第27章 ── 第17話

 公爵と立ち話をしている俺を遠巻きに見る中年貴族とその娘らしい若い女性の姿がちらほら見える。


「いいか、ミンスター公爵様が離れた時が絶好の機会だ」

「でも、お父様……あの方のお隣にいる黒服の君の方が……」

「馬鹿者、従者に目移りしてどうする」


 聞き耳スキルが一組からはそんな声を拾ってくる。


「あの方の伴侶になれば、一生遊んで暮らせるって本当なのですか?」

「ああ、そうだ。今や王国の経済はあの辺境伯殿無しでは回らないのだ」

「ハッセルフ侯爵様より?」

「当然だ。辺境伯殿の魔法道具を嬉々としてエマードソン伯爵に買わせているほどだぞ」


 こっちはこっちで取らぬ狸の皮算用か。

 俺もシルクの衣装関連でやってるけど、勝ち目があるかどうかはしっかり考えているぞ?


 どうやら、娘連れの貴族たちは俺に娘を嫁がせようと画策している輩のようだ。


 そう計画しているくらいだから、娘たちのレベルは比較的高い。

 しかし、トリシアを筆頭にアラクネイア、アナベルなどという美女軍団に比べれば些か落ちる。

 ここに居ないレベッカもファルエンケールの女王並の美貌の持ち主なんだが。

 俺の周りは「傾城傾国けいせいけいこく」を地で行くヤツばかりなんだよ。

 なるほど、ドヴァルス侯爵が園遊会前に言っていた「嫁取りの場」の意味がようやく解ってきた。


 ちなみに、以前メイド見習いとして雇った貴族の息女たち三人も、俺の伴侶狙いだったんだよ。

 夜に襲撃されたが、ハリスとトリシアによる防衛網を突破できず未遂に終わったんだが。


 そんな出来事を思い出して苦笑いがを浮かべる。


 ただ、彼女らはそれほど根性が曲がってはいなかったし、うちの食事の旨さとか労働環境とかが気に入って、今では真面目にメイド稼業に精を出している。

 あと一年もすれば立派に行儀見習いを卒業できるだろう。


「公爵閣下、事が起こってからの事は、こちらの掴んでいる情報を逐一お知らせします」

「相わかった。よろしく頼む」


 話は終わったので念話を切る。


 ミンスター公爵は「ではな」との一言を残し、颯爽と会場から出ていった。 今後の事を準備するために国王と話をしに行ったのかもしれない。


 彼は本当に頼りになるからね。これで後顧の憂いはなくなった。

 しっかりと貴族たちへの見せしめを行ってくれるはずだ。

 もちろん、ハリスやフラウロスにもサポートはさせる。


 さて……


 チラリと見ると待ち構えていた貴族たちがソワソワしつつも俺とアモンの方へ歩いてくる。


「クサナギ辺境伯殿ですな?」

「ええ。貴方は?」

「失礼しました。レストモリア子爵でございます。こちらは娘のハリエット」

「これはどうも」


 ハリエットと紹介された女の子は目を伏せながら軽く会釈してきた。

 齢のほどは一六歳といったところか。

 オーファンラント貴族の慣例としては行き遅れの感がある。

 容姿は美人と言っていい。それなのに行き遅れとなると……


 このオーファンラントでは成人は一五歳。

 貴族の女性たちは、成人前に家格と釣り合いの取れる他の貴族男性と婚約をする。そして成人してから結婚するわけだ。

 成人したのにパートナーが決まっていない段階で行き遅れと言われるのだ。


 もっとも、何らかの事情があったりもするので「行き遅れ」の一言で済ませてしまうのは失礼極まりない話ではあるが。


「あの、辺境伯様」

「何でしょうか?」

「私と踊って頂けませんか?」


 周囲の貴族からザワリとした雰囲気が広がる。

 貴族たちはずっと俺の動向を窺っていたらしい。


「くぅ……お前がもたもたしているから」

「でも、あの方にはとりあえず犠牲になって頂いて、どのような方か様子を見るのが得策ですわ」


 犠牲になって頂くって……「人柱」って事か?

 俺はゲテモノか罰ゲームの一種か何かか。


 でも、冒険者上がりでどこの馬の骨とも解らない新興貴族に自分の娘を充てがおうと考えた父親は、よほどの覚悟と決意があったに違いない。

 俺よりも階級が下の子爵だというのに娘と共に突撃してきた気概を忘れてはいけない。

 その気概を少しでも評価してやるってのも吝かではない気がするのだ。


「喜んで」


 俺が右手を差し出すとハリエット嬢が左手を乗せてきた。


 俺は彼女をエスコートして皆が踊っているところに行く。


 音楽を聞きつつ、タイミングの良いところで踊りを開始する。

 円を描くようにゆっくりとリードする。まずはハリエット嬢のダンスの技量を図るわけだ。


 ティエルローゼも社交ダンスはあるのだ。

 少々現実世界とは違うところもあるが、ほとんど一緒なので館のメイド長を相手に少し練習してきた。


 俺は海外の仕事でこういった社交界っぽいパーティに出るため、社員研修の頃にしっかりと社交ダンスをやらされたんだよ。

 俺自身は上手い方ではないんだが、ティエルローゼに来てからというもの、高ステータスの影響で、身体を使う事は何でも超人クラスに熟せるようになってしまったのだ。


 ある程度ハリエット嬢の技量を掴んだので、少し速度を早める。


 クルリ、クルリと回る。


 見抜いた通り、ハリエット嬢はしっかりとついてきた。

 かなり社交ダンスの修練を積んでいると見た。

 俺は少し評価を上方修正する。


 俺とハリエット嬢が回るたびに、「おお……」とか「優雅ね……」という周囲の反応が聞こえる。


 ハリエット嬢に目を向けると顔を上気させながら見上げてきてた。


「辺境伯様は踊りがお好きなんですか?」


 得意かと言われると……それほどでもない。


「嗜み程度ですかね」


 俺はニッコリと笑って答えておく。


「でも、これほどお上手なのに?」


 ハリエット嬢に聞いてみると、彼女の実家であるレストモリア子爵家は社交ダンスの家元とも言える立場にあるそうだ。

 ハリエット嬢も例にもれず、社交ダンスの英才教育を受けて育ったらしい。


 あまりにも社交ダンスが上手いので自分をリードできるほどの貴族男性との出会いはなかった。


 少々行き遅れた理由はそこにあると推測される。


「私、こんなに踊りがお上手な殿方にお会いしたのは初めてです」


 ポッと顔を赤らめるハリエット嬢。

 熱の籠もった視線を受けて、俺は目を反らしてしまう。


 俺みたいに平凡顔の男に惚れるはずもないし一時の気の迷いだろう。

 勘違いって可能性の方が大なのだけど。


 モテない男は、こういうちょっとした事で勘違いする事が多い。

 そして暴走して犯罪まがいの行動に繋がってたりする。


 俺はそんな醜態を晒す気は毛頭ない。

 ましてや、こんな社交界のど真ん中ではな!


「少々私が導かせて頂いても?」


 ハリエット嬢が少し悪戯っぽい雰囲気の目で俺を見る。


「いいけど、何をするんです?」

「少々難易度は上がりますが、我が家に伝わる踊りを皆様に披露したく思います」


 そのダンスは女性がリードする踊りだそうだ。

 女性の情熱を殿方に伝えるモノらしい。


 一般的に女性から誘うのは端ない印象があるが、それは現実世界での話だ。

 ティエルローゼは基本的に女性の方が強い気がしている。

 やはり子孫を残すという大技を成し得る神秘を秘めているのが理由だろう。


 エルフも女性の方が権力持ってるよな。

 ドワーフも女性を守るという意味だと思うけど、人前に出さないという文化を持ってる。


 突然、ハリエット嬢の動きが変わった。

 グイッと腕を引かれガンガンとリードされる。

 回転はさっきのものより早く、確かに初心者だと足をもつれさせるに違いない。目も回るしね。


 微妙に男女の役割が変わったタンゴっぽい印象を受ける。


 俺たちの踊りが変わったのを見てか、楽師隊がテンポの早い曲に変えてきた。


 既に周囲で踊っていた貴族たちは会場の端に寄っていて、俺たちのダンスを感嘆の表情で眺めている。


 左ステップ、右ステップ、ここでターン。

 足取りはどちらかというと戦闘の足運びを応用できるね。


 上手く踊れ始めたので調子に乗って俺は踊ってしまう。

 その所為で、どんどんタンゴになっていく。


 だが、ハリエット嬢は凄いもんで、それについてきた。

 俺の調子に合わせ、ハリエット嬢の動きはよりキレのあるものに変わる。


 最高潮に盛り上がり、音楽が終わったときに、ビシッと二人でポーズを決める。


 途端に周囲から「わぁ~!!」とか「きゃー!!」といった歓声が響き渡る。

 会場は熱狂に飲まれている。俺もこんな騒ぎになるとは思わなかった。


「凄い踊りだった!」

「なんという情熱に満ちた心地か!」

「しかし、あれはレストモリア子爵殿のご息女だろう? あの者の舞踊スキルについて行ける者がいるとは」

「辺境伯殿の踊りは一級だった。よほど名のある家柄なのやもしれんな」

「辺境伯殿は踊りだけではないぞ? 新たなる魔法工房を用意し、独自に進化させた魔法道具が今のトリエンには溢れていると聞く」


 舞踏会で踊るだけでも社交界ではかなりいい反応を引き出せるんだな。

 社交ダンスは覚えてて正解だったな。


 ハリエット嬢は王国随一の舞踊スキルの持ち主として有名な人物だったらしい。

 行き遅れなんて失礼なこと考えてごめんなさい。

 ただ、実際のところパートナーになる男は全くいないのは事実みたいだ。

 彼女に舞踏会でダンスを挑まれても大抵の男は逃げ出すそうだ。


 待てよ?

 となると、最初の方で「人柱」的なヒソヒソ話が聞こえてきた時の「犠牲」ってヤツは彼女の事ではなく俺のことだったんじゃ……?


 彼女の挑戦に身の程しらずに受けて立つ新興貴族が「犠牲」になる図が浮かぶ。

 そして、その様子を見て俺を判断しようとしていたということか。


 ハリエット嬢にダンスを申し込まれる事が「犠牲」なのだとしたら、そう解釈できそうな会話だった。


 高ステータスじゃなかったら恥を掻かされていたのは俺の方だったに違いない。

 こういう場で掻かされる恥は後々になってまで尾を引くと言うしな。


 ふと気がつくとエマが消えていた。

 周りは誰も気づいていない。


 俺とハリエット嬢のダンスに周囲の目が奪われていたのが誘拐実行犯たちの絶好の機会になったのだろう。


 ま、エマが攫われるのは計画の範疇なので問題ない。


 俺はパーティ・チャットでハリスに呼びかける。


「ハリスどうだ?」

「エマは今、移動中。どうやら城外に出すつもりのようだ」

「よし、そのまま追跡と警護を頼むよ」

「了解した」


 やはりパーティ・チャットのハリスは「……」が無いね。

 ハリスが追跡しているからエマの命に危険はない。


 さて、情報を集めてミンスター公爵に共有しますかね。

 後は国王と公爵がすべて取り計らってくれるはずだ。

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