第27章 ── 第29話

 ミンスター公爵率いる近衛隊は、トスカトーレ派に属する貴族の邸宅を近場から次々と襲撃していく。


 男爵、准男爵位の貴族の殆どは既に派閥から離反して、自らが犯した罪や派閥の上位貴族たちの悪行を近衛隊に申告していので、そういった貴族の邸宅は襲撃対象から外されている。

 もちろん投降もせずに会場から姿を消した下級貴族も幾らか居るには居たが、取るに足らないモノとして扱われ放置されている。


 公爵がターゲットにしているのは、子爵以上の貴族たちだけだ。

 そういった貴族邸には幾らかの私兵がいたが、殆ど抵抗らしい抵抗もなく降伏した。


「おかしい」


 既に日は落ち、夜の帳が降りようとしている貴族街で公爵は侍従の掲げるランタンの炎に貴族街の地図を広げて襲撃し終わった場所に羽ペンでチェックを入れつつ、公爵が怪訝な顔で一言そういった。


「確かに。私兵の数が少なすぎますね」


 俺がそういうと公爵は頷いた。


「私の予測では五〇〇は下らないと思っていたのだが」


 今まで相手にした私兵の数はおよそ一〇〇人程度だろう。

 一番多かったのはトスカトーレ邸にいた三〇人ほどだ。


 俺は大マップ画面を開き、トスカトーレ所属の私兵を検索する。


 スポポポポポッと大量のピンが大量に立った場所が一つだけ現れる。


「パリトン伯爵の屋敷周辺に大量にいるようですね」

「ほう。辺境伯の情報にあったマクスウェル女爵が捕らわれている場所であったな」

「はい。トスカトーレ本人も今そこにいるようです」


 俺がマップを確認しながら言うと、公爵は面白そうに俺を観察していた。


「今は見えないが、陛下が言っていた地図を見ているのか?」

「ああ、公爵閣下には見せたことありませんでしたね」


 俺は公爵にも見えるようにマップを設定し、彼と俺の前にウィンドウを移動する。


「おお……これは凄い! この地図など子供の落書きのようだな」


 公爵は苦笑しつつも自分の持っていた地図を畳んで懐に仕舞う。


「所謂、遺失工芸品アーティファクトですからね……」


 まさか能力石ステータス・ストーンの機能ですなどと言えないので、いつもの嘘で誤魔化しておく。


「これほどのモノとなると……アーネンエルベ魔導文明時代の遺物アーティファクトなのであろう?」

「よくご存知ですね。東側では知ってる人はいないのかと思ってました」

「私も詳しくは知らぬ。大陸東は四~五〇〇年より前の記録は殆ど失われているのでな」


 公爵は肩を竦めて見せる。


 それでも伝説は残っているもので、遺跡などのダンジョンで発見される数少ない書物や口伝などで過去の大帝国の名前は伝わっているのだそうだ。


創世暦そうせいれきは、アーネンエルベが滅んだ後に作られた暦だというからな」


 なんと。

 てっきり「創世」などと付けられてるから、ティエルローゼ人は世界の創造が二八七三年前なのだと考えているかと思ってたけど違ったようだ。

 アーネンエルベ魔導王国が滅んでから制定された暦だったのか。

 神々が四〇〇〇〇年くらい前の話を普通にしているので、神と人類種では時間の概念でも違うのかと思ってたんだが。


 などと俺が思案していると、公爵はマップ画面をじっくりと吟味して唸りはじめる。


「パリトン伯爵の屋敷は上町うえまちにあるのか……これは少々厄介だな」

「そうですか?」

「貴族街であれば、貴族の間で事は済んだ。

 しかし上町うえまちとなると市民に被害が出かねぬ」


 公爵は渋面を作りつつ顎に手を当てる。


 さすが公爵閣下だ。

 貴族は市民を守るべき存在だと考えているね。


 現実世界の中世期と同じ様に、オーファンラント王国でも民の生殺与奪は自分の手の内にあると思い込んでいる貴族は多い。

 家産国家的な考えが普通なので当たり前なのだが、俺としては力のある者は「ノブレス・オブリージュ」の精神を忘れてはいけないと思っている。

 公爵は王族の血筋なので、この考えを躾けられているって事かもしれない。


 俺が公爵たちを贔屓めに見ているのも、こういう事をちゃんと心に留めているからかもしれないね。


「では、衛兵隊と冒険者ギルドに協力を仰いではいかかですかね?」

「衛兵はともかく、冒険者ギルドに?」

「ええ、そうです。閣下は冒険者と面識はないですか?」

「冒険者か……」


 公爵はマップから目を離し俺に視線を向ける。


「生憎、辺境伯くらいしか冒険者を知らぬでな……」


 俺は苦笑する。


 確かにそうだろうな。

 公爵なんて立場だと冒険者などという平民と殆ど接点はないはずだ。

 俺とか仲間たちは例外中の例外といえるだろう。


「冒険者にはギルド憲章というものがあります。

 冒険者は市民を守る事が義務なんですよ。

 今、王都は内戦状態にあるのと一緒です。

 冒険者はどちらかの陣営に加担する事はできませんが、市民を守るという名目が立てば行動せねばならないんです」


 面白そうに公爵は俺の顔を覗き込む。


「ま、今の俺は冒険者としてではなく、貴族として行動しているので問題はないんですよ」

「方便とも思えるが、それで私は助かっているのだから口を噤むとしよう」


 公爵は少し面白そうに含み笑いだ。


 方便というか詭弁ですからねぇ。

 冒険者でありつつ貴族である俺は、コロコロと立場を変える蝙蝠野郎と思われても仕方ない。


 今回のような状況でどっちの立場で行動するかといえば、俺は貴族として行動する事を選択する。

 貴族位を持つ者として国政が左右されかねない権力闘争を最小限の被害で軟着陸させねばならないのだ。

 支配者層が安定した政治ができなければ、最終的に困るのは市民になる。

 俺は貴族の責任として、そんな状況に国が陥るのを容認しない。


 貴族の権力闘争など、領民や国民にとっては対岸の火事でなければならない。


 なので戦いに巻き込まれる市民を守るのは冒険者ギルドの面々に任せようと思ってる。

 とばっちりを受ける市民には申し訳ないが、被害が出たらトスカトーレ派閥の貴族たちの資産から賠償させるので許し欲しい。


「では、中町に繋がる門付近を衛兵隊に、上町内を冒険者に見回るように手配させますね」

「うむ。よろしく頼む」


 公爵からの了承を得たので、俺はパーティチャットをオンにして仲間たちに話しかける。


「みんな聞いてくれ」

「どうした?」


 最初に反応したのはハリスだ。

 一番忙しいはずなのに対応の素早さはピカイチですな。


「何かあったかや?」

「今、マリスちゃんとギルドで冒険者を集め中なのですが。何か御用でしょうか?」


 マリスとアナベルは一緒に行動しているらしい。

 この二人が一緒に冒険者集めをしているとしたら、凄い数が集まりそうな気がするな。なにせ巨乳美女とロリのじゃ美少女ですからなぁ。


「今、ハイヤヌスと会議中だ。聞いているから進めてくれ」


 トリシアはギルド・マスターと折衝中か。

 政治的案件だから色々と面倒なんだろうな。

 本当なら冒険者貴族たる俺がやるべき案件な気がするが、トリシアもファルエンケールでは貴族だし心得ているだろうし任せよう。


「敵の主力が上町うえまちに集中している。

 これから近衛隊と激戦が繰り広げられることになると思う。

 そうなれば市民が戦闘に巻き込まれる可能性が非常に高い。

 冒険者ギルドに市民保護を依頼したい。

 報酬は言い値でいいから依頼の申請をしてくれないか?」


 俺は早口で必要な事をパーティ・チャットで伝える。


「了解した。ハイヤヌスに伝えておこう」

「我はアナベルとそれに当たる冒険者に声掛けしておくのじゃ」

「報酬が出るなら冒険者も動きやすくなりますね!」

「俺は分身を増やして対処に当たろう」


 俺は仲間たちの応答に「よろしく頼む!」と頭を下げる。

 チャットだから皆には見えないんだけどね。


 俺が何もない方向にペコペコしているのを見て公爵が不思議なものを見るような顔をしていた。


 電話口でつい頭を下げてしまう非常に日本人的な行動です。

 あっちの習慣は全然抜けないですなぁ。


「ああ、パーティ・チャットで仲間たちに指示を出してたもんで」

「パーティ・チャット? それも遺失工芸品アーティファクトの一つかね?」

「そんなもんです。

 あ、閣下。衛兵隊への連絡はどうしましょう?」

「それは伝令を走らせれば良かろう」


 公爵は「伝令!」と大声を上げる。

 直ぐ様、近衛兵の一人が公爵の元まで駆け足でやって来る。


「敵の主力は上町うえまちに集結しているという情報を掴んだ。

 貴殿は衛兵隊詰め所へ行き、貴族門と上町うえまち中町なかまちを繋ぐ門の警備強化を通達してくれたまえ」

「はっ! 直ちに!」


 伝令の近衛兵は仰々しい敬礼をして足早に立ち去った。


「オルドリン子爵!」


 公爵は次に近衛隊長を呼ぶ。


「どうかしましたか、閣下?」

「新しい情報が入った。敵の主力はパリトン伯爵の屋敷付近に集まっておるようだ」

「パリトン伯爵の?」


 オルドリンは公爵がさっき懐に仕舞ったのと同じような地図を広げた。


「パリトン伯爵邸というと……上町うえまちですか……面倒な」

「うむ。門の警備を厚くするように警備隊には伝令を出した。

 上町うえまち内の巡回は冒険者ギルドに連絡を取ってもらってある」

「確かにそれが良さそうですな。

 では、冒険者と共闘という事に」

「うむ。

 市民の保護は冒険者たちに任せて問題あるまい。

 我々はパリトン伯爵邸に集まる敵の本陣に当たるとしよう」

「承知しました。近衛にはそのように申し伝えましょう」


 何十もの拠点襲撃で逮捕者の連行や事後処理に人員を割いた為、既に近衛隊の総数は二〇〇人を切ってしまっている。

 この数でおよそ四〇〇程いるトスカトーレの最後の私兵集団を相手にするのはかなり厳しい事になるだろう。


 エマの救出もあるし、戦闘に少しばかり手を貸してもいいかも。

 ただ、手加減しないと近衛兵たちの手柄を横取りしちゃいそうで怖い。


 四〇〇人なんて一瞬で全滅させちゃいそうだからね。

 いや、マジで。

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