第27章 ── 第20話

 午後になり園遊会の続きが行われる。


 日程は初日とほぼ同じなのだが、この午後の園遊会は、それぞれの貴族たちによる会合の色合いが強い。

 各派閥の貴族たちがそれぞれの会場に集まり、自陣営の今後の動静を話し合うわけだ。


 俺はミンスター公爵派閥に親しい関係にあるが、独立派閥として認識されている。

 なので、俺の用意してもらった会議室には、俺に関係する貴族たちが集ることになる。


 といっても、俺の勢力にはそれほどの数はいないんだけど。

 会議室に向かう廊下で、一人の貴族が挨拶してきた。


「お久しぶりでございます、辺境伯閣下」

「あ、ご無沙汰ですね。メイナード子爵」

「娘は元気にやっておりますでしょうか?」


 このメイナード子爵は、娘を俺の館のメイドにと頼んできた貴族だ。

 エマの側付きメイドのフィリアの父親ということ。


「ええ、頑張っているようですね」


 エマに邪険にされていたフィリアを思い出し俺の顔には苦笑が浮かんでしまう。


「彼女は行儀は既に躾けられていましたから、マクスウェル女爵の側仕えをしてもらっています」

「そのようですね。マクスウェル殿は、闊達で努力家だと伺っています」


 父親と手紙のやり取りなどをしているだろうし、エマの工房引きこもり生活なんかも報告を受けているんだろうねぇ。


 廊下ですれ違う貴族の何人かは、俺と歩いているメイナード子爵を見て、ポカンと大口を開いているものが多い。


 それもそのはず、メイナード子爵は元々別の派閥の貴族だ。

 それが新興貴族の俺と歩いてるという事は、今までの派閥から抜け、俺の陣営に入った事を意味するからだ。

 メイナード子爵が元々いた派閥は、トスカトーレ派閥らしい。

 しかし、彼はトスカトーレとキッパリと縁を切って、俺に近付いてきた。

 長女であるフィリアを差し出した形でだ。


 フィリアはメイナード子爵家の跡取り娘なので、他家から婿取りをして実家を継ぐのが彼女の義務だ。

 その長女を差し出す事でクサナギ家との関係を深めるという狙いがあった。


 今回のエマの誘拐事件があったので、ハリスに一応調べてもらったが、メイナード子爵は本当にトスカトーレとは手を切っていたらしい。


 元々メイナード子爵家は古い家系だった事もあり、トスカトーレ派閥の構成員として派閥にいたらしいが、発言力も殆ど無く、子爵家発展のための美味しい話なんて全く振られない状態だったようだ。

 もっとも、子爵自身もトスカトーレ派閥に益をもたらす事もできずにいたのだが。


 そんな折、俺の噂が貴族の間で持ち上がった。

 反乱を未然に防ぎ、新たなる爵位を与えられ帝国へ単身乗り込んだ冒険者貴族。

 国王や有力大貴族たちにも覚えが目出度い。さらに独身だ。

 子爵は長女を送り込み、俺を婿に迎えようと考えた。

 長女の素養や美貌を考えれば、行けると思ったそうだ。


 ただ、子爵は知らなかった。

 辺境伯が伯爵号とほぼ同格で、領地持ちで自前の軍隊を持っている段階で伯爵よりやや上、侯爵よりは下という事を。


 王国で初めて作られた爵号なので知らないのは仕方ない事だけど、自分より爵位が上の貴族家当主を婿にしようとしてたのは誤算だっただろうな。


 俺の翻訳機能で「辺境伯」と訳されてるから、俺は現実世界の知識から理解できてたんだけど、現地人では理解できないなんて事もあるわけですよ。


 ただ、メイナード子爵は無能ではなかったようで、いち早く俺の陣営の貴族家として行動をしており、ミンスター公爵派閥の貴族と情報交換などをしていたらしい。


 娘から入ってくる情報を有効活用する姿勢は中々悪くないと思います。


 実際、俺が一年近く留守にしていたため、行政関連で四苦八苦していたクリスに協力して、ミンスター公爵のサポートを引き出したり、モーリシャスの領主であるハッセルフ侯爵との会合などをセッティングしたりしていたなんて報告書もあったからね。


「そう言えば、マクスウェル女爵をお見かけしませんな?」

「ああ、それは会合で報告しようと思っていたんだ」

「左様で。今回、女爵がおいでなのに娘が随伴していない事が少々気になっていたんです」


 まあ、転移門ゲートで移動だったし側仕えは必要ないだろうと随行員は連れてこなかったんだが、連れてきてたら不必要な危険に晒されただろうし、これは不幸中の幸いだった気もする。


「娘は、我が家へあまり帰りたがってないようなので、私と顔を合わせたくなかったのかもしれませんが……」

「そうなの?」

「ええ。どうも娘は辺境伯閣下の館でお仕えするのがよほど気に入ったようで」


 俺は吹き出しそうになる。

 館に入れた行儀見習いのメイドたちは、館で出されるスイーツの虜になってた記憶があった。

 貧乏貴族では中々甘味は口に入れられないらしく、毎日出されるスイーツ類に感涙していたからね。


 エマもスイーツを食べるために工房から出てくることが多いそうだし、フィリアが給仕しようとすると「貴女も相伴しなさい」とお茶を共にさせてるそうだからねぇ。


 エマは再興した男爵家の当主で女爵号を貰ったけど、自分より爵位が上の子爵家の娘に給仕させるのが忍びなかったのかもしれないね。


「クサナギ辺境伯閣下、ご機嫌麗しゅうございます」


 メイナード子爵と話しながら歩いていると、後方から早足で近付いてきたのはシャーテンブルク子爵だ。


「おお、カール殿。遅かったではないか」


 カール・シャーテンブルク子爵は無派閥の貧乏貴族だったが、俺との縁を結ぶためにメイナード子爵と同じく行儀見習いとして娘のネリスをメイドに差し出してきた貴族だ。

 彼は王都の上町に屋敷を持つが、無派閥を貫いてきた為に没落寸前だった。

 側室を含めやたらと奥さんがいるらしく、貧乏子沢山という可哀想な人だ。

 それほどイケメンではないが、非常にモテるらしい。

 俺が一目置く人物だ。希望の星とも言える。


 ただ、彼の屋敷は平民たちの駆け込み寺と化していて、DVが激しい商家の奥方などを匿ったり、捨て子を拾って育てたりしている稀有な人物だ。

 貧乏なのに困った人を放っておけないなんて「聖人か!」と思ったりもしたもんだが、そんな人が困っているなら援助するのも吝かではないのだ。


 娘を行儀見習いという名目で差し出していると言えば聞こえは良いけど、はっきり言えば俺へ人身御供として差し出した。

 例の深夜夜這い事件の主犯は、実のところこの人の娘なんだよな……

 本人は覚悟の上での突撃だったそうだけど、そんなマネはしなくて良いんだよ。


 色々事情を知った今では王都の別邸を管理しているイスマル・ラストルーデを通して金銭や物資の援助を行っている。


「申し訳ありません、メイナード子爵。少々、私事でして……」

「そういや、昨日いなかったね」


 俺がそういうと、シャーテンブルク子爵はハンカチで汗を拭き取る。


「辺境伯閣下のお手を煩わせる事はありませんので、ご安心を」


 何か問題か?

 彼は基本的に問題を俺に押し付けようとしない。

 娘を差し出してきたのだって、最後の手段だったのだ。


「問題があるなら聞いておきたいんだけど」


 シャーテンブルク子爵は口ごもっていたが、俺が「話せ」と強めに言ったのでやっと重い口を開いた。


「実は、私の子供の話でございまして……」


 シャーテンブルク子爵によると、彼の息子がとある貴族の息子に怪我を負わせたという。

 息子を傷物にされたと、その貴族は相当な剣幕で怒りを示しているらしく、謝罪に走り回っていたそうだ。


「ほう……なんていう貴族?」


 シャーテンブルク子爵は、意を決したようにその貴族名を口にした。


「ブルックドルフ伯爵家でございます……」


 ブルックドルフ伯爵?

 俺が「誰だ?」という顔をすると、メイナード子爵が教えてくれる。


「ブルックドルフ伯爵はトスカトーレ派閥ですな」

「ほう……ハリスいるか?」


 俺がそう言うと、ハリスが影から無言で現れる。

 突然現れたハリスに、両子爵は目を皿にして驚いた。


「ブルックドルフ伯爵とかいうヤツの息子の事を調べてくれ」「承知した……」


 ハリスはそう言うと風に溶けるように消えた。

 相変わらず見事。


「シャーテンブルク子爵、心配する事はない。

 こういう話はちゃんと俺に教えてくれないと逆に困るよ」

「申し訳ありません。私の愚息のために閣下にお手数をおかけします」


 トスカトーレ派閥だそうだし、どうせブルックドルフとかいうヤツの息子もロクなもんじゃないだろう。

 もし、そうでなかったとしても、俺の財力で保証してやってもいいし、怪我くらいなら四肢再生も含め魔法でなんとでもなる。


 会議室に到着すると仲間たちや配下の貴族たちが既に集まっていた。


「遅れたかな?」

「大丈夫じゃ。メイドどもに持たされた菓子を出して食べていたからのう」

「私も色々持ってきたのですよ!」


 マリスは菓子を、アナベルはどう見ても屋台料理をテーブルに広げてる。

 その菓子やら料理をアモンとアラクネイアも摘んでいる。


 お前ら、相変わらず食い気だな。


 貴族たちは苦笑しながらも、俺の仲間たちと談笑していたようだ。


 今日、この会議室に来た貴族たちは、俺と一緒に来た二人の子爵を筆頭に以下の通り。


 エルネスト・フォフマイアー子爵、オットー・セネール男爵、ジュリス・シルレット男爵、ソリス・ファーガソン准男爵、ジンネマン・ポーフィル准男爵、そしてイスマル・ラストルーデ准男爵の六人。

 それと何故か、コーウェル・ロッテル子爵も一緒にいた。


「ロッテル子爵もウチの陣営なの?」


 隣りにいたメイナード子爵に聞くと、彼は静かに頷く。


「彼の嫡子が閣下の軍に所属していますからな。

 傍から見たら、そう判断されます」


 そうなのか。


「元々ロッテル子爵は派閥には属しておりませんでした。

 門弟が様々な派閥の者たちですから」


 シャーテンブルク子爵はそういうが、今ではアーベントが第一ゴーレム部隊長などをしている為、ロッテル子爵家の所属は俺の陣営となるのだそうだ。

 ゴーレム部隊の隊長は強大な力を持つ者と判断されるので、無派閥で通すには相当な軋轢を生みかねないらしい。

 ならば、俺の庇護下にいた方がいいという判断なのだろうか。


「ロッテル子爵はそれでいいんですか?」

「辺境伯殿のお邪魔でなければ……」


 別に俺はロッテル子爵を邪魔には思わない。

 剣豪の権門だし悪くない。


「いや、邪魔だなんて思いませんよ。武勇の名家がいてくれると嬉しいです」


 俺がそういうと、ロッテル子爵は俺の前まで来て跪く。


「クサナギ辺境伯閣下、今より我がロッテル子爵家は閣下に忠誠を誓います。

 我が子爵家の剣は未来永劫、閣下の元に捧げる事をお約束します」


 いえ、忠誠とかは……


 口に出して要らないとか言えず、少々困ってしまう。

 身分制度も解るけど、毎度忠誠などを誓われると戸惑う。


 ま、俺が領地を不在にしてる時とかに、防衛力として非常に協力な駒を手に入れたとは思えるけども。

 でも、ロッテル家は王都に道場あるんだし、王都の別邸とか、メイナードやシャーテンブルクたちを守ってもらうのが得策かな。


「ようこそ、我らの陣営へ」


 フォフマイアーがニヤリと笑いながらロッテル子爵の肩を叩く。

 男爵や准男爵たちも手を叩いて歓迎の意を示した。

 緊張した顔をしていたロッテル子爵も漸く笑顔になった。


 フォフマイアーも元冒険者で剣の腕は相当なモノだし、ロッテル子爵とは顔見知りっぽいね。


 ふと見ると、開けたままの扉の向こう……廊下のあたりに何人かの貴族がいるのが見えた。

 そしてその貴族たちがヒソヒソとやっている。


「ロッテル子爵家もクサナギ辺境伯の元に下ったようだぞ……」

「辺境伯殿の陣営は急速に勢力を伸ばしているな……」

「我々も考えた方がいいのではないか……?」


 外野が何か言ってるなぁ。

 派閥の移動は高いリスクを伴う賭けだと思うが、時流に乗ろうと思うのも悪くはないと俺も思う。

 だけど、俺の名や力を背景にデカイ顔をしたいだけの貴族はいらん。

 俺の部下に無能はいらんのだ。

 部下になりたいなら、それなりの実績を見せてくれないとな。

 もっとも、実力至上主義というのも色々問題ありそうだとは思う。


 シャーテンブルク子爵は、貧乏だし大した力も持っていない。しかし、俺は彼の心根を好ましく思ったから、彼の娘をメイドに雇った。


 こういう部下も俺は受け入れる。

 ただただ小賢しいだけの貴族は要らないんだよ。


 その辺りを考えて出直してきてほしいものだ。

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