第27章 ── 第21話

 目で合図をするとアラクネイアが開いたままになっていた扉を静かに閉めた。


 俺は広間の真ん中にあるテーブルに据え置かれた椅子の一つに座る。

 一応、陣営の旗頭なのでお誕生日席に陣取った。

 右に副官のトリシアが座ると、左側には貴族たちのリーダー、ソリス・ファーガソンが腰を下ろした。


 彼は貴族位では最下位の准男爵だが、俺が留守の間、行政長官のクリスを良く補佐し、トリエン運営に尽力した俊英だ。

 新顔のロッテル子爵は、フォフマイアーを差し置いて上座を占めたファーガソンにビックリした顔をしていたが、他の子爵や男爵が微塵も気にしていないのを確認して力を抜いた。


 俺は一応新顔になるロッテル子爵に俺の陣営のルールを伝えておくことにする。


「ロッテル子爵は少し驚いていたようですが、これが俺の領地、及び部下のルールになります。

 爵位よりも実力で発言力が決まるんですよ」

「さ、左様でございますか……」


 長い間、貴族社会にいたモノほど馴染めないルールだろう。


「確かに、公の場では貴族位に従ったモノに切り替えますよ。それが王国の慣例ですし。

 仲間たちの陣営では、これがルールです。

 本当なら、こんな上座が存在するテーブルではなく、円卓にしたいところですが」

「円卓とは……?」


 この世界には円卓はないのかな? 確かにこっちに来て見たことないけど。


「円卓ってのは、丸いテーブルですね。

 丸であれば、どこが上座なんて関係ないでしょう?

 そうすれば、貴族位やら何やらで縛られるような席ではなくなるわけです」


 かのアーサー王が使っていた円卓にはそういう意味があると言われていたしな。


 そういった故事を少し話して聞かせると、ロッテル子爵は目を輝かせた。


「そのアーサー・ペンドラゴンといういにしえの王は素晴らしい賢人であったのですな。

 このロッテル、感服いたしました」


 俺は苦笑しつつも頷いておく。


 アーサー王の実在性は、現実世界においても未だに議論の的で、本当に伝説でしかないんだよね。

 まあ、後世に作られた架空の英雄譚だとは俺も思うけど。


「さて、本日の議題だけど……」


 俺はコホンと一つ咳払いをしてから会議を開始する。


「まず、今回一番の議題ですが、トスカトーレ侯爵率いる、派閥を潰すことにしました」


 一緒に行動していた仲間たちは澄ました顔をしているが、貴族たちの顔には激震が走った。


「トスカトーレを……?」


 ファーガソンが少しオロオロした感じで聞き返してくる。


「ええ、俺は仲間を害する者は許さない」


 ギラリとした殺気が俺の目に宿る。

 フォフマイアーが、腕を組みつつ周囲を見回してから口を開いた。


「そういえば、マクスウェル女爵がおりませんが、それに関係がある……と愚考しますが?」

「流石は元冒険者ですね、フォフマイアー子爵。

 そうです。今、エマはトスカトーレ侯爵の手の者に誘拐され、ある場所に幽閉されています」


「なんと!?」

「無謀ですな」

「そこまで恥知らずとは」


 などと貴族たちから声が上がる。


「潰すとなると、どのようになさるおつもりかお聞きしてもよろしいですか?

 我々も動きを合わせられるようにしておくべきと思いますが」


 俺は一つ頷いてから方針を話しておく。


「今回、トスカトーレを潰すにあたり、陛下およびミンスター公爵に動いてもらう事にしている」

「こ、国王陛下に仕事を振られたのですか!?」


 さすがの貴族たちもビックリの様子。


 そりゃそうか。

 俺は事もなげに言ったが、普通はいかに力があったとしても、おいそれと国の権威の象徴たる国王が動くはずがない。

 その国王を動かすという事は、まさに虎の威を借る狐だ。

 国王との仲が良好なのを良いことに俺が頼んだという風に見られても仕方ない事ではある。


「今回の件は、ミンスター公爵閣下が協力的でね。

 この際、政敵を徹底的にやってしまいたいという意向があるようだ。エマは陛下や公爵閣下の縁戚だしねぇ。

 もちろん、俺たちでどうにでもできる問題なんだが、公爵、宰相両閣下が、俺たちは動くべきじゃないというんだよ」


 そう言うと、ファーガソンが「ふむ」と言いながら顎に手をやる。


「貴族たちの恨みの目をこちらに向けさせないため……という側面があるのでしょうか……」

「ご明察だね、副長官。

 俺は今回、社交界デビューという名目があり、貴族界に俺を売り込みたいと国王陛下が考えての園遊会だ。

 それなのに、エマの誘拐への報復として派閥を潰したとなれば、俺の陣営への恐怖や不信感は拭えないモノになる。

 そうなったらトリエンの運営の足枷になるだろうね」


 ファーガソンだけでなく、他の貴族にも理解の色が広がる。

「陛下が画策した俺の売り込みという計画が頓挫しては、陛下の面目が丸つぶれになる」

「畏まりました。

 では、我々は派閥が崩壊した後の事後処理に対応力を発揮せよという事でしょうか」


 フォフマイアーは何やらメモ帳を取り出して携帯用の羽ペンでメモを開始する。


「そうなるだろうね。

 トスカトーレが潰されるのは確定事項なので、その後の処理に俺たちは尽力することになる。

 逃げた派閥員の捕縛や引き渡し、混乱する貴族界への対応などをすればいいだろう」


 近衛隊だけで全ての関係者を捕まえるなんて不可能だからね。

 絶対、穴はできるし、そこから大物が逃げ出さないとも限らない。

 まあ、俺の大マップ画面を使えば、誰一人逃さないなんて荒業を使うこともできるが、俺もそこまで暇じゃない。

 というか、全てを俺がやってしまっては、部下が必要なくなるじゃん。

 適度に部下を使ってやらないと、部下は自分の不甲斐なさ、役に立たない事に意気消沈してしまう事だろう。

 俺は適度に手を抜かないと不味いのだ。

 決して一日中画面とにらめっこなんて退屈すぎ……などという俗な意味ではないのだよ。


「領主閣下を筆頭とした新しい派閥を作る事になりましょうか?」


 俺は猛烈な速さで首を横に降った。


「それは勘弁。

 ウチは基本的に中立を通す」


 そんな面倒な事はやらないよ。

 そんな事になったら、領地を留守にして冒険に出るなんて出来なくなる。

 まっぴら御免だ。


「派閥争いとかには手を出したくない。

 今回、トスカトーレは俺の部下に手を出した。

 だから、俺も手を出すってだけの事でね。

 俺の陣営に手を出した貴族がどうなるか、貴族界に対する警告を与えるのが目的となっている」


 俺は貴族たちを見る。


「実際、エマの誘拐にしても事前に解っていた事なんだよ。

 阻止するつもりなら、事件が起こる前に対処できた」

「ということは、わざとマクスウェル女爵を誘拐させたと……」


 俺は頷く。


「ああ、エマ本人からも計画に協力したいとの申し出があった。

 いいかい?

 俺は聖人君子でも何でもないし、限りない優しさなど持ち合わせてない。

 必要とあれば策も弄するし、汚い事もする。

 それが領地の利となるならね。

 領地の利とは、俺だけでなく、君たちも、領民も平和に豊かに暮らせる事を指す。

 トスカトーレの存在は俺たちの為にならない」


 俺はそういうと、マリスがウンウンと頷いた。


「あの勢力は、ケントの暗殺未遂事件にも関係があったようじゃしのう。

 我の火炎ブレスの餌食にしても飽きたらぬ存在なのじゃ」


 俺の盾を自称するマリスは、ロスリングが画策した俺の暗殺を相当根に持っている。

 その原因を作り出したトスカトーレも恨み対象なのだろう。


「ロスリング伯爵が起こした事件にトスカトーレ派閥が関係していたのですか!?」

「そうだ。ハリスたちの調べによれば、ロスリングを焚き付けたのはパリトン伯爵だそうだ。あの事件はロスリング伯爵家の断罪で闇に葬られたが、その裏で暗躍していたのはトスカトーレに他ならない」


 トリシアが静かに言い放つ。


「とまあ、場当たり的な対応だけで放置すると、今回の誘拐事件のように、今後も似たようなバカなマネをするヤツが出てこないとも限らないからね。

 だからキッチリと警告を含めた対応を取るつもりだ。

 君たちの働きに期待するよ」


 と、ここまで話したところで、ハリスが後ろに控えているのに気づいた。


 相変わらず神出鬼没ですなぁ。

 最近は俺にも気配を悟られないからな。


「ハリス、どうした?」


 ハリスはニヤリと一つ笑うと、耳打ちしてきた。


「例の……ブルックドルフ伯爵の……」


 ヒソヒソと話すハリスの言葉は貴族たちには聞こえない。

 その様子を仲間たちは静かに、貴族たちはソワソワしながら見ている。


「ふむ……了解した。ありがとう、ハリス」

「それでは……」


 ハリスは虚空に消えるかのように姿を消す。


「シャーテンブルク子爵」

「は、はい!」


 俺に呼ばれて飛び上がるように立ち上がる。


「例のブルックドルフ伯爵だが」


 ブルックドルフの名を聞きシャーテンブルク子爵がギクリと身体を揺らす。


「そいつもトスカトーレ派閥だし潰すの確定だよ。

 君の息子をダシに使って、俺の力を削ぐ事を画策していたそうだ」

「と、言いますと……」

「君の息子も正義感が強いみたいだね。

 町娘を相手に暴行に及ぼうとするブルックドルフの息子を撃退したそうじゃないか」


 シャーテンブルクはハッとした顔になる。


「な、なるほど……それで息子は……」


 どうやら、ブルックドルフの息子とやらに危害を与えた理由を彼の息子は喋らなかったらしい。

 町娘といえど、若い娘が裸に剥かれ襲われたという噂が立つのを気にしての事だったようだ。

 なんとも彼の息子らしい行動だろうか。

 これは助けないワケにはいかないな。


「ハリスが一人で全てを片付けるなんて芸当もできなくはないが、この件も利用させてもらっていいかな?」

「どういう事でしょうか?」

「どうも今、そのブルックドルフのドラ息子とゴロツキ一〇数名が君の屋敷に向かっているらしいんだ」

「な、なんですと!?」

「今、君の家に誰がいる?」

「妻と娘、息子たち、合わせて八人ほど……」


 ふむ。急いだ方が良さそうだな。


「よし、今回の会合は終了。解散してくれ。

 シャーテンブルク子爵と仲間たちは残ってくれ。

 解散組は、この件で俺が動くという事を社交界で広めるように」

「仰せのままに」


 ファーガソンが貴族風に頭を下げ、他の貴族もそれに倣う。

 さて、その貴族のドラ息子とゴロツキを張っ倒しに行くとしますか。

 仲間を連れて行くのはとんでもない過剰防衛なのだが、バカどもに警告する意味もあるので良しとしよう。


 さあ、行動開始ですよ。

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