第27章 ── 第35話

 午後になり、今の俺は王城に充てがわれている部屋の窓から社交界を終えた貴族たちが帰って行く様を何となく眺めている。


 そんな貴族たちに目をやりつつ、三日目の園遊会でも大量の注文をゲットできた事に安堵を覚えていた。

 トスカトーレ派から来ていたために消失してしまった注文数が結構な数あったのだ。

 今日の午前中の園遊会での新たな注文分がそれを上回ったので本当に助かった。


 既にドレスやスーツを納品してあったトスカトーレ派の上級貴族たちは捕縛、あるいは逃亡中という商品の代金が回収不能な状況なので、王国が彼らから没収した財産で補填してもらうようフンボルト閣下に頼んである。

 少し面倒臭そうな顔になっていたが、了承してもらえたので助かった。

 シンジへ売上を渡せなければトリエンの税金が減ってしまう。

 俺はキッチリと取れるところからは取る派なのだよ。


「これだけ注文があれば……シンジが今後食いっぱぐれる事などありえんな」


 トリシアは注文書の束をめくりつつホクホク顔だ。

 転生しても弟が可愛くて仕方ないらしい。


 ブラコンの気があるかもしれん。

 姉弟そろって……か。


「むしろ、シンジが勝負に出なきゃならんのは一ヶ月後じゃね?」

「一ヶ月後だと?」


 トリシアはキョトンとする。


「既にブリストル大祭が一ヶ月後に迫っている。

 俺の予想では国中の貴族がトリエンに押し寄せて来るはずだぞ?

 いや、国外からも押し寄せてくる可能性は否定できないな……

 シンジはそれを把握しているか?」


 俺が眉間に皺を寄せつつ、来ても可笑しくない国外の知り合いたちを指折り数える。

 ファルエンケールを筆頭としたエルフの国々、人間の国ならブレンダ帝国やらルクセイド領王国、獣人国家ならウェスデルフの国王なんかもあの忠誠心を考えると来るかもしれん。


 群小国家からも多分来るよね。

 ペールゼンの国王夫妻は多分来るね。ソフィアに掛けてもらった魔法で見た目は人間になってるし、その関係か死を撒き散らすオーラなんかも抑制できるようになったらしいからね。

 近衛騎士団長の首なし騎士デュラハンの同行は無理だろうけど、ペルージア女爵なら護衛任務くらいは軽くこなすはずだ。

 まあ、あの夫妻に護衛が要るのかは甚だ疑問だけどな。


 それを聞いたトリシアは、どんどん顔色が白くなり慌て始める。


「確かにそうだ! こうしちゃおれん!」


 バタバタしているが……トリシアよ、落ち着け。

 そもそもまだ王城なんだし、あっちにウロウロこっちにウロウロしてるだけじゃシンジの助けに全くならねぇよ。


 トリシアの新しい一面を見られて俺としては面白いんだけどね。

 俺の一挙手一投足を今まで注意深く監視してきたトリシアには、そんな家族や弟の世話を焼くような人並みの生活があってもいいだろうと思う。


 いつまでも俺が魔神化しないか監視するなんてのは終わりにして欲しい。

 既に創造神の力を受け継いでしまっているので、世界を滅ぼす方向には行かないと思うんだよね。

 俺は壊す方より作る方が好きだし……


「ケントよ。その祭りになんじゃが……」

「ん? 何かあるの?」


 マリスがいつもと違ってモジモジしている。


「エンセランスとグランドーラを呼んでも良いかの……?」

「ああ、人間の姿で来るなら問題ないぞ?」


 マリスの顔がパッと明るくなる。


「ケントならそう言ってくれると思っておったのじゃ!」

「まあ、人間の習性を知る上でも彼らの役に立つだろうしな」


 基本的にドラゴンは人の世に疎いからな。


 マリスは例外だけど。

 彼女は冒険者になるために世界樹から人間に化けてやってきただけあって人間として生活するのに非常に慣れている。

 初めて出会った頃は、マリスが人外なんて欠片も見抜けなかったしな。


「今の内に呼んでおいて、早めに人間の生活に慣れさせておいた方が良くないか?」

「それは良い考えじゃ! ケントは解っておるのう!」


 アナベルがビシッと手を挙げる。


「はい。アナベルさん」


 俺はアナベルを指を差す。


「帝都のマリオン神殿から幾人か神官プリーストを呼ぼうと思っています!」

「ほう、いいね。確かにあの教会をアナベル一人で回すのは大変だろうしな」


 ブリストル大祭とは全く関係がない話だけど、俺が仲間の願いを順番に聞いていると思ったのかもしれない。

 アナベルは天然娘なので未だに理解できない行動をとったりするんだよね。


「なのでケントさん。寄宿舎の増築を!」

「は?」


 そんなの勝手にやればいいじゃん。

 あれ? そんなの立てる敷地、あそこにあったっけ?


 俺は大マップ画面を呼び出してトリエンのマリオン教会付近を表示させる。


 以前は自分を中心にしか表示できなかったが、創造神の力を受け継いだあたりから指定地点を中心に表示できるようにいつの間にかアップデートされていた。

 俺は大マップ画面の仕様変更をするような発想自体がなかったので、誰か別のヤツの仕業だと思っているんだが……

 それに該当しそうなヤツは見つかってない。


 アースラが一番アヤシイのだが、彼の能力石ステータス・ストーンにはステータス以外を表示できる機能はなかった。彼が犯人ならそれを放置しておくはずない。そう考えるとアースラは除外していいヤツになる。


 やっぱり俺が無意識にやっている可能性が……困る。


 さて、マリオン教会周辺ですが、ビッシリと古い建物が立ち並んでおりますな。


 これ……地域住民を立ち退かせる必要があるんじゃねぇか?


 寄宿舎だけ作ればいいなら、隣の建物だけ接収して住人を別の場所へ移住させれば済む。

 その建物を寄宿舎にすればいいし大した手間も掛からない。

 移住する住民に相応の金を払えば文句も言われないはずだ。


 問題があるとすれば、そこに住むのがマリオン神官プリーストという事だ。


 アナベルは冒険者登録をしてあるし、外の危険地帯を出歩くのもお手の物なので何の問題もないのだが、他の神官プリーストは違う。


 日がな一日、神殿内で訓練訓練また訓練の日々を送っている引き篭もりの戦闘マニアどもなのだ。

 それもただの訓練じゃない。戦闘訓練なのだ。

 騒音、周囲の破壊、そして暑苦しいマッチョ神官プリーストだ。


 地域住民から苦情が殺到する案件なのは間違いない。

 それなりの敷地を確保しないと住民の安寧が守れない可能性が高い。


 考えても見てくれ、帝都のマリオン神殿は年中補修修理してるって話だったろ?

 ま、詳しく言わなくても理解できるはずだ。

 それをトリエンに作るとなると今の教会規模では無理だ。神殿を作るしか無い。

 いや、祭壇と祈りの間が一体になった教会でも問題はないか。

 要は身体が動かせる場所だ。広い庭は絶対必須要項だな……


 俺はこめかみを押さえつつ溜息を吐く。


「費用はアナベル持ちだな?」

「そこはマリオン神さまの弟弟子おとうとでしとして太っ腹な所を是非見せてほしいのです!!」


 アナベルが鼻を膨らませて「ふんぬ」と鳴らしているところを見ると、願いを聞き届けて当然と思っているのは間違いない。


 領主にタカるつもりかよ。


 しかし実のところ、アナベルは他の仲間と違って俺個人の雇い人ではないので、給料らしいものは全く払ってない。

 ガーディアン・オブ・オーダーのメンバーだから一緒にいるというだけだったりする。

 仲間なので住む所と食事などは提供しているが、金銭的な実入りは他の仲間よりも間違いなく少ないだろう。


 そう考えると俺の冒険やら領主の仕事を手伝わせているんだしマリオン教に寄進しておくのも悪くないかもしれん。

 彼女やこれから来るであろう神官プリーストたちが、信者からの寄進や神聖魔法の行使料などで食べていける程度の下準備くらいはしてやらないといかんだろう。

 じゃないと、仲間って関係に胡座あぐらをかいて便利に使うような領主と見られかねない。


「仕方ない。突貫工事になるが早急に進めておこう」

「ありがとうございます!」


 嬉しげにバンザイするアナベルの胸に目が釘付けですよ。

 景気よく跳ねまくるので眼福です。


「ハリスは?」


 折角なのでハリスにも何かないか聞いておく。

 働かせまくっている割りにハリスには給料以外出してない。


「特に……何もないが……」


 無欲だなぁ。

 それなら後で素敵忍者的知識をもっと教えてやりますかね?

 水蜘蛛とか凧に乗って空飛ぶとか……いや、そんなのは素敵忍者のハリスには似合わないか。

 空蝉の術なんかは良いかもしれん。

 しかし空蝉の術をスキルにする場合、「SPが尽きるまでいくら攻撃されても別の物体と入れ替わる」って機能になると思うが、そんなスキルはチート過ぎるな……

 別のモノを考えよう。


 魔族三人衆は「俺の側に侍る権利」をクレと言い出すのは間違いなさそうなので願いを聞く意味がないな。


「では、社交界も終わったしトリエンに帰るかね?」

「そうね。もう疲れたわ」


 エマは今日一日貴族たちに取り囲まれて相当疲労しているようだ。


魔法の門マジック・ゲート


 俺は無詠唱で転移門ゲートを出現させる。


「んじゃ、みんなは先に帰っておいてくれ」

「ん? ケントはまだ帰らないのかや?」


 転移門ゲートを潜りかけてマリスが振り向く。


「ああ、例の兵器について陛下たちと詰めておきたいんでね」

「守りは必要かや?」

「王城内だし無いな」

「んじゃ、我は先に帰っておこうかのう」


 俺が頷くとマリスは安心して転移門ゲートを潜っていった。


 他の仲間たちもマリスに続く。


「ケント、無理は駄目よ?」

「ああ大丈夫だ」


 エマは自分の心配が先だと思うよ。


「寄宿舎の事、よろしくお願いなのですよ!」

「はいはい」


 アナベルは自分本位過ぎますな。だが巨乳だから許す。


「分身は……一体……残しておく……」

「いつもスマン」


 ハリスは過保護なんだよ。まあ、影に潜む忍者らしくはありますが。


「何かあったら呼ぶんだぞ?」

「了解」


 注文書の束を大事そうに抱えたトリシアが一番説得力ないな。

 まあ、今はシンジのサポートを優先して貰いたい。

 転生してきたばかりだしティエルローゼに慣れていないから、扱いはエンセランスやグランドーラと同等でいい。

 下手な扱いをして第二の魔神になられても困るからな。


 この世界にも生きがい的なモノを作ってやれば問題ないはずだ。

 今は裁縫業が生きる糧になれば安定するだろう。

 その内、ドーンヴァースへの再接続なんかも考えてやろうかな。


 なんて事を考えていると魔族たちが転移門ゲートに入っていかないのに気づく。


「君たちは帰らないの?」

「執事ですから」


 アモンは俺の世話があると言いたいらしい。


わらわも側に侍るのが義務なので」


 いや、君は女性なので侍られると困るんですが。

 ただの女性ならともかく絶世の美女の一人なので、城を出入りする貴族の間で噂になりかねません。


 俺は独身なので恋人だとか愛人を囲ってるなんて噂されると非常にネガティブなイメージが付いてしまいますよ。


「アラネアは目立つからな……帰ってくれると助かる」


 アラクネイアが絶望に崩れ落ちた。


 魔族は魔族で相変わらずメンドイ。


「フラちゃんは……」

「我が主よ。我は影に潜っておりますのでご安心を」


 まあ、影に潜って待機してるなら問題ないか……


 俺が明確な否定をしなかったのを見て、アラクネイアがバッと顔をあげる。


「で、ではわらわも影に!」

「うーん。アラネアはにアラクネーを監督しておいて欲しいんだが……」


 彼女らも自由奔放すぎるからね。


「では、即座に」


 アラクネイアは嬉々とした表情で転移門ゲートに飛び込んでいった。


 命令を与えると直ぐに実行に移るんだよねぇ……魔族って。


 フラウロスは既に影の中だし、アモンは新しくお茶を淹れるために簡易な厨房に入っていった。


 やっと解放されましたな。

 さて、例の兵器の設計に取り掛かりますかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る