第27章 ── 第22話

 俺は会議室の中に魔法門マジック・ゲートを出現させた。

 転移門ゲートを初めてみたシャーテンブルク子爵は目を皿のようにしている。


「閣下、これは何でございましょうか?」

「ああ、これは魔法門マジック・ゲートだよ。

 これを潜ると、任意の場所へ転移できるんだ」

「な、何やら物凄いモノのように聞こえますが……」

「多分ね。普通の魔法使いスペル・キャスターには使えない代物だし」


 何せ消費MPが尋常じゃないからな。

 平均的な魔法使いスペル・キャスターが知力極振りでレベル四〇越えたくらいでやっとこ使えるか使えないかってレベルなんだよね。


「ハリス、あちらの状況は?」

「現在標的は……門の前に……陣取っている……

 半数が……屋敷を取り囲む……ように配置……された……」


 ふむ。ギリギリですな。

 配置を見ると誰一人逃さないつもりなんだろう。


「よし、では行こうか」

「了解なのじゃ!」

「しからば、私も」


 マリスが嬉々として転移門ゲートに飛び込み、アモンも颯爽と転移門ゲートに入っていく。


「シャーテンブルク子爵は最後に入って下さい」

「いや、そうは参りません。家族を守るためならば、私が閣下より先に行かねば……」


 このひと、結構度胸あるね。

 見れば足が笑ってるんだけど、その度胸には敬意を評したい。


「では、及ばずながら参ります」


 意を決したように目を瞑りながら、シャーテンブルク子爵は転移門ゲートへ駆け込んでいく。


「トリシア、アナベル」

「了解。現地へ到着次第、高い所を陣取ろう。ケントは最後に来い」

「戦闘がまだ始まってないなら、私の出番は前線でいいか?」


 既にダイアナ・モードのアナベルはウォーハンマーを手に血気盛んだ。


「子爵の家族の保護が完了次第に動いていいよ」


 アナベルが獰猛な笑みを浮かべた。


 うはぁ……めちゃ怖い。


「アラクネイア」

「心得ております。敵を逃さないように致します」

「頼む。ハリスの支援に回ってくれ」


 俺が言うが早いかアラクネイアも転移した。


「さて、俺も行こう」


 転移門ゲートを潜ると、シャーテンブルク子爵の邸宅内に出る。


 来たことはないのだが部下の家だからか、知らない所にも転移門ゲートが繋がるようだ。


 見れば一塊になっているシャーテンブルク子爵は家族たちと抱き合っている。


「もう大丈夫だぞお前たち」

「あ、貴方……あの方たちは……?」


 子爵は転移門ゲートから出てきた俺や仲間たちに振り返って視線を向ける。


「クサナギ辺境伯閣下とその配下の方々だよ。

 我々の窮地を救いにやって来て下さったのだ」

「辺境伯閣下が……!? 我らの束ね役が……?」


 それを聞いた子どもたちは俺たちにキラキラした目を向けてくる。

 奥方は奥方で神が降臨したとばかりに手を合わせて俺の方を仰ぎ見ている。


 俺は照れくさいのでプイッと横を向きつつ「外の状況はどうだ?」とマリスに声を掛ける。


「アヤツらは素人じゃな。

 あの程度の門を越えるのに何時まで掛かっておるのか」

「何人かは他の者よりもレベルは高そうですが……お粗末です」


 窓から外の様子を窺うマリスとアモンは些か不満そうだ。

 しかし、素人に毛が生えた程度の貴族とゴロツキならその程度でも仕方ないだろう。


 生死を掛けた戦場やらダンジョンやらを潜り抜けてきた歴戦の冒険者に一般人が敵うはずもないしな。


 見るとアナベルがシャーテンブルク子爵の家族たちに全体守護マス・プロテクションの魔法を掛けている。

 キラキラした光の粒が舞い降りてくるエフェクトは実に神々しい。

 子どもたちは両の手を上に上げて光の粒を捉えようと飛び跳ねている。


「お、ようやく全員乗り越えたようじゃぞ?」


 窓から外を窺うと豪華な服を来た偉そうな奴が周囲にいるゴロツキに顎で指示を飛ばしている。


 確かに良いところのボンボン風だな。

 砂井を彷彿させる……


 一応だが、敵の武装を確認しておく。


 ゴロツキは棍棒や短剣を手にしているが、ボンボンはレイピアのような細身の剣だ。

 そしてゴロツキの内の二人が両手剣ツーハンド・ソードを装備しているのが見えた。

 防具はマチマチだ。革製の鎧を着ている者もいれば、脛当てグリーブやら手甲ガントレットだけという者もいる。

 ただ、両手剣ツーハンド・ソードを持った二人組だけは鉄製のブレスト・プレートを装備していた。


 冒険者崩れだろう。


 俺は大マップ画面で二人組を確認してみる。


 名前は、ジョン・エックハルトとモーリス・ジョンソンというらしい。

 共にレベル二六で、やはり冒険者らしい。一応シルバー・ランクの冒険者らしいが、レベルの割りにランクが低い気がするな。

 金で転んだか、あるいは性根が腐ってるか……そんな碌でもない理由だろうな。

 


 などと思いつつ観察していると、ブルックドルフの御曹司が大声を上げ始めた。


「マーティン! 出て来い!

 少々話をしようではないか!?」


 俺は後ろを振り返り「マーティン?」と子爵に聞く。


「ボ、ボクです……辺境伯閣下」


 子供たちの間から一人立ち上がる。


 年の頃は一七~八。淡い茶色の髪に色の目が印象的な青年だ。

 その目は強い力を秘めていて、年の割には成熟した印象を受ける。


「ふむ。あのバカが呼ばわっているが、君はどうしたい?」

「多勢に無勢ですが、閣下に迷惑をお掛けするのは気が引けます。

 ボクが一人で外に出ようかと思います」


 強がっているものの、その肩は少々奮えている。

 腰に下げた長剣ロング・ソードには白くなるほど固く握られている手が見えた。


「良い心がけだが、勇気と蛮勇は別の物だと覚えておくといいよ」

「しかし……」

「マリス、マーティンが外に出る。護衛に付け」

「了解じゃ」

「コラクス。君は裏から出て右側から回れ」

「畏まりました」


 恭しくお辞儀をすると、アモンは直ぐ様行動を開始する。


「アナベル。君は左側からだ」

「心得た!」


 ウォーハンマーを軽々とグルリと回し肩に担ぐと、アナベルはアモンを追っていく。


「ケント」


 開いておいたパーティ・チャットからトリシアの声が聞こえてきた。


「何だ?」

「二人組が前に出たぞ。何かするつもりのようだ」


 ほう。先手を取ろうというのか。


「マリス、何か仕掛けてくるようだ。玄関に急げ」

「了解じゃ。小僧、行くぞ」

「は、はい!」


 マリスがパタパタと走っていき、マーティンがそれに続く。


 俺は外の様子をもう一度窓から確認する。


 ジョンとモーリスという冒険者崩れがボンボンよりも五メートルほど前に出て両手剣ツーハンド・ソードを抜いている。


 その二人は剣を構えると「ふんぬ!」という掛け声と共に力み始めた。

 二人の構えは左右対象。まるで合わせ鏡のようだった。


「「おりゃあぁ!!」」


 どうタイミングを取っているのか知らないが、寸分の狂いもなく二人が剣を振り下ろす。

 左右の剣が二人のちょうど真ん中で交差しつつ振り切られる。

 すると、俺の魔刃剣のごとく、剣閃が空気を切り裂くのが見えた。


 二人が同時に繰り出す事で可能になる合体技なのだろうか。

 なかなか凄い剣圧だ。面白い曲芸ではある。


 その時、バーンと屋敷の正面玄関が勢い良く開く。

 小さい人影が飛び出すと、大盾タワー・シールドを全面に構えた。


「フロント・ディフェンス」


 マリスの前面に半透明な力場が形成され、飛んできた剣撃をいとも簡単にかき消した。


「なんじゃ。歯ごたえのない技じゃのう」


 大盾タワー・シールドからヒョコリと顔を出し、マリスはニッと二人組を嘲るように笑う。


「バ、バカな……と、虎の爪の大技だぞ!?」


 ブルックドルフのバカ息子が大げさに騒いでいる。

 技を防がれたジョンとモーリスもあり得ないという顔だ。

 マリスの後ろにいたマーティンくんもポカーンとした顔になってますね。


「虎の爪じゃと? 何をほざいておるか。虎の方が何十倍もマシな攻撃をして来るわ」

「き、貴様も冒険者を雇ったのか!?」

「いや……この方は……」


 マーティンもどう説明していいか解らないのだろう。あたふたした感じだ。


「そこな二人も冒険者じゃな?

 では、我も名乗っておこう。我はチーム『ガーディアン・オブ・オーダー』にて『鉄壁』の異名を持つ、マリストリア・ニールズヘルグじゃ」

「我らは『虎の爪』!」

「我らの剣撃……え? 『ガーディアン・オブ・オーダー』だと……?」


 モーリスが、名乗り中にしどろもどろになり始める。


「おい、ジョン……」

「何だよ?」

「あの御方は『ガーディアン・オブ・オーダー』と名乗っているぞ……?」

「だから何だ!? 考えるのはお前の担当だろう!」


 モーリスはマリスとジョンを交互に見ると、剣を自分の前に放り投げた。


「モーリス何をしてるんだ!?」

「いや……俺は降参する。

 こんな貴族のバカ息子に加担して、人生を棒に振るのも死ぬのもまっぴら御免だ」


 モーリスがそう言うのを聞いたジョンは「ふむぅ」と一言唸ると、モーリスに倣って剣を放り投げた。


「お前たち! 何をしているんだ!?」


 二人の行動を見てバカ息子が騒ぎ出す。


「モーリスがそうするなら俺もそうするだけだ」

「あの御方には誰も敵わない。俺たち程度では相手にもならない」


 二人は観念したとばかりに地べたに座り込む。

 座り込むタイミングも同時だったので少し笑った。

 すごく息が合ってて面白い。


「くっ! たかが冒険者風情に頼ったのが私の過ちだったようだ。

 お前たち、マーティンと小娘を囲め!!」


 残りのゴロツキたちにバカ息子は命令を下したが、残っている四人のゴロツキも顔を見合わせている。


「何をしている! たかが二人だろう!? いつもの威勢はどこに行ったのだ!?」


 そう言われ、ゴロツキたちは手にした武器を構え、マリスたちに近づいていく。


「バカ息子は、本当にバカなんだな」

「ああ。ジョン、お前よりも一〇段くらいバカだ」

「マジか? 俺より? そりゃゴブリンよりもバカって事だぜ?」

「冒険者になったらギルド会館から外に出た瞬間に死んでる類のバカだ」


 二人の言葉に見る見る顔が真っ赤になっていくバカ息子。

 震える手で細剣レイピアの柄に手を掛けて引き抜いた。


 その瞬間「バシュッ」という音と共に、細剣レイピアの刃が砕け散った。


「うわっ!?」


 バカ息子は慌てたように細剣レイピアの柄を放り投げる。


「ま、無闇に動かない方が良いぜ、貴族のバカ息子。もう、逃げも隠れも出来ねぇよ」


 モーリスの言葉にジョンがウンウンと頷いている。


 一方のゴロツキどもは、後ろで何が起きているのかも気づかずにマリスに近づいていく。


「へへへ。お嬢ちゃん。この数に勝てるつもりかい?」

「ヒヒヒ、ちびっ子を嬲るのも面白そうだ」


 野卑な態度で近づいてくるゴロツキたちにマーティンは顔面蒼白で長剣ロング・ソードに手を掛ける。


「小僧、手出しは無用。

 おい、お前たち。我は剣は抜かん。この盾だけでお相手してやろう。

 ありがたく思うのじゃぞ?」

「ああん? 舐めてんのか? そのおべべをひん剥いて丸裸にしてやんよ!」

「飛んで火にいる夏の虫じゃな」


 飛び込んできた男に徐に盾を向けつつ、マリスはニヤリと笑った。

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