第27章 ── 第32話

「縛り上げろ」


 ミンスター公爵は近衛兵たちに地を這うような低い声で指示を飛ばして身柄を拘束させた。


「辺境伯殿。此度の協力、感謝するぞ」

「公爵閣下とオルドリン子爵率いる近衛隊にはエマの救出をして頂きました。

 感謝するのはこちらの方ですよ」


 俺はニッコリと笑顔を作る。

 そう言われて公爵も子爵も顔を見合わせて苦笑する。


「辺境伯閣下が居なければ、これほど少ない被害で事は成りませんでしたが……」

「いや、子爵。そういう事にしておこう」

「そういう事にしておいて頂かないと困りますよ」


 俺も二人のように苦笑してしまう。


 公爵閣下には他の貴族たちの怨嗟や妬みを一手に引き受けて頂かないと困るからな。


「エマもお礼を言わないと」

「そうね」


 エマは公爵の前に行くと跪いた。


「ミンスター公爵閣下、救援頂き誠にありがとうございます」


 エマは公爵の手を取るとその手の甲に口づけをした。

 この仕草は王族や上位貴族にする臣従の仕草だが、感謝をするときにも使える。

 基本的に王族や上位貴族の身体に不用意に触れる事は不敬だが、こういった場合は許される。

 もちろん、される側が拒否したい場合は手は取らせないんだが、エマほどの美少女にされて嫌がる男はいない。


 公爵も拒否はせずに満足そうに頷いた。


 この茶番劇を事情を何も知らない近衛兵たちは興奮した表情で見つめていた。

 狙い通りに囚われの令嬢をミンスター公爵が救出したという噂が貴族の間に広まるに違いない。


 それが悲劇のエルフの奥方アルマイアの忘れ形見だとなれば、社交界のご婦人方が勝手に美談に仕立て上げるのも計算の内だよ。

 貴族のご婦人方は殊の外「アルマイア」という悲劇の物語を好んでいるそうだしね。


「う……一体何が……む!? これは!?」


 部屋の隅からそんな声が聞こえてきた。


 見ればトスカトーレが目を覚まして自分の身体が縄でグルグル巻きにされているのに気付いてもがいていた。


「やあ、侯爵。やっと目覚めたようだな」

「むむ! ミンスター公爵!?」

「貴殿らは国家反逆罪、内乱扇動、陰謀の立案と実行、様々な法律無視、越権行為など……で告発された。数え上げたら切りがない」


 ミンスター公爵はトスカトーレの罪状を口頭で伝える。


「それに加え、貴族の子女の誘拐、監禁……これは現行犯だ。弁明の余地もないな」


 トスカトーレはいちいち「う!」とか「む!」とか言っているが、反論できない。


「陛下への背信が最も罪が重い」

「私は背信など考えたこともない!」

「いや、ある。

 貴殿はロスリング伯爵にクサナギ辺境伯を暗殺するように唆した。

 陛下は仰られたはずだ。陰謀によって貴族同士が争うなど許さんとな。

 これについてはブルックドルフの息子が洗いざらい吐いたよ」


 トスカトーレは未だ気絶しているブルックドルフ伯爵に苦々しい視線を向けた。

 そしてその視線はすぐに俺の方へ向いた。


「そこな成り上がりの平民が国政を壟断ろうだんしたのが悪いのだ! 我々は悪くない!」


 まあ、確かに成り上がりではあるが、してもいない事を非難される言われはないわな。


「いつ、どこで俺は国政を壟断ろうだんしたのかな?」

「身に覚えがあるだろう!」

「無いな」


 トスカトーレの顔は既にドス黒くなるほどに激怒したものになっている。


「魔法道具で陛下を籠絡したではないか!」

「ん? 俺が貴族になったのは魔法道具を作り始める前だけどな?」

「平民が貴族になるのが問題なのだ!!」


 呆れた物言いだなぁ。


 俺がさらに何か言おうとするとミンスター公爵が手を上げて俺を止める。


「その言葉は、陛下への背信に他ならぬ。

 貴殿を国王陛下への背信の罪で捕縛する。ここにいる者全てが証人だ」


 トスカトーレは「うぐっ」と一つ唸って黙り込んだ。


「この者どもを連れて行け!」

「はっ!!」


 未だに気絶している三人は担ぎ上げられて運び出されていく。

 トスカトーレは近衛兵に乱暴に立ち上がらせられ通路の方に引きずっていかれた。

 その際にトスカトーレは必死に何か喚いていたが、聞くに堪えないので無視した。


「では、辺境伯殿。女爵を連れて城へと戻るとしよう」

「了解です」

「オルドリン子爵。後のことは任せてよいか?」

「お任せを」



  屋敷の中にある証拠の捜索などは、全部オルドリン子爵と近衛隊に任せて俺たちは馬車に戻る。


「旦那様、ご無事で」

「うむ。城へ戻る。頼むぞ」

「畏まりました」


 エマとアラクネイアが公爵と一緒に馬車へと乗り込む。

 公爵の馬車付きの御者は、馬車の扉を閉めると御者台に登る。

 アモンも御者台に飛び乗ったので俺も馬車の屋根に乗った。

 それを確認すると御者は馬車を発進させた。


 とりあえずトスカトーレの捕縛という大仕事も終わりユラユラと馬車に揺られながら、僅かな時間だけどひと仕事終えた気分を味わう。


 上町うえまちは衛兵隊からの通達があったのか、人の姿が殆どない。

 時折、すれ違うのは冒険者っぽい一団ばかりで、俺たちの乗る馬車を見ると直ぐに道を空けた。

 上町うえまちと貴族街を結ぶ城門は衛兵たちが二〇人以上警備していたが、馬車に下げられている公爵の紋章旗を見ると止めもせずに見送ってくれた。

 貴族街も後始末の為に衛兵隊が動き回っている。


 城には一五分ほどで到着した。

 城の入り口には先触れの近衛兵が伝えたのだろうか、国王とフンボルト閣下が待っていた。


「無事に終えたか?」


 そう言う国王の前にミンスター公爵は跪いた。


「王命により、反逆者たちを捕らえました事を報告致します。

 首謀者たるトスカトーレは近衛隊によって後ほど連行されて参ります。

 陛下のお計らいにより、積年の問題が解決致しました事、心よりお礼申し上げます」


 国王のリカルドはニヤリと笑うと公爵の肩に手を置いた。


 人の目がある所でできうる親愛の仕草はここまでだ。

 抱き合ったりするのは執務室とか他人の目がない所でよろしく。


「辺境伯、ご苦労であったな」

「いえ、エマの救出に感謝の言葉しかありません」

「其方たちを王族のいざこざに巻き込んでしまった事には陳謝したい。

 いずれマクスウェル女爵と辺境伯には詫びを送るとしよう」

「勿体なきお言葉です」


 俺は公爵のように国王の前に跪いて見せた。

 エマは黙ったまま跪く。話しかけられない限り口は開けない。例え感謝の言葉でもだ。

 本来はそういうものである。


 俺は国王と結構フランクな会話をしているんだけど、今後は行動を改めるべきだろう。

 俺が他の貴族にどう思われても気にしないが、陣営の貴族たちが陰口を叩かれるのは避けたいからね。


 公爵が国王と宰相に事件の経過などを報告するために国王の執務室に行くという事で俺とエマは解放された。


 エマがどのように扱われていたかなどの報告を後で書面にして提出するように申し渡されたが、今すぐという事ではないらしい。

 王都にはまだトスカトーレの身内などの逃亡犯が多くいるので「しらばく騒がしくなりそうですな」とフンボルト閣下が言っていたし、トスカトーレの身柄を確保してあるので急ぐ必要はないそうだ。



 充てがわれている会議室に引き上げ、アモンにお茶を淹れてもらって一息つく。

 エマも「ようやく落ち着いてお茶が飲めるわ」と満更でもなさそうだ。


「エマ、囚われてる最中は大変だったろう?」

「そうねぇ。食事がとにかく不味くて困ったわ」

「そうなの?」

「まあ、貴族としては普通なんでしょうけど……ケントの館のご飯に比べちゃうとね……」


 エマはウンザリしたように表情を顰めて肩を竦める。


「お茶だけは上等だったんだけど」


 エマは腰のポーチからお茶の入った金属製の筒を取り出して蓋を開いて見せてくる。


「このお茶なんだけど、どこから仕入れていたのかしら?」

「持ってきたんか」

「このくらい問題にはならないでしょ」


 俺は金属の筒を受け取り、一度インベントリ・バッグに仕舞ってからショートカットに登録する要領でアイテムのダイアログを表示させる。


『リセーロン茶

 世界樹の森で栽培されている高級茶葉。

 オーファンラント王国には行商人を介して輸入されていた』


 ふむ……世界樹の森産なのか。

 それだと普通の茶葉だったとしても高級だろうなぁ。


 世界樹の森に隣接しているのは元法国領のあたりだけだ。

 今はピッツガルトとアルバランの共同統治領となっているはずだ。

 法国があった頃に輸入されたモノなんだろうけど、城で出されているお茶よりも高級っぽいので王国内で出回っているとは思えない。


 となると何故パリトン伯爵の屋敷で飲まれていたのかが問題だ。

 もしかするとご禁制の品なのかもしれない。


 そうでなくても法国経由で仕入れていた事になるので、トスカトーレ派と法国の関係が怪しくなってくる。

 法国の工作員を引き入れる手はずをトスカトーレ派が整えていたと考えると、王城にいたスパイの説明も付くよな。

 トスカトーレ派閥は本当に碌でもない事をしていた組織かもしれん。


 この憶測はエマの報告書と一緒に書面にして提出しておこう。

 あくまで憶測なので事実かどうかは、公爵なり宰相に任せると入れておけばいいだろう。


「この茶葉は中央森林産っぽいね」

「そうなの? それじゃ簡単には仕入れられないわね……」

「まあ、その内また冒険の旅に出ると思うし、その時にでも産地を探してみるよ」

「ほんと?」

「ああ。新しい貿易品目になるかもしれないし、アラクネーたちに聞いてみてもいいかもね」


 俺の言葉に隣に座っていたアラクネイアが「お任せ下さい」と言った。


 アラクネイアはすまし顔でお茶飲んでるけど、アモンは文句言わないのかな?

 地位的には同列なのにアモンは執事稼業に精を出してるんだよねぇ。

 戦闘以外では大人しいんだよな……

 ま、本人が楽しんでるみたいなので構わないでおこうか。


 しばらくお茶を楽しんでいると陣営の貴族たちが戻ってきた。


「お疲れさまです、閣下。お戻りだとお聞きしたので」

「ほう……もう噂が出回り始めてるの?」

「はい。城を行き来している近衛から情報が流れてきています。

 マクスウェル女爵をミンスター公爵が救出したと」


 やはり近衛兵からの情報か。

 狙い通り、近衛兵が周りの貴族に吹聴したんだろう。

 近衛兵が自宅に帰ればさらに家族たちに広まる。


 エマの事まで流れたとするとマルエスト侯爵が話を膨らませるに決まってるし、大きな噂になると思われる。

 既に夜も遅いし、本格的に噂が広まるのは明日の朝以降だとは思うけど、噂の伝播なんて一日も掛からないに違いない。


 明日は根掘り葉掘り貴族が聞きに来るかもしれないから、エマたちと口裏合わせておくとしよう。


 明日で社交界は終わるけどシルクの衣装とかの売り込みもまだ必要だろうし、街に出ている仲間も呼び戻そうか。


 それにしても今日は色々ありすぎて疲れましたな。

 とっとと客室に戻って寝たほうがいいかもしれない。

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