第27章 ── 第28話

 トスカトーレの邸宅は大貴族という事もあって、城から非常に近い位置にあった。

 近衛兵の隊列が五分程度小走りしたら着く距離だ。


 邸宅に着いてみると広大な敷地に四階建て、大貴族の例に漏れずとても大きい。

 ただ、広いだけあり手入れとか掃除は大変そうで、庭などの手入れが行き届いていないように見える。


 派閥の当主の邸宅がこのザマだとすれば、財政的に追い詰められているのは間違いなさそうだ。


 大マップ画面で確認してみると、敷地の一部を切り取って大商人に貸しているのが確認できる。江戸時代の組屋敷みたいだ。

 大商人の名前は今は調べようがないが、テナルス商会というらしい。


 ターミノロジー・エンサイクロペディアが恋しい。

 モンスター・エンサイクロペディアと同様にドーンヴァースの機能だが、メイン・シナリオやクエストで関わった人物や事柄、世界の情報など、専門用語や専門知識などが記載される便利機能だ。


 この世界では大マップ画面の検索機能で出るダイアログの情報がコレの簡易版だと思う。

 ダイアログの情報には関連情報へのリンクがないので少し不便ですな。


 まあ、その辺りは再度検索すればカバーできるので手間なだけですが。


 俺は検索機能で「テナルス商会関係者」を検索する。


 ピンがスポポポとマップに立つ。


 幾つかクリックして解ったことは、リヒルト・テナルスという人物の商会という事だ。

 リヒルト・テナルスはトスカトーレ家御用達の大商人だそうで、トスカトーレに随分と金を貸し付けているらしい。

 その代わり、トスカトーレ侯爵の権力を頼みにしていて、禁制品などの密輸にも手を染めていると情報にあった。

 こいつも駆除対象か。


 王国は基本的に自由な経済活動が許されている。

 だが、武器、毒物、魔法道具、錬金薬などの取り扱いには許可証の申請をしなければならない。これらには戦略物資も含まれる。

 許可証がない場合、それらは禁制品と呼ばれるのである。


 テナルス商会は、許可を得ない状態で魔法道具や錬金薬を取り扱っているようだ。

 トスカトーレの権力を背景にして好き勝手していると言っていいな。

 最近、俺の工房から新しい魔法道具や錬金薬が多く出荷されているのだが、これを仕入れて無許可で他国に高値で売りさばいているっぽいな。


 仕入れルートに関しては下調べが必要だろう。ハリスに任せればすぐに調べられる。


 などと考えていると、門の前で近衛隊の整列が完了していた。


 完全武装のミンスター公爵が馬車から下りてきて近衛兵の前に仁王立ちになる。


「トスカトーレ侯爵家へ通達する!」


 公爵は大声を出しつつ、鎧の下の服のスリットから書状を取り出して広げた。


「トスカトーレ侯爵家に連なる者たちを逮捕する。

 罪状を申し渡す! 他貴族への共同謀議、暗殺幇助、誘拐、襲撃、内乱誘発、そして王家への反逆である!」


 双眼の遠見筒で邸宅の様子を窺っていると、窓などに人影がちらほらと見える。


 大マップ画面を確認すると、邸宅一階のロビーに赤い光点が数十人の規模で集まっている。


 私兵っぽいなぁ。

 こういった手勢は揃えてるんだねぇ。

 人件費が割高になりそうに思えるけど、この世界の人件費ってかなり低いんだったな。

 俺はかなりいい給料を出す領主だとか噂が流れているそうだけど、俺に直接雇われているヤツらは確かにそうだと思う。


 何人か赤い光点が邸宅の裏から逃げていくのも確認できる。

 トスカトーレの家族たちだろう。本人は邸宅にいないしね。


 今、トスカトーレはパリトン伯爵家に向かっている。

 社交界の会場で不穏な空気を感じた瞬間に逃げ出したらしいからねぇ。

 危機察知能力は高いっぽい。


 だが、判断能力は低いな。

 まさかパリトン家に逃げ出そうとするとはね!


 エマという俺にとって最重要目標が捕らわれている地点だよ?

 一番危険な、いわゆる爆心地みたいなもんだ。

 飛んで火に入る夏の虫とは正にこの事です。


 いざとなったらエマを人質にして逃亡する気なんじゃないかと思うけど、ハリスが護衛に付いてる彼女を人質にするのは無理だ。

 ま、そんな事になってるなんてヤツも派閥のメンバーも知らないんだから仕方ないけどな。


「掛かれ!」


 オルドリン子爵の号令で門の鉄格子に近衛兵が何人も取り付く。


 近衛兵たちは破城槌を小型にしたような木製の丸太みたいなのを二人一組で持って打ち付け始める。


 王都内の屋敷の門なんて鉄柵に蝶番を付けたようなチャチなモノなので、簡単に破壊されてしまう。


 ひしゃげた鉄柵の門は他の近衛兵に取り外され、門は完全に開く。

 その開いた門から近衛隊が整然とした隊列で邸宅の庭に入ってく。


 するとトスカトーレの屋敷の正面玄関が開く。

 バラバラと私兵たちが飛び出してくるが、練度は近衛兵に比べるべくもない。

 ましてや数が圧倒的に不利な私兵たちはほぼ全員が怯えているように見える。

 これは戦う前に終わってるだろう。


 百人規模の近衛兵に数十人では、士気を保つのも容易ではないとは思うが。


 私兵たちを観察すると、一人の兵士を中心にして一応まとまっていると思われる。

 その人物は他の私兵よりもガタイが良く、両手に長剣ロング・ソードを握っている。


 おー、二刀流の剣士ソードマスターだ。

 俺は魔法剣士マジック・ソードマスターなので二刀流はやらない。

 職業としてできない芸当ではないんだけど、魔法が使えなくなるので二刀流スキルは取らなかったんだよね。

 ま、スキル・ストーンも高かったし。


 こういう特定の職業用スキル・ストーンは、ドーンヴァースにおいてNPCが運営する職業ギルドで売られていたんだけど、非常に値段が高くて中々手が出せないんだよ。はっきり言って俺みたいなソロプレイヤーには難しい。


 やはりモンスターやシナリオでドロップするものを狙って周回プレイするのが基本なんだよねぇ。

 ソロプレイだと戦力的に厳しく、そして回復や時間的なリソースを大量に削られる事になるわけだ。


 二刀流の男が前に出てきた。

 それに呼応したようにミンスター公爵が勇敢にも近衛隊の前に出てきた。


「トスカトーレに与する者よ。口上を聞こう」


 俺はアモンに指示を飛ばし、ミンスター公爵の護衛に走らせる。


「口上? オレのような男を重用してくれるヤツに義理立てするのも悪くない」


 次の瞬間、二刀流の男が前に出て公爵の首を薙ぎに来た。

 公爵は突然の事に身体が硬直してしまったのか盾すら構える事ができなかった。


──キーン!!


 甲高い金属音が鳴り響き、突然公爵の前に現れたアモンが細剣レイピア長剣ロング・ソードを受けた。


「むむ!? 俺の攻撃をそんな細い剣で受け止めるだと!?」

「筋は良さそうですが、剣に品がありませんね」


 当然だ。

 アモンの剣はただの武器じゃないし。

 カリスから与えられた神話級の細剣レイピアだと聞いている。

 普通の剣士が持つ長剣ロング・ソード程度でどうにかできる代物じゃない。


 男は直ぐ様、もう一方の剣で公爵もろともアモンを薙ぎ払った。


──ガギン!!


 アモンは避けもせず身体で刃を受け止めた。


「ば、バカな……」


 アモンはニッコリ笑う。


「その程度の武器では私に傷一つ付けることは叶いませんよ」

「うお!?」


 アモンがブンと細剣レイピアを振り抜くと男は吹き飛んで屋敷の開いた玄関の中に吹っ飛んでいった。


 中で「ドゴン!」と大きな音が鳴り響いた。


「膂力的に見てレベル三〇というところでしょうか」


 レベル三〇じゃ一〇〇〇人束になってもアモンには勝てないな。


 他の私兵も唖然として武器すら構えるのを忘れている。


「武器構え! 突撃せよ!」


 オルドリンの号令が掛かり、近衛兵たちが残りの私兵に飛びかかっていく。


 逃げるに逃げられない私兵たちが応戦を開始するが多勢に無勢で、次々に切り伏せられていく。


「うぉらぁ!!!」


 血みどろになりつつも二刀流の男が飛び出てきて、私兵に群がる近衛兵を吹き飛ばす。


「こ、この程度で音を上げるほど俺は弱くねぇ!!」


 肩で息をしつつも、二本の剣を構えた男は地面に足を踏ん張って倒れる事を拒否している。


 男の復活に私兵たちが活気づく。


「バーランさんに続け!!」

「おー」


 だが、他の私兵はレベル一〇そこそこ。

 平均レベル二〇の近衛兵の敵にはならない。


 バーランと呼ばれた男は、襲いかかる近衛を薙ぎ、スキルで吹き飛ばし、必死に抵抗を試みる。


 一応、ステータスを確認するとレベル三二とかなりの腕のようだ。

 しかし、バーランには「出血」、「ステータス減少」、「スタミナ減少」、「回復無効」、「命中率低下」、「移動阻害」ととんでもないデバフが付与されているらしく、出てきた時の技のキレは全くない。


 アモンの攻撃によるモノだろうか。とんでもないバッド・ステータス付与だよ……

 剣の効果か、アモンの特殊能力だろうか。味方ながら恐ろしいヤツだ……


 ミンスター公爵に攻撃したのがヤツの間違いだ。

 大将の首をいきなり狙うってのは中々良い手ではあるが、護衛についている者の力量を図りきれなかったバーランのミスだ。


 某アニメの戦闘力を計測するメカでもあればいいんだろうけど。そんな魔法道具を俺はこの世界で見たことない。

 俺の能力石ステータス・ストーンの機能が唯一似たようなモノだろうけど、これは創造神後継者のチート能力だと思うことにしている。

 よって俺だけの権能ってことで。


 バーランの抵抗で少々手こずったが、私兵の制圧は三〇分も掛からなかった。


 私兵が全滅してしまえば、屋敷内に残っている執事やメイドなどの使用人は抵抗もせずに降伏した。


 トスカトーレの家族などは、案の定姿が無かった。


 周囲の捜索などを開始するかと思いきや、公爵は数人の近衛兵を置いただけで、次の目的地へと近衛隊を向かわせる。


 公爵は馬車に乗り込む時、「助かった。素晴らしい腕の持ち主ですな」とアモンに声を掛けた。

 アモンは「我が主のご命令でしたので」と謙虚に振る舞っていた。

 公爵はアモンの肩を軽く叩いた後に馬車に乗り込んだ。


 アモンは叩かれた肩を軽くハンカチで払っていた……

 バレたら大変失礼な行為だぞ……

 見えないようにやってくれよ……


 俺は周囲を見回したが、アモンの行動に注視している者は居なかったようで胸をなでおろす。


 アモン的には下等生物に触られた程度に思ってるんだろうけど、シャーテンブルク子爵の子どもたちへの対応に比べて物凄い落差があるから困る。


 俺の陣営の子供だからってのもあるのかもしれないが、他の陣営や派閥に対しては虫けら程度の意識しか向けてないのかもしれない。

 まあ、魔族だからなぁ……


 ただ、俺を困らせるのだけは勘弁してくれ。

 頼むよ、本当に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る