第27章 ── 第27話

 転移門ゲートから城の会議室に出る。

 噂の流布などを行っていた貴族たちも既に戻ってきていた。


 ファーガソン準男爵やロッテル子爵の報告によれば、現在社交界は混乱状態に陥っているという。


「メイナード子爵殿の活躍でトスカトーレ派の末端貴族が派閥から離脱を開始しています。

 離脱貴族たちはミンスター公爵様やハッセルフ侯爵殿、エドモンダール伯爵殿の派閥へ泣きついているようです」

「幾人もの無派閥貴族がオルドリン子爵殿の元へ向かいました。

 トスカトーレ派の息子たちを辺境伯閣下が引き渡した光景を目撃した貴族たちに動揺が広がっています」


 おお、随分と情報戦は上手く行ったようだな。

 結構、真に結構。

 俺の陣営の貴族は有能なヤツが多いですな。


 メイナード子爵が前に出てきてファーガソン準男爵の隣で頭を下げた。


「辺境伯閣下。お願いがございます」

「ん? 何かな? 今回の情報戦の立役者には報いるつもり満々だから言ってみて」

「はっ! 恐縮です!」


 メイナード子爵は跪く。


「この度、声を掛けたトスカトーレ派閥の貴族をはじめ、幾人かの下位貴族を閣下にお引き合わせしたいと思っております。

 閣下の陣営にお迎え頂けないでしょうか?」

「ほう。トスカトーレの手の者を?」

「もちろん、閣下のお眼鏡に適わなければ捨て置かれても結構です。

 私としては、そこそこ目端が利く者たちだと思うのですが」


 ふむ……


 俺は暫し思考を巡らす。

 トスカトーレは無くなる派閥だけど、無能ばかりとも思えない。

 上位貴族や下位貴族でも有能な人間はいるはずだ。

 メイナード子爵も元々はトスカトーレ派閥の人間だし、彼の見立てで有能だったのであれば社交界での情報戦要員として活躍してもらうのも手ではある。


 悪くない考えではあるが……

 そうなると、社交界におけるクサナギ辺境伯派閥というものを形成してしまう事になりはしないか……


 派閥争いみたいな不毛な抗争に巻き込まれる可能性は大いにある。

 しかし、徹底的に中立を保つように俺が舵取りをすれば問題はない。

 面倒臭いというデメリットにさえ目を瞑ればという条件は付くが。


 しかし、俺は国を譲りたいと言った国王に面倒な政治を押し付け、その権威を以て自由に冒険に出たりして過ごしているわけで、実質「王党派」なんだよね。

 俺は自分の領地の利益を謀ってるけど、他の地域や王国全体も潤えばいいと思っている。

 Win-Winな関係を築ければ、どの派閥とも仲良くするしな。


「了解した。連れてくると良いよ。

 メイナード子爵が有能だと思う貴族なら君の紹介という事で考慮しよう」

「ありがとうございます」


 俺は他の貴族にも目をやる。


「もちろん、メイナード子爵だけでなく、君たちの紹介でも問題ない。

 俺は有能な仲間なら喜んで迎え入れるつもりだ」

「「「はっ!」」」


 仲間の貴族たちが全員メイナードのように跪いた。


「んじゃ、俺はオルドリン子爵に会いに行ってくる。

 コラクス、アラネアはついてきてくれ」

「我らは?」


 マリスが名前を呼ばれなかった仲間を代表して口を開く。


「マリス、トリシア、アナベルはギルドへ向かって欲しい。

 近衛隊とトスカトーレ派の戦闘に市民が巻き込まれる可能性もある。

 ギルド憲章に則り、市民の保護を徹底させるんだ」


 トリシアが力強く頷く。


「確かに。王都内での内戦状態になる可能性すらある事柄だからな。

 下手をすると上町や中町、下町まで影響が出るかもしれん」

「追い詰められると逃げ出す者も出る可能性がありますね!

 市民を人質に民家に立て篭もられたら、衛兵とかじゃ市民の命を考えてくれるか判りませんし!」


 その通り。

 既にエマの誘拐などという犯罪行為に手を染めている貴族たちだしな。

 基本、貴族は市民の安全など考慮しないものだ。

 そんな事態を見過ごしては冒険者の名に傷がつく。


「ハリスは……」

「承知……している……そういった被害を……最小限に押さえるよう……逃亡貴族を誘導する……」


 ハリスの分身も完全無欠ではない。

 全ての市民を守れる訳ではない。

 だが、二〇人の分身体なら、彼の言うように被害を最小限に押さえるように動くことができると信じる。


「頼む」

「任せろ……」


 組んだ腕の片方の手の親指がピッと立つのが見える。


 イケメンめ。絵になりすぎ。


「では、我々は引き続き社交界での噂や情報の収集と陣営に引き入れられそうな有能な貴族の選定を行います」

「うん。よろしくお願いするね」


 仲間たちと貴族たちは各々の仕事をするために足早に会議室から出ていく。


「では俺たちも行こう。

 マップによればオルドリン子爵は城の入り口付近で近衛隊を指揮しているようだ」

「「畏まりました」」



 俺たちが城の玄関になる巨大な扉のところまで来ると、扉は開かれたままになっており、近衛隊の兵士が引っ切り無しに出たり入ったりしていた。


 オルドリン子爵が大きな声で近衛兵たちに檄を飛ばしている。


「反乱貴族を誰一人逃してはならん!

 一覧にある貴族は全て頭に入れておけ!」

「「「オウ!!」」」


 近衛兵は貴族の子弟が主な構成員なので、貴族の名前や顔を把握しているものが多い。

 もちろん優秀な平民も隊員には所属しているけど、そういう者たちは貴族隊員と組ませてあるようだ。


 近衛隊にトスカトーレ派閥の子弟はいないのかな……?


 少々心配になり大マップ画面で「近衛兵 トスカトーレ派閥」というワードで検索を掛けてみる。

 目の前にいる近衛兵たちの中にピンが立つことはなかった。

 城の地下に何本も立ったのを見ると、既に選別は終了しているという事か。


 オルドリン子爵も対処が早いな。


「クサナギ辺境伯」


 後ろから声を掛けられ振り向くと、ミンスター公爵が豪華な鎧姿で立っていた。

 金色のライン装飾がしてあるミスリルの全身鎧だ。


「ミンスター公爵閣下! 閣下も出陣なさるおつもりですか!?」

「そのつもりだ」


 公爵は渋面を作りつつ頷いた。


「陛下に言われてな。

 今まで放置してきた問題くらい、自らの手で幕を下ろして来いと言われてな」


 うはー。

 従兄弟であっても容赦ねぇな。

 普通、公爵くらいの貴族だと自ら動くことは無いもんだろう。

 放置してきた問題ってセリフに、国王も今まで思うところがあったんだろうな。

 ミンスター公爵は有能だが、問題を少々先送りにする傾向があるのかもしれないね。盗賊ギルドの一件もあったしなぁ。

 まあ、ミンスター公爵の場合、忙しすぎて手が回らないって可能性の方が高そうだけど。


「では、公爵閣下には我々が護衛に付きましょうか?」

「良いのか?」

「あまり目立つ事はしないつもりですが、護衛なら問題ないでしょう。

 エマの件もありますし」

「ではよろしく頼む」

「了解です」


 俺が目配せすると、アモンとアラクネイアは公爵の左右後方に、俺は公爵の隣に移動する。


 公爵はオルドリン子爵のところまで歩いていくと、子爵と固い握手を交わす。


「よろしく頼むぞ、将軍」

「はっ! お任せ下さい」


 公爵は近衛兵たちに向き直る。


「近衛の諸君。王家の権威を守るため、諸君らの力を貸してもらいたい」


 ミンスター公爵の言葉に近衛兵たちが盾を武器に打ち付け、ガンガンと鳴る音が城門周辺に木霊する。


 その音をミンスター公爵は静かに聞いていた。そして、軽く右手を上げる。

 すると衛兵たちが立てる音は直ぐ様鳴り止んだ。


「トスカトーレ派閥の私兵は、数百人は下らないと聞く。

 共に戦う戦友が力尽き倒れることもあるだろう。

 そして……トスカトーレどもは狡猾だ。どのような罠を仕掛けているやもしれない。

 だが、諸君らの培ってきた力と忠誠心が鋼鉄の牙となり、それらを打ち砕くと私は信じている。

 私も共に闘おう。王家に連なる一人として、我は諸君らと共にある!

 王国の栄光のために!!!」


 公爵が剣を引き抜き、暮れ始めた空に突き上げた。


「「「王国の栄光のために!!! ウォーーーーー!!!!」」」


 衛兵たちも公爵と同じように鬨の声を上げ武器を天に掲げた。


 衛兵隊は随分と練度が高いね。

 一糸乱れぬ団体行動がそれを物語っている。

 捕まっているトスカトーレ派閥の近衛兵も、こんな感じに練度が高いとするともったないない気がするな。


 一族郎党連座になるのが基本だけど、派閥から抜けた下位貴族たちの子弟も含まれている可能性もあるし、そういうヤツらは赦免してもらった方が良さそうだな。


 ま、そんな奴らもいきなり処刑って事にはならんだろうし、とりあえず今はトスカトーレへの襲撃をメインに考えよう。


 門付近の陣幕を借りて、愛用の防具に着替えて戦闘準備。


 アラクネイアはドレスのままだけど、アレでアダマンチウム製の鎧と同等の防御力を誇っているから問題なし。


 コラクスも同様にいつもの黒服だ。

 この黒服には大した防御力はないそうだが、「当たらなければどうという事はありません」と、どっかの少佐だか大佐みたいなセリフを恥ずかしげもなく言った時に説得は諦めました。

 俺も言ってみたいセリフなんですけどね。


 オルドリン子爵は、俺の準備が終わるのを確認すると用意されていた馬に飛び乗る。

 ミンスター公爵は馬二頭立ての箱馬車に既に乗り込んでいる。

 アラクネイアには公爵の護衛として中に乗ってもらい、アモンは御者台に陣取らせる。俺は箱馬車の屋根の上に乗り、後方の警戒に当たる。


「では、出発!!」


 オルドリン子爵の馬を先頭に、近衛隊が行軍を開始する。

 彼らの後ろを箱馬車が追尾し始める。


 さて、さっき聞いた作戦としては、一番最初にトスカトーレの邸宅を襲撃するらしい。


 最初に敵陣のど真ん中を攻撃するってのは奇抜な作戦だと思うが、襲撃作戦としては面白いかもしれない。

 敵の準備が整う前に本陣を攻撃すれば、確実に敵は浮足立つ。

 統制の取れていない集団は烏合の衆でしかないからな。


 近衛隊の指揮は紅き猛将と謳われたオルドリン子爵だし、襲撃は簡単に成功しそうな気がする。

 俺たちの出番はないかもな。


 ま、派手に動き回るつもりはないので、護衛任務をしっかりと熟していこう。

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