第27章 ── 第25話

 俺は捕らえた貴族のバカ息子どもとその使用人を魔法門マジック・ゲートでオルドリン子爵の元へと届けた。

 アモンがいつの間にかメモしていた自白内容も同時に渡しておく。


 悪事の現行犯と、計画などの自白メモはミンスター公爵たちが大いに役に立ててくれるだろう。


 さて、問題はここからだ。


 転移門ゲートでシャーテンブルク邸に戻った俺は、目の前で神妙にしている冒険者二人の前に立つ。

 周りをオリハルコン冒険者に囲まれた二人は戦々恐々といった感じで身を縮めて小さくなっている。


「さて、君たちの処分だけど……」


 虎の爪の二人はビクリと震えつつ姿勢を正す。


「解ってると思うが、冒険者が政治的案件に手を出すと本当に困るんだよ。

 ギルドの立場を考えると政治にはアンタッチャブルでいなきゃならん」

「素敵用語じゃ」


 俺はマリスは無視してトリシアに意見を求める。


「そうだな…… 何らかの罰は当然必要だが、事を大きくするのはギルドにとって悪手となりかねん。

 今回の件は我々が口を噤めば無かったことにできるが、それではコイツらに反省を促すことはできん」

「だよねー。でも、罰を下す権限はこいつらが所属する支部のギルド・マスターの権限だろ?」

「もちろんそうだ。

 おい。お前らが登録したギルド支部はどこだ?」

「バーレン支部です」


 モーリスは即座に答えた。


「バーレンってどこだっけ?」

「王都の北にある小都市だな」


 俺は大マップを開いて確認する。

 ふむ……ここはエドモンダール派閥の領主が治めている都市だったな。


「バーレンの領主筋への根回しはどうにかなる。

 バーレン支部のギルド・マスターへの根回しはトリシアに任せていいかな?」

「ハイヤヌスにやらせればいい。ギルドにはシャーリーの魔法道具があるんだからな」

「んじゃ、ハイヤヌスに頼んでくれ」

「で、こいつらはどうする? ギルドに報告すれば間違いなく追放だぞ?」


 こいつらの素行は少々悪いように感じるが、性根は悪くない気がする。

 ジョンがやらかした事をモーリスが必死にサポートしている図が容易に想像できる。

 もう少しモーリスがジョンの手綱をしっかりと握れたら良い冒険者チームになりそうだ。


「こいつらを野に放ったら、チンピラ一直線だろう。

 ギルドの憲章と規定で縛っておくのが一番だと思う」


 俺はこいつらの根性を叩き直す手を考える。


 データを見る限り、知力と精神力はモーリスが上のようだが、直感と耐久力はジョンが上か。

 ただ、二人の戦闘力はほぼ拮抗している。そうでなければ、あの合体技は成功しないだろう。


「よし、腕のいい冒険者チームにこいつらを預けて鍛え直してもらおうかな」

「そんなチームあったか?」

「コイツらだけで行動させたら意味がないし、ちょっとレベル的に厳しい場所に放り込もうと思っている。

 レリオンのあいつらに預けてみようかと考えている」

「迷宮都市なら……ヤツらだな」


 トリシアはニヤリと笑う。


「あやつらじゃな? 元気にしとるかのう」

「アルハランの風ですか?」


 マリスもアナベルも思い出したようだ。


「ああ、あいつらのレベルなら二人の手綱も握れるだろ?

 それに迷宮なら扱き上げるにはうってつけだ」


 モーリスは怪訝な顔をしているが、ジョンは「迷宮」と聞いて目を輝かせている。


「迷宮!? お宝がザクザクっぽく聞こえるんだが!」

「おい、ジョン。そんな甘いものじゃないぞ。

 迷宮と言われる以上、罠も怪物も想像以上に厳しい場所に違いない」


 その通り。下層に行けば行くほど、わんさかデストラップが仕掛けられ、モンスター・レベルが跳ね上がる死のダンジョン。

 もちろん、お宝も想像以上に手に入る場所だが。


「もちろんお宝もたんまり手に入る。だが、死傷率はそこらのダンジョンとは比べ物にならない。

 迷宮とはそんな所だ。

 そこに行くつもりがあるなら、追放にはならんように手を打つが?」


 ジョンは諸手を挙げて承諾の意を示すが、モーリスは及び腰だ。


 やはりモーリスに手綱を握らせるようにしないと駄目なチームだな。

 用心深さや慎重さは冒険者にとって必須能力だからね。


「ジョン。チーム『虎の爪』のリーダーはモーリスに任せる。モーリスの言うことをしっかり聞けるか?」


 ジョンはキョトンとした顔になる。


「生まれてこの方、モーリスとは対等に付き合ってきているんだ。

 上も下もないのが俺たちの信条なんだぞ?」

「お前の手綱をモーリスに任せるのが条件だ。でなければ、早晩お前らは死ぬ事になる」


 条件を突きつけられ、ジョンは眉間に皺を寄せて腕組状態になる。


「少ない頭で考えているようだが『バカの考え休むに似たり』って諺もあるし、意味はないぞ?

 今までの事を思い出してみるんだな。きっとモーリスの意見を聞いたら上手く行った事も多いはずだ」

「そう……かも?」

「そうかもじゃねぇよ。

 今日の事だってそうだ。モーリスが剣を捨てたからお前も捨てたんだろうが。

 お前、どうしてモーリスの真似をした?」

「あ」


 ジョンは漸く思い当たったという顔だ。


「ああいう場面で、モーリスの行動に従った結果が今の状態だよ。

 従わなかったら、今頃お前ら単なる怪我じゃ済まなかっただろうね」


 マリスなら手加減なしの容赦なしで吹き飛ばしたろうし、大怪我で済めば良い方だ。下手すりゃ死んでるよ。


「ジョン。今回は言い訳はできんし、従うしか無い。

 追放なんて事になったら村のみんなに顔向けできないぞ?」

「うっ」


 モーリスがそう言った途端、ジョンは唸って黙ってしまう。


「へえ。君たちは同じ村の出身か」

「そうです。貧しい村なんで、俺たちが出稼ぎに町に出たんです」


 村人はみんな家族同然だそうで、彼らは幼い頃に力を付けて出稼ぎに出て村を助けようと誓い合ったらしい。


 村には医者もいないし神殿や教会すらない。殆ど産業といえる物もない。

 あえて言えば主要産業は農業なのだろうが、取れた収穫物の大半は税金として取られてしまう。

 村人の口に入るのは近くの森で取れるキノコや木の実、肉なんてものを口に入れられるとしたら、カエルやヘビ程度。


 村の所属する領地は小都市バーレンで、そこを治めるのはマーカス・デルトロ・デ・バーレン伯爵。

 ここ数十年の小都市の財政はモーリシャスの台頭により、悪化の一途を辿っている。伯爵も寒村の状況に目を向ける余裕はなかったに違いない。


 そんな村から出てきた二人が金に汚くなるのも判らんでもない。


「ふむ……村を助けたい一心で金を稼いでいたのは解った。

 ならば一層、迷宮都市に行くのをお勧めしておくぞ」

「どういう事でしょうか?」


 モーリスは神妙な顔付きになる。


「迷宮は非常に美味しい。

 レベル上げに最適だし、何せ小銭はたんまり手に入るんだ」

「小銭……?」

「ああ、俺たちが上層を少し回っただけで金貨数百枚分くらいの上がりがあった。魔法の武具も少し手に入ったな」


 そう言うとジョンもモーリスもポカーンと大口を開けている。


「まあ、命の危険も相当なものだし、覚悟がなかったらお勧めできないけどな」


 何せマッピングが無駄だし、それなりの底力がなければ脱出さえ覚束ない。


「やる! な!? モーリス! やるよな!?」

「ああ……俺たちに選択の余地はない。そうですよね?」


 モーリスの問いに俺は頷く。


「お前たちを預ける先はギルドのレリオン支部所属の冒険者チームを考えている。

 彼らは厳しいだろうが、師事するならうってつけだろう」


 モーリスは少し考えてから頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 二人が受け入れたのを確認して、俺はレリオン支部のサブリナ女史に念話をする。


「な、何の音かしら……」

「あ、サブリナさん?」

「え!? この声は……クサナギ辺境伯閣下!? ど、どちらにいらっしゃるのでしょうか!?」

「あー、驚かせてごめん。今、デーアヘルトから念話してます」

「念話!?」


 サブリナ女史、驚きすぎです。


「今日はお願いがあって念話しています」

「辺境伯閣下のお願いなら聞かないわけには参りませんね」

「実は、預かって欲しい冒険者が二人いまして」

「冒険者が二人……?」

「ええ。ちょっとこっちで問題を起こしまして……

 そこそこ見どころがある若者だと思うんだけど、再教育と躾を兼ねてアルハランの風に指導をお願いしたいんですよ」

「何をしでかしたんです?」

「無自覚らしいですが、政治案件に関わりました」

「まあ……それはマズいですね」

「ええ、ですので国外で信用の置ける支部預かりにして鍛え直してもらおうかと」

「なるほど。こちらは問題ありません。見込みのある冒険者なら多いほど助かりますので」


 迷宮都市レリオンはギルド支部が出来てからというもの、冒険者の管理が非常に楽になったと衛士団からも高評価だという。

 ただ、サブリナ女史の仕事がどんどん膨れ上がるので、システムが解っている本国の冒険者は大歓迎らしい。

 ジョンはともかく、モーリスなら色々便利に使えそうですな。


「では今すぐに行きます。ギルドの中庭は空いてますか?」

「え? ええ。大丈夫ですけど……今すぐ? 中庭?」


 俺は魔法門マジック・ゲートをレリオン支部の中庭に開いた。


「よし。お前たち。武器を拾って付いてこい」

「はい!」

「了解です」


 三人で転移門ゲートを潜ると何人もの冒険者らしい男たちと共にサブリナ女史が待ち構えていた。


「辺境伯閣下!?」

「ああ、驚いた? これ、魔法門マジック・ゲートっていう魔法なんですよ」


 冒険者たちはサブリナ女史の反応を見て、構えていた武器を下ろした。


「姐さん。お知り合いで……?」

「お知り合いどころの話ではありませんよ、エクター。

 こちらはオーファンラントでも唯一のオリハルコン・チームのリーダー、ケント・クサナギ辺境伯閣下です」

「オ、オリハルコン!? 本当にいたんですね!?」


 周囲の冒険者が畏敬の眼差しを向けてくるので少々こそばゆい。


「閣下。応接室へ参りましょう。貴方たちは物資を商工会へ運んで下さい」

「へい!」


 サブリナ女史は指示を飛ばすと、俺たちを応接室へと案内してくれる。


 サブリナさんは、所属冒険者たちに信頼されているようですな。

 もう少し人員を送るようにハイヤヌスに頼んでやらなければ過労死しそうだぞ。


 応接室へ向かいがてら受付などをチラリと見たが、支部の規模に人員が追いついていないのは一目瞭然だ。

 受付に二人しかいないし、事務員も一人しかいないようだ。

 ギルドも機密事項が多いので信用の置けるスタッフを現地で雇い入れるのも難しいのだろう。

 サブ・ギルド・マスターもいないみたいだし、こんな状況だと二四時間営業は無理だろう。


 サブリナ女史は嬉々として仕事を熟しているようだけど、ブラック企業化しているのは見過ごせない。


 俺が計画して押し付けたギルド構想だからな。

 サポートはしっかりとさせてもらうぞ。


 サブリナ女史にも小型通信機は渡してあるはずなのになぁ。

 SOSくらいくれても良いと思う。


 俺は脳内メモの最重要欄にしっかりと増員要請を書き留めた。

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