第27章 ── 第19話

 次の日の園遊会。

 エマの姿はもちろんない。


 エマが誘拐された事で社交界の会場警備が非常に厳しくなっており、近衛隊の警備兵やパトロール兵が倍増しているので「貴族たちは何かあったの?」という顔をしていて、事情を聞かれた近衛兵が応対に四苦八苦しているのが、心苦しいところだ。


 犯人が解っているのでミンスター公爵もフンボルト閣下も国王も会場に顔を出さないので、色々な憶測が貴族間で飛び交っている。


 俺もトスカトーレ派閥以外の貴族との談笑や商談を熟す中で「何か起きたんでしょうか」などと聞かれたが、答えることも出来ず誤魔化すしかない。


「大丈夫ですよ。何かあったにせよ、あの王国随一の剣豪たる『紅き猛将』が率いる近衛隊が守っていますから」

「確かに、オルドリン子爵殿が王城を守っているのですから、ドラゴンでも攻めて来なければ大丈夫ですな」


 友好的に接することができたエドモンダール伯爵の派閥の貴族とも親交を深めておくことにする。

 彼らは王国北側にある小都市の領主たちで、半分くらいは王国直轄地の代官でもある。

 直轄地を預かっているのに収益を上げられず、王家を富ませられない事に責任を感じている代官貴族の悲哀が俺の同情を誘う。


「クサナギ辺境伯殿、昨日お伺いした対ワイバーン用の武器というのはどのようなモノなのでしょうか?」


 彼らの関心事はコレだ。


「そうですね。こう……筒状の発射器に、魔法の誘導性能を持った矢を装填して発射する感じですか」

「筒? 矢?」

「ワイバーンに矢が聞きますでしょうか?」


 確かに普通の矢じゃ殆ど意味はないだろう。


「いや、矢といっても、このくら大きい奴なんですよ」


 俺は両の腕を広げて大きさを示す。


「大きいですな……城壁の上に設置するバリスタの矢のような……」

「ええ、そういう感じです」

「しかし、あれを筒ですか? そんなもので打ち出すというところが……」


 理解できないだろうな。

 銃などの火薬を使った射撃武器の知識がなければ想像は難しいだろうね。

 火薬という文明の利器がないティエルローゼでは、発射機構に火薬は使えないので魔法によるモノになるし、ましては目標に自動誘導するという発想は絶対に出てこないだろう。


 俺も説明しようとするが、ティエルローゼにはない現代用語が頻繁に頭に浮かぶので、非常に説明が難しい。


「まあ、出来上がってのお楽しみとしておきましょう」

「それは楽しみですな」


 そんな話をしていると派閥のリーダーであるエドモンダール伯爵がやってくる。


「クサナギ辺境伯殿。オルドリン子爵殿と話したのだが」


 やはり新兵器の事のようだ。


「配備に関しては問題ないとの言質は取りました。

 問題は駐屯兵員を減らすという事に難色を示していましたな」

「まあ、兵器の威力を知れば、否とは言わないと思いますよ」

「随分と自信がお有りのようだが……」


 現物が無いところで自信たっぷりに言っても信用を得るのは難しいね。

 万が一期待はずれだった時は、大変なことになるしね。


「そうですな。少し似たモノをお見せした方がいいかもしれませんね」


 俺がそう言うと、エドモンダールや派閥の貴族たちは目を丸くする。


「もう、試作品が!?」

「いえ、全く違うモノなんですが、方式はほぼ一緒です。

 もちろん新兵器の方は、もっと色々と魔法の付与が必要ですが」


 俺はトリシアを探し出して城の中庭に来てもらった。


 何か俺が始めたので、周囲に貴族たちが集まってくる。

 王子はもちろんの事、トリシア狙いの貴婦人たちも大勢いる。


「みなさん、今回見てもらうのは、一年くらい前に俺が作ったトリ・エンティル専用の射撃武器です」


 トリシアに合図すると、トリシアは無限鞄ホールディング・バッグからバトル・ライフルを取り出した。


「杖か……?」

「そう言えば、トリ・エンティル様は魔法野伏マジック・レンジャーだとお聞きしたことがありますわ」


 などと聞こえてくるが、杖じゃないんだなぁ。


 俺は中庭に設置されていたステージの上に貰ってきた酒の瓶をいくつも並べる。


「あー、ステージの後ろの方にいる人、危険なんで退避をお願い」


 俺がそういうと、マリス、アナベル、アモン、アラクネイアたちが、観客の整理をしてくれる。


「おい、お主! そこに立っていると死ぬのじゃ! こっちに来るのじゃ!」

「はーい、これ以上先に行ったら駄目なのです」


 既に会場は芋を洗うような人集り。


 アモンもアラクネイアも力に物を言わせた人混み整理を開始している。


「秘技、連坑斬」

蜘蛛の糸スパイダー・ウェブ


 アモンが地面に剣で均等間隔に穴を開けそれに木の棒を立てると、アラクネイアが手の平からアラクネーが出すのと同じ糸を出した。


 おい、スキル使うなよ!

 つーか、お前らも技名を口走るようになったよな……


 仲間たちの活躍であっという間に会場が出来上がった。

 貴族たちの期待と好奇の目が集まりまくります。


「随分、大きな騒ぎになったな」

「仕方ないよ。それじゃ始めるか」

「了解だ」


 トリシアがガチャリとコッキング・レバーを引く。


「えー、お集まりの皆さん、これからお見せするのは、新しい射出兵器です。

 これはトリ・エンティル用に開発したモノになります。

 では、トリシア、壇上の真ん中の酒瓶を撃ってくれるかな?」


 トリシアは無言でバトル・ライフルを構える。


 やはりトリシアは絵になるなぁ……


 などと考えていると「バスッ!」と音が鳴ったと同時にステージの酒瓶の一つが「バリン」と弾け飛ぶ。その更に向こうの壁も小さく抉れてしまう。


 うーむ。修繕費を払わねば……


「おお……」

「何だ? 突然弾けたぞ!?」

「魔法か!?」


 俺は気を取り直して説明する。


「このように、離れたところにいる目標を簡単に破壊することができる武器です」


 俺はインベントリ・バッグからバトル・ライフル用の弾丸を取り出す。


「えー、これを見て下さい。

 この武器は、この小さい鉛の塊を打ち出すために作られています。

 この鉛の塊を『弾丸』と言いますが、音よりも早い速度で打ち出す事で鎧などの装甲すら軽く撃ち抜きます」


 貴族たちは俺の摘んでいる弾丸を見て懐疑的な目をした。


 まあ、当然の反応だよな。


 俺は普通の鉄製の金属鎧を酒瓶の間に置いた。


「トリシア、これを撃ってくれ」


 トリシアがライフルを構える。

 そして「バシュッ!」と弾丸を発射する。


──ガキーン、チュイーン!


 甲高い金属音が中庭に響き渡る。跳弾は俺が無詠唱の魔法で抑え込む。

 念力テレキネシスマジ便利。


 貴族たちは言葉を失った。

 金属鎧の胸の部分には少し小さめの穴が空いていたからだ。


「プレート・メイル程度なら簡単に撃ち抜けるんです」


 俺がそう言うと、パラパラと拍手が起き、それを合図に「うぉー」とか「キャー」とかの歓声と盛大な拍手が中庭に満ちていく。


 トリシアはニヤリと笑うと「バシュバシュバシュ!!」とライフルを乱射し、ステージ上の酒瓶をすべて破壊した。


 中庭は熱狂の渦に飲み込まれた。

 見たこともない新兵器を前にして当然だとは思うけど、想像以上だったのでビックリした。


「辺境伯! これが例の対ワイバーン用新兵器か!?」


 興奮気味のエルウィン王子が詰め寄ってきたので「まぁまぁ」と諌める。


「小型版と言えますかね。

 これを大型化、飛翔体の誘導性能などを追加したものになるでしょう」


 俺の説明にエドモンダール伯爵の目もキラキラ輝いている。


「これがあれば、ワイバーンも怖くありませんな!」

「北山脈の防衛体勢が根本的に変わるぞ!」


 エドモンダールの言葉に王子も同意する。


「この武器はトリ・エンティル殿用と聞いたが、一般兵士にも使えるか?」


 王子は王国の軍事力への直結を考えたようだ。

 だが、こんな近代兵器を大量生産する構想は俺は持っていない。


「難しいでしょう。

 魔法野伏マジック・レンジャーであるトリシアだから、小型化が可能だったのもありますし、見てもらえれば解ると思いますがあの武器はアダマンチウム製です。一般兵士に持たせるには価格も必須能力も合いませんね」


 王子はガックリと肩を落とす。


「アダマンチウムなど、ミスリルよりも手に入らぬ伝説級の素材ではないか。

 冒険者をしてきた凄腕の辺境伯がようやく手に入れ、トリ・エンティルのために誂えた武器など、国宝級に違いないな……」


 スミマセン……

 アダマンチウム自体にそんな価値ないんですが。

 今はドーンヴァースから純度一〇〇%のインゴットが簡単に仕入れられるし、劣化はするけどファルエンケールからの輸入も可能なんです。

 ただ、この辺りの情報は俺の領地やファルエンケールの機密なので王子にも明かせませんけどね。



 即興のパフォーマンスが終わって、貴族たちがバラけていく。

 さっきの新しい武器のお披露目もあって、社交界での話題は完全に俺たちが掻っ攫った状態だ。

 口々に俺が持ってきた衣装やら、先程のライフルの話題を話している。


 これなら貴族界における俺の立ち位置やら地位は盤石と言えそうですな。

 何せ、四つある内の三勢力に好意的に受け入れられたんだからね。


 ただ、中庭に集まった貴族の中にはトスカトーレ派閥も居て、憎々しげな視線を俺に向けてきていたんだけど。

 その目には、エマを俺の元から攫ってあるという優越感も伺えた。


 会場の後片付けを使用人たちに指示しているとマルエスト侯爵が話しかけて来た。


「中々面白い趣向でしたな。それにしても……今日は、マクスウェル女爵はいらっしゃらないようですな?」


 マルエスト侯爵は俺の周囲をキョロキョロと見回す。


「申し訳ない。今、エマは不在でして……」

「それは残念。また、当時の話を聞きたかったのですが」


 歴史好きのマルエスト侯爵の気持ちは判らんでもない。

 俺も古い時代の生き証人がいたら根掘り葉掘り聞きたいと思うだろうし。


 信長に謀反を起こした光秀が目の前にいたら、誰でも「何で裏切ったの?」って聞きたくなるだろ? それと同じだろうと思う。


 俺の視線の端にトスカトーレがいるのが見えた。

 視線をそちらに向けないようにトスカトーレの様子を探る。


 あちらも俺の方を見ないようにしているようだが、チラチラと目が俺の様子を窺っているのが解る。


 はっきり言って誤魔化すのが下手ですな。

 こっち見てるのバレバレですよ。


 前日に俺から手ひどい扱いを受けたので、俺に近づくような事はない。

 ただ、派閥の貴族とヒソヒソしつつ含み笑いをしているから、エマがいなくなって俺の余裕のなさそうな仕草(演技です)などを見てほくそ笑んでいるのは解る。


 今は優越感に浸っているがいい。

 そのアホな笑い顔もそのうち絶望に変えてやるよ。

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