第27章 ── 第36話

 本当なら一度王都の別邸に戻って作業するのが順当だが、設計図を作ってまた王城に戻ってくるのは手間なので王城に充てがわれた部屋で作業を進めることにする。


 今回のように社交界に参加するなどの明確な理由がないと、王城なんてところには、本来簡単に入れてもらえないのだ。

 もちろん国王やミンスター公爵たち王の血族や王国の重鎮フンボルト閣下などから覚えめでたい俺は大した誰何すいかもされないんだが、そんな特権ばかりを利用していると、他の貴族から要らぬ妬みを買いかねない。


 なので充てがわれている客間を引き払わずに滞在を続行中なわけ。


 俺はテーブルの上に大きな紙を広げて設計図を引く。


 兵器本体は肩に担げるほどの大きさの筒。

 この筒の部分にミスリル製の大矢を装填する。

 矢がスムーズに射出されるようにガイドになるレールを内部に設えよう。


 本体の最後部に発射機構になる魔法道具を装着する。

 この部分は脱着式にして、矢を一発射出する毎に交換が必要なように設計。

 射出用の魔力蓄積に使い捨て魔導バッテリーを用いる事で交換する射出機構部分を安価にできる。


 通常の魔導バッテリーはミスリルを使うから、それだけで値段が跳ね上がる。

 だから、ここを金や銀、銅などに置き換えて装置を作るわけだ。

 金や銀はそれなりに価値があるので価格がそれなりになってしまう。

 なので効率は悪くなるけど銅で作るのがいい。


 蓄積しておく魔力量はそれなりに必要だが、装填士になる兵士の魔力と周囲に漂う空間魔力を一時的に集める形で何とか賄えるはずだ。

 魔導コンデンサ技術を導入して魔力の安定は必須だけども。

 培養槽の作成の時に技術開発しておいて良かった。


 さて、魔法道具においては、こういった通常金属では魔力伝導における発熱に絶えきれずに溶けてしまう。

 これは、巷の魔法道具を制作しようとしている技術者たちに立ちはだかる壁の一つだ。


 レベルの低い魔法が込められた道具ならある程度の耐久度を持たせる事も可能だろうけど、銅では二~三回も使えれば大成功といっていい。銀なら五回、金なら一五回も使えれば合格点だろうか?

 金属の価値的に考えると銅が効率が一番良い。数度しか使えないにしても。


 そして、今回作ろうとしているのは兵器だ。

 兵器は必要な時に確実に使えなければならない。

 なので「二回くらいは使えるかも」といった曖昧な状態では駄目だ。

 確実に発動しなければならない。


 銅を使用しても一回は確実に発射できるが、二回目は不確実だ。確率的には七〇~八〇パーセントだろうか。

 だからこの部分は「使い捨て」と最初から言っておく必要がある。

 試しに二回目を使うのは構わないが、いざという時に発射されなくても俺は責任は持てない。


 使い捨てであってもミスリルを使ったモノに比べれば、物凄い安価になるので文句は出ないだろう。

 俺の試算では、この交換部品の原価は金貨一枚くらいだ。

 ウチの工房の取り分を上乗せして白金貨二枚くらいに設定してみるか。


 さて、発射までの工程はコレでいいか。

 問題はここに誘導魔法を付与しなければならない。


 本体部分に照準器を取り付け、これでターゲットのロックオン。

 ロックオン・データを元に矢にホーミング性能を付与させる形にする。

 この部分は必要魔力が跳ね上がるので、小型ながらミスリル製の魔導バッテリーが必要になるな。

 本体を白金貨五枚程度に抑えられないと兵器ワンセットの値段が跳ね上がってしまう。

 ミスリル製の魔導バッテリーを使った段階で白金貨二〇枚前後の価格で考えねばならない。


 俺は今まで作った魔法道具やシャーリーが残した書物などから使えそうな技術を導き出す。

 やはり魔法の蛇口の技術を流用するしかない。


 あの技術は本当にすごいのだ。

 空気中にある魔力を絶えず集める機構を使って水を作り出す技術なのだが、単純な術式でそれを実現しているところが設計センスの塊と言える。

 一度魔法術式が発動すると魔力は必要なだけ自動的に補充されるので、使う度に魔力を充填する必要がない。一般人でも魔力がない人でも使えるスグレモノ。


 流用したいのだが一つ問題がある。

 魔法の蛇口の構築術式は水属性に特化しているため、今回の対ワイバーン用携帯型地対空誘導弾には流用できない。

 矢にホーミング性能を付加させるには風属性でなければならない。


 属性部分だけを風に変更しても上手く作動しないのは解っている。

 実は火属性にしたら、火炎放射器的に使えないか試したことがあるのだ。

 もちろん上手く作動しなかった。 


 これを実現するには何かもう一つ上の技術が必要なのかもしれない。


 む~んと腕組みをして思案しているとアモンが心配そうに近づいてきた。


「何か問題ですか?」

「ああ。ここに組み込む魔法術式が上手くいかないんだ」


 アモンは設計図に色々書き込んである術式を眺めた。


「私にはサッパリ解りません。

 魔法に長けた者に知り合いはいますが……」


 アモンは窓の外に遠い目を向けた。


「へえ、そんなのいるんだ?」

「はい。以前お話した者ですよ」

「え? 誰だっけ?」


 アモンはクスリと笑う。


 むう……笑われてしまった。

 俺は基本的に興味がある事しか覚えておかないんだよ。


「知っている者の名はマルバスと申します」


 ん? 聞いたことがあるな。

 えーっと……

 ああ、アレか……


「カリス四天王の一人、技のマルバスか!」

「ご明答でございます。マルバスならば、その問題も解決できるのではないかと思います」


 マリスの剣を作ったらしいし、確かに魔法道具の作成が得意な魔族かもしれんけど、マルバスって魔族はバルネット魔導王国のどっかの塔に籠もってるんじゃなかったか?

 バルネットには行こうとは思っているけど今は無理だねぇ。

 この兵器の作成にはタイム・リミットがあるんでね。


「まあ、今はそいつに会いに行って意見を聞くは無理だなぁ」

「そうですか。それは残念です」


 アモンはマルバスという魔族と仲がいいのかな。

 まあ、魔法の武具とかを作っている魔族だそうだし、魔族幹部の武器はそいつのお手製なのだろう。だとすると武の体現者たるアモンと昵懇な可能性はあるか。


「お! そうか」


 アモンの話から俺は閃いてしまった。

 そういう詳しいヤツに聞けばいいなら、そういうヤツを俺は知ってるじゃん。


「何か解決策に思い当たったようですね」

「ああ、コラクスに言われて気付いた。俺にも詳しい知り合いがいたよ。助かった」

「お役に立てたなら望外の喜びです」


 心底嬉しげなアモンは放置して、早速おれは念話を繋げた。


 一度会った事がある人物には誰にでも念話できるからな。便利便利。


「はい。お久しぶりですね、ケントさん」

「あー、どうもお久しぶりです」

「私に念話をしてくるとは、何かお困りごとでしょうか?」

「そうなんですよ。今日はシャーリーに聞きたい事がありまして念話させて頂きました」


 はい。念話の相手は、魔法の蛇口を開発したシャーリー・エイジェルステットその人です。


 夢の中でイルシスと一緒に会った人物だけど神界でイルシスの使徒になっているんだし、神と念話できる俺が彼女と念話できないはずはないよな。

 問題について開発者本人と話ができるなら、聞いた方が断然はやいよな。


「実は魔法の蛇口の魔法術式についてお聞きしたくて」

「まあ、懐かしいですね」


 シャーリーはホホホと上品に笑う。


「実は例の魔力の収集部分なんですけど」

「はい。水の精霊と契約した部分ですね」

「は? なんですと?」

「ですから、その部分は水の精霊と契約をして処理を肩代わりして頂いているんです」


 必須の術式が組み込まれてないと思ってたけど、なんとその部分は精霊が直接関わっていたらしい。

 そりゃ術式に無いわけだ。


「本来なら精霊石が必要になる部分なのですが、幸い私は水の精霊と対話する能力を持っていました。

 その力を使って直接精霊と交渉することで、精霊石が必要な部分を省く事ができたのです」


 シャーリーによれば水の精霊と取引できた事で術式も簡略化でき、必要な部品すら不要になったという。


 ヤマタノオロチの所にあった水の精霊石は、確かに無から水を造りだしていた。

 それを組み込めれば魔法の蛇口が作れるのは理解できる。

 ただ、精霊石はそんな簡単に見つかるものではない。

 シャーリーは水の精霊と対話できる能力──多分ユニーク・スキルだろう──を持っていた為、水の精霊の力を組み込む事ができたわけだ。


 しかし、水の精霊を使役する事になるんだし、そう簡単に協力してもらえるとは思えない。

 シャーリーは契約と言っていたが……


「契約って事は対価を要求されたんじゃ?」

「ええ。されましたよ」

「何を対価に差し出したんです?」

「寿命です。生命としての」

「それ、命を縮めたって事じゃ?」

「そうですね。エルフは長い寿命がありますので一〇〇〇年程度の寿命は気になりませんでしたから」


 随分と気楽に言いますな。一〇〇〇年でも寿命は寿命だろうに。


「私はブリストルの民の生活を豊かにしたいと思っていました。その為なら一〇〇〇年程度は何でもありません。

 もっとも……私は寿命を全うできなかったのですけども」


 シャーリーは苦笑する。


 どんだけ王様から預かった民を大事にしてたのだろうか。

 中々できることじゃない。

 ただ、魔法道具文明を築きはしたが、シャーリーは貴族たちの妬みの餌食になって謀殺されてしまった。


 無念だったろう。

 だが、シャーリーに謀殺に加担した貴族たちに恨みはないよう見受けられる。

 ゴーストになっても姪を守ることを優先した所為かもしれない。


 神の使徒になった人物だけに非常に高潔な存在だったのだろう。

 ブリストル大祭などに見られるように長きに渡り信奉されているんだし当然か。


「なるほど、納得しました。俺も精霊に頼んでみるとしますよ」

「大丈夫ですか?」


 シャーリーが少し心配そうな声になる。

 俺はニヤリと笑う。


「大丈夫だと思いますよ。精霊たちとは誓約を交わしてるんで」

「そういえば、ケントさんは……創造神様の後継でいらっしゃいましたね」

「そういう事になってるみたいです」

「イルシス様に仕える者として、私もケント様に忠誠を誓います」

「いや、そういうのは俺が神界に行ってからでいいです。

 俺はブリストル……今はトリエンと呼ばれていますが、俺はそこの領主なので」

「そうでしたね。ケント様、トリエンの民たちを今後もよろしくお願い致します」

「任せておいてください」


 シャーリーとの念話を切る。


 久々にシャーリーと話をしたが、代官だったにせよ彼女はやはり立派な領主だった。

 俺も彼女のようにトリエンを上手に運営していこうと新たなる決意を胸に抱く。


 さて、その為にもトリエンの産業として、魔法道具開発を確固たる産業として確立していこう。

 対ワイバーン用兵器を王国に無くてはならないモノにできれば、この地盤はより強固になるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る