第27章 ── 第34話

 翌日の園遊会最終日。


 開始前からリカルドがステージにある王座に座って貴族たちが集まるのを待っている。

 ミンスター公爵、フンボルト侯爵、オルドリン子爵も側に控えている。

 会場の出入り口は近衛兵が必ず立っていて、昨日の雰囲気とは全く違う感じがするため、会場内にいる貴族たちは微妙に不安そうな表情になっている。

 俺は仲間たちや陣営貴族らとステージ近くの壁際に陣取っていた。


 しばらくすると「ドン!」と太鼓が叩かれて国王が立ち上がった。


「諸君に報告しておきたい事がある」


 園遊会初日の開園の挨拶の時と違う非常に厳しい顔のリカルドの様子に貴族たちは緊張した面持ちだ。

 噂は知っているのだが、彼らがもっとも欲しい正しい情報が国王の口から報告されるのを待ち構えているわけだ。


「諸君らも噂で聞いているとは思うが、トスカトーレ派閥について話しておきたい。

 トスカトーレ侯爵に連なる貴族たちを王命により捕らえた事を報告しておく。

 まだ逃亡中の者も少数いるようだが、主だった反逆した貴族家当主たちは捕縛せしめたと報告が上がっている。

 もし、トスカトーレ派閥の逃亡者を見かけた者、どこにいるか知っている者は速やかに近衛将軍であるオルドリン子爵に伝えるように命じておく」


 国王は一度言葉を切って周囲の貴族を見回す。


「さて、トスカトーレ派が何故全員捕縛されるに至ったか説明しておこう」


 フンボルトがリカルドに書類を渡した。

 その書類を開きリカルドは罪状を読み上げた。


「まず、直近の罪についてだ。

 トスカトーレ侯爵はパリトン伯爵に命じてトリエン領所属のエマ・マクスウェル女爵を拉致、監禁するという暴挙に出た。クサナギ辺境伯を妬んでの所業だと調べが付いている。

 トスカトーレは、クサナギ辺境伯の功績を妬み、彼の部下であるトリエン主席魔法担当官マクスウェル女爵を奪う事を計画した。

 彼女を奪えばトリエンで生産されている魔法道具と同等のモノを掌握できると考えての犯行だと自供したそうだ」


 会場には「何てことを……」とか「守るべき女を誘拐するとは……」などの囁きが満ちる。


「マクスウェル女爵。ここへ」


 リカルドに呼ばれ、エマは少しビックリした顔をしたが、俺の顔を見て少し頷くと颯爽とステージに上がり、王の前に跪く。


「マクスウェル女爵。囚われていた時の話を会場の貴族たちに聞かせてくれるか?」

「畏まりました」


 エマは立ち上がると澄んだ鈴のような声で地下に囚われていた時の事を話して聞かせた。


 自分に魔法道具や錬金薬を作らせようとしていた事。

 トスカトーレ派閥に寝返るように説得工作がされた事。

 旗色が悪くなった侯爵が自分を人質に他国への亡命を画策していた事。

 乱暴に引き倒されそうになって抵抗した事など。


 事細かに話して聞かせられた貴族たちは渋い顔になったり、中には涙を流し始める貴婦人もいた。


「こうして私はミンスター公爵が指揮する近衛隊に救出されたのです……以上でございます」

「ご苦労だった。下がって良い」


 エマはリカルドに優雅なお辞儀をしてからステージを下りて俺たちの所まで戻って来る。


 詳細を聞いたマルエスト侯爵は激怒の色を見せているし、周囲の貴族たちも同様に嫌悪の感情を隠していない。


「アルマイアの忘れ形見の姫になんと非道な事を!」

「左様ですな!」


 そして「アルマイアの悲劇」を殊の外好む貴族貴婦人たちも憤懣ふんまんやるかたないといった風情だ。


「陛下の仰るようにトスカトーレに関係していた者たちを必ずや懲らしめてやりましょう」


 などと物騒な声も聞こえてくる。


 女性が懲らしめるとなると相当陰湿なイジメが展開されそうなので怖いです。


「もう一つ。

 クサナギ辺境伯はどこの派閥にも所属しておらぬが、配下の者たちの貴族家とは緩やかな同盟関係を築いておる。

 その同盟者の邸宅をトスカトーレ派のブルックドルフ伯爵の息子が襲った。

 幸いクサナギ辺境伯が救援に向かいその息子を捕縛したので事なきを得た。

 この事件によってトスカトーレによるクサナギ辺境伯への干渉が明るみに出たのだ。

 これに失敗したトスカトーレがマクスウェル女爵を拉致する行動に出たという事だろう」


 貴族たちは「トスカトーレはそこまでバカだったのか」とヒソヒソとしあっている。


「さて、これだけならば関係する貴族家を幾つか潰せば済む話だ。

 だが、トスカトーレ派閥はそれだけではない。

 トスカトーレ派閥から離脱した者、内部告発した者たちから報告された話によれば、密輸、脱税、謀略、殺人、恐喝、窃盗、誘拐、強姦……罪を上げたら本当に切りがないのだが、ありとあらゆる罪を犯していた。

 よりによって先の戦争にも加担していたという証言まで出てきたほどだ」


 王国内には麻薬を蔓延させて敵国の力を削ぐ事を目的とした工作員が多数侵入していたのだが、それを引き入れていたのもトスカトーレ派だと国王は言う。


 俺が疑いがある旨を報告した時は「そんな事はさすがにないだろう」とフンボルト閣下も言っていたのだが、捕まえた貴族たちの尋問により事実だったと判明したようだ。


 マジでクズだったんだな。

 俺も疑いがある程度には考えていたが、さすがにマジで売国してたとはなぁ。

 あの戦争で精神にダメージを受けた国軍兵士は相当な数いたんだけど、これらもトスカトーレの罪状に計上されそうですな。

 何もかも「トスカトーレが全て悪い」と罪を擦り付ける者が現れそうな予感がしますよ。


「以前、クサナギ辺境伯が暗殺されかけた事を報告したことを記憶している者もいよう。

 ロスリング伯爵の事件だ。あれもトスカトーレが関与していた。

 自ら手を出した事件ではないが、ロスリングを焚き付けた事を本人が自供しているため事実だと認定された」


 ここで国王はキッと貴族たちを見た。


「余はロスリングの時も申した事だと思うが……

 貴族間の競争を余は悪いと思っていない。だが、陰謀を以て事をなそうなど、貴族の風上にも置けぬ。

 余はクサナギ辺境伯を貴族に取り立てた事は今でも正しいと考えている。

 悔いても、恥ずかしく思ってもいない。

 これに異を唱えるのは余を間違っていると誹謗するのと一緒だと知れ。

 余を軽んじる者には激烈な一撃を以て今後も当たる。心しておくように」


 国王はギラリと目を光らせつつ貴族たちを見つめた。


「辺境伯の功績は計り知れない。

 余は辺境伯に最初侯爵位をと考えた。

 しかし、辺境伯はそれを固辞したのだ。

 無欲な事だ。」


 いや……最初は国王の職を譲る的な話でしたよ?

 まあ、そこまでバカ正直にバラせないので侯爵位と言っているんだろうけどねぇ。


「辺境伯は王国の反乱を未然に防いだ。

 帝国との長年のいざこざを解消した。

 魔法道具文化の復興に尽力した。

 未開発だったトリエンを開発し、そこから上がる税収を倍にした。

 あの軍事強国たるウェスデルフへ趣き、武力を以て屈服させ我が国に従属させた例もある。

 ルクセイド領王国と外交折衝を行い、同盟の締結への道筋を立てたのも記憶に新しい。

 法国の仕掛けてきた戦争に終止符を打ったのも辺境伯だ。

 この夥しい功績を否定できるものがいたら発言せよ。許すぞ?」


 貴族は誰も声を発しない。


 さすがに功績を一つ一つ挙げられると少々照れますな。


「いないようだな?」


 十分に間隔を開けてリカルドはそう言う。


「余が辺境伯を重用しすぎると思う者もおるだろう。

 であれば、辺境伯が王国にもたらした功績に比類する事を一つでも成し遂げてみせよ。余は王国の為になる者を正しく評価し重用するぞ?

 自らの功績をここで誇る者はおらぬか?」


 やはり誰も前に出てこない。


「そうであろうな。

 余とて多大な辺境伯の功績に報いる事ができずにおる。

 果たして、余は辺境伯にどう感謝を述べれば良いと思う?

 余は辺境伯にトリエン地方を割譲したが、報いる手段をそれしか知らなかったのだ。

 真に恥ずかしいことだがな……」


 リカルドも自分の力のなさに恥辱を覚えているようだ。


 仕方ないよ……普通の人間なんだから。

 俺、チート能力のある異世界人だもん。


「余は辺境伯ほどの功績を諸君らに望んではいない。

 萎縮せずに努力せよ。

 彼の者と比べられては、どんな功績ですら霞んでしまうだろうからな。

 それを余は望まぬ。

 大小あるにせよ功績を上げる者を余は正しく評価したいのだ」


 リカルドは一人の貴族へ目を向ける。


「リンジーク伯爵」

「はっ!」


 声を掛けられた貴族は飛び上がるように驚いて顔を上げた。


「伯爵が研究していた麦の品種改良はどうなっておるか?」

「はっ! あまり上手くいっておるとは申せませんが、稲穂の実の量を少々増やすことには成功しました」


 それを聞いたリカルドは爽やかな笑顔になる。


「さすがだな、リンジーク伯爵」

「有難き幸せに存じます。

 もう少し多様な環境でも育つように出来れば帝国に苗を売ることも可能なのですが……」

「そうだな、リンジーク。

 帝国はもう友好国であるし、彼の地でも小麦が育てられるようになればトリエンの一部を借款する必要もなくなるのだが」


 本来、国防の面からも自国領を他国に貸し与えるなんて事はあってはならない事だ。

 しかし、帝国の食料事情を鑑みると、それが一番早くて楽だったのだ。

 当時の王国の食料生産量では食料を大量に輸出できなかったし、トリエン地方では増産しようにも人員が足りなかった。

 帝国民を使って開発するのが現実的だったんだよ。


「リンジーク伯爵、これからも励んで欲しい」

「はっ!」


 リカルドはリンジーク伯爵から目を離し、周囲の貴族たちを見つめる。

 

「他の者も同様だ。自らが出来うる事を出来うる範囲で行うのだ。

 それが我らの国を富ませる事になるのだ。

 財力という意味だけではない。力とは様々な形を成す。

 芸術でもよい。武芸でもよい。

 文化というモノは何であれ力となる。

 余は諸君らに期待する」


 俺はパチパチと国王に拍手を送った。

 それを見た仲間たちも同様に拍手を始める。

 すると周囲の貴族たちからも拍手が起こり、最後には会場の貴族たち全員が拍手をし始めた。


 重苦しい雰囲気だった会場は、今は拍手と歓声に包まれた。


 さすが国王陛下ですかな。

 俺以外の貴族を褒めることで、他の貴族のやる気も復活させましたね。


「本日は社交界最終日だ。楽しんでいくと良い」


 そう締めくくると拍手に包まれつつ、リカルドは会場を後にした。

 昨日の捕物の所為で国王には大量に仕事が舞い込んでいるはずだ。

 園遊会を計画したのに問題が噴出してしまって頭が痛い事だろうねぇ。


 俺は俺で社交界を無事に乗り切るのに神経を削られるので助けてあげられません。

 頑張れ、国王!


 国王の演説の後は、先日までの園遊会と同じように貴族たちが会場にバラけ始める。


 だが、何人もの貴族が俺のところにやってきて挨拶していくようになった。

 昨日までは怖いものを見るように遠巻きにされていたのだが、今日は全く印象が違いますね。


 エマのところには大勢の貴婦人方がやってきて慰めの言葉を掛けていた。

 ハーフエルフ美少女が壇上で気丈に振る舞っていた事でご婦人方の保護欲に火が付いたみたい。


 貴婦人方の外側には男貴族たちも結構な数がいた。

 貴婦人バリアに阻まれてエマに声を掛けられないみたいだけど。


「エマ、すごい人気なのじゃ」

「まあ、誘拐されてたからな。同情されるのは仕方ないさ」

「マリスもチヤホヤされたいのかな?」

「我は真っ平じゃな。チヤホヤされても腹は膨れぬ」


 俺は吹き出してしまう。


 食いしん坊チームの防衛隊長は相変わらずだなぁ。


 特攻隊長のアナベルは早速でビュッフェに直行しているし、トリシアは酒の瓶が並んでいる所に行ってしまった。


 では俺も社交を頑張りますかな。

 色々な貴族と繋がっておきたいし。


 さっきのリンジーク伯爵ってのも農学者っぽいし知己に欲しい。

 トリエンの農業は順調だけど、彼の知識を活用できれば更なる増産が望めるかもしれない。


 シルク衣装のアピール組が会場に散ったので俺も行動開始です。

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