第27章 ── 第23話

「ウェポン・デストラクション」

「うわっ!?」


 マリスの盾にぶち当たったゴロツキの武器がいきなり弾け飛んで破片が周囲に飛び散る。

 ゴロツキは、その破片の一部が顔を襲った為慌てて顔を手で覆った。


「な、何だ……?」


 隣りにいた別のゴロツキが、顔を抑えて蹲っている仲間に驚愕の目を向けている。


「き、貴様! 何をした!?」

「何をじゃと? 防御しただけじゃが?」


 マリスは悪びれもせず言い放つ。


「そんなわけあるかぁ!」


 また一人、マリスに武器を突き出した。


「まだ、スキル効果時間中じゃぞ?」


 クルリと盾を敵に向けた瞬間、武器が粉々に砕け飛ぶ。


「ぎゃあぁ!」


 最初の男と同様に顔を押さえて後ろに転がった。

 破片が目に飛び込んだようで、男は「目が目が~!」と言いながらゴロゴロとのたうち回り始める。


「不甲斐ないのう。もうちっと我を楽しませられぬのか?」


 窓から見ている俺としては、マリスの新スキルが凄い怖いんだが。

 非破壊属性付きのオリハルコン製の武器ならともかく、他の素材だとぶっ壊されるのだろうか? 素手と爪だとどうなるんだ?

 しかも持続型スキルだと?


 ぶっ壊れスキルの登場に自分が使われた時の対策を考えてしまうのはゲーマーのさがかもしれない。

 ただ、味方の前衛壁役としては頼もしいことこの上ない。

 鉄壁美少女の異名は伊達じゃないな。


 地面に転がる仲間の状態を目の当たりにして、ゴロツキ二人が突如走り出した。

 いや、マリスの方じゃない。左右に分かれて逃げ出したのだ。


「あ!! 逃げるのかや!?」


 マリスは壁役なので、逃げる敵を相手するのは不得意だ。


 どちらを追うかとマリスがあたふたしている内に、二人のゴロツキが「ふぎゃ!?」と変な声を出して、片や吹っ飛び、片やバタリと倒れた。


「バカか! 逃がすわけねぇだろ!」


 屋敷の角からウォーハンマーをくるくる回すアナベルが姿を現す。

 反対側の角からは剣を鞘に戻しながらアモンが出てくる。


 戦闘の状況を見ていたバカ息子と二人の冒険者の様子が対照的だった。


 バカ息子は「な、な、何なんだ……」と顎が外れそうなくらい大口を開けている。


「やべぇなアレ」

「どうだ? 俺の判断通りだろ」


 ジョンは目を輝かせ、モーリスは何故かドヤ顔だ。


 その声を聞いてかバカ息子はハッとして我に返った。


「お、おい! お前たち!」


 二人の肩を掴み、グイグイと引っ張る。


「ああん?」

「何だよ、バカ息子」

「バ、バカではない! それよりも、アイツらは何なんだ!?」


 一応、雇い主だから邪険にするつもりはないのか、モーリスは溜息を吐きつつも口を開いた。


「この屋敷を警護しているのは、王国……いや多分大陸一のオリハルコン・クラスだけで構成されている冒険者チーム……『ガーディアン・オブ・オーダー』だ。

 俺のような木っ端冒険者が何百人集まっても勝てる方々じゃねぇよ」

「いや、モーリス。俺は軍が相手でも勝てないと思うぜ?」


 ジョンも確信を持って断言する。


「オ、オリハルコン……?

 そ、それはトリ・エンティルと同等レベルだという事か……?」

「いや、『ガーディアン・オブ・オーダー』にはトリ・エンティルも所属しているんだよ。

 新人でもなければ冒険者で知らない奴らはいない」

「いや、新人も全員知ってるだろ。大抵はあのチームに憧れて冒険者になるんだぜ?」


 二人によるガーディアン・オブ・オーダーの賛辞やら実績やらが続く中、バカ息子が後退りを始める。

 そして脱兎のごとく門へと走り始めた。


「逃げても無駄だと思うけどな」

「ああ、多分誰も逃げられない」


 そんな言葉を背中で聞きつつ、バカ息子は必死に門の閂を外し、身体全体を使って門を押し開けようとする。

 しかし、門はビクともしない。


「な、何故開かない……」


 必死に押したり、肩で体当たりしても薄い木製の門は微動だにしない。


「何じゃ? 仲間を置いて逃げるつもりかや?」


 マリスがトコトコと歩いてくる。

 冒険者の二人組は座っている位置をずらして、マリスの通り道を空ける。


「ひぃ……」


 バカ息子は恐慌をきたして門を乗り越えようとし始める。


 マリスは門に必死によじ登ろうとするバカ息子を見上げると、その尻を盾で押し上げてやる。


「ほれ、頑張るのじゃ。逃げられるのであればのう」


 マリスは遊んでいるのだろうが、外に出たら大変だと思うんだよなぁ……

 あ、バカ息子、門から落ちたぞ?


「ぎゃあぁぁあぁ! 何じゃこりゃぁ!!」


 ああ、やっぱり。


 マリスは叫び声を聞いてジャンプして門の上に手を掛けて懸垂のように身体を持ち上げあちらを覗く。


「ああー、糸だらけじゃなぁ」


 門の向こう……いや、屋敷を取り囲む塀の向こうは蜘蛛の巣だらけなんだろう。

 アラクネイアは入念に塀の外を蜘蛛の糸で覆ってたわけだね。


 確か門の外にも何人かゴロツキがいたからな。そいつらも蜘蛛の糸まみれになっているに違いない。


 アラクネイアの出す蜘蛛の糸は、アダマンチウム並の強度を持っているんだよねぇ……たった一本でだよ?

 それを撚り合わせたヤツはとんでもない強度になる。俺ですら逃げ出すのは難しい代物だからね。

 そんな糸が粘って絡みつくんだから、大抵は身動きすらできなくなる。

 この強度はレベルに左右されるらしいので、出会った頃に比べて更に強度が増しているはずだ。


「ケント。敵は全員戦闘不能だ」

「了解。作戦を終了する」


 トリシアからのパーティ・チャットに返事をしてから俺はシャーテンブルク子爵たちに振り返る。


「終わったよ」

「え?」

「全員、捕縛完了だ」


 キョトンとした子爵たちだが、俺の言葉をだんだんと理解できてきたようで、パァッと明るい顔になった。


「おお……辺境伯閣下。何とお礼を言っていいのか……」

「いや、礼は無用だよ。当然の事をしたまでさ」


 ニッと笑いつつ俺は外に向かう。


 影に隠れて出番を待ってただろうけどハリスの出番はなかったなぁ……

 まあ、ハリスが出なきゃならない状況なんて最悪レベルだからね。

 彼にはエマの護衛とかに専念してもらおう。


 屋敷の玄関のドアの前まで来ると、呆然と立ち尽くすマーティンくんがいた。


「マーティン。家族に顔を見せて安心させてやりな」


 俺がそう言いつつ肩を叩くと、マーティンくんは飛び上がるように身体を揺らす。


「へ、辺境伯閣下……!?」

「全員捕まえたからもう安全だよ」

「え、あ、はい! ありがとうございます!!」

「お父上も心配しているだろうから、中に入ってなさい」

「はい!」


 俺に促されマーティンくんは屋敷の中へと駆け込んでいった。


「さて」


 ジロリと俺はジョンとモーリスに目を向ける。

 俺の視線を受け、二人の冒険者は姿勢を正した。


「冒険者チーム『虎の爪』のジョン・エックハルトとモーリス・ジョンソンだな?」


 俺がそういうとモーリスは驚いた顔をする。


「お、俺たちのような三流冒険者の事を知っているのか!?」

「いや、知らんよ」


 俺の否定にモーリスはガッカリし、ジョンは何の事だとモーリスと俺を交互に見る。


「俺は珍しい工芸品アーティファクトを持っているんでね。それからの情報さ。

 そんな事より……」


 俺は少し威圧を乗せて二人を睨む。


「今回の事が犯罪なのは解っているんだろうな?」


 一瞬の内に二人の冒険者が固まって動けなくなる。


「ギルド憲章には何て書いてある?」


 ジョンの頭の上には「?」が出ているように見えるが、モーリスは何かを喋ろうと口の辺りがモゴモゴ動いている。

 俺は威圧を切ってやる。


「ギルド憲章第二項! 冒険者は市民をあらゆる脅威から守る義務を負うものであるべし!」


 威圧を切った瞬間にモーリスはギルド憲章を暗唱する。


「それだけか?」

「ギルド規定第一六条! 犯罪を構成する事案に対して、ギルド員は然るべき部署、あるいは関連機関に報告する義務を負う!」


 それ以降も、いくつかの条項をモーリスは諳んる。


「それと、ギルド規定第三条。ギルド員は政治に関する事案に関わってはならない。

 今回の件は、完全に政治案件でもある。

 お前たち、いくつの条項に違反した?」


 モーリスの顔色はどんどん土気色になっていく。


「まあ、ギルド追放は必至だなぁ……」

「え!?」


 俺の言葉にやっとジョンが反応した。


「追放!? マジで!?」

「マジどころじゃねぇよ。

 追放の上、衛兵に突き出すのが順当だな」

「衛兵に!?」

「いや、この場で斬首しても誰も文句なんか言わねぇ罪状だよ」

「斬首!? あはは、まさかぁ。だって貴族の息子に依頼されて付いてきただけだぜ?」


 俺は「はぁぁ」と大きな溜息を吐く。


「この襲撃が貴族の邸宅に行われたって解ってるのか?」


 ジョンは「そうなのか?」という顔でモーリスに視線を送る。


「途中でバカ息子から聞いて知った。

 ただ……伯爵家の御曹司の命令だから大丈夫だろうと高をくくっていたのは間違いない」


 まあ、そうだよな。貴族が雇い主なんだから、普通は平民たる冒険者が拒否なんかできるはずがない。

 そこは考慮してやる必要はあるかもしれん。

 ま、王国の法律においては、平民がどんな言葉を弄しても無駄ではあるが。

 法律は平民に護らせるものであって、貴族に歯向かう事は死罪以外ないのだ。

 貴族には貴族の法律があるのだが、大抵はどうにでも解釈ができるように作ってあるし、権力者によってどうにでも捻じ曲げられる。

 被害者が下位の貴族なら泣き寝入る事が殆どだ。


 だから、貴族は有力貴族に繋がろうと必死になるわけだね。

 もっとも、貴族位は中くらいだけど、俺のように力も金もある場合は別の結果を出す事もできるが。


 要は自然界と同様「弱肉強食」という事。

 貴族の階級は重要だけど、それも一つの「力」の形なわけ。

 王であろうと部下を統率できる力がなければ、その部下に下剋上されてしまうし、他国からの脅威に晒されたりする。


 トスカトーレから見たら、シャーテンブルク子爵は弱点に見えたんだろう。

 子沢山の正直者で、人を疑う事も知らない。

 そんな貧乏貴族を老獪な上位貴族が手玉に取るというのが今回の構図だ。


 放置しておいたらシャーテンブルク子爵はトスカトーレの蜘蛛の糸に絡め取られて俺の陣営をスパイする人物に仕立てられていたかもしれない。

 ま、俺は仲間の協力もあってそんな手には引っ掛からないけどな。


 今回の件を利用すれば、トスカトーレ派閥の中堅貴族たちを切り崩せるかもしれない。

 そうなれば国王やミンスター公爵が動く時の助けにもなりそうだ。


 まずは、敵勢力の罪状をどんどん積み上げて身動きできないほどにしてやろうかね。

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