第27章 ── 第33話

 既に夜も更けてきているが、陣営の貴族たちが会議室にやってきた。

 経過報告の為にも俺は彼らを椅子に座らせる。


 見れば見慣れない貴族が何人かいるな。


「新顔が何人かいるようだが、まずは今回の顛末を報告させてもらうね」


 俺はシャーテンブルク子爵邸の襲撃から始まったトスカトーレ派閥の辿った運命について話して聞かせた。


 話の途中、貴族たちから「おおっ」とか「さすがは辺境伯閣下ですな」などという相槌ちが入ったりするも、新顔貴族たちが顔面蒼白なのが対照的で印象深いですな。

 もしトスカトーレ派閥から脱退していなかった場合に自分たちが辿ったであろう運命を言い聞かされているのだから仕方ない。


「さて、トスカトーレは潰した。これで俺の陣営に悪さをする者たちはいなくなったはずだね」


 メイナード子爵が「こほん」と咳払いをして手を上げた。


「どうぞ」

「閣下。目の上の瘤は閣下のご尽力により取り払われました。

 これから閣下はご自分の陣営をどのように運営なされるお積もりでしょうか?」

「運営?」

「はい。新たなる派閥として王国で権勢を振るうお積もりでしょうか?」

「ん? そんな話はしたことないはずだけど?」

「左様にございますな。ですので、我々は今後どのように閣下のお役に立てばよろしいでしょうか?」


 ああ、そういう事。


「そうだねぇ。

 俺は基本的に君たちの行動に制限も掛けないし、何かをしろと強制するつもりもないよ。

 俺は世界各地を冒険して歩いてみたいんだ。

 俺が冒険者上がりなのは知ってるよね?」

「存じ上げております。

 先の戦争が始まった頃には冒険に出ておられたとお聞きしています」

「うん。なので、その冒険を再開したいと思っているんだよ。

 まあ、直ぐというわけにも行かないけど……」


 俺は指折り数えてやるべき事を上げていく。


 エドモンダール派閥との折衝、ワイバーン用の兵器開発なんかが喫緊の課題だろう。

 社交界での顔売りも終わったわけじゃないしな。


 それと今回の事件で被った被害についての賠償をトスカトーレから接収される財産から割譲してもらうことも入れておこうか。

 大した被害はないんだけど、エマに嫌な役を押し付けた事への報酬くらいは回収しても罰は当たらないよね。

 金銭でも品物でも何でも良いから国王にお願いして分前を頂けるようにしておこうと思う。

 例のお茶の在庫があったらソレを頂くってのも良いね。


 んで、社交界が終わった後だけど、一ヶ月後にはブリストル大祭がある。

 前回は大陸西側に冒険に行っててすっぽかしたからな……

 さすがに祭りが近いので、そっちの準備や手配は必要だと思う。

 領主なんだから本来は毎回顔を出すべきなんだよな。

 俺がいなくても問題なく運営できているけど、流石に毎回いないのは問題あるでしょ。


 それに今回は社交界で顔を売った以上、貴族の流入が大量に増えるイメージしか浮かばない。

 せっかくやってきた貴族を領主が歓待しないとなると評判の低下が心配されるわけ。


 多分、この場にいる貴族も来るだろうし、エドモンダール派閥の貴族も来るはずだ。

 彼らが来る以上、モーリシャス派閥もやってくる可能性が高い。

 俺はモーリシャス派閥の当主とはまだ顔を繋げてないんだよな。

 一度くらいは接待しておくべきじゃないか?


 それとこれは間違いないと思うが、ミンスター公爵の派閥の面々も絶対に来る。

 公爵を筆頭にマルエスト侯爵にドヴァルス侯爵の三人は言うに及ばず、彼らの配下の貴族たちもかなり来るだろう。

 となると大貴族がほぼ揃うことになる。


 俺がいなくて誰が接待するの?

 クリスだけではオーバーワークになる。

 俺が何とかしないと。


 それら貴族を歓待するための準備が一ヶ月で終わるかどうか……不安しか無いよな。


 ブツブツと俺が話しているのを聞いている貴族の顔は一様にポカーンとしていた。


「あ、ゴメン。

 まあ、こんな感じで……直ぐに冒険に出る暇なんてないわけ」


 やること多すぎて俺の頭もパンクしそうです。


「さて、そろそろ新人の紹介に入ってもらいたい」

「はっ! では私から」


 立ち上がったのは舞踏会で知り合った貴族だ。


「私はレイナード・レストモリア子爵と申します。

 娘に当家の栄達を考えるならクサナギ辺境伯閣下に協力するよう強く進言され、また私自身も新たなる時代の息吹を閣下に感じたので皆様のお仲間に入れて頂きたいと馳せ参じました」


 娘に言われてってところで少々照れて顔を赤くしたものの、舞踏家らしく人前でも威風堂々としたものだ。

 彼も無派閥貴族だったので、殆どの派閥と繋がりがある俺の陣営に加わる事にあまり抵抗はないらしい。

 俺の陣営は派閥と謳ってないし、どの派閥ともそれなりに友好な関係にある。

 また、貴族特有の権力闘争とも無縁という稀有な存在に見えるらしい。


 実際、俺の勢力と競合する派閥もないし争う必要がないのは事実だ。

 俺の工房から出荷されている都市用魔法道具は、都市運営には欠かせないモノとなっているため、俺に表立って敵対できる都市領主は皆無といっていい。

 領主をしているのは殆どが伯爵や侯爵といわれる大貴族に分類される者たちだし、領主系大貴族の命脈たる都市インフラを押さえているんだから敵対できるわけがない。

 一度、高度なインフラを経験してしまったら、そこから抜け出すことは難しい。

 これは俺自身が現実世界での人生においても同じ体験を何度もしたので間違いない事実だ。

 一例を上げれば、水道水がそのまま飲めない外国とかかなり困るよ?


 レストモリア曰く、俺の陣営に参加できれば政治情勢やら外交情勢によっていつ不安定になるか解らない無派閥貴族という立ち位置は必要なくなるというわけだ。

 無派閥の駆け込み寺みたいに聞こえるが、立場の不安定な無派閥貴族にとっては藁をも掴みたい気分なのかもしれない。


 彼の舞踏家としての名声は、そんな俺のインフラ戦略と同じ性質がある。

 貴族は社交ダンスの嗜みが必須で、どのような貴族の者であってもレストモリアの舞踏教室の受講は必須事項なのだ。

 どこかの派閥に属してしまうと均一の授業ができなくなってしまうため、彼は無派閥に甘んじていなければならなかった。


 にも関わらず法国との戦争が起きた時、彼の立場が揺らいだ。


 踊りなど戦争の役に立たない。

 まずは戦闘技術だ。


 そんな言葉を他の貴族から聞いた時、彼は猛烈な危機感を抱いた。

 国家情勢によっては自分の貴族としての立場など一瞬で消し飛びかねない。


 そういった危機感をずっと持っていたところで俺の陣営が目に入ったわけだね。

 自分たちの立場を派閥と謳わず、政争にも興味はないと所属している貴族も公言している。

 となれば、寄らば大樹の陰というやつだと。


 レストモリア子爵が腰を下ろすと、次に立ち上がったのはハリントン伯爵と名乗る。


 彼はひと目見ただけで解る堅物だ。

 眉間のシワ、ビシッと伸びた背中。


「トマス・ハリントン伯爵です。王都衛兵隊管理官……衛兵将軍をしております」


 おお、衛兵隊の元締めか!


 王都には軍隊が三つある。

 王直属の近衛隊、国軍に所属している王都防衛隊、そして王都衛兵隊だ。


 この三部隊にはそれぞれ将軍がいて、王都三将軍と呼ばれている。

 その一角が彼という訳だ。


 王都衛兵隊は基本的に平民で組織されていて、王都の治安を維持している。

 彼らの尽力により王都の上町、中町、下町の三つの地域の犯罪率を押さえているわけだ。

 総勢五〇〇〇名からなる衛兵隊の長たる人物が、俺の陣営に参加したい理由は何だろうか?


「衛兵将軍が陣営に参加したい理由を教えて下さい」

「我が衛兵隊は、治安維持に尽力してまいりました。

 しかし、トスカトーレをはじめ、貴族に対しては何の抑止力にもなりません」


 なるほど。

 門を守っている衛兵は基本的に貴族の馬車は素通りさせるしな。


「これでは貴族が犯罪に手を染めていた時に取締もできません。

 そうなれば最も被害を被るのは平民です」


 厳しい彼の顔がさらに歪む。


「私のところに報告や陳情が上がってくる頃には私の出番はなくなっている事が殆ど。

 城下における治安維持を司る者として私は居た堪れない気持ちでいっぱいでした」


 理解した。

 彼は犯罪者であれば貴族に対しても強制力を持ちたいのだ。

 国王、公爵などとの繋がりも強く、それでいて独立勢力である俺の陣営に頼りたいと思うのは当然ではなかろうか。


 ただ、それが自分の権力欲から来ているのであれば問題があるが……


 衛兵隊は王都全隊に散らばっている武装組織だ。

 それが一斉に蜂起したら近衛隊程度では抑え込めない。

 国軍所属の王都防衛隊は城壁の外に駐屯地がある。

 城門を閉じられたら王都は孤立するものの、国王を人質に取れる立場にある。

 そういう危険性も考慮に入れなければ、彼を陣営に迎え入れることはできない。


 俺はジッと彼を見つつ目に集中する。

 便利機能発動。

 創造神の目は何でも見通せるのだ。

 仄かに瞳孔が光り、様々な光景が脳裏に浮かぶ。


 彼が苦汁を舐めてきた事件の数々。

 それは殺人、密輸、誘拐、窃盗、強姦……ありとあらゆる事柄だ。

 それも貴族が関わっている事案ばかりで、被害者は全て平民だ。

 全てがお蔵入りしてしまっている。

 そして彼の無念の情が俺の心に流れ込んでくる。


 こいつは大変だ。他人の感情すら感じ取れるとかマジやべぇ。


 彼は職務に忠実であり、心底王都の治安を考えているようだ。

 彼の力がもう少し多ければ、上町でのシャーテンブルク邸の時のような事件は早々起きなかったはずだ。


「了解しました、衛兵将軍閣下。貴方の陣営入りを認めましょう」

「有難き幸せに存じます」


 彼は貴族位としてはほぼ同格、言ってしまうなら少しだけ伯爵位の方が上なのだが、俺に対して全く偉ぶらないのにも好感を持てる。


 ミンスター公爵派閥でもいいだろうに俺の陣営を選んだのは、王族、公爵などの王家の血族であれ犯罪を犯せば糾弾できる立場が必要だと彼が思っていたからのようだ。


 立憲君主制なら当たり前の事なのだが、この国は専制君主制で家産国家だ。

 貴族が平民を好きなようにできるのだ。衛兵将軍としては真に頭の痛い事だろう。


 ただ、俺の陣営はますます力を持つことになるので、俺の意向次第で最悪の勢力となりかねない。

 ノブレス・オブリージュを意識して高潔で公正な行動を意識していこうと思います、はい。


 続いて立ち上がったのは四人の貴族だ。

 最初に名乗った男を筆頭に全員元トスカトーレ派閥の貴族たちだ


 オーウェル男爵、ケルナー男爵、モリゲン准男爵、タイユース准男爵。


 彼らはトスカトーレにおいて底辺を形成していた下級貴族たちだ。

 彼らを紹介するメイナード子爵によれば、彼らの尽力がトスカトーレ派閥の瓦解の一助になったとの事だ。


 派閥に属していなければならないという強迫観念がトスカトーレ派閥に居続けさせた理由だったが、貴族としての立場を維持するのに必要だったにしてもトスカトーレのやり口に爆発せんほどの不満を抱えていたらしい。

 上の方は手を汚さず、下級貴族に悪事を代行させる。

 そんな組織は壊れてしまえばいい。

 彼らはずっとそう思ってきた。


 そこに現れたのが俺の陣営。

 現れただけならともかく、トスカトーレをぶっ潰してくれた。

 彼らにとってみれば正に救世主だったようだ。


 声を掛けてくれたメイナード子爵に誘われ、ここに参加したらしい。


「まあ、参加はいいんだけど、うちに入ったからって別に発言力とか生活が豊かになるわけじゃないんだけど……それでも構わないのかな?」

「構いません!」


 オーウェル男爵が強くそう言った。


「閣下、虫の良いことをお願いする事になるかもしれませんが、構いませんか?」


 メイナード子爵が口を挟む。


「ん? 何かな?」

「実は、このオーウェル男爵は建築学に秀でていましてな?」

「ほう」


 建築学か。それは有能じゃんか。


「彼はトスカトーレ派の貴族の屋敷にある抜け穴などを作る事業をやらされていました」

「何!? あのパリトンの地下通路とかを作ってたのか!」


 俺が立ち上がると、オーウェル男爵はビクリと身体を揺らした。


「よ、よくご存知ですね……」

「さっき、そこに潜り込んでたからね」


 なるほど、あそこはかなり良くできた地下通路だった。彼のような知識のあるヤツが関わっていたわけか。


「ふむ……納得した」

「それでですね、閣下。閣下は国内の街道整備をなさりたいと仰った事がおありだとか」

「ああ、まだ構想だけだけどフンボルト閣下には伝えてあるな。

 今、色々と準備しているらしいよ」

「それをオーウェル男爵たちにやらせてみては如何かと……」


 ふむ。建築学を納めているなら確かに街道整備もお手の物かもしれん。

 金があっても技術がなければ良いものは作れない。

 あれだけの地下通路が作れるならうってつけかも。


「なるほど、それは良い提案だね。

 では、宰相閣下に申し上げて、君たちに尽力してもらうとしようかな?」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 今まで何の役職もなかった下級貴族には大変嬉しい事らしい。

 まあ、仕事で使えなかったら知識も宝の持ち腐れだし、もったないからな。


 こうして、俺は新たに六人の所属貴族を手に入れたのだった。

 彼らが後々、国の重鎮に上り詰めていくのはまだ先の事である。

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