メイナードの言葉に関心する。


 猫は使い魔にならんのか、気まぐれだしな。

 で、犬は使い魔にされるらしい。従順だしな。


 それと……トカゲ? このパターンは初だな。

 現実世界でトカゲを使い魔にしている魔女伝説あったっけ?

 俺は知らないけど、あっても可笑しくないな。


 などと考えていると、運び屋カラスが戻ってきた。


「戻りました」

「やあ、ご苦労さん。駄賃は魚と肉、どっちが良いかな?」

「どうする?」


 俺の問いに文字読みカラスが運び屋に聞いた。


「今日は魚かな。気分的に」

「では、主様。魚で」

「了解した」


 俺は彼らが食べたり運んだりしやすい魚をインベントリ・バッグから取り出してわたしてやる。


「どうも」

「またよろしくお願いします」


 そう言うと二匹のカラスは一通の手紙を窓枠に残して飛び立っていった。


 手紙を開いて中を読む。

 そして俺はニヤリと笑ってロッテル子爵に手紙を渡した。

 子爵が受け取った手紙に目を通し「信じられない」と呟いた。


「これは私の娘が書いた手紙の返事でございます」

「な? あのカラスは手紙を届けてくれるんだ、便利だろう?」

「人を使うよりも便利かもしれません」


 メイナード子爵が目を輝かせる。


 そりゃね。人だと裏切る事もあるので情報漏洩を考える必要あるけど、彼らカラスならそれはない。

 陣営貴族間のやり取りとかにかなり便利に使えると思うんだよね。


「駄賃は食べ物。肉でも魚でも菓子でも良い。

 この笛を鳴らして手紙と駄賃を渡せば手紙は目的地へ運ばれる。

 君たちも使うといい」

「ありがとうございます!」


 メイナードが笛の一つを手に取ると、他の貴族たちもそれに倣う。


 ま、便利に使って下さいよ。

 ちゃんと活用してやらないと、カラスたちに怒られそうだしな。


 このカラス便、通称「レイヴン・メール」が、貴族間で大流行するのに然程さほどの時間は掛からなかった。

 主に貴婦人方にご利用されているのだと当のカラスから知らされて、ケントはビックリしたりその用途に思いを馳せたりした。

 

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