第27章 ── 第30話

 トスカトーレが逃げ込んだパリトン伯爵邸は、上町うえまち中町なかまちを隔てる城壁を背にした場所にあった。


 かなり大きな土地を確保したようで、他の上町うえまちの建物と比べると違いが顕著だ。

 上町うえまちでは門があって広い庭がある屋敷なんて特殊としか言いようがない。


 本来の上町うえまちの建物は路地に面して立てられていて、裏側に小さな裏庭が申し訳程度に付いている。

 トリエンでは土地が余っていたのでもう少し余裕がのある設計だが、ほぼ似たような造りだ。

 これは他の都市でもほぼ同様だと思う。


 もちろん上町うえまちにも門と庭のある屋敷は存在する。

 シャーテンブルク子爵の屋敷には小さいながら庭があったが、屋敷の面積よりも庭が狭かった。


 パリトン伯爵邸の庭は屋敷の一〇倍近い面積を確保している。

 公園か何かじゃないかと俺は一瞬勘違いしたくらいだ。

 マップ画面でトスカトーレの私兵が集まっていたので、地図上のラベルを調べたらパリトン伯爵の屋敷だと判明した。


 パリトン伯爵邸に到着した近衛隊は門の前に整列する。


「諸君、ここが謀反人たちの最後の砦だ。

 敵の数は我々よりも遥かに多いものと推測される。

 心して掛かれ」

「「「はっ!!」」」


 パリトン邸の敷地に繋がる門は、見れば既に大きく開いている。

 ただ、その門を守るべき門番や私兵の姿は見えない。


「どう見ても誘っていますね」

「そうだろうな……」


 さすがのミンスター公爵も緊張の色を隠せない。


 俺はマップ画面で敵の配置を確認する。

 敵兵たちは基本的に屋敷の前の庭に集まっている。

 現実世界でよく「鶴翼の陣」って呼ばれているヤツに似ている陣形だな。


 門は比較的大きいといっても武装した者が四人程度なら並べるが、それ以上は無理なのでどうあっても細長い隊列で侵入しなければならない。

 そうなると翼の両翼によって左右からの挟撃を受けることになるのは自明の理だ。


「閣下、どうしますか?」


 オルドリンも敵が待ち構えているはずだと判断し、総指揮官たる公爵に意見を求めた。


「どうすれば良い?」


 公爵は「私は集団戦闘において全くの素人だ。子爵はどうするべきだと思うね?」と逆に聞き返している。


「クサナギ辺境伯殿の情報から作戦を立てるならば、分断して各個撃破が定石だと思いますが、それをするには兵力が足りません。

「本来なら少数集団による遊撃戦が最も勝率が高いとも思いますが、近衛兵の兵装は大変目立つので逆に各個撃破される恐れが非常に高くなりますな」


 確かに。

 迷彩服とか着ているならともかく、金ピカの鎧だからねぇ。

 歩けばガチャガチャとやかましい音もするし、ゲリラ戦は無理。


 俺がウンウンと頷いていると、公爵と子爵が俺の顔を期待を込めた表情で見ている。


「ん? どうしました?」

「こんな事を聞くのも心苦しいが、辺境伯なら何とかできるのではないかね?」

「まあ、できますが……俺が前に出て良いんです?

 俺が解決してしまっては、公爵の手柄にできませんよ」

「手柄などより兵の命の方が大事だ」


 公爵がそうキッパリと言い切った。


 ふむ。敵には容赦は無用だと俺も思うし、味方に無駄な被害が出るのは確かに避けておくべきだろう。

 近衛隊に属する兵士は、貴族の子弟だったり、それなりに裕福で且つ有力者の家族が多い。

 ここで恩を売っておくのは悪くない。


「まあ、それなら開幕の魔法一発くらいなら問題無いかもしれませんね」

「魔法……! そうか! 辺境伯殿は魔法剣士マジック・ソードマスターであられましたな!」


 オルドリン子爵は納得したようにニカッと笑う。

 しかし公爵は怪訝な顔だ。


「開幕の魔法一発?

 魔法一発でどうにかできる規模ではないのではないか?」

「いや、辺境伯殿なら余裕でしょう。

 先の戦争も一気にひっくり返したと聞き及んでおりますし、帝国の軍勢一五〇〇〇をたった四人で押し返したのも確認しておりますから」


 まあ、四〇〇人くらいは一撃で全滅させる魔法はあります。

 無限魔法矢インフィニティ・マジック・ミサイルあたりを使えば簡単です。

 まあ、敵を視認できないと無理なんですけどね。


「んじゃ、一発やってみますか」


 俺は門の前まで歩いていく。

 マップ画面で敵と自分の相対距離を調べる。


 敵陣はおよそ二〇〇メートル先。

 三隊に兵を分けて左右二〇〇メートル程度に広がっている。

 真ん中が二〇〇人、左右が一〇〇人前後。


 これは加減しないと本当に一発で全滅するな……


 俺は魔法術式を頭の中で構築する。


 魔法が発動した時のの構成要素は以下の通り。


・複数の飛翔する火球を作る。

・それぞれの火球は敵の頭上に到達後に分散して落下。

・落下した小型の火球は爆発する。

・爆発により範囲内にいる者に爆風と炎でダメージを与える。


 基本的には分裂した火球は、通常の火球ファイア・ボールのモノと同じでいい。

 敵を感知した後に分裂するというギミック部分を考えればいい。

 敵の規模から考えるに一〇個くらいに分裂すれば大丈夫だろう。


 分裂した火球は火球ファイア・ボールの呪文と同等で……魔法のレベルは五もあればいいか。


 二つの魔法を繋ぐのでレベルが一つ上がるから六レベル魔法で構築する。


「バンキル・ダグモレスティア・ヘルマーレ・スパイル=ルグレギオ……」


 二つの魔法を繋合わせているので詠唱呪文がかなり長い。


「……アズンド・ブラミス・カフ・ボレシュ・レモー・マスティア・フォーリオ」


 魔力軽減用のセンテンスは全く入れていないので消費MPはご多分に漏れず膨大だ。


 呪文の詠唱と共に俺の左手には魔力が集まっていく。


集束爆裂球クラスター・ファイアー・ボール


 バスケットボール大の燃え盛る火球が手の平に現れ、瞬時に打ち出され門の奥へと「ヒュ~ン」と音を立てて飛んでいく。

 そして……


──ズゴゴゴゴァン!!


 幾重にも広がる業火が見え、その直ぐ後に物凄い音が聞こえてきた。それと同時に無数の悲鳴も。


「はい。終わりました」


 振り返ると公爵と子爵はポカーンと大口を開けている。


「ん? どうかしました?」

「辺境伯……貴殿はいとも簡単に大魔法を使うのだな……」

「まあ、普通はもっと複雑な呪文が必要になりますし、もっと時間が掛かるだろうと思います。

 魔力の消費を減らさないと行使できないですから。

 俺の場合は、そういうのを省いているんで比較的詠唱が短く済んでいるんですよ」


 オルドリンは良く解らないと首を傾げているが、公爵は困ったような顔になっていく。


「魔力の消費を減らす……? それを省く……?

 貴殿は自分は魔力の消費を減らさなくても問題がないと言っているのかね?」

「そう聞こえたのなら間違いありません」


 公爵は「さすがは辺境伯殿だな……規格外とは正に貴殿の事を現す言葉と今思った」と呆れたように溜息を吐いている。


 その隣で控えているアモンとアラクネイアがドヤ顔しているのが本当に解せない。


「消費魔力さえ目を瞑れば普通の魔法ですよ。

 火球ファイア・ボールが敵の真上で分裂して、それぞれが爆発するって感じです」


 公爵と子爵は顔を見合わせて言っていることが解らない的に肩を竦めている。


「それよりも敵はまだ二〇〇人くらい残っていますよ?

 攻め込まなくていいんですか?」


 俺がそういうと、二人はハッとしたように門の向こうを見た。


「全隊! 突撃準備!!」


 公爵たちのように呆けていた近衛兵たちも子爵の一喝に慌てて隊列を整えだす。


「抵抗する者は全て切って捨てよ! 突撃!!」


 近衛隊約二〇〇名が雪崩を打って門の中に突入していく。

 オルドリン子爵も馬に飛び乗ってそれに続く。


「公爵。我々も行きますか?」

「そうしよう」


 深呼吸を一度してからミンスター公爵は剣を引き抜いた。


「では、参ろう」

「承知しました。コラクスは公爵の警護を続行。アラネアは俺と一緒に周辺警戒」

「御意」

「仰せのままに」


 ミンスター公爵を中心に置いて三角の陣形を組みつつ中に入る。


 屋敷の敷地を囲う壁のあたりは木々を植えているが、庭はかなり開けている。

 平らに開けているように見えるが、敷石や剥き出しの地面、散乱した枯れ花などを見るに、非常に大きな花壇が整備されていたのが窺える。

 それらは私兵どもに踏み荒らされたのだろうか、見る影もない。


 勿体ないなぁ……

 規模から見ても相当立派な庭だっただろうに。

 庭師たちの苦労も水の泡ですな。

 当主がバカな事を考えなければねぇ。


 真っ直ぐに歩いていくと、ランタンを腰に下げた近衛兵が左右に別れて私兵たちと小競り合いを始めている。

 真ん中の部分は焼け焦げた死体の山……なのは言わなくても解るよね?


 戦場にある程度近づいたので周囲の状況を確認してみる。

 やはり近衛隊が優勢なのようだ。


 こりゃレベル差だな。

 近衛隊の平均レベルは二〇前後。比べて私兵のレベルは一二~一八程度だ。

 同数で戦い合えば近衛隊が勝つのは当たり前だね。


 それでも負傷者は出るので、戦線から引いた近衛兵には水属性の癒やしの霧ヒール・ミストを掛けてやる。


 神官プリースト回復ヒールとは比べるべくもないが、応急手当程度の効果は見込めるからね。



 一時間もしないうちに私兵集団は鎮圧された。

 半分以上は切り倒され、四〇人くらいがお縄に付いた。

 あちこちで重症の私兵たちが呻き声を上げている。


 敗残兵に情けは無用だが、死ぬまでに長い苦痛を感じさせるのは忍びないな。


 俺は戦闘が終わって整列しつつある近衛兵たちに頼んで、まだ息のある私兵たちを一箇所に集めてもらう。


 俺は重傷者たちの前に立つ。

 絶望に歪む顔もあれば、死を覚悟した顔もある。


「お前たちは国家の反逆者たちに雇われた者たちだ。極刑は免れない大罪を犯してたという事だ。

 本来なら放っておいても誰も文句は言わないと思う」


 反論する声はない。ただ、何人もが大粒の涙を浮かべている。

 重症なので喋る事もできないに違いないが。


「だが……先程、戦い合った者として苦痛の中に放置するのは真に忍びない」


 その時、重傷者の一人がボソリと苦しげな声で言った。


「……殺し……てくれ……」


 その方向に目をやると、死を望む言葉に反して大粒の涙を浮かべた顔がある。

 早く苦痛を終わらせてくれという意味かと思ったが、どうも別の意味の表情に感じられる。


 全ての私兵が反逆に加担していたワケではないのだろうか。

 事情も知らずに金に雇われた者も多くいるのかもしれない。

 大罪は大罪だが、死ぬほどの罪だったかは疑わしくあるな。


「ふむ。これは調べる必要があるな……

 上級・癒やしの霧アドバンスド・ヒール・ミスト!」


 俺は全員にトドメを刺そうと思っていたけど、傷を癒やしてやることにした。


 仄かに青い光が降り注ぐと、私兵たちの傷がみるみる癒えていく。


「クサナギ辺境伯! 何故、逆賊を癒やしておるのか!」


 俺の行動を見てミンスター公爵は慌てたように俺の肩を引っ張る。


「ああ、どうも単純に逆賊と言っていい感じがしませんでしたので」


 悪びれもせずに言う俺に公爵は面食らった顔になる。


「彼らは自分たちが反逆したと知らなかった可能性があります」

「確かかね?」

「確かかどうかはこれから尋問してみれば解ります。

 精神魔法を使って尋問すれば問題ないでしょう?」

「ふむ……確かに辺境伯の言う通りの事もあるかもしれぬ。

 自分が何をしているのかを理解もせずに罪を犯すこともあるだろう」


 公爵は眉間に皺を刻みつつも俺の意見を聞いてくれる。


「だが、罪は罪だ。王国に反逆した者に加担すれば同罪だ」

「そうですね。ただ、死ぬほどの罪とも思えません。

 何年か労働奴隷に落とす程度に済ませられる場合もあるのでは?」

「ふむ……貴殿は随分と慈悲深いな。

 良かろう。その辺りの裁量は貴殿に任せよう」

「ありがとうございます。

 できるだけ人命を奪いたくないので……」


 既に今日、俺は二〇〇人以上の人命を奪っているし、これ以上はさすがに気分が悪くなりそうだしね。


 生かしておいた方が何か利用できるやもしれない。

 単純な労働力としても役に立つからな。



 縄で縛った捕虜私兵を近衛隊に任せ、ミンスター公爵とオルドリン子爵、何人かの近衛兵たちと共に、パリトン伯爵の屋敷に踏み込む。


 ようやくエマを救出できるね。

 エマは地下にいるとハリスから報告が上がっているので、一階を重点的に探すとしましょうかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る