第27章 ── 第18話

「状況は?」


 俺は宿泊用に充てがわれている部屋に仲間たちと戻った。

 部屋に入って声を掛けると、影からハリスが現れる。


「目標は……貴族街のある邸宅に……運ばれた……」

「やはりトスカトーレの屋敷か?」

「いや……パリトン伯爵の別邸……だ」


 ほう。


 俺は大マップ画面でエマの位置を確認する。

 俺は既にトスカトーレ派閥のメンバーにピンを立てている。

 トスカトーレ自身には赤いピン、トスカトーレ派閥の者はオレンジ、関係者には黄色という感じで、関係が深いほどに濃い色で分類できるようにしてある。


 トスカトーレ侯爵自身はまだ城内にいるようだが、エマを示すピンの近くにはオレンジ色のピンが多く立っている。

 それらのオレンジのピンをクリックして調べると、パリトン家の使用人や家族などであることが解った。

 他にもオレンジよりも濃い色のトスカトーレ家関係者も幾人か出入りしているのが見て取れる。


「ふむ。自分の屋敷に連れ去らずに配下のところに送ったってのは、計画が失敗した時に尻尾切りできるようにかねぇ?」

「恐らくは……」


 だとするなら、早急に状況に対処してしまうとトスカトーレ自身にしらを切られる可能性が高いわけだな。

 しばらく傍観するのが得策か……


──コンコン


 扉がノックされ、トリシアが扉を開けるとオルドリン子爵が近衛隊の副官と共に立っていた。


「マクスウェル女爵は部屋に戻っておりましたか?」

「いや、いませんね」


 オルドリンは難しい顔をする。


「我々も城内を探索したのですが、マクスウェル女爵を見つけることはできませんでした」

「やはりかどわかされたかもしれませんな」


 副官の言葉にオルドリンは腕組をして溜息を吐く。


「そのようですね」

「辺境伯殿、誠に申し訳ない。我々の警備に不手際があったと言わざるを得ない」

「いや、オルドリン子爵に頭を下げてもらうのは筋が違います。頭を上げて下さい」


 俺は頭を下げるオルドリンの肩に手を置いた。


 近衛隊長のオルドリンの責任もあるかもしれないが、誘拐犯が一番悪い。


「子爵の責任を云々する前に、エマを探し出しましょう」


 犯人は解っているが、しらばっくれないといけないのが面倒だ。


「まあ、そんな所で立ち話も何なので、部屋に入って下さいよ」

「いや、お邪魔したのはマクスウェル女爵の不在を確認するためではなく、国王陛下がお呼びなのでそれをお伝えに……」


 ふむ。ミンスター公爵が動き出したかな?


「我らも行くかや?」


 マリスは既にドレスを脱ぎ捨て、無限鞄ホールディング・バッグから鎧を取り出し始めている。


 気が早いな!


「いや、マリスとアナベルは部屋で待機だ。戦闘が起きた時は頼む」

「了解じゃ」

「あいあい」


 俺はチラリとアラクネイアを見る。


「解ってるな?」

「主様、心得ております」


 アラクネイアにはハリスのサポートに動いてもらいたい。

 部外者のオルドリンがいるので多くは語れないが、アラクネイアは察してくれたようで、ニッコリ笑いながら小さく頷いた。


 アラクネイアはハリス同様に隠密系スキルを幾つも持っているからな。

 フラウロスと一緒に行動してくれると助かる。


「ハリスは一人付いてきてくれ」

「了解……」


 カーテンの影からハリスが出てきて俺の後ろに付いた。


「では、陛下の執務室へ案内いたす」


 俺らの部屋の前には既に近衛兵が二人ほど警護に立っている。

 オルドリンは、警備の近衛兵に目で合図をしつつ、先立って歩き始める。


 俺に案内は必要ないんだが、オルドリンとしては警護しなければならないという使命感があるに違いない。

 俺の関係者が行方不明になっている段階で、俺たちは警護対象なんだろうね。



 いつもの如く、案内された場所は国王の執務室だ。

 オルドリンがノックをすると「入れ」と声が掛かる。


「失礼致します。クサナギ辺境伯殿をお連れいたしました」

「ご苦労、下がれ」


 オルドリンは敬礼をすると、部屋の外へと出ていく。

 部屋の前の廊下にいる近衛兵と合流して警備を続行するつもりだろうな。


 俺は扉が閉まるのを待ってから集まっている国王、宰相、公爵に挨拶する。


「陛下、ご機嫌麗しく……」

「挨拶は無用だ、辺境伯。状況はどうなっておるか?」


 俺がミンスター公爵を見ると、公爵は「フッ」と軽く笑う。


「もう、例の話は陛下に通してある。情報の共有を」

「なるほど。了解です」


 陛下を見ると、激怒しているようで目付きが鋭い。


「辺境伯。余は不心得者を許すつもりはない。王国の大掃除には余も尽力するぞ」

「ありがとうございます」


 フンボルト閣下も憤りを通り越している感じだ。


「貴族間紛争の調停は陛下の名のもとに私が行うことになるので良しなに。

 まあ、今回は紛争というよりも犯罪なのだが……

 恐れ多くも王家の血筋の者をかどわかすとは、極刑でも生ぬるい事になる」


 そういや、マクスウェル男爵家って王家の傍流の末席に連なっているんだよな。


「辺境伯、マクスウェル女爵は今どこにいる?」

「えーと、パリトン伯爵の別邸にいるようですね」

「無事なのだな?」

「トスカトーレにエマを害する意思はないようです。

 ハリス、そうだよな?」

「エマは……魔法の研究室のような部屋に……捕らわれている……」


 ハリスの説明によれば、買収された城内の使用人の手引でエマは城外に連れ出されたようだ。

 給仕の者が使うカートの中に入れられ、そのカートごと馬車に乗せられ、パリトン伯爵の別邸に運び込まれた。

 別邸の地下にある外から錠前を掛けられた魔法工房に似た部屋に寝かされたという。

 エマはすぐに起きたようだが、拘束はされておらず錬金道具を使ってお茶を淹れて飲む程度の余裕はあると報告がなされる。


「流石は我が血脈、マクスウェル家当主と言うべきか。結構豪胆ではないか」

「まあ、彼女は幽閉経験がありますから、慣れもあるのかもしれませんけどね」


 リカルド国王の目が全く笑っていないのに表情が笑っているのが結構怖い。


「リカルドには私がいる。ロゲールも辺境伯もな」

「トスカトーレ派閥は余の治世には不要と結論が出た。

 今までは祖父王の頃の忠誠に免じて目を瞑っていたが」


 ミンスター公爵の言葉にリカルドは頷く。


「余は貴族間の競争に口を挟むつもりはない。

 しかし、余の血族に働いた無礼は許さん」

「当然だ。クラーク家に連なる血筋だからな」


 クラーク家は二〇〇年近く前に王家から侯爵家に嫁いだ女性の血筋らしい。

 もっとも、この侯爵家は王族との関係が深く、国王とミンスター公爵の叔母にあたる人物が嫁いだ先でもある。


 このセリーナ・クラークという人物は物凄い美人だったようで、若い頃の国王や公爵の憧れの人だったという。

 その親戚筋がマクスウェル男爵家だったわけだ。

 セリーナとクラーク家当主の間に子が無かったため、今は家名が断絶しているが、その内リカルドの娘に婿を取って継がせるという計画もあるようだ。

 王家にとって非常に大切な家名なのが感じ取れるね。


「さて、辺境伯。我々はいつ動けばいいかね?」


 ミンスター公爵は政敵を追い落とせるのも相まって、少し先走り過ぎな印象だな。


「まだですね。

 トスカトーレ侯爵がエマのところに顔を出すまで待つべきでしょう」

「そんな悠長なことで問題無いのか?」


 国王もソワソワしているな。


「今、パリトン家の別邸を襲撃したところで、パリトン伯爵の罪しか問えないでしょう。

 トスカトーレが顔を出すところを見計らって襲撃を掛けるのが得策です。

 派閥ごとまとめて処分するには、派閥の当主を言い逃れの出来ない状況に追い込む必要がありますよ」


 それにフンボルトが同意する。


「確かにその通りでしょうな。陛下、証拠もなしに大貴族を処断しては、他の貴族たちに示しが付きません。

 王家の名に傷が付きますし、王家に都合の悪い貴族は罪をでっち上げられて処分されるのではないかと思われかねない事態に陥ることでしょう」

「ふむ……確かに祖父王時代のような血みどろの貴族界に逆戻りは願い下げだな……」


 ミンスター公爵も「それは困るな」と先走り気味の矛を納める。


 先々代の頃は相当な貴族間抗争があったようだ。

 国王も公爵も先王に色々と聞かされて育ったんだろうなぁ。


「今回の件は、表面上伏せておいて、機会を見て社交界で発表するようにしましょう」

「それが良いでしょう。今は事を荒立てる時期ではないと私も思います」


 俺の提案に宰相閣下も同意してくれる。


「エマの護衛にはハリスを一人付けてあります。エマへの脅威はいつでも排除可能ですから」


 俺はハリスを俺の横に連れてきて自信満々の顔を作る。


「ハリス殿の実力を疑ってはいないのだが……ここに居て大丈夫なんだろうな?」


 ミンスター公爵は知らなかったっけ?


「ハリス?」

「うむ……」


 俺が言うと、ハリスの分身ががずいずいと三人ほど出てくる。


「うぉ!?」


 ミンスター公爵がのけぞって驚き、フンボルト閣下も顎が外れたような表情になった。

 リカルド国王は俺の屋敷に来た時に見たのか驚きはないようで、二人の醜態を見て「プッ」と吹き出した。


「トリ・エンティル殿と同じ辺境伯の腹心だぞ? この程度のことはやるのだよ」

「驚きました。という事は、ハリス殿は自分のドッペルゲンガーを作り出せるのですな?」

「ドッペルゲンガーとは違いますね……説明するのが難しいんですけど、本体であるハリスと同程度の能力を持った分身を作り出せるようです」


 ハリスはイケメン顔でニッと笑って多くを語らない。


「もう、レベルは九〇だっけ?」

「いや……今は八九と……八八だな……」


 国王もこれにはビックリしたようだ。


「神のレベルではないか……」

「ああ、俺の仲間たちは既にレベル九〇くらいのヤツしかいませんからね。

 冒険に参加してないエマでさえレベル六〇です。

 仲間たちを傷つけられるのは、魔族かドラゴンか神くらいなもんです」


 ミンスター公爵はやれやれと肩を竦める。


「トスカトーレの捕縛の実行に関する計時けいじは辺境伯に任せよう。

 オルドリンたち近衛隊への命令は余と公爵で行う。

 辺境伯は頃合いを見て指示を出すように」

「畏まりました。その時は念話でお知らせいたします」


 俺はそう言って王の執務室を出る。


 後ろで「念話には驚くぞリカルド」とか「例の魔法道具よりもか?」などという声が聞こえてくる。


 まあ、いきなり呼び出し音が鳴るから普通は驚くよね。身体がビクッてなると思う。

 俺も携帯とかの呼び出し音が苦手だったし。

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