第27章 ── 第26話

 サブリナ女史に促されて応接室の簡易な木製ソファに腰を下ろす。

 虎の爪の二人は俺の座るソファの後ろに仁王立ちで待機した。


「それで、お預かりするのはそちらの二人でよろしいですか?」

「はい。チーム『虎の爪』です」


 俺が二人に視線を向けると、二人は一歩前に出た。


「ジョン・エックハルトです!」

「モーリス・ジョンソンです。よろしくお願いします」


 元気いいのと丁寧なのの対比が新人冒険者っぽい。

 といっても彼らは冒険者歴三年を越えているのでベテランと言えるが。


「ギルド・カードを」


 サブリナ女史に言われ、二人はギルド・カードを取り出すとテーブルの上に置いた。


 二人のカードを拾い上げ、サブリナはじっくりと目を通す。


「レベルは?」

「詳しくは知りません。能力石ステータス・ストーンを持っていないので……」


 金を村に送金しているなら、白金貨二枚もする能力石ステータス・ストーンを買う余裕はないな。


「彼らはどちらもレベル二六。オーファンラントでも高い方だと思いますよ」

「なるほど……素行に問題ありという事ですかね?

 レベルの割りにランクが低いようですが」


 ジョンは頭の上にハテナ・マークを出しているが、モーリスは下を向いてしまう。


「まあ、彼らには事情があるみたいで、金が必要らしいんですよ。

 なんで少し金に汚いところがあるんでしょうね。

 今回もそれで問題に関わった感じですかね。金が絡まなければ、彼らも大丈夫だと思うんですが」


 サブリナ女史はカードを二人に返し、鋭い目で二人を観察する。


「身のこなしは悪くありませんね。誰かに師事を受けたことは?」

「子供の頃に村に来たドワーフの冒険者に少し手ほどきを受けた事があります」

「ああ、あの爺さんは強かったなぁ」

「その冒険者の名前は?」

「確か……ランドル爺さんだったっけ?」

「ランドール様だバカ」

「そう、それ!」


 おおう。ここでランドールの名前が出るとはな。

 放浪の冒険職人ランドール・ファートリン。

 子供には絶大な人気だったとハリスも言っていた。


「へえ。お前らランドールの弟子だったのかよ」

「閣下もご存知なんですか? ファートリン老は本部でも有名な冒険者の一人ですが」


 ランドールはソロの冒険者として非常に有名らしい。

 オリハルコンには届いていないが、難しいクエストの数々を解決に導いた現役冒険者では最高の人物と言われているそうだ。俺と仲間たちを含めなければだが。


「ランドールはマストールの身内だから、それなりの実力だとは思ってたけど、そこまで有名だったんだねぇ」

「有名どころではありません。栄誉あるアダマンチウム冒険者で、戦士として私も尊敬する一人です」


 どうやらトリシアたちが引退した後の最高ランク冒険者だったようだ。

 今でも現役というが、もう冒険者として表舞台には出てこないだろう。

 王様になっちゃったしね。


「彼はもう引退でしょう」

「そうなのですか!?」


 サブリナが素っ頓狂な声を上げる。


「彼はドワーフの王国の国王に収まっちゃったんですよ」


 彼女の顔が絶望の表情に染まる。


「ああ。ファートリン老がオーファンラントから去ってしまうのですか……」


 もう去りました。


「まあ、大丈夫ですよ。王国は俺たちがいますから。

 何かあれば本部から要請があるでしょうし心配無用です」

「それもそうですね……」


 サブリナ女史は何とか持ち直す。


「ところで、アルハランの風は?

 今は迷宮に入っているんですかね?」

「はい。彼らは今、中堅冒険者たちを引き連れて地下五層あたりにいるはずです」


 レリオンにギルドが出来てから国の外からの冒険者流入が増え、中堅クラスの冒険者の指導も兼ねて大規模部隊で迷宮に入る事が増えているらしい。


 それは好都合ですな。


「この二人の指導も彼らに任せたいんですが」

「二人程度増えても手間は変わりません。

 彼らも上に立つものとしての自覚が芽生え始めていますし上手くやるはずです」


 サブリナが太鼓判を押してくれるので安心して任せられそうですな。


「では、二人を宜しくお願いします。

 ジョンは持久力が優れているから力仕事に向いているでしょう。

 モーリスは書類仕事とかに使えるはずです」


 ジョンは力こぶを作ってアピールし始め、モーリスは「書類仕事ですか?」と少し困惑している。


「お預かりします。辺境伯閣下……いえ、冒険者ケント」


 サブリナがそう言ってニッコリと笑ったので、俺も笑顔になる。


 最初は貴族位で呼ばれてたけど、やっと冒険者として呼んでくれたな。

 俺は貴族だが、その前に冒険者だ。ギルド・マスターならそう呼んでくれる方がいい。


「それでは、マスター・リンウッド。後はよろしく。

 ああ、それと増員要請は本部に出しておきますよ」

「ありがとうございます!」


 俺は後は任せて中庭に出て転移門ゲートを開く。


 シャーテンブルク邸に戻ると皆が待っている。


「お帰りなさいませ、主様!」

「お帰りなのじゃ!」


 何故かアモンの肩の上に乗ったマリスがそこにいた。

 周囲にはまだ小さい子爵の子どもたちが羨ましそうに指を咥えている。


「何をしているんだ?」

「こ、これはじゃな。アモンの上に乗る遊びを小童こわっぱどもに手ほどきをしておるのじゃ」


 いや、真っ先にマリスが登ったとしか思えない。

 アモンも苦笑しているしなぁ。


「子どもたちが背が高いとどんな風景が見えるのか質問してきまして、肩車をしてやろうと思ったのですが、マリス殿が「一番乗りじゃ」と……」

「あー、言うでない言うでない!!」


 マリスはバシバシとアモンの頭を叩くが、アモンは毛ほども感じていない。


「ふむ、なるほど。状況は理解したよ。

 他のみんなは中かな?」

「はい。主様のお帰りを待っています」


 ふと見るとジーッと俺の顔を見ている子爵の子どもたち。

 アモンが頑張っているので俺も協力してやろう。


 俺は一番小さい子を持ち上げて肩に乗せてやる。


「どうだ? コラクスよりは低いけど、随分高いだろ?」


 子供は嬉しげに「キャッキャ」と笑う。


「わ、我の特等席が!」


 マリスがアモンの肩の上で絶望に顔を歪ませる。


「マリスはコラクスの上に昇ってるだろが。子どもを押しのけた罰だ」

「うぐぐ。ごめんなのじゃ、小童こわっぱども……」


 貴族の子ども相手に小童こわっぱ呼ばわりだしなぁ……


 しばらく、子どもたちと遊んだ後、俺はマリスとアモンと共に屋敷の中に入った。


 俺が帰ってくると、仲間たちをもてなしていたシャーテンブルク子爵が出迎えてくれる。


「お手数をお掛けしました。本当に助かりました。お前もお礼を申し上げなさい」


 促されたマーティンが俺の前に跪いた。


「辺境伯閣下。お礼が遅れまして申し訳ありません。此度の救援、誠に有難うございました。父と共に永劫の忠誠を捧げさせていただきたく存じます」

「いや、今回の件は俺の陣営に入ってくれた子爵たちへの配慮が欠けていたのが原因だ。誠に申し訳なかった」


 逆に俺に頭を下げられ、子爵と家族たちは動揺を隠せない。


「今回の件を考慮して、陣営の者たちにはゴーレムを派遣しようと思う。

 屋敷の警備などに役立つはずだ」

「ゴ、ゴーレムですと……」


 シャーテンブルク子爵は更なる驚きを隠せない。


「ゴーレムだと物々しいかな?

 屋根の上に待機できるガーゴイルの方がいいか。空も飛べるし」

「ガーゴイル!?」

「まあ、好きな方を選んでもらっていい。

 君たちの命令を聴くように調整した物を後日届けよう」

「か、感謝に絶えません」


 コレも最重要メモに記しておこう。

 地方領主ですら持っていないゴーレムが屋敷に鎮座していれば、襲うような気概がある輩は普通いないだろう。


 シャーテンブルク子爵は熟考の末、ゴーレムの方を選択した。

 子沢山だけに労働力としてのゴーレムが欲しいようだ。

 そういう使い方をしてもいいよと俺が言ったら二つ返事で決定した。

 なので、彼に派遣するのはゴツいヤツより、作業用のスリムな人型にしようかね。


 しばらくするとトリシアがギルド本部から戻って来た。


「どうだった?」

「根回しはしておいた。今回の件はケント預かりだ。何かあったらケントが責任を取る事になっている」

「了解だ。

 サブリナ女史も快諾してくれたし、コレはコレで解決だろう」

「あっちはどうだった?」

「忙しそうだったな。圧倒的に人員が足りてない。ハイヤヌスに増員を要請しておいて欲しいね」

「規模は?」

「トリエンの二倍は必要だろう。手配できるものかね?」

「ふむ。あの支部なら高級事務員は六人は必要になるな。他の人員も考えると三〇人は送らないと。本部の人員を回させよう」


 ふむ……結構な大所帯ですな。

 今度は俺も冒険者として顔を出すとしよう。

 トリシアとハイヤヌスの関係に甘えてばかりでは悪いし。


 などと考えているとハリスが影から顔を出した。


「ケント……公爵とオルドリンが……そろそろ動くぞ……」


 俺は考え事を打ち切って立ち上がる。


「よし、城に戻るぞ」

「「「おう!!」」」


 俺の言葉に呼応するように仲間たちも立ち上がる。


 よし。社交界の大掃除も本番はこれからだ。

 囚われたままのエマもそろそろ自由にしてやらなければならんしな。


 積極的に捕物に協力する訳にはいかないけど、陰ながら見守ってもいいだろう。

 全て任せっきりでも良いんだけど、やはり自分の目で確かめておいた方がいいだろうしね


 俺は城の会議室へ魔法門マジック・ゲートを開く。


 仲間たちと共にシャーテンブルク子爵も転移門ゲートを潜っていく。


「では夫人、子爵をもう少し借りていきます」

「御随意に」


 臣下の礼で見送る夫人に頷くと、俺も転移門ゲートへと飛び込んだ。

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