第27章 ── 第16話
貴族への衣装の配達をメイドたちに頼んだ後、俺は魔法道具の作成を開始した。
今回の魔法道具はエマに装備させる防御関連の物となる。
足や腕にアクセサリー型の魔法道具を用意しよう。
攻勢防衛型の付与をしようと思うが、その場で殺傷しては証言もできなくなるので、非殺傷魔法による相手の無力化を考える。
相手の自由を奪う事を目的にするので、スタン系や拘束系の魔法にする。
付与魔法の発動にはエマが危害を加えられそうになった場合に限るようにするが、誘拐される段階で発動しないようにエマが任意で稼働できるようにしておく。条件付けが少々特殊だな。
俺はミスリルのインゴットを削りつつ、頭の中で付与術式を構築していく。
MPは装備者のMPを使うんだが、術式から算出される消費MPを計算すると、一般的なヤツが使うと一発で瀕死状態になることが判明する。
苦笑いしか浮かばないが、万が一装備が奪われた場合に困るような状況になると問題なので良しとする。
エマやフィルのような「イルシスの加護」持ちか、他の仲間たちのような高レベルなヤツしか使えないなら問題が起きようはずがないだろ?
相手に魔法抵抗されたらどうするか?
それも問題ない。
レベル一〇で発動される魔法に抵抗できる一般人は普通存在しない。
それこそ神々の加護でもなければ無理な相談だ。
作るアクセサリーは貴族が付けている装飾として考えると宝石もついていないのでシンプルなんだが、素材がミスリルというだけで非常に豪奢な見た目になる。
マストールほどの彫刻デザインができれば多少大きめに作ることもできるんだが、俺にそんな技術もセンスもない。
なので非常に細い円環を削り出している。
とてもシャープで極細に削り出しているんだが、コレに術式を彫り込むのが非常に大変そうです。
術式部分だけプレート状にして文様のように円形に彫り込んだ方がいいかな?
いやいや、何かの魔法道具と看破されては意味がないので、この細い部分、エマの肌に触れる内側に彫り込むのがいいだろう。
俺の作業をエマとマリスが覗き込んでいる。
「細かい作業じゃのう。
こう、脇の下というか背中というか、妙にムズムズしはじめるのじゃ」
こういう作業が苦手そうなマリスの感想に笑ってしまう。
「ケントは器用だから。
私も真似して術式を彫ってみたことあるけど、無理だったわ」
エマは俺が登録したデータベースから魔導回路のパーツを出力しているそうだ。
まあ、データベースからの出力では、いちから作るのは無理だけど既に登録されたヤツならいくらでも作り出せるからね。
付与自体の呪文集はエマに渡してあるから、呪文術式の改変をしないなら何の問題もなく魔法付与が行える。
魔法道具は術式を彫り込んだだけでは魔法道具にならないからね。
彫り込んだ術式と同じ付与呪文を唱えながら魔力を物品に流して定着させる作業が重要なんだ。
複雑な魔法を付与する場合には必須な作業です。
トリシアが作ってくれた「
トリシアが付与した時レベル系の
俺はレベル三魔法ならレベル三で掛ければいいんだけど、トリシアは魔法道具を作る場合はレベル一〇で発動しなければ付与できないと言っていた。
最初は何でだか解らなかったけど、魔法強度の問題なんだよね。
今回のように術式を彫り込む場合、付与の強度はあまり必要ではなくなるんだよね。
呪文だけでやろうとすると魔法強度を上げる必要があるわけ。付与された魔力の拡散が起きないようにね。
この辺りの研究をシャーリーがやっておいてくれたので本当に助かる。
アクセサリーの削り出しが終わったので、今度は針のような彫金用の彫刻刀を取り出す。アダマンチウム製の極小道具です。
目に小型ルーペを装備して、早速術式を彫り込む。
「うがー、もう何をしているかサッパリじゃ!」
「マリス、ケントの手元が狂うから暴れちゃ駄目!」
「あ、ごめんなのじゃ」
ま、城は石造りだし、その程度で揺れるような場所じゃないけどね。
机を蹴っ飛ばされなければ大丈夫だよ。
俺は作業を続けつつ、反省顔のマリスの頭をナデナデしておく。
細かい作業ですり減らした精神の癒やしです。
このペースで作れば、晩餐会までに用意できそうだね。
二時間ほどして、メイドが晩餐会が始まる旨を伝えに来た。
既に魔法道具の作成は完成していて、ちょうどエマの足首にアンクレットを装備させていたところだった。
「よし。これで準備は万端だ。
エマ、使い方は覚えたな?」
「うん。稼働を念じるまでは、ただのアクセサリーなのよね?」
「そうだ。稼働後は自動発動になる」
「了解よ。あとはか弱い子供を演じておく」
エマは「イシシ」と悪戯っ子のように笑う。
「頼むぞ。まあ、エマを利用しようとする輩だし、危害を加えようとはしないだろうけどな」
「そう願うわ」
俺はエマの頭をポンポンして、仲間たちを見渡す。
「んでは、第二回戦を開始する。
有力貴族はシルクのドレスやらスーツやらを着てくるけど、他の貴族にしっかり衣装を見せつけておくこと」
「了解じゃ!」
マリスがバンザイして身体全部で了承を表現する。
「あいあいさーなのです!」
いつの間にか現実世界の用語を使うアナベル。
誰に教わった? シンジか? それともアースラか?
「見せるだけでいいんだな?」
トリシアがアラクネイア・プロデュースの豪奢なドレスを着て義手をガッと構えてガッツ・ポーズ。
すげぇ美人なのに仕草で台無しです。
エマは無言で頷いた。
緊張が顔に出ているので、俺はエマの頬を軽くつまむ。
「顔が固いぞ。リラックスだ」
「素敵用語じゃ」
マリスが少し茶化すとエマが少し固いが笑顔を作る。
「大丈夫よ」
俺は頷くと、扉へ向かう。
「よし、行くぞ」
「「「おう」」」
ハリスの情報によれば、エマの誘拐は晩餐会の後、舞踏会が始まってから実行されるらしい。
今回、俺の仲間たちはシルク製衣装の売り込みでバラけると昼間の園遊会で認知されているので、その機会にやるつもりなんだろう。
トスカトーレとパリトン家の使用人が数人で実行するそうなので、その時はエマが一人になるように仲間たちが演出してやる事になっている。
実行犯は舞踏会に設置される料理や飲み物の給仕に潜り込んでいる。
エマが飲み物などを取りに来た時に眠りの魔法薬を仕込んだ食べ物やら飲み物で眠らせて会場から運び出して、外に置いてあるカートの下に隠すという段取りだそうだ。
一般人用の眠り薬程度ではエマは抵抗しちゃうと思うんだけど、エマは眠ったフリをするとか。
ここまでお膳立てして誘拐に成功できなければ、トスカトーレ派閥は無能としか言えない。
もっとも、俺は既に無能を通り越して害悪だと判断しているが。
晩餐会は何の問題もなく終わった。
俺たちはミンスター派閥の大貴族たちの近くに座らされたのでトスカトーレの様子もよく見て取れた。
大貴族で政治家というだけあって犯罪を計画しているのを微塵にも感じさせない貫禄を見せていた。
古狸め……
大マップ画面で検索してパリトン伯爵の顔も確認できた。
下卑たヤツというか、調子がいいという印象だが、目の奥に油断ならないモノが潜んでいる。
まあ、そこまで警戒する必要はなさそうな気もするけど。
どちらかと言うと小狡いという感じだな。
他のトスカトーレ派閥の貴族たちも妙にソワソワしている気がしたので、計画の実行に向けて協力体制を敷いていると思われる。
俺はトスカトーレ派閥の貴族たちに大マップ画面でピンを立てておく。
各々がどんな動きをするのか把握できていた方がいいしね。
舞踏会は、三〇分の小休止の後から始まる。
さあ、いよいよ作戦の開始です!
舞踏会が始まると、早速ドヴァルス侯爵がマリスにダンスの申し込みに来た。
エマにはマルエスト侯爵が来たのは言うまでもない。
貴族の女性たちは、男装じゃないトリシアが豪奢な美人に変わっていてガッカリ半分、ウットリ半分といった感じだ。
だが、トリシアの衣装はアラクネイアのプロデュースなので、貴族女性はようやくシルクの衣装に目が行くようになったみたい。
もちろん、トリシアとアラクネイアのコンビは、どっかのセレブ姉妹タレントの如くなので、男性の目も釘付けになっているけどね。
貴族男性の若者たちは、誰が一番にダンスを申し込むかで揉めている。
アナベルはというと、踊りよりも食い気。
晩餐会でチマチマ食べていたので食べたり無いのか、軽食コーナーでバリバリ食っているのが残念美人すぎて泣ける。
それでも巨乳の威力は健在で、アナベルが食べ終わったらダンスを申し込もうと思ってるらしい男たちが列を成しているわけですが。
俺とアモンは酒の入ったグラスを手に壁の花になっているのだが、そんな俺たちにミンスター公爵が近づいてきた。
「楽しくなさそうだな」
「いえ、そんな事はありません」
「ところで辺境伯殿、妙な報告が入ったのだがね」
「妙な報告?」
ミンスター公爵は俺の耳に口を近づけてくる。
俺もミンスター公爵の口に耳を近づけた。
「エマ殿の誘拐計画があるとか」
「ほう。その情報、公爵閣下も掴みましたか」
「うむ。トスカトーレの下っ端貴族が情報を寄せてきた」
「裏切り者ですな」
「派閥を裏切るような者の情報を易々と信じるのも何だと思ったのだが、辺境伯殿の反応からすると事実か……」
「ええ、事実ですね」
ミンスター公爵は姿勢を戻すと俺の顔をジッと見つめてきた。
「その余裕のある態度からすると、何か計画しているようだが」
「ええ、この際、王国のためにならない貴族は一掃すべきかと愚考しますが公爵閣下は如何思いますか?」
「ふむ……」
ミンスター公爵は顎に手を当てて舞踏会の様子を見る。
「私としても賛成だが……」
「では少々失礼して……」
俺はミンスター公爵に念話を掛ける。
ミンスター公爵がビクッとして周囲を見回した。
俺は繋がったのを確認して声を掛ける。
「ミンスター公爵、これは念話です。
心の中で話してください。そうすれば、他人にこの会話は聞かれません」
「これが『念話』か……相変わらず辺境伯殿には驚かされる」
「今回のトスカトーレ侯爵による誘拐計画を俺は実行させるつもりです」
「ふむ」
「そして国王陛下の近衛隊によってエマを救出させるつもりです」
ミンスター公爵は目を瞬かせる。
「攫われたエマ殿がどこに監禁されるか判明しているのか?」
「いいえ。でも、どこに攫われても問題ありません。
俺にはエマがどこにいても解るんで」
「そのような魔法道具がある……と解釈しても良さそうだな」
まあ、魔法道具っつーか大マップ画面なんだけど。
それにハリスの分身が護衛に付いている段階で居場所は割れるんだけどね。
「どうでしょう。
今回の事件の事後処理なんですが、公爵閣下にも協力して頂けますかね?
事後処理を公爵閣下がやれば、トスカトーレ派閥の空白をミンスター公爵派閥で埋めるなんて事も可能かと思いますが」
「ふむ。私にも分前をくれるわけか」
ミンスター公爵が少し口角を上げた。
「ま、今の安定した王国の貴族界をさらに固めておく方が国益となるでしょう。
俺はミンスター公爵が政治向き案件は牛耳っておくのが良いと判断します」
「ふむ。では我がミンスター公爵家は、辺境伯殿を全面的に支持する事にしよう」
よし。これで王国最大の権門が完全に味方に付いたわけだ。
有力貴族の派閥と事を構える以上、こういう約束もしておかないとね。
ま、公爵派閥は最初の頃から味方ではあるんだけど、こういう勢力争い的な事に俺は協力してこなかったからね。
今回の件でミンスター公爵に「派閥」としては公爵寄りという姿勢を見せておく事が、今後の貴族界で生きていくのに有利だと俺は判断する。
何かあったときに手助けしてくれる勢力は貴重ですからな。
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